第二十八話 『愚者の尻尾』
サブタイトルの雰囲気を統一できない、無力な私を許して下さい。
2017/03/11 微修正
2017/03/11 ネタバレ対策のため、修正詳細は後書きに記載
2017/03/26 微修正
2017/05/09 修正し残しがあったので修正
王都へと帰ってきた俺たちは、今夜は気持ちよく眠れそうだと宿に帰――――る前に、ギルドへと向かった。
危うく忘れるところであったが、ギリギリになってフィルスが思い出してくれて、意気揚々と帰路に着こうとした俺に、帰りにギルドで今後の予定を聞くのではなかったのかと教えてくれたのだ。
俺以外の皆とはまだうまく話せていないフィルスだが、どうやらきちんと話は聞いていたようでちょっと安心。
俺にだけ執着していて、他の人間には無関心というのでは流石に少々問題があるからな。
もしかしたら俺の予定だからってだけの可能性もあるが……まあ、きっとそれだけではないだろう。うん。
そしてギルドに到着した俺は、パパッと話を聞いて早く帰ろうと思っていたのだが……いざ扉を開けようというところで、微かに違和感を感じた。
気配察知では、受付に一人分の気配を感じる。おそらくこれはマスターのものだろう。
それ以外に気配はないし、それは割といつものことなのだが……なぜだろうか。妙に胸騒ぎがする。
こういった微かな違和感には、大抵の場合何かしらの理由があるものだ。だから決してそれを疎かにしてはいけない。というのは師匠が口癖のように俺に言っていた言葉で、これまでも俺は、何度もその教えに救われてきた。
(この違和感の正体はなんだ? 俺の無意識は一体何を感じ取った?)
「レイジ様? どうなさったので――――」
急に扉の前で立ち止まった俺にフィルスが声をかけて来るが、俺はそれを右手で制し、気配を探ることに意識を集中させる。
気配察知のスキルは確かに便利なものだが、決して万能ではない。
ずっと使っていて気が付いたのだが、あれはあくまで人の発する音や熱、臭いや空気の流れといった、ほんの僅かな周囲への影響に対して、ピンポイントで感覚を鋭くすることができるだけのものだ。
意識せずとも相手の位置や行動がわかるのは、それだけ感覚が鋭敏になっているに過ぎない。
もし仮にそれらすべてをごまかせる者を相手にする場合は、きちんと意識をして探す必要があるだろう。
魔法のない地球ではかなり役立つスキルだが、こちらの世界ではそれくらいごまかすのは簡単、かどうかはさておき、やってやれないことはないだろうからな。事実、俺も隠密スキル持ってるし。
意識を集中させた俺は、それぞれの要素を一つずつ丁寧に確認をしていく。
(まずは音だが……これはマスターの心音と微かな風の音だけか。心音も安定しているし、問題は無し、と。空気の流れも同様に問題なし。そもそもこれがおかしかったら音の時点で気が付くだろう。臭いは……特に何もしないな。熱はマスター一人分しか……ん?)
ここで俺は、ふと自分の確認した内容そのものに違和感をおぼえた。
音はいい。特に問題ない。空気の流れも問題ない。問題は臭いだ。
何もしないなら別に問題ないかと思って一瞬スルーしそうになったが、これはおかしい。
ギルドの中にはマスターがいるし、他にも観葉植物なんかもある。
そしてそれらはいつも、固有の臭いを放っていた。
だが今はどうだろうか。ギルド内からは何の臭いも感じないのだ。
(違和感の正体はこれか。だが、誰が何のために? 気配察知を使ってなお拾えないほどとの無臭となると、相当なものだ。普通の消臭なら、ここまで徹底して臭いを消す必要などないだろうし……)
嫌な予感がした俺は、より一層警戒を強めて徹底的に内部の気配を探るが、それ以上の情報は得ることができなかった。
ならば……
「フィルス。少しばかり俺の魔核を頼めるか?」
俺は、できうる限りのギリギリまで抑えた声で、フィルスにそうお願いする。
すると、そのただならぬ雰囲気から何かを感じ取ったのか、フィルスは黙って頷いてくれた。
俺が今から行おうとしているのは、肉体の魔核以外を完全に魔素化させることによる、内部の調査だ。
魔核以外の魔素を建物中に広げることで、その全てを手に取るように把握することができる……と思う。
正直やったことが無いのでできるかどうかも怪しいし、完全に魔素化している最中は魔核が非常に無防備な状態になるので、あまり使いたい手ではなかったのだが……この際仕方がない。
周囲に人の目がないことを確認した俺は、体を全て魔素へと変換する。
魔核のHPは元々の1000では少し不安なので、フィルスが隠すのに困らない程度に装甲を厚くしておく。
ちなみに俺の魔核を含めた他の魔獣の魔核は、俺の知る限りでは全て球状で、表面がつるつるしている。
その石のような外見から、冒険者の間では魔石と呼ばれているようだが。
他でどう呼ばれているかは知らん。俺の魔核っている呼び方も、スキルにそう書いてあるってだけだし。
魔素化した俺は、さっそくドアの下にある僅かな隙間から、少しずつ自分の魔素を流し込んでギルド全体に浸透させてゆく。
試しに、視線を扉のすぐ前の辺りから受付を見るように意識してみるが……どうやら上手くいったようだ。
集中を乱すと拡散させた魔素が魔核へと戻りたがってしまうので少し疲れるが、この程度の規模の建物なら数時間は余裕だろう。
折角視線も向けたことだしと、まず初めに受付にいるマスターの様子を窺ってみると、どうやら眠っているようだ。
だがその様子が普通に居眠りをしているのとは違っていて、俺は警戒を強めながらも周囲を観察する。
床に落ちた木製のコップに、そこから零れ落ちたと思われる床に広がった液体。それから机に倒れ込むようにして眠っているマスター。
マスターが居眠りをするときは、いつも決まって腕も組んで体を丸めるような体勢だったとガイスさんに聞いた覚えがある。
それが事実であるならば、今の状況には少し違和感をおぼえる。
更には、床に落ちたコップと飲み物。まるで、急に意識を失って崩れ落ちたような……
(睡眠薬か、あるいは魔術か。どちらにせよ、わざわざ眠らせたという事は侵入者がいる可能性は高いか)
マスターの様子から侵入者の存在を前提に行動することにした俺は、警戒をより一層強めながらも、館内の隅々まで視線を巡らせて人影を探す。
少しの風で揺らいでしまう魔素の体に若干の不便さを感じつつも、調査は順調に進んでいった。
(もう帰ったのならまだいいが、まだ犯人がいるのであれば危険だ。それにもし捕らえられるようなら、目的の方も気になる。マスターが眠気に負けて居眠りしただけ、なんて笑えるオチなのが、正直一番ありがたいが……)
そうして一階を調べ尽くし、二階の客室を調べている最中、急に一階の受付付近で動く何かを察知する。
俺が慌ててそちらに視線を移すと、全身黒色の人影が、ちょうどマスターにナイフを振りかぶっているところであった。
(マズい!)
咄嗟に周囲の魔素を固めて魔晶の体をつくるが、館内全体に張り巡らせていることもあってその場ですぐに使える魔素は少なく、ナイフは急所からは逸れたものの、マスターの背中に深々と突き刺さってしまった。
すぐに建物中の魔素をかき集めた俺は、そのままヒト族の姿をとり、黒服に襲い掛かる。
魔素がまだ足りないので、右腕の構築を最優先で行った俺は、そのままそいつの顎にストレートを叩きこむ。
そいつは急に出てきた俺に反応しきれなかったようで、一撃で意識を奪うことができた。
「フィルス! 外へ行って、医者を呼んで来てくれ!」
襲撃犯の無力化に成功した俺は、すぐさまフィルスに医者を呼んでくるように言いつける。
フィルスは入ってきた瞬間、この状況に驚きはしたが、マスターの背中に突き刺さったナイフに気が付いたのだろう。すぐに冷静さを取り戻すと、俺の魔核を置いて夜の街へと駆け出して行った。
……そういえば、魔核がないのに、体つくれちゃったな。
いつものよりいくらか性能は悪い感じだが、やってやれないことはないらしい。
っと、今はそんなことはどうでもいい。
思考を戻した俺は、急いでマスターの傷の具合を確認する。
(ナイフに毒は無し。傷も完全に急所からは外れている。出血は気になるが、どうにかなりそうだな)
俺はマスターの傷がそこまで深刻なものでは無さそうなことに安堵しつつ、できる限りの応急手当をしておく。
「さて、次はお前だ。ほら、起きろ」
俺は襲撃犯から事情を聴きだすため、その黒服の腹を蹴飛ばして目を覚まさせる。
……よく見ると黒服は女だったらしく、足に伝わる感触が思ったより柔らかかった。
まあ、だからと言って手加減するつもりはないが。
「ぐぉあ! ぐうぅ……おま、お前は、確か、レイジとかいう、ここの新入りか」
「良く調べているようだな。ならこちらからの自己紹介は必要なさそうだ」
俺はそのまま女の腰に刺さったもう一本のナイフを抜き取り、女の首に突き付けてから言葉を続ける。
「だが俺はあんたのことを知らなくてな。できれば自己紹介をしてもらいたいのだが」
だが、女はナイフには全く怯んだ様子はなく、不敵な笑みを浮かべて黙ったままでいる。
「ふむ……だんまりか。弱ったな。できれば穏便に済ませたいのだがなぁ。あんたはプロなのかもしれないが、こっちも素人ではなくてね。あんたの口を割らせるのには、少々自信がある。まあ、あんたもプロだし、言われなくてもその辺はわかっているだろうがな」
時間をかけたくなかった俺は、口を割ろうとしない女をちょっとだけ脅してみた。もちろん内容に嘘はないが。
そんな俺の言葉に少しは感情が動いたのか、女の顔は急に真面目なものになり、額にはわずかに汗が滲んでいる。
「ふむ……話してはくれない、か。まあそうだよな。わかっていたさ。そして俺は今、あまり無駄な時間をかけたくない。だからこれは最後の通告だ。洗いざらいすべてを話せ。でなければお前の命はない。ついでに言えば、お前の身元が判明すれば、お前の大事な人間の安全も保障しかねる。ま、当然だな。復讐の火種は消しておくに限る」
俺はそれをどこか楽しそうに、それでいてその奥底は冷え切っている。そんな目をして話す。無論、演技だが。
だが女はそんな俺を見て、嘘ではないと悟ったのか、尋問を始めてから初めて口を開いた。
「……私に大事な人なんていない。私は組織に拾われ、組織に育てられた身だからな。だからそんな脅しは無意味だ」
「ほう、そうなのか。ならばなぜ今口を開いた? さっきまでだんまりだったお前が。何か思うところがあったのではないのか?」
「なっ! ち、違う! そんなんじゃ――――」
「急に声を荒げてこちらの発言に否定的になるのは、嘘を吐いていると言っているようなものだぞ?」
「ぐっ……とにかく、私に家族はない。殺すなら殺すがいい。こんな世界で生きてきたんだ。とっくの昔に覚悟はできている」
女はそう言うと、目を瞑り、顔を強張らせる。
すぐにボロが出るあたり、随分とお粗末な暗殺者だと思っていたのだが、どうやら命を奪われる覚悟くらいはできているらしい。
「……そうか。組織に拾われて裏社会で生きて、殺される。そんな生き方をしてきた奴は、俺はもう何人も見てきたし、手に掛けたことも、一度や二度ではない。だが、幸せそうな顔をしていたやつは、終ぞ一人も見たことが無かった。なあ、お前は幸せか?」
「っ! …………」
女は俺の言葉に一瞬反応したが、結局言葉を発することはなく、また黙りこくってしまう。
だが、俺にとってはその一瞬の反応で十分だった。
それだけで、女が幸せを感じていないという事がわかったのだから。
俺は別にもう何かを聞き出そうというつもりでこの女に話しかけたのではなかった。
ただ単純に、この女の人生というものに、僅かに興味と同情、それから後味の悪さをおぼえただけだ。
俺は今言った通り、前世はこういった輩とは何度もぶつかってきたし、何人も手に掛けてきた。
それ自体に後悔はない。それで救えた命が、それ以上にあったからだ。
だがそれでも、心のどこかで思っていたのだ。もしかしたら、その悲しい生き方しか選べなかった者の人生も救う事ができたのではないか、と。
実際何度も説得を試みたことはあった。残念ながら、一度も成功したことはなかったが。
だがどうだろうか。今の俺には、相手を軽く凌駕する力もあるし、法に縛られずに生きることができる権力も持っている。
まあもっとも、その権力を行使するためには、普通の人間としての人生を捨てなければならなくなるだろうが。
だがしかし、それでも今の俺ならば、と……そう考えてしまったのだ。
これは俺の甘さだった。
本当に大切なものを守りたいのなら、この女が情報を吐かないと思った瞬間に消すべきなのだろう。
だが俺は……我ながら呆れた話ではあるが、この女を助けてみたいと思ってしまった。
無論、逃がしてやるつもりはないが、せめて心だけでも、と。
この甘さはいつか俺自身を滅ぼすことになる。そんなことはわかっている。
実際に一度、死んでいるのだから。
それでも俺はこの甘さを抱き続けていることに、どこか心地よさを感じてしまっていた。
あるいは殺伐とした世界で生きていく中で、そんな甘さに自らの人間らしさを見出していたのかもしれない。
……まったく、滑稽な話だ。だが、それでいいとも思っている。
だって俺は、そんな甘さの中に確かな幸せを見いだせているのだから。
とはいえ、俺にはもうこの女を救う事はできないだろう。
流石にもうすぐフィルスが戻ってくるだろうし、そうなれば医者も一緒だ。
医者なら、いや医者でなくとも、マスターの怪我の原因なんて一目瞭然だし、そうなればこの女は捕まる。
俺がこの女の心を救い上げるには、時間が足りな過ぎる。
(この世界に来て、こんな力を手に入れてなお、俺にはできないことばかりなのだな……)
俺は何度目になるかもわからない己の不甲斐なさと無力感を噛みしめながら、フィルスの帰りをただ待つのであった――――
2017/03/11 襲撃者の性別を男から女に変更した際、直し漏らしがあったので修正しました。まだ直っていないところがあったら知らせていただけると幸いです。
フィルスに医者を呼びに行かせるセリフを追加しました。