第四十話 『デセールには優しき涙と温もりを』
2017/03/29 微修正
2017/03/30 微修正
「レイジ様! 良かった……本当に……」
俺が目を覚ますと、真っ先にそんな声が聞こえる。
この声は……フィルスだろうか。
視界には見慣れた木製の天井いっぱいに広がっており、ここがギルドの一室であることを教えてくれる。
しかし、フィルスの声の感じからして、随分心配をかけてしまったようだ。
まあ、それもそうか。暴走して、ぶっ倒れて……
俺は……この手で彼女を傷つけてしまったというのに……
「フィルス……俺は……」
「ご気分はいかがですか? どこか痛むところなど、ございますでしょうか?」
だがフィルスは、そんなことは微塵も気にしている様子を見せず、ただただ心配そうな顔をこちらに向けている。
まったく……ホント、良い子だよな……優しすぎて、その優しさが痛いくらいだ。
だからかな、もう30過ぎのおっさんだっていうのに、こんなにも甘えたくなってしまうのは……
「そうだな……少し、心が痛いかな」
俺は、冗談交じりにそんなことを言ってみる。
本当はこんな言い方はズルいのかもしれないが……弱いなぁ、俺も。
フィルスに拒絶されることが、こんなにも怖いだなんて。
ズルい言い方だろうとなんだろうと、嫌われたくないと思ってしまう。
相手に依存していたのは、案外俺の方だったのかもな……
「心、ですか?」
フィルスは俺の言葉の意図がわからなかったのか、思案顔で俺から視線を外す。
俺はそんなフィルスの様子に愛おしさを覚えつつも、ベッドから体を起こして、フィルスに向かい合う形で正座をした。
「へ!? あ、あの……レイジ様? お、御体は大丈夫なのですか? ご無理はなさらない方が――――」
フィルスは突然の俺の行動に戸惑いつつも、俺の体を労わってくれるが……俺はそんなフィルスの言葉を遮り、
「すまなかった! 俺は、一番に守らなければならないはずのお前を、あろうことかこの手で傷つけてしまった。それは、決して許されないことだ。お前の信頼を裏切る行為だ。だが、もう一度だけチャンスが欲しい。今度は、絶対に間違えないから。だからっ!」
土下座をして、精一杯の謝罪の意思を伝える。
正直、師匠以外の人間に土下座をするのなんて初めてで、自分でも自分が何を言っているのかイマイチ理解していないが……とにかく、精一杯の気持ちを込めて俺の気持ちをフィルスにぶつける。
こんなもの、ただの俺の自己満足なのかもしれないが、それでも謝らずにはいられなかった。
「あ、あの! レイジ様!? 頭をお上げください! 私などにそのような……それに、そのことは別に気にしてはおりません。あの時はレイジ様も普通ではないご様子でしたし……できれば、謝っていただくより、事情をお聞かせ願いたいのですが……今度は、きっと力になってみせますから」
そう言ってフィルスは、両手でガッツポーズをとり、明るくも真面目な顔を向けてくれる。
そんな直向きな想いに、俺は心が温もりに包まれて癒されていくのを感じた。
俺はひとまず、これ以上この体勢でいてもフィルスが委縮してしまいそうなので、体を起こしてベッドの淵に腰掛ける。
「フィルス……ありがとう。それじゃあ早速、聞いてくれるか? 今後の行動にも大きく関わってくる話だ」
俺は、暴走していたこと、夢の中で女神さまから聞いた俺の体のことを話して聞かせる。
フィルスはそんな俺の話を、真面目な顔で黙って聞いてくれた。
「――――まあそんなわけで、今後は戦闘メインでレベル上げをしていきたいと思う。どれくらい猶予があるのか聞きそびれてしまったのが痛いが……まあ焦らずいくつもりだ」
「……そういう事でしたか。そのような大変な状況、私にできることなら何でも致しますので、どうぞ遠慮なくお言いつけ下さい!」
なんでもって……女の子がそんなこと言うんじゃありません!
なーんて冗談を言いたくなったが、おそらくフィルスには通じないだろうな。
さて、どうするべきか……そうだなぁ……
「それじゃあ、さっそく一つ」
「!! なんでしょうか!」
俺がそう言った瞬間、フィルスは尻尾を振って、身体ごと乗り出して食いついてきた。
その、まるで大型犬のような姿に苦笑しながらも、俺は言葉を続ける。
「別に今更、俺に尽くしてくれるのをやめろとは言わないし、俺もそれに甘えている節があるのは自覚している。ただ、たまにでいいから、もっと我儘を言って欲しい。フィルスが俺に色々してくれるように、俺もフィルスに何かしてやりたいんだ。それに、そうやって本音を聞けた方が、もっと仲良くなれる気もするしな」
「な、仲良く……ですか。そう、ですね……はい、わかりました。では、ご迷惑にならない程度に――――」
「あーあー違う違う。そうじゃない。迷惑でもいいんだ。フィルスはお母さんが生きていた頃、相手の迷惑も顧みずに甘えたことはなかったか?」
「それは……あります」
「その時のお母さんは、どんな様子だった?」
「……困った顔をしながら、笑っていました」
「だろ? 多少迷惑でもな、好きな相手に甘えてもらえるのは嬉しいもんだ。だから、迷惑でもいいんだ。ある程度の時間と場所、タイミングを考えてくれれば、それで十分。フィルスはもう俺にとっては大事な仲間で、ずっと生活を共にしていく――――家族みたいなものだ。だから、遠慮はいらないよ」
「あ…………レイジ、様……レイジ様!!」
涙をいっぱいに溜めたフィルスが、俺の胸に飛び込んでくる。
ずっと孤独で、辛かったのだろう。
まだ15歳の少女が、世界の誰からも疎まれ、一人で生きていくなんて。
俺と一緒に過ごすようになってから、少しずつ態度も柔らかくなっていたが……どこかまだ怖くて、構えてしまっているように見えたからな……
ここに来てようやく、フィルスの心に触れられたということか。
この間森の中でのんびり過ごした時、もう大丈夫だろうとか思ってしまっていたが、そうでもなかったみたいだ。
俺もまだまだ、詰めが甘いな……
それからしばらく、俺の胸で泣きじゃくるフィルスの頭を撫でてやっていたが、ようやく落ち着いたのか、フィルスが顔を上げて立ち上がる。
その顔は仄かに朱に染まっており、冷静になった途端に羞恥を覚えたことがうかがえた。
「えっと、その……申し訳ございません。お恥ずかしいところをお見せしてしまい……」
目をそらして顔を赤くしながらそう言うフィルスは……なんというか、凄く可愛かった。
まあ、俺は紳士だ。ここで更に責めていくようなことはしない。
空気を読んで、話題を逸らしてあげるとしよう。
「いや、甘えてくれたみたいで嬉しかったよ。それで、だ。俺はどれくらい寝ていたんだ? あの後、どうなった?」
「あ、えっと……コホン。レイジ様がお眠りになられていたのは三日半ほどでしょうか。それから……そうですね。結果だけ先に申し上げますと、グジャシュニクは裏の顔が露見して解体。そのマスターは捕縛。尋問の後、処刑されるそうです。クリスタリアは悪評の誤解が解け、完全復活とまではいかずとも、依頼も再び集まり始めています」
ほう……俺があんなことをしでかしたにしては、随分と問題なくことが運んでいるようだな。
普通、あれだけ殺せば相応の目で見られると思うのだが……この世界ではあれくらい普通なのか?
もしそうだとしたら、マジで怖いんだが異世界。
「それで、ですね。事がこれだけ穏便に片付いたのには理由がございまして……」
ん? てことは普通ではないのね? やっぱり異常だよね、異世界でも流石に。
あーよかった。
「実はレイジ様が倒れられた翌日の昼頃、例のレティア様がこのギルドをお訪ねになられまして、今回の件の後始末は任せろ、と」
……レティアが? まあ確かに俺はあのパーティーで世話になった者がクリスタリアにいるなんて話もしたが……それで手を回してくれたのだろうか? なんにしても、ありがたい話だ。
「そうだったか。それは、ポーションの件と合わせて、礼をしておかねばならんな。とはいえ、今の俺はなるべく変身は控えるべき……手紙でも書いておくか。事情があってしばらく行けないが、後日改めて礼をしに行くと」
「それは良い考えですね。今なら、マスターを通じて手紙も渡しやすいでしょうし」
「うし! それじゃあ早速――――」
そこまで言ったところで、急に俺の腹が大きな音を立てる。
……そういえば、なんだか腹が減っているような?
流石に消耗したという事だろうか。
「くすっ……さっそくご飯になさいますか? ちょうどお昼ですし」
フィルスにも笑われてしまった……なんだか無性に恥ずかしいっ!
ただまあ、そんなちょっとしたことにも笑顔を見せてくれるフィルスは、前よりも随分と雰囲気が柔らかい感じがして、ちょっと嬉しくなってしまうな。
「そうだな……まずは飯にしようか。腹が減っては、できる仕事もできなくなってしまいかねんしな」
こうして俺たちは食事をするべく、部屋を出てギルドの一階へと向かうのであった。
ようやく解決ですね。
今回の話は、フィルス可愛いよフィルスとか自分で悶絶しながら書いてました(笑)
このままいければ、少なくともあと1,2話で今の話は完全に終わって、次に行けると思います(願望)
早く次の話の設定を考えなければ!
それでは、また次回お会いできれば嬉しく思います。