第三十話 『ポーションが必要らしい』
日刊維持できてよかった……言った次の日にできなかったなんて、恰好がつきませんからね!
まだまだ頑張ります!
2017/03/13 微修正
2017/03/17 誤字修正(ギルド協会→冒険者協会)
冒険者協会に到着した俺は、マスターのことを職員に任せ、急いでフィルスのいる部屋へと向かう。
その際、マーガスさんが職員を一人案内につけてくれた。
「こちらになります。では、私は外におりますので」
職員の方が案内してくれた部屋に入ると、フィルスがベッドに横になり、弱々しい寝息を立てていた。
その体には痛々しい切り傷や火傷が数多く残されており、戦闘の壮絶さを物語っている。
「フィルス……すまない。俺があの時、お前ひとりに行かせなければこんなことには……」
俺はベッド脇に置かれた椅子に座り、傷のついていないフィルスの頭を撫でた。
すると、フィルスの瞼が小さく動き、フィルスが目を覚ました。
「――――レイジ、様?」
俺の名を呼ぶフィルスの声は弱々しく、今にも消えてしまうのではないかと不安になる。
「ああ、俺だよフィルス。すまなかった。俺があの時――――」
「いえ……私の方こそ、役目を果たせず、申し訳ございませんでした」
フィルスは俺の謝罪を遮り、小さく首を振ってそう答えた。
「フィルス。お前が俺を慕ってくれるのは嬉しく思う。だがな、こんな時くらい自分を第一に考えてくれていいんだ。我儘の一つくらい、言ってもいいんだぞ?」
「…………それなら、一つだけ」
フィルスはそういうと、首から上だけを動かし、こちらに向き直る。
「私がもし助からなかった時は、どうかご自分を責めないでください。元よりあの森で尽きるはずだったこの命。短い間ではありましたが、レイジ様と共に過ごしたこの数日間。私はとても幸せでした。諦めていた街、それも王都なんて凄いところを見て回ることもできましたし、何より私を対等に見て、優しく接して下さるレイジ様と過ごす時間は、私にとっては何にも代え難いものでした。だから……もういいんです。もう、十分頂きました。むしろ、私の方が何もお返してきておらず申し訳ないくらいで……」
「そんなことはない! そんなことはない。俺の方こそ、フィルスには随分と救われた。この世界に来て、右も左もわからぬ俺の心の支えになってくれたのはフィルスだ。俺の秘密を受け入れ、それでも変わらず接してくれたのはフィルスだ。お前がいなければ、俺はきっとこの苦しみから救われなかった。自分を受け入れてくれる人が一人でもいるというだけで、こんなにも心が軽くなるのかと、そう思ったんだ」
俺は、自分で言葉にすることで、改めてより強くフィルスを大切に思う気持ちを胸に抱く。
「……待ってろ。お前は絶対に俺が助けてやる。だからそんな、これから死ぬようなセリフを言うんじゃない。そんなことよりこれからのことを考えろ。この件が終わって生活が落ち着いたら、俺は旅に出ようと思っている。せっかく来た異世界だ。できることなら世界中を見て回ってみたい。もちろんその時はお前も一緒にだ、フィルス。ついてきてくれるか?」
「はい……それはとても、楽しそうですね」
「ああ、そのためにも、今は薬が必要だ。だからちょっとだけ出かけてくる。すぐ戻ってくるから、良い子にしてるんだぞ?」
「はい。お手間をおかけして、申し訳ございません」
そこで俺は部屋を出で行こうかと腰を上げかけたが
「あ、そうだ。最後に一つだけ。その傷だ。全力で戦ったのだろう。血は、必要か?」
「あ……はい。できれば、お願いします」
「しかし……起き上がるのは難しいだろう? どう飲ませればいい? どこの血がいいとかあるのか? いつも首筋だったけど」
「そう、ですね。 心臓に近い、真っ赤な血の方が味が良い……らしいです。回復量も多いとか」
ふむ……それなら、静脈より動脈の方がよさそうだな。となると手首を切るのが早いかな?
心臓に近くはないが……まあ、大丈夫だろう。
俺は腰に差してあったナイフを手に取り、手首を深く切りつける。
その痛みに一瞬顔をしかめるが、そのまま俺はその腕をフィルスの口まで持って行く。
「ほら、これなら幾らか楽だろう」
「え、あ、その、ありがとう、ございます」
フィルスは突然の自傷行為に驚いた様子ではあったが、それでも本能は血を求めているのか、俺の腕に吸い付き血を飲み始める。
そしてしばらく血を飲ませていると、フィルスがいつの間にか小さく寝息を立てていた。
ついでに俺の傷口も完全に治癒している。
……そういえば、治るの早いんだった。出血の方に治癒がいくらか回っていたとしても、治るのは結構早かったはず。フィルスは満足に飲めたのだろうか?
そんな不安が頭をよぎるが、当のフィルスはもう眠ってしまっている。
「ま、いいか。お休みフィルス。行ってくる」
俺は眠っているフィルスの口元の血をふき取ると、額に軽くキスをしてそのまま部屋を後にした。
「もういいのか?」
俺が部屋を出ると、外で待機していた職員はいつの間にかいなくなっており、代わりにマーガスさんが待っていた。
「ええ、薬も必要になるでしょうし。部屋にいても、何もしてやれませんからね」
「それはそうかもしれませんが……アテはあるのですか? 彼女の傷を治そうと思ったら、最低でも4級、傷跡を残さず綺麗に直したければ3級の治癒のポーションが必要になります。しかしそれほどとなると貴族の中でも持っているのは限られた上流貴族くらいのもので……」
「それを聞いて、少し希望が持てました。ありがとうございます。大丈夫です。必ず、何とかしてみせます……ああそれから、フィルスのベッドに血がついちゃってるんで、後で替えてやってくれませんか?」
「出血をしたのかね?! フィルス君は大丈夫なのか?」
「ああ、血は俺のなんで、大丈夫です。それでは、後は頼みます」
俺は困惑するマーガスさんを余所に、その場を立ち去った。
さて、ポーションを是が非でも手に入れたい俺だが、向かっているのはもちろん、皆大好きレティアちゃんの住んでいるジウスティア邸だ。
もっとも、時刻は既に夜遅く。普通に行っても会える時間ではないので、途中で魔晶龍騎士の姿になってから向かうつもりだ。
もっとも、アポなしでは昼間でも会えないだろうし、そもそもアポもとれないだろうから、どっちにしろ魔晶龍騎士の姿で向かう事になっていただろうが。
邸宅付近の路地裏で風の魔晶龍騎士へと姿を変えた俺は、堂々とジウスティア邸の正門へと歩いて行く。
このの姿なら無下にはされないだろうし、仮にされたとしても怒られるのは門番の方だろう。
……そう考えると門番の方には少々申し訳なくなるが、まあ仕方ない。
俺が近づいて行くと、当然ながら門番の警戒も強くなり、こちらに睨みを利かせているのがひしひしと伝わってくる。
「そこの者! 止まれ! これより先はジウスティア侯爵家の土地である! 何用か!」
そして俺が後数歩で門の前、といったところでついに声をかけてきた。
もしかしたら俺のことが伝わっていて、なんて淡い期待も抱いていたが……流石にまだ昨日の今日だし、ムルヴァへの対処で忙しくしているだろう。そんな彼女たちにまた来るかもわからぬ俺のためにそこまでしておけというのも酷な話か。
「我は古魔晶龍。レティア・ジウスティア殿にお目通り願いたく、本日は参上仕った。どうかそう伝えていただきたい。無理ならそれで……少々困ってしまうが、構わぬ。元よりこちらの勝手。要件も完全にこちらの都合によるものだ。文句は言わぬよ」
俺がそう言うや否や、門番の一人がすこぶる慌てた様子で屋敷の中へと駆け込んでいった。
俺がその様子を眺めていると、もう一人の門番が、恐る恐るといった感じで話しかけてくる。
「あ、あの~このようなことをお聞きするのは、大変失礼だとは思うのですが……本当に古龍様なのでしょうか?」
ふむ。まあパーティーでこの姿を見てないものからすれば、今の俺は少々威厳に欠けるだろう。その疑問も尤もだ。それに門番としても、万が一偽物では困ってしまうだろうしな。
「うむ。その疑問は尤もだが……生憎とそれを証明する手段は持ち合わせていない。種族を確認できる道具でもあればすぐにでも証明できるのだが……どうだろうか?」
「いえ、そのような道具がこの屋敷にあるという話は、残念ながら聞いたことがありません」
「む? その言い方だと、よそにはあるという事か?」
「あ、はい。ここフェレブを含め、王都などの主要都市に設置された大きな神殿と王城には基本的にあるそうです。それから、学術都市を首都に持つスレブメリナ王国では、もっといろいろな所にあると聞いたことがあります」
ほう……思ったより多いな。これは良いことを聞いた。できればもっと詳しく聞きたいものだ。
「その道具は、種族以外にも何か見れたりはするのか?」
「そうですね。他にはその者の持つ称号を見ることができるそうです。後は、魔術適正ですかね。まあもっとも、これに関してはもっと手軽に確認できるので、おまけのようなものですが」
ふむ、称号が見れるのか。俺の称号は現状では非表示にしているから大丈夫だろうが……万が一があっては困るし、一応警戒しておこう。
「そうか。良いことを聞いた。感謝する。しかし、結局証明するのは難しそうだな。今から共に神殿にというのは、流石にちょっとあれだしな……」
「そう、ですね。もう門も閉じているでしょうし、難しいでしょう」
そんな風に門番くんと二人で頭を悩ませていると、屋敷の方から駆け足でこちらに向かってくる人影が見えた。レティアだ。
その後ろを、先ほど走って行った門番が慌てた様子で追いかけてきているのがちょっと面白い。
レティアは俺の前まで来ると、息を切らしながらも、姿勢を整え頭を垂れる。
「はぁ……はぁ……古魔晶龍様、お待たせして申し訳ございません。本日はどのようなご用件でしょうか」
「うむ、昨日ぶりだなレティアよ。今日は少々お願いしたいことがあって伺わせてもらった。こんな遅くにすまぬな。非常識であることは承知の上だが、急ぎの用でな」
「いえ、そんな! 古魔晶龍様ならば、いついかなる状況であろうとも迷惑になるようなことはございません! 我が家はいつでも門戸を開けてお待ちしておりますので、ご自由に出入りしていただいてかまいません。ただ、急な来訪ですと、歓迎の準備ができないのが心苦しくはありますが」
なんというか、予想通りというかそれ以上というか……俺の来訪はすんなりと受け入れられた。
「いや、構わぬ。元よりそう堅苦しいのは好まぬ。それに今日は完全にこちらがお願いをする立場。急なことで、ろくな礼も用意できてはおらぬ。それに対してそんなしっかりと歓迎などされてしまっては、むしろ言い辛くなってしまうからな」
「お礼などと! そのようなもの、不要でございます。他ならぬ古魔晶龍様の願い、無下にするはずがございません。それにこちらは命も未来も救って頂いた身。むしろお礼をするのは私の方でございます」
「そう、か。そう言ってもらえると助かる」
「こんなところでいつまでも立ち話もなんでしょう。どうぞ、中へお入りください」
レティアはそう言うと、俺を屋敷の中へと案内してくれた。
そうして右も左もわからぬ俺が、屋敷の中を物珍しそうに眺めながらレティアの後に付いて行くと、レティアが大きな扉の部屋の前で立ち止まった。
「こちらは応接室となっております。どうぞ中へ」
レティアは扉を開けて、俺を中へと招き入れる。
その姿は、さながら熟練の使用人……いいのか、これ?
俺はレティアのそんな姿に若干の戸惑いをおぼえつつも、部屋の中へと入り、高そうなソファーに腰掛ける。
レティアは、俺が座ったことを確認してから反対側のソファーに腰掛けると、室内の使用人を全て部屋の外へと追い出してから話を始めた。
「お急ぎとのことだったので、失礼ながらお茶のご用意は省略させていただきました。それで、本日の要件ですが……父と母も呼んだ方がよろしいでしょうか? 必要であればすぐに呼んで参りますが」
「どうだろうな……その判断はそちらに任せる。聞いた上で必要だと思ったならば呼んでくれ」
「畏まりました」
「それじゃあ早速、単刀直入に言わせてもらうとだな……3級の治癒のポーションを持っているようなら、是非とも譲っていただきたい。無論、相応の礼は追ってさせていただく所存だ。だから頼む。この通りだ」
俺ははそう言ってテーブルに両手をついて頭を下げる。ここで万が一にでも断られたら終わりだ。
「エ、古魔晶龍様!? な、なにを……ど、どうか頭を上げてください!」
俺はレティアの言葉に、素直に頭を上げ座りなおす。
「3級の治癒ポーションであれば、幸い我が家にも数本ございます。そこまでなさるともなれば、よほどの事情でしょう。すぐに用意させますので、少々お待ちください」
そういうと、レティアはすぐに外の使用人に、ポーションを持ってくるように言いつけてくれた。
(随分と大きな借りができてしまったな……)
「……深く、感謝する」
俺は、部屋の入り口で使用人と話すレティアの背中に、再び頭を下げるのだった――――