第二十四話 『お嬢様にお願いしてみた』
視点の切り替えの区切りを変えてみました。
なにか問題があれば言って下さると助かります。
2017/05/09 ミス修正
さてと……なんだか偉ぶった感じでテキトー並べちゃったけど、レティア様はどんな反応をすることやら……
「それだけ強大なお力をお持ちでありながら、そのような高遠なお考えに至ることのできる。そんなあなた様の高貴な御心に、私心打たれました。こんな矮小な存在であるはずの私を、自らと同じ”個”として見ていただけるなんて……光栄の極みでございます。ですが、私の中にある魔晶龍様への敬意の念は根深く、簡単には覆そうにあるません。ご期待に応えることができず、申し訳ございません……」
う、う~む。真剣に受け取ってはくれたようだけど、それでもなおダメと来たか。こりゃ相当だな。
「いや、よい。ならば代わりに一つだけ約束を。いかに我の願いであったとしても、間違っていると思ったこと、やりたくないと思ったことは、素直にそう言って欲しい。これさえ守ってくれるなら、それ以上とやかく言うつもりはない」
「は、はい! 畏まりました。それでは、そのように……それで、私に頼みとは、一体……」
「うむ。それなのだがな……ムルヴァ・グレデルンブという人間を知っておるか?」
ひとまず俺はムルヴァと彼女の関係を確認する。
屋敷を訪れていたあたり、全くの無関係ではない可能性が高いし、予想以上に深い関係だったりしたら今回の計画に影響するかもしれない。
「へ? あ、はい。存じております」
「お主とあ奴はどのような関係にあるのだ?」
「! そ、それは……」
俺に質問に、レティア様は苦虫を嚙み潰した顔をして、言葉を詰まらせる。
(この反応……後ろめたさからか、それとも嫌悪からか……後者なら良いのだがな)
「できれば、教えて欲しい」
「…………ムルヴァは、私の婚約者です……」
「なっ! あ、いや……そうであったか……むぅ……」
婚約者とは意外だった……しかし先ほどの表情から察するに、レティア様の方はこの婚約にあまり良い感情を抱いていない感じなのかな? というか、そうでなくては困るのだが……
「お主自身は、あ奴のことをどう思っておるのだ?」
「正直に申しますと、できることなら何らかの事情で私と正式に婚姻を済ませる前に、消えてくれれば良いな、と日ごろから考えてしまう程には、好いてはおりません」
お、おお……やっぱ嫌われているのかムルヴァ。しかもこりゃ相当だな。
「破棄はできぬのか? お主の家の方が位も随分上であろう? それなら普通は、政略結婚にしたってもっと身分の上の者とするものではないのか?」
「……人の社会にお詳しいのですね。流石は魔晶龍様です。確かに、私の家は侯爵家。本来ならあのような格下の、卑しい家の者と婚約するなどあり得ないのですが……少々込み入った事情がありまして……」
格下の卑しい家って……こんな温和そうな娘にここまで言わせるグレデルンブ家、やばいな。
「……聞かせてみよ」
「し、しかし、あまり良い話しでは……それに、今はそれより魔晶龍様の願いの方が重要ですから……」
ふむ。この慌てっぷり。何か都合の悪いことでもあるのかもしれないな。
ま、安心しなさいな。今回はよほどのことが無い限りは、あんたに敵対するつもりは俺には無いからな。
利用できなくなるからってのもあるが、多少悪いことしてたとしても、普通にムルヴァの方がムカつくからな。基本はそっち優先だ。
それにこの子、というかジウスティア家もあのクズの被害者なら、利害も一致してお互いハッピーになれるかもしれないしな。
「構わぬ。話してみよ。あるいは、それも関係のある話やもしれぬしな」
「……畏まりました。実は――――――」
話自体はそこそこ長かったが、まとめればそう複雑な話ではなかった。
要は、ムルヴァがレティア様に一目惚れして、自分のものにするためにジウスティア家の弱み、というか弱点を探り出して、それを盾にレティア様との婚約を迫った。
最初は両親もレティア様のことを想って反対したが、それでは家の存続が危うい。
そこでレティア様自身が両親のためにと、婚約を了承した。
というのが大まかな流れだ。
ちなみに、レティア様は長女だが上には兄が3人もいるらしく、自分が嫁いでも家の跡取りは問題ないのだそうだ。
だからと言ってそれで良いのかと思ってしまうが、貴族同士のあれこれは正直俺にはよくわからんので下手に口出しはしにくい。しにくいがしかし…………気に食わん。
貴族なのだし、政略結婚なんかも普通にあるのだろう。
それに関しては、本人がどうしても嫌と言って直接泣きついて来ない限りは、気に食わないなんて理由で介入したりするつもりはない。
異世界人である俺の感覚がこの異世界に住む人々とはずれている自覚はあるし、政治的な部分を完全に無視するわけにもいかないからな。
だが、今回のはダメだ。
今回のは完全に脅迫じゃないか! それにムルヴァ相手では、行った先の家での幸せなんてあるはずもない。
流石にこれは見過ごしたくはない。これは少々計画にテコ入れが必要になってくるかもしれないな……
「ふむ。そちらの事情はだいたい把握した。それについては色々言いたいこともあるが、ひとまずはそのためにもこちらの頼みを先に説明しておくとしよう」
俺は、ごほん、と一つ咳をして、場の空気を仕切りなおす。
「レティアは、クリスタリアという名のギルドを知っているか?」
「クリスタリア、ですか? えっと、仲の良い友人が懇意にしているらしく、名前だけは存じておりますが、詳しいことは何も」
「そうか。実は今、ある貴族がそのクリスタリアを潰そうと画策しておるようでな。色々とマズい状況になっているようだ。我はそれをどうにかしたいと考えている」
「? 確かクリスタリアは、あまり目立たない小さなギルドだったはず。魔晶龍様がそれをわざわざお救いになられるのには、何か特別な理由が?」
「うむ。実はあのギルドにおる者に、少々借りがあってな。この機会に返しておこうと考えておる。しかし、我は人間社会に対する理解が足りぬでな。こういった問題にどう対処すれば、後腐れなく終わらせられるか、よくわからぬ。故に、お主に力と知恵を借りたいと考え、こうしてお主の前に姿を現したというわけだ……せっかく我との再会を喜んでくれたというのに、こんな利己的な理由で済まぬな」
「い、いえ! そんな! こんな小娘ではできることも限られましょうが、できる限りお力添えをさせていただきたく思います」
「そうか。ありがとう。ではまず、ことの発端から話そうか。実は――――――」
それから俺は、今回の事件に至るまでの経緯と、掴んでいる情報や証拠を全てレティア様に開示する。
ここでレティア様に裏切られると終わりなのだが、まあ大丈夫だろう。
これでも人を見る目には、まあまあ自信がある。たぶん。うん。
「……ムルヴァがそこまで非道な男だったとは。私のことも関係があるかもというのは、そういう事でしたか。この件を上手く解決できれば、私の婚約も解消できるかもしれませんね……無論、クリスタリアを救う事を第一とさせてはいただきますが、これは私にも利のある話。俄然やる気が湧いてきました。私とお話しして下さるだけでなく、未来への希望まで運んでくださるなんて、やはり魔晶龍様は私の守り神様でございます」
そこまで言うと、レティア様は俺に向かって片膝をつく。
「このレティア・ジウスティア。魔晶龍様の願い、しかと聞き受けました。必ずやご期待に応えてみせますので、ご安心ください」
すんなり協力してくれてよかった。
これもムルヴァのクズさのなせる業、か。もはや一周回って笑えて来るな。
「うむ、よろしく頼む。まあしかし、明日の誕生日くらいは好きに楽しむと良い。一生に一度のめでたい日なのだからな」
「ですがっ! ……いえ、お心遣い、感謝いたします。では、パーティーが終わり次第、尽力させていただきます」
「うむ。 ……ちなみに、一応聞いておくが、策はあるのか?」
「いえ。残念ながら今のところは。私個人はそこまで大きな力も持っておりませんから、両親に反対されれば、家の力に頼りことはできません。そうなると、私にできることはあまり……」
「そう、か。わかった。ひとまず今日はもう帰ると良い。家の者も心配していよう」
「あ……そう、ですね……はい」
そう言いながらも、レティア様はその場を動こうとしない。
別れを惜しんでくれるのは嬉しいが、今は帰ってもらわねば困ってしまう。
いつまでもここに居るわけにもいかないからな……
「ふっ……そう肩を落とすでない。何も今生の別れというわけでもあるまいに。またすぐ会える。だから今日はもう帰りなさい。レティアが我儘な悪い子だというなら、もう少し共に居てやっても良いが、我はそうでないと信じておるぞ」
「っ! は、はい。申し訳ございません! す、すぐに帰ります! だからっ! あの!」
ちょっとした冗談のつもりだったのに、レティア様は涙目で懇願してくる。
「いやなに、ちょっとした冗談よ。あまり真に受けるでない。それよりもう帰るのだろう? 陰から見守っていてやるから、安心して帰りなさい」
「あ……はい。それでは、また」
そう言って今度こそ帰って行くレティア様。
俺は彼女が視界の外にまで去ったことを確認してから、ヒトの姿に戻り、来た時と同じように後ろをつけて行く。
そして王都外壁の門を潜ったことを確認した俺は、東門から王都へと入ると、そのまま宿へと帰って行くのだった。
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魔晶龍様とお話をした翌朝。
簡単に食事をとった私は、パーティーのため身支度を整えます。
パーティーは今日の昼からなので、ドレスはまだ着ませんが。
さて、身支度を終えた私には、パーティーの前にやらなくてはいけないことがあります。
それは多くの貴族から贈られてきた誕生日プレゼントの選定です。
これのなんと面倒で億劫なことか。
貴族の誕生日パーティーでは、最も優れていた贈り物を会場に飾るという、なんとも趣味の悪い慣例があります。
もし純粋な好意から贈られてきたものでこれをするなら、こんな気持ちにはならないのでしょうが……贈り物の意味するところは、私へのお祝いなどではなく、ただの自慢大会への参加権です。
私の家のような位の高い家の令嬢の誕生日。それもちょうど成人するおめでたい日。
それが有象無象の薄汚い貴族共の目には絶好のアピールチャンスに映るのでしょう。
こぞって、いかにも会場に飾ってくださいと言わんばかりの、派手派手しいものばかり贈りつけてきます。
そんなものの中から一番を選べというのですから、嫌になるのも当然です。
ただでさえ、昨日は散々お母様からお説教を受けて疲れてしまったというのに……
そんな内心の憂鬱を表に出さぬように、贈り物の置かれた部屋に来た私は、一つ一つ贈り物を見ていく。
枠に宝石の散りばめられた大きな鏡。
宝石で装飾された等身大の男性の半裸像。
黄金と宝石で装飾された宝剣――――――
そうして半刻ほどかけてようやく全てを見終える。
(はぁ……どれもこれも金や宝石をふんだんに使った成金趣味のものばかり。こんなの、使われている宝石の方がかわいそうだわ)
どれも趣味に合わないものばかりだが、それでもこの中からどれか一つを選ばなければならないことに嘆息していると、ふと視界の端にまだ見ていない贈り物の置かれたスペースを見つける。
いくつかの贈り物が無造作に置かれ、布のかけられているそれが気になった私は、つい先ほど部屋に来たお母様に聞いてみることにした。
「お母様、あちらの物は見なくてもよろしいのですか? この部屋にあるなら、あれも贈り物なのではありませんか?」
「まあ、そうなのだけれどね。あそこに置いてある贈り物は送り主のわからないものなのよ。毎年いるのよね。名前を書き忘れる人が」
「? 去年や一昨年は見なかったような気がするのですが……」
「それは単に気が付かなかっただけよ。それに去年まではもっと小さなものばかりだったから。今年は大きな像もあって目立ってるから気が付いたのね」
そうだったんだ。全然知らなかった。
「一応、見てもよろしいでしょうか?」
確かに贈り物のチェックなんて疲れるだけだし、見なくてよいのならそれに越したことはない。
でも、どうしてだろうか。他と変わらないであろうはずのあの贈り物たちが、私は妙に気になってしまった。
隠されているが故に、好奇心が刺激されたのだろうか。
「いいけど……像以外は大したものではなかったわよ? その像だって、完成度こそ高かったけれど、それが何なのかは全然わからなかったし。台座も作品名もないものだから余計ね」
母の言葉に、その像への好奇心がより刺激された私は、その一角に歩み寄ると、かけられた布を一気に引きはがす。
そしてその瞬間、私はその像のあまりの神々しさに、言葉を失ってしまった。
なんとそのクリスタルでできた像は、昨日お会いした魔晶龍様の人型の御姿そのものであった。
どれくらいそうしていたのだろうか。
像を見つめ続けて固まっていた私は、母の呼び掛ける声に意識を呼び戻された。
「――ィア――――ティア――――――レティア!」
「へ? あ、は、はい。なんでしょうか、お母様」
私が慌てて返事を返すと、お母様はあからさまにホッと息を吐いて、呆れた表情になる。
「なんでしょうかじゃないわよ全く。急に固まっちゃって。心配させないでちょうだい」
「も、申し訳ございません、お母様。あの、ところで、こちらの像を会場に飾ることは可能でしょうか?」
「……他にも良いのはいっぱいあったでしょう? だから――――「こちらの像を飾ることは可能でしょうか?」」
「いやそれは――――「可能でしょうか?」」
どうしてもこの像にしたかった私は、笑顔を欠片も崩すことなく、お母様に問い続ける。
「…………はぁ……しょうがないわね。ま、貴方の誕生日なのだし、そこまで言うなら好きになさいな。でも、無名の贈り物なんて選んで、他の貴族からのイヤ~な視線を一番に受けるのはあなただという事は、自覚しておきなさいね」
そう言ってお母様は、苦笑しながらも私のわがままを受け入れて下さいました。
嫌な視線を受けるのは、お母様も同じなはずなのに……
ですが、今はその優しさに素直に甘えさせてもらう事にします。
だって、この無名の像は、魔晶龍様からの贈り物かもしれないのですから。
でも、私にこの像を会場に飾る資格があるのでしょうか。
昨日、説教の後に両親の説得に失敗して、魔晶龍様の期待に応えられなかったこの私に。
「……申し訳ございません。魔晶龍様」
像に手を置き、小さくそうつぶやいた私は、パーティーに向けての他の準備をするため、部屋を後にするのでした。
次回はこのままレティア視点での開始となる予定です。