第二十三話 『お嬢様とお話をしてみた』
実は、この作品のタイトルの、 異世界スキル活用術 の後の ―レベルを上げて魔術で殴れ― の部分を変更するか迷ってます。
変更の際は改めて通知いたしますので、よろしくお願いします。
「あ……貴方様は、あの時の……会えた……本当に会えた……」
レティア様の感極まったような声に後ろを振り返る。すると、地面に両膝を突き、涙を流してこちらを見つめているレティア様と目が合った。
(!? なんでこの娘こんな泣いてんの!? え、どうしよう……)
俺が対応に困ってその場で固まっていると、レティア様は右腕で涙を拭い、こちらへ改めて視線を送ってきた。
「取り乱してしまい、申し訳ございません。私の名はレティア・ジウスティアと申します。先ほどは危ないところをお救い下さり、誠にありがとうございました」
そう言って彼女は深々と頭を下げる。その姿勢は、それはそれは美しい土下座であった。
(あーうん。この子が魔晶龍信者なのはわかってたことだけど、ここまでとはな……確かにこの子の信仰心を利用する作戦ではあったが、ここまで畏まられるとそれはそれで反応に困るというか、罪悪感が沸き上がってくるというか……)
とはいえ、こんな千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。
彼女との対話を図るべく、俺は魔晶龍騎士の姿をとる。もちろん属性はわかりやすいように風属性だ。
「!? そ、その御姿はいったい……」
驚く彼女に声をかけようと、俺は口を開……けない! そうだよね! この姿じゃ喋れないじゃん! 口無いし! 当初は屋内の予定だったから、筆談とか考えてるうちになんか喋れる気がしてしまっていた……
喋れなくて慌てる俺と、いきなり変身した俺に驚きを隠せないレティア様。
両者向かい合って硬直したまま、数分が過ぎる……
(な、何かしゃべってくれっ! 俺は自分から話せないんだから!)
(魔晶龍様がこのようなお姿をとられたのには、何か意味があるはず。ならば私などが浅慮から何かしたとしても、邪魔をしてしまうのが関の山。今はじっと待ちましょう……)
まあ、こんな2人が向かい合っていても、何も話が進まないのは道理である。
「っくちゅん!」
それからどれだけの時間が経っただろうか……最早できることもないだろうと、ぼーっとしていた俺は、目の前に無言で立ち続ける少女の放った小さなくしゃみに、ふと意識を引き戻された。
すると、気が付けばもう空は茜色に染まっており、気温も先ほどより下がっている。
最早人ですらない俺にはどうという事はないが、目の前の少女の服装では、この寒さは少々堪えるだろう。
(ま、このままってわけにはいかんしなぁ……でも彼女に動く気配はない。考えてみればそうだよな。魔晶龍信者ってことは、彼女にとっては神様みたいなもの。その神が目の前にいて、自分から声をかけるなんてなかなかにハードルが高い。さっきの自己紹介だけでも、相当緊張したはずだ。ここから先は、俺が何とかしてやるしかないかなぁ)
とはいったものの、この姿では喋ることもできず、ヒトの姿をとる訳にもいかない。
地面は草や落ち葉で覆われており、筆談には使えそうにない。空中に文字を書けるような便利な魔法でもあれば話も違ったのかもしれないが、俺にそんなものはない。
(……詰んだか? いやいや諦めるな俺。何かあるだろう。風呂のときだってどうにかなったじゃないか……ん? 風呂のとき、か。あの時は確か、気合で固有スキルが成長したんだったな……固有スキルは、女神曰く種族特性なんだったか……固有スキルは魂でなく、肉体に依存したものが多いとも言っていたな。それなら、成長条件も違うのか? てかそもそも肉体に依存って……俺、魔素なんだが…………あ、いや、そうか。魔素なんだ。俺の体はただ魔素を固めて形作っているだけのもの。ならば、本来そこに形状の制約なんてないんじゃないか? もしそうなら、やってやれないことはない、か)
そうと決まれば実践あるのみ。
俺は、自分の体に意識を集中させる。すると、今とっている肉体の構造がだんだんと把握できてきた。
(ふむふむ。今の俺の体は、中央に魔核があるのと、関節部が曲がるようになっている以外はほんとにただの魔素の結晶なんだな……人形かっての! 簡単すぎるだろ、俺の体! こんなだったのかよ! そりゃ、気合だけでどうにかなるわけだ……)
だが、今はこれでは困る。せめて発声器官だけでも用意しなければ、ずっとこのまま、なんてことも十分あり得る話だ。
(発声ができれば良いだけなら、必要なのは、肺のような、空気を外へ排出するための仕組みと声帯、共鳴腔に口、か……多いわ! それに仕組みはわかってても、いざ作るとなると形までは正確にはわからん。というより、作った時にどういう声になるかの調整ができない。これで甲高い女声とかだったら目も当てられんのだが……やるしかない、か。本来の声を使うわけにもいかんしな。一応俺のオリジナルをコピーしてちょっとだけ弄る感じにしとくかな。それならそんなにひどいことにはならんだろう。たぶん)
そして自分の体内の一部を魔素化して(これも結構難しかった)こねくり回すこと約20分。ようやく俺は、発声器官らしきものを作ることに成功した。
後は声を出してみて、変な声でなければ完璧なのだが……こればかりは喋ってみなければわからない。
(それじゃ、喋ってみますかね。せいぜいこの少女の中の幻想をぶち壊さないような声が出せることを祈ろう)
「ま゛だ……ぜだ、な」
(おおう……”またせたな”と言ったつもりだったのだが……まだ口を含め、コントロールが上手くできないな。まあ、声は元の俺よりさらに低くなっていて、なかなか渋い感じなのがせめてもの救いか……)
目の前の少女は俺が言葉を発したことによほど驚いたのか、先ほどまでの、両手を絡め合わせ目を瞑った祈るようなポーズを解き、目を見開いてこちらを凝視している。
「ま゛だせたな」
俺は先ほどよりマシな感じでもう一度同じ言葉を繰り返す。
うん。この感じならすぐにでもコツが掴めそうだ。流石に軽快にとはいかないかもしれないが。
「え? あ、い、いえ! そんな! 私は別に……でも、え? 言葉を?」
俺の二言目で我に返ったのか、レティア様は随分と慌てた様子で俺に言葉を返す。
しかし、やはり俺が言葉を発したことへの驚きを隠せないようで、内容はめちゃくちゃだが。
「はな、せる。いま、そうした。おま、え、と、はなし、したい」
「!? で、では、私と話すために、わざわざ今、言葉を話せるようになったと?」
「そう、だ。からだ、かいぞう、した。このひとがた、は、まえから、だが。くち、なかった」
「あ……ありがたき幸せ。私などでよろしければ、いくらでもお話しをさせていただきます。いえ、むしろこちらからお願いしたいほどです!」
そう話す彼女は、なんだか興奮気味な様子で、とりあえず俺の不自由な発音でも問題はなさそうだ。
とりあえず1人の少女の夢を壊さずに済んだことに安堵した俺は、そのまま話を進めることにした。
「とり、あえず、さむく、ない、か? さきほど、くしゃみ、してた」
「へ? あ、いえ! 大丈夫です! わざわざお気遣いいただき、感謝いたします。ですがどうぞ私のことなどお気になさらず、お話をなさって下さい」
レティアに質問を飛ばしはしたものの、俺の中では、次の行動が既に決まっていた。
故に、今の問答には大した意味などなく、確認のための形式的なものでしかない。
俺は自身の属性を火属性に変えると、自身の魔素を活性化させ、周囲が燃えない程度に熱を発した。
王都近辺は気候的には春先と言った感じで、更にはここは森の中。そして空には既に星が輝き始めている。
彼女の腕の出た涼し気な格好で、寒くない訳がないのだ。
だが俺が仄かに熱を発したことで、周囲の気温は日中と同じくらいまで上昇する。
「どう、だ? まだ、さむい、か?」
「あ……いえ、大丈夫、です……」
レティア様は俺の気遣いに感極まってしまったのか、再び涙を見せる。
こちらを尊ぶ強い気持ちは嫌ではないが、ここまでだと逆にやりにくさを感じてしまうな。
レティア様が落ち着くのを待った俺は、話を再開する。
「もう、はなし、いいか?」
「あ、は、はい。申し訳ございません……」
そうもしょんぼりされると、なんだかこちらが悪い気がしてきてしまうが……もはや彼女のオーバー過ぎる反応にいちいち構っていては、いつまで経っても話が進まなそうなので、申し訳ないがスルーさせてもらうことにしよう。
「とり、あえず、なぜ、こんな、もりへ?」
「え? あ……はい。実は、明日は私の誕生日でして、家ではそのための盛大なパーティーの準備がなされており……それ自体は、別に嫌というわけではないのですが……その、私の両親は、私の魔晶龍信仰にあまり良い顔をして下さらなくて……」
(ふむ。彼女の魔晶龍信仰は、家のものではなく、個人のものだったか。こちらの世界ではどうなのかは知らないが、この歳で個人的に宗教に大きくのめり込んでいるのは、珍しく感じてしまうな)
「せっかくの成人の誕生祭。その記念すべき日に、私はもう一度だけで良いので、魔晶龍様の御姿を見たかったのです。だから……」
(ふむ。つまりアレか。魔晶龍見たさに屋敷を抜け出して、こんな森の奥まで来たのかこの子は……危ないことするなぁ……でも、それだけ想いも強いってことなのかな)
「そう、か。ならば、あすの、たんじょう、さい。われ、から、も、ささ、やかな、おくり、もの、を、しよう。たのしみ、に、していると、いい」
「!?!? い、いえ! そのような恐れ多いこと……だ、大丈夫です。このように魔晶龍様とお話しさせていただけているだけで、一生ものの思い出でございます。ですから――――」
「だが、きょうは、たん、じょうび、では、あるまい?」
「そ、それは……いえ、でも!」
「よい。われ、が、よいと、いっているのだ。それに、たのみたいこと、も、あるからな。かわり、みたいなもの、だ」
「た、頼み、ですか? 僭越ながらこのレティア・ジウスティア。魔晶龍様のためとあらば、対価など頂かなくとも、その期待にできうる限り、いえ、それ以上に応えてみせます。それに、ただでさえ私は、貴方様に一度この命を救われております。ならばこの命、貴方様のために使うのが道理。どうか、何なりとご命令下さい」
(う~む。まあ、命を救われた神の御前、と考えればおかしくはない態度なのだが……俺はあくまで人と人との関係に留めておきたいんだよなぁ……少なくとも、”命令”ではなく”お願い”にしておきたい。でないと、今後彼女との関係は主と僕で終わっていしまうだろう。俺としては、この敬虔な少女とはもう少し仲良くなってみたい)
「あまり、虐げるのは、好かん。だから、あくまで、これは、我の、願いだ」
「っ! も、申し訳ございません。出過ぎたことを……すべては御心のままに」
(な、なんか悪化した気がするんだが……喋るのも慣れてきたし、頼みごとの前に、ちょいと説得してみるかね)
ギルドを救うことも大事だが、レティア様との関係も大事だ。
レティア様は現状、魔晶龍の姿で会話できる唯一の人間だし、何しろ貴族だ。フィルスでは知りえないことも色々知っているだろう。
それにレティア様は魔晶龍信者で、人柄も良好。十分信用もできる。
こういう人との関係は得難いものだからな。できれば仲良くなっておきたい。
「我も汝も、同じ個、一つの命。ならば、そこに明確な差などあるまいて。我は確かに、自分で言うのもなんだが、強力な”個”である。しかし、それでもこの身に宿す魂はたった一つよ。それはお主とて同じことであろう。ならば、我と汝の存在としての格に、大した差などあるまいて。少なくとも、天上の神からすれば、どちらも同じ”個”でしかあるまいよ。故に、必要以上に畏まる必要などない。我を敬うその気持ち、嬉しくは思うが、できればもう少し和らげてはくれぬか? そんなに畏まられては、おちおち言葉も発することができんよ。我のどの言葉が、お主にどんな影響を及ぼしてしまうのかもわからぬでな」
ううむ……慣れない口で長々と話したせいで少し疲れたな。
これで少しは態度が軟化してくれると良いのだが……
次回へ続く
思ったより長くなってしまったので、一旦切ります。
流石に会話は次回で終わりますので、ご安心を。
そしてレティアちゃんが正ヒロインになるかどうかは……未定です。
この作品がハーレムルートへと突入するか否かの重要な分岐点ですからね。
じっくり考えてから決めようと思います。
……皆さんは、どちらが良いと思いますか?(笑)