第二十二話 『護衛とストーキングは紙一重』
2017/03/10 微修正
宿へ帰ると、革鎧姿のフィルスが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ。レイジ様」
「ただいま。フィルス」
わざわざ姿勢を整えて俺を出迎えてくれたフィルスに、俺は微笑みながら挨拶を返す。
ちなみに、フィルスが身に着けている革鎧は、フィルスが1人で仕事をするにあたって、せめてもと思い俺がプレゼントしたものだ。
大したものではないが、少しでもフィルスの防御力を上げておきたかった。
過保護だと言う者もいるのかもしれないが、冒険者は命を懸けた職業。慎重すぎるくらいが丁度良いだろう。
「レイジ様。今日は何か収穫があったみたいですね」
俺が革鎧姿のフィルスを見ていると、フィルスの方からふとそんな言葉が飛んできた。
……そんなにわかりやすいかね……まあ、今更か。
「まあな。上手くいけば数日中にどうにかなるやもしれん。まだわからんがな」
「! それは是非とも上手くいって欲しいものですね」
俺の言葉に、フィルスも喜色を顔に浮かべる。
「あ、そうそう。フィルスに聞きたいことがあったんだった」
「? なんでしょうか」
「えっと、変なこと聞くみたいであれなんだけど……暦ってわかるか?」
「?? はい。それはもちろん。今日は運命の23日ですよね?」
ふむ。やはりマスターの言っていたソレは暦で合っていたのか。
「暦を俺に教えてくれないか?」
「? それはつまり……1年が何日で、曜日が何でとか、そういう話ですか?」
「そうそう。そゆこと」
俺の質問に困惑した表情を浮かべるフィルス。
ま、そりゃそうだわな。俺だってそんな当たり前すぎることを聞かれたら、何言ってんだこいつって思うわ。
しかし、フィルスはすぐにハッとして表情を真面目なものに戻すと、さっそく説明を始めてくれた。
「まず、1年は366日で、豊穣、運命、闘争、時空、生命、輪廻の6つの月に分かれています。各月はそれぞれ61日となっており、曜日は月の頭から火、水、風、土、光、闇の順番で回ってきます。そして月の最後の1日だけは、その月を司る神への感謝をする"祝祭の日"となっており、例外的に曜日は存在しません……こんなところでしょうか」
ふむふむ……年の日数は地球とほぼ同じ、か。一日の時間もほぼ同じことから考えて、この星は地球とほぼ同じ環境と考えて問題はなさそうだな。今更ではあるが、一安心だ。
で、今日が運命の23日ってことは、だいたい3月末ってところだろうか? まあ、年の区切りがどこかわからんから確実にそうというわけではないが……ま、そもそも関係性のかけらもないことだし、どうでもいいかな。
「ありがとう。大体分かった。まあ、わかったところで自分の誕生日がいつかわかる程度の意味しかないんだがな。常識みたいだったから、一応知っておきたかっただけだ」
一応の理由付けをして、この話は終わり…………と思っていたのだが、
「た、誕生日ですか! レイジ様の誕生日はいつなのでしょうか!」
フィルスがすごい勢いで食いついてきた。
(お、おう? え、えっと、俺の誕生日は7月の25日だから……)
「時空の25日、かな?」
「……良かったです。まだ期間は十分にありますね。では、その日には盛大にお祝いをしましょう! 神への祭りが霞むほどに!」
いやいや、この子は何を言っているのかね。気持ちは嬉しいが、そう目立つのはご免だ。
「気持ちは嬉しいがな……俺はあまり派手派手しいのは好かん。仲間内だけのこじんまりとした、温かい感じの方が、俺は好きかな」
「そ、そうでした……申し訳ございません……」
俺は、失敗してしゅんとしてしまったフィルスの頭を優しく撫でてやる。
「別に気にしなくていいさ。俺とフィルスは出会って大して日も経っていないんだから、これから分かり合っていければそれでいいと、俺は思っているよ」
「!! は、はい! が、頑張ります」
妙に気合の入ったフィルスを見て、つい笑ってしまいそうになるのを必死に耐えた俺は、明日以降の行動についてフィルスとも相談しておくことにした。
「さて、フィルス。ちょいとお話がある」
「! はい! フィルスです! お話、聞きます!」
「ブッ!! ックックック」
折角笑うのを堪えたというのに、直後にこんな追撃はずるい。耐えきれずに吹き出してしまった……
「へ? あ、えっと……お、おかしかったでしょうか……」
多少は自覚もあったのか、そう俺に確認するフィルスの頬はほんのり赤く染まっていた。
「力が入り過ぎなんだよ。そんな気合入れなくても、普通にしててくれればいいから」
「うう……はい。ごめんなさい」
「さて、それじゃあ改めて、明日からの話をする」
俺の真面目になった声色を聞き、フィルスも床に正座をして真面目な顔になる。
……正座は、しなくてもいいのだがな。まぁ……もうなんでもいいや。
「明日から俺はある貴族と接触を図るために、色々調査をするつもりだ。詳細は長くなるから割愛するが、作戦決行は上手く行けば明後日になる。というわけで、一応明後日の予定は空けておいてくれ。何もないとは思うのだが、もしかしたら何か頼むこともあるかもしれん」
「わかりました。それまでにしておくことは?」
「いや、現状ではまだ詳しいことが何もわかっていないからな。とりあえず明日は今日までと同じ感じで大丈夫だ。それから……いや、何でもない」
「? はい。了解しました」
俺が貴族と接触する際に魔晶龍の姿をとれば、レティア様の詳細を聞いたマスターと作戦決行日を知っているフィルスには俺の正体がバレてしまうかもしれない。だから後で話すかもと言おうとしたのだが……言えなかった。正直に言えば、少し怖かったのだ。
俺はどこまで行っても種族的に見れば魔獣だ。魔獣は人間の敵。俺の立ち位置は、半吸血鬼のフィルス以上に明確に人間と相反する位置にある。
魔晶龍は信仰の対象となっているからまだマシかもしれないが、それでも一度でも害になると判断されれば、躊躇いなく駆除しに来るだろう。
それに加えて俺は異世界人。魔獣で異世界人なんて異端中の異端だ。
人間は未知を恐れる。そしてそれが強い力を持っていた時、人はそれを排除しようとする。自分の優位性を保つために。
ならば俺はこの世界に受け入れてもらえるのだろうか。その答えを聞くのが、俺はまだ怖い。
(まったく……こんなことで臆病風に吹かれているのでは、師匠に叱られてしまうな)
もし師匠が隣にいたならば、秘密を明かさない慎重な行動そのものは非難されないだろうが、こんな風に怖がっていることを知られれば、確実に拳骨が降ってくるだろう。
自分の情けなさに、思わず苦笑してしまう。いくら勝手の分からぬ異世界だからと言っても、もう少しくらいしゃんとせねば、救えるものも救えなくなってしまうというものだ。
「レイジ様? どうかなされたのですか?」
突っ立ったまま苦い顔をしていたせいで、フィルスに心配させてしまったようだな。
「いや、大丈夫だ。少し自分を見直していただけさ。夕飯はもう食べたか?」
「はい。私はあとはもう寝るだけです」
「そうか。なら、今日はもう寝ようか。明日は早くなりそうだしな」
「はい。おやすみなさいませ」
「ああ、おやすみ」
そして翌日のまだ日も昇らぬ頃。
予定通りに目を覚ました俺は、身支度をすると足早に宿を出た。
行き先はもちろん、ジウスティア侯爵家の屋敷だ。パーティーを明日に控えた今日は、おそらく人や物資の出入りも激しくなるだろう。そうなれば、忍び込む隙もできるかもしれない。
できれば明日のパーティーまでに、レティア様の予定だけでも掴んでおきたいものだが……
そして約30分後、ジウスティア侯爵邸に到着した俺は、怪しまれないように注意をしながら屋敷の周囲を確認する。
こういった技術は前世で嫌という程磨いたからな。変なスキルで感知でもされない限りは大丈夫なはずだ。
屋敷の周囲をざっと見て回ってみたが、ジウスティア家の屋敷は周囲の屋敷と比べて大きく、家の持つ力一端がうかがえる。
(流石は侯爵家ってところか。民衆からの評判も良いみたいだし、侯爵の中でも高い位置にいるのかもしれないな……これはヘタを打ったら逆効果になりかねんか。時間はないが、ヘマだけはしないようにしないとな……)
屋敷の警備は、気配察知の届く屋敷を囲う塀の付近だけで30人以上、高所からの目視でそれよりも内側に更に20人以上が確認できた。
屋外だけで50人以上という厳重な警備体制は翌日のパーティーに備えてのものだろう。
(参ったな……これじゃあ運良く侵入できたとしても、とてもじゃないが自由に動き回ることなんて不可能だ。警備を削りながら侵入という手段もとれない以上、悔しいが諦めるしかなさそうだな)
それでも他に当てもない俺は、無力感と焦燥感を抱きながらジウスティア邸を眺め続けていた。
それから何時間経っただろうか。頭の中は既に、成果を期待していたであろうフィルスへの言い訳をぼんやりと考えていただけの俺だったが、目の前の光景に一気に意識が現実へと引き戻された。
なんと、屋敷の裏手からレティア様が1人で出て来たのだ!
周囲に護衛などの人影が無いことから、おそらく彼女は何らかの理由でこっそり屋敷を抜け出してきたのだろう。出てきた場所も出入り口ではなく、抜け道のような感じの場所だったしな。
とはいえ俺は人攫いではないし、彼女と面識がある訳でもない。
そんなわけで接触する理由が無いまま、とりあえずレティア様の尾行を開始する。
しばらく後をつけてみると、進行方向からどうやら彼女は王都の北門の方へと向かっているらしいという事がわかる。
北門は俺の良く使う東門とは違い、主に上流階級の人間が使用する場所だ。そのため門の前の通りもそういった人間を対象にした商店が多い。まあ、俺には縁のない場所なので細かいところまでは把握していないが。
しかし、どこかの店に寄るのだろうと思っていた彼女は、なんとそのまま北門を抜けて王都の外へと出て行ってしまった。
(おいおい、流石に外は危ないんじゃないか? 確かに北門の付近は魔獣が少ないが……)
もう目的とは関係なしに彼女のことが心配になってきた俺は、彼女の気配が遠ざかる前に急いで北門を通り抜け、彼女の後を追う。
北門は関税も高く、俺の身分では入るのは大変だが、出て行くものへのチェックは特にないので出るだけなら他の所と大して変わらない。
北門を出てしばらく尾行を続けているが、彼女は周囲に気を配りながらも森の奥へと足を運んで行く。
様子からして、一応危険は承知しているようだが、見ていて危なっかしいことこの上ない。警戒は雑だし、森は歩きなれていないのか、何度も転びそうになっており、魔獣に襲われればあっという間にやられてしまうだろう。
しかし、彼女にも何か目的があるのか、その顔には恐怖とは違った強い意志のようなものを感じる。
(本当なら、もう危ないからと声をかけて止めた方が良いのだろうが……まあ、魔獣が出ない限りは見守っていてやるかね)
そのまま歩き続けること約1時間。運が良いのか、はたまた何かしらの手段を持っていたのか、一度も魔獣に遭遇することなく森の中を歩き続けていたレティア様だが、流石に疲れてしまったのか、大きな木の根元に座り込んでしまった。
「はぁ……やっぱり無理なのでしょうか……お父様とお母様は、私のためにと随分と張り切って準備をしてくださっているけど、そんなものより私は……」
木陰から彼女の様子を窺っていると、ふとそんな言葉が漏れ聞こえてきた。
(ふむ……彼女は自分の誕生日に合わせて何かを探しているのだろうか。先ほどからしきりに上を見上げていたが……木の実か何かか?)
俺は、彼女の探し物が気になって何の気なしに上を見上げる。すると、山の方から凄まじい勢いで飛んでくる魔獣が目に入った。
(!! あれは劣飛竜種か!? 軌道からして目的地はこの付近……でも、奴は何を狙って……いや、今はそれを考えている場合ではないか)
分析を後回しにしてレティア様を守ることを最優先にした俺は、すぐさま古魔晶龍の姿をとり、彼女と劣飛竜の間を塞ぐように体を割り込ませる。
とった体の属性は速度重視で風。そういえば彼女と初めて会った時も風属性だったな、などと他愛もないことが一瞬頭をよぎったが、劣飛竜への警戒は解いていない。
(さあ、来い! 貴様がどこから攻めて来ようと、確実に防いでみせる!)
俺は臨戦態勢を取り、ありったけの殺気を込めて劣飛竜を睨む。
すると劣飛竜は実力の差を感じ取ったのか、逃げるように元来た山へと逃げて行ってしまった。
(むぅ……やっぱり逃げてしまうのか……まあ、今はそれで良いんだけどさ)
一向にこの姿での戦闘データが取れないことに不満をおぼえつつも、レティア様を守れたことにひとまず安堵する。
「あ……貴方様は、あの時の……会えた……本当に会えた……」
後ろを振り返ると、そこには地面に両膝を突き、涙を流してこちらを見つめるレティア様がいた。
今回のサブタイトル、『再びの邂逅』とかそんな感じにしようかとも思ったのですが、今までのサブタイの雰囲気が軽い感じだったのと、邂逅だとレティア視点になってしまうかなと思ってこれにしました!
ちょっとふざけすぎかな?(笑)
そして今回も、考えていた流れとは少し違った感じになってしまいましたが、まあこの作品は終始そんな感じなのでもう気にしないことにします!
そんなわけで、また次話でお会いしましょう。