第三十四話 『報復準備②』
今回から、一話毎の文字数を少し減らしてみました。
ちょっと多いかなと思ったので。
今までの話の文字数を調整するかは、まだわかりません。
そんなわけで、よろしくお願いします。
さて、準備をしておこうと思った俺だが……集団行動義務がある以上、無茶な実験はできそうにない、か。
「そういえばフィルスさんや」
というわけで俺は、ひとまず今ある疑問を解消するため再びフィルスの方を向き、声をかける。
「は、はい。なんでしょうか」
「例のグジャシュニクの刺客……Aランクって話だったけど、よく善戦できたものだな。こういっちゃなんだが、対人は素人だろう?」
「あ、はい、そうですね。自分でも驚いています。まさかAランクだったなんて……」
「……強かっただろう? どう戦った? 爆発があったとか聞いたが、詳しいことは何も知らなくてな。これから戦う相手のことだし、なるべく知っておきたい」
「そう……ですね。まずスピードですが、私の目では追い切れないほどでした。更には他の気配もかなり消していたようで、吸血鬼の力を解放して、ようやく足音だけは辛うじて拾えるレベルでした」
それほどか……半分狼系獣人のフィルスを相手にそこまで気配を消せるというのは、なかなかのレベルだな。
少なくとも、俺にはそこまでハイレベルな隠密は無理だろう。
となると、同等かそれ以上の察知能力もあると考えて然るべき、か。
やはりこっそり忍び込む線は無さそうだな。
「攻撃は両手に持つナイフが主で、急所よりもダメージを蓄積させる目的での攻撃が多く、非常に避けにくかったです」
ほう……相手は腐ってもプロという事らしいな。速度を生かした確実な勝利を掴むための戦い方というものがわかっているようだ。
「しかしそんな相手によく当てられたな。攻撃手段は前のあの掌底か? なんつったっけ、ルージェス……なんちゃらとかいう」
「紅喰魔裂掌ですね。いえ、今回はあれを当てるのは難しいと判断して、別の技を使いました。まあ、それでも相手が止めとばかりに突っ込んできてくれなければ当てることはできなかったでしょうが……」
「そうか。ま、そこは相手の油断だな。戦い方を聞いてそれなりに評価していたのだが……なんだ二流か。残念だな。それで、その技っていうのは?」
「え? あ、えっと……紅魔炎葬撃という技で、両の掌に吸血鬼の魔力を凝縮させ、爆発を引き起こす技です。きちんと制御できていれば、至近距離でも自分に影響はないのですが……私はまだ未熟なので、あのような結果に……」
「そうだったか……では見せてもらうわけにもいかんな。少し残念だが、まあ良しとしよう」
「あ、いえ、至近距離で対象に当たるようなことにならなければ、ある程度の指向性は持たせられるので……空撃ちなら、大丈夫です」
「あ、そうなのか? それなら是非見てみたいものだが……庭で撃つのは流石に厳しいだろうし……やっぱ外に出るしかないかなぁ……でもそれだと集団行動が……」
「正直に申し上げますと、明日の夜に襲撃を単独で仕掛けるレイジ様が、今更そのような些末なこと、気にかける必要があるのでしょうか」
「あーまあ確かに。でもあんまり皆を心配させたくないんだよなぁ……ま、いっか。書置きだけ残しておけばいいだろ」
というわけで、警戒の疲れからかいつもより起きてくるのが遅い皆に書置きだけを残して、俺たちは少し離れた平原で実験をするべく、王都を出発するのだった。
そんなわけで、グジャシュニクの尾行を警戒して、いつもの倍以上の時間をかけてやってまりました、タルマン平原。
王都の東門からすぐの所にある広大な森、ミレジア大森林を北へと進み、ルジェメト山脈を越えると、俺の生まれ故郷(?)であるセゼメノリア大樹海が広がっている。
さらにそれを越えてセゼメノリア大樹海の北側の境界となっているルーメン大峡谷を越えたところに広がっているのが、このタルマン平原である。
ちなみにこのタルマン平原、俺はパッと飛んできてしまったが、普通に歩いて来ようとすると樹海と峡谷を迂回してこなければならず、かなり遠い。
ルーメン大渓谷も峡谷とは名ばかりで、そこに何があるかもわからぬほどの深い溝になっているしな。
名付けられた当時は、普通に川が流れていたらしいが……時の魔力というのは恐ろしいものだ。
さて、まあ暇な間に覚えた地名をひけらかすのはこの辺にしておいて、だ。
さっそく、はじめていこうかね。
「それじゃあフィルス。さっそくで悪いが、技を使ってみて欲しい」
「はい、かしこまりました。では万が一に備えて、少しだけ離れていてください」
フィルスの言葉に素直に従い、30メートルほど距離をとる。
「こんなもんでいいかー?」
「はい! 大丈夫です! では……いきます」
その瞬間、フィルスを取り巻く空気が震える。
吸血鬼の力を解放したのだろうが……細かく感知している状態で見ると凄まじいな、これは。
まさに奥の手と言うのに相応しいものであろう。
「我が身に流れし紅蓮の血脈よ……我が不浄なる手に魔炎を宿し、禍事を喰らう災禍となれ――――紅魔炎葬撃!!」
フィルスが呪文を詠唱すると、フィルスの前方の向かって凄まじい爆発が起きる……が、俺にとってはそんなことはもはやどうでも良かった。
そんなことよりも……
「フィルス! 今、詠唱をしていたよな?! あれはどういう――――」
俺は技を発動し終えたフィルスに駆け寄り、肩を揺さぶり疑問をぶつける。
「ふぇ!? あ、あの、えっと、い、一旦落ち着いてください~」
それから少しして、ようやく落ち着いた俺は、改めてフィルスに向き直り質問をした。
「いや、すまなかったな……それで、さっきの詠唱は一体……」
「はい、えっとですね……実は私も詳しいことは解っていないのですが、母の言葉を借りるなら、あれは"言霊"のようなものなのだそうです」
「言霊? そんなものが実在するのか? あ、いや、信じていないとか、そういうのではないのだが……」
「そうですね……本当に存在するのかは、私にもわかりません。それを口にしなければ技は発動しないですし、私はそういうものと思う事にしてはおりますが……」
「この詠唱のみで発動できる技というのは、他にもあるのか?」
「あるにはあるのですが……まともに発動するのはこの紅魔炎葬撃だけです」
「では質問を少し変えよう。詠唱のみで発動できる技は、吸血鬼の魔力を用いるのが前提のものだけか?」
「あ、はい。そうですね。どれも力を解放していなければ発動しません」
ふむ……となると何かしらの条件があるのか? うーん、わからん。
「とりあえず、俺も唱えてみるか。両の掌を突き出して、そこに魔力を集める感じで良いんだよな?」
「はい、そうですね。あとは発動する技のイメージをきちんとしておく必要があります。あやふやだと制御ができずに暴発することもあるので」
ふむふむ。てことはあれか? 魔法陣が担っている魔力の変換やら魔術の安定化やらを自力で行ってる感じなのかね。
でも魔法陣の場合、詠唱は発動キーなんだよなぁ……イメージして放つだけならそういうのはいらないはずなんだが……詠唱はどういった役割を担ってるんだろ。
そんなことを考えながら俺はフィルスから距離をとり、フィルスと同じ技を使ってみる。
「我が身に流れし紅蓮の血脈よ……我が不浄なる手に魔炎を宿し、禍事を喰らう災禍となれ――――紅魔炎葬撃!!」
…………はい、知ってた! まあ無理だよね、うん!
でもなんだろ。なんとなく手ごたえはあったような気がするんだよなぁ……
「なあ、フィルス」
「はい」
「フィルスは初めて使った時、どんな感じだった? 手ごたえというか、こんな感じだったーみたいな」
「そう、ですね。私も初めての時は発動はしなかったのですが、体内での魔力の練りが甘かっただけだったようで、練習するうちに発動はさせられるようになりました」
「ん~そっか……あ、血が欲しかったら飲んでいいからな」
「あ、はい。では、失礼します」
俺はフィルスに血を吸われながら、思考を巡らす。
魔力の練り、か。
そもそも俺のって魔力じゃなくて魔素なんだよね。
人間の姿なら魔力も生成できるけど……そっちで試してみるか?
あとは詠唱の意味だよな。
魔法陣は神のもたらしたものだっていうし、案外神に祝詞をあげている感じなのかな? 言霊なんて言うくらいだし。
そうだとすると……神代言語とかの方がいいとか?
ま、色々試してみるかな。
もし魔導具なしで魔法が使えたなら、どれだけ有利に事を運べるか……なんせ魔素の塊ですから私。回復も一瞬だしね。
さて、それじゃあ後はフィルスが飲み終わるのを待つだけなのだが……いつまでたっても慣れないね、このハグしてるみたいなの。
その……む、胸とか、当たってるし……そういえば、異世界来てから一回も…………はっ! 何考えてるんだ俺は!
ええいっ! 煩悩退散……煩悩退散……
そうして俺は、フィルスが血を吸い終えるまでひたすら無心になって耐え抜くのだった――――