第三十七話 『オードブルは鮮血と共に』
ギルドでフィルスと別れた俺は、そのままグジャシュニクのギルド本部のある区画へと向かう。
目的はもちろん、ギルド周辺の地図の確認だ。
人目につかないように移動する経路や、逃走経路はいくつも確保しておく必要がある。
本当なら何日も前から下見をしておくべきなのだが……今回は時間が無いので、商店の種類や道の雰囲気、その他痕跡などから予想することとしよう。
それから陽が沈むまで、たっぷり時間をかけて地理を把握した俺は、グジャシュニクのギルドを監視できる、少し距離のある建物の屋根の上にいた。
ギルドの建物から職員などが出てきたら、それが会議開始の合図だ。
今回は、作戦という程の作戦はない。
ギルドで会議が始まったら、正面から堂々と入って行き、会議をしている部屋にお邪魔する。
ただし、全速力でだ。
館内に入った瞬間、一切躊躇することなく部屋まで駆け抜ける。
邪魔する者には容赦はしない。
本来なら、もっと慎重にいくべきなのだろうが……正直、俺は相手の実力を把握していない以前に、異世界の戦闘における常識というものがよくわかっていない。
この一件が片付いたら、色々この世界のことを学んでみるのもいいかもな。
それから更にしばらく待って、時刻はだいたい夜の11時といったところだろうか。
グジャシュニクのギルド内からちょくちょく出てきていた人影も完全に途絶え、もう1時間以上出てくる様子はない。
これ以上待って、チャンスを棒に振る訳にもいかんからな。そろそろ行くとしよう。
屋根から降りた俺は、無人の街を歩いて行く。
戦いを前に昂る俺には、頬を撫でる冷たい風がやけに心地よい。
そしてついに、何も起こらぬままギルドの前へとたどり着いた俺は、その門へと手をかけた。
俺が扉を開けると、そこには何人もの愚者がこちらを見て笑っている――――――ああ、やはり罠だったか。
だが、それでいい。
貴様らが俺を害するのならば、俺に躊躇う理由など、欠片もないのだから……
俺が入り口で突っ立っていると、奥から一人の人間がこちらへと歩み寄ってくる。
その体の屈強さと見た目の年齢から考えて、こいつがギルドマスターだろうか。
「ようクリスタリアのネズミ、歓迎するぜ。グジャシュニクへようこそ」
その男は、俺の前に来ると下卑た笑みを浮かべてそう言い放った。
ふっ……やはり策を弄さなかったのは正解だったな。
どうせバレていたのならばそんなものに意味はない。
ああ、なんだか楽しくなってきたなぁ……久しぶりの闘争だ
「ふっ……くっくっく……ハッハッハッハッハッハ!!」
自分達が負けるなどとは微塵も思っていないその余裕の笑みに、思わず笑いがこぼれる。
「なんだ? 絶望のあまり狂っちまったか? はっはっは!」
マスターの言葉に、周りのゴミ共もつられて笑い始める。
これだから愚者共は……危機感が足りな過ぎる。
あいつもあいつも、皆隙だらけだ。
思わず殺したくなってしまうではないか……
アア、チガウズク……タマシイガフルエル……サア、スベテヲコロセ
俺はその狂おしいまでの衝動に身を任せ、一番手近な愚か者の胸を拳で貫いた。
それはほんの一瞬の出来事で、そこにいる誰もが反応できずに凍りつく。
「どうした愚者共よ――――さあ、戦争だ。この俺自ら、貴様らの愛してやまない血に塗れた惨劇を届けに来たぞ。約束通り、汝らの全てを奪い尽くしてやろう」
俺が既に息絶えたゴミを捨ててそう言い放つと、そこにいる愚か者共は、ようやく俺を"敵"と認識したのか、その顔を怒りに染めて襲い掛かってくる。
だがその動きはあまりに衝動的で直情的。
怒りに任せて振るわれただけの愚鈍な拳など、俺に届くはずもない。
俺は攻撃を回避しながら手に握ったナイフを振るい、一人また一人と臓物を抉り出す。
普通の人間の膂力なら不可能とも思える動作だが、体を組み換え、強化している俺にはその程度容易い。
……そういえば、なぜ以前できなかったヒトの状態での肉体強化ができているのだろうか。
まあ、どうでもいいか。
イマは、こいツらをコロせルならソれデイい。
俺が数人を肉塊へと変えたところで、冷静に状況を判断できていた者たちも、俺へと攻撃を仕掛けてくる。
だが、屋内だからなのか何なのか、彼らの攻撃は近接攻撃ばかりで、派手な魔法や飛び道具を使ってくる気配がない。
これでは前の世界と何も変わらないどころか、むしろこちらが強くなっている分簡単になってしまっているじゃないか。
さあどうした人間共、俺をもっと楽しませてくれ!
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――――それは、まさに地獄であった。
今日はグジャシュニクの"裏"の集会――――ギルドの裏の顔を知る者のみで行われる秘密の会議の日だ。
本来この会議は月に一度、新たにギルド内から"裏"にメンバーを迎えるために行われていたのだが、今回は急に招集がかかった。
何かと思い話を聞いてみれば、ウチに喧嘩を売ったバカがいるから、そいつを誘い込んでリンチするって話だ。
しかもそいつはまだ冒険者なりたてのEランクだっていうじゃないか!
こんな面白い話はない。
正直仕事をキャンセルしてまで集会とか面倒だとか思っていたが、こいつは来て正解だった――――と、思っていた。
そして迎えた今日の集会、そいつはまんまと引っかかってウチに正面から入ってきた。
普通罠じゃないと思っていても正面から入ってくる奴があるかと、そいつのバカさ加減に思わずみんなで笑ってしまったのだが……その次の瞬間、俺の向かい側にいたジョゼイグの腹に風穴が空いた。
俺は一瞬、何が起きたのかわからなかった。
そしてそれがバカだと思っていたその冒険者がやったことだと理解した時には、既に7人が殺され、俺の前には血の肉の海が出来上がっていた。
殺しなんかも平気でやってきた俺達だが、こんな酷いのは見たことがない。
しかも、そいつはその中で笑いながら、顔色一つ変えずに次々に仲間を殺していってやがる。
――――狂ってやがる。あれはマトモな人間じゃない。
いくら殺しに慣れていたって、あんな笑い方はできない。
あれは――――あれはこの虐殺を純粋に楽しめている者にしかできない顔だ。
逃げなければ、逃げなければ殺される!
俺の中には、既に死への恐怖しかなく、生存本能だけが俺のすくんだ足を辛うじて動かしてくれた。
や、やった! 動いた! これで助か――――――
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もはや、俺に理性などなかった。
内にあるのはただの殺人衝動のみ。
腕が斬られれば作り直し、足がもがれればまた生やして、ただひたすらに目の前の愚者を殺す。
(アア、ナンテタノシインダ――――)
気が付けば、そこに残る愚者は残り僅かとなっており、大半はただの肉と成り果て、床に転がっていた。
目の前の現実、自らの行いに違和感をおぼえる。
今まで何度も命を奪う事はあった。憎たらしい相手を殺すこともあった。
だが、ここまで殺すことを楽しんだことがあっただろうか?
殺すときに、笑っていたことがあっただろうか?
その違和感に、一瞬俺の体がその動きを止める。
だが、それでもこの衝動を抑え込むことなどできなかった。
俺の中に生まれた曖昧な違和感などどこかへと消え去り、再びの狂気が俺の精神を塗りつぶしていく――――
――――さあ、惨劇の再開だ
この場を借りて改めてご報告を。
暁 悠様が、本作のヒロイン、フィルスの絵を描いてくださいました!
詳しくは本日の活動報告をご覧ください。
ではでは、また次回お会いしましょう(*‘ω‘ *)




