第十九話 『フィルスの実力③』
今回で『フィルスの実力』は終わりです。
それから、今回フィルス視点で”刹”という時間の単位が出てくるのですが、これは1分=2刹という事でよろしくお願いします。
レイジ君はまだこの単位を知らないので、本文中説明するタイミングがなくて(^^;
それから、前から出てきている刻という単位ですが、実際にある刻の単位とは何の関係もない異世界の単位として考えてください。
最後に、この小説内での”人間”というのは、亜人+ヒト族のことです。
では、どうぞ
2017/02/17 前書きに追記・最後の魔石を4つから5つに修正(最初の1体忘れてましたw)
2017/03/10 微修正
魔獣の駆ける足音、拳の風を切る音、その巨体から生み出される空気の流れの変化。
俺はそれらすべてに神経を研ぎ澄まし、奴らの動きを察知し、予測する。
この世界に来てからというもの、気配察知のスキルによる感覚の補助に頼り過ぎていた感があった。
だがそれではせっかく訓練や実践で培ってきた、気配を読む感覚が鈍ってしまう。
さらに言えば、その手軽さから周囲への警戒が散漫になりがちになり、結果隙が生まれてしまう。
今回が良い例だ。
俺はフィルスと違って戦闘をしていた訳でもないのに、あんなデカい魔獣の接近に気付くことができなかった。
俺はきっとこの世界に来てから、どこか油断していたのだろう。
強い力を手に入れ、異世界の目新しさに浮かれ、気が緩んでいた。
だがそのせいで、せっかくできたフィルスという仲間を失うところだった。
さっきフィルスが魔獣に気が付くのが一瞬遅かったらと思うと、ゾッとする。
確かに俺は強いのかもしれない。
そう簡単に殺されるような体ではなく、生きるために必要な糧はそこらへんに漂っているため、飢える心配もない。
神に押し付けられたスキルのおかげで、この世界の魔術の原理だって簡単に解明できてしまった。
だがそれがどうしたというのか。
そんな独りよがりな強さでは、何も守れはしない。
目の前にいる仲間1人すら、守れはしないのだ。
これからは、気を引き締めていかねばならない。
俺がいるのは前の世界よりもずっと命の軽い、異世界なのだから。
「お前たちには感謝しなければならんな。俺に、失う恐怖と守る難しさを思い出させてくれたのだから」
目を瞑って棒立ちしている俺に、魔獣の拳が迫る。
一つは前から、もう一つは後ろから。
「だから、お前たちは…………俺がこの手で殺してやろう」
俺は身を屈めて拳を回避すると、前方にいる攻撃で勢いの乗った魔獣の胸に腕を突き刺し、魔核を引き抜く。
そして引き抜いた勢いをそのまま拳に乗せ、後方の魔獣の腹に裏拳を打ち込んだ。
「GUUUUUU!」
高硬度の魔核を持った俺の拳をモロに食らい、苦悶の声と共によろめく魔獣。
俺は拳を打ち付けた反動を利用して魔獣と距離をとると、手に持った魔核を魔獣の左膝に思いっきり投げつけた。
魔核は魔獣の心臓とも言える部分。そしてその重要な役割の1つは、体内の魔素の管理だ。
魔核は高い硬度を誇るだけでなく、多量の魔素を帯びている物体なのである。
つまり、魔による攻撃しか受け付けないこの魔獣にも有効な、お手軽武器となりえる物体なのだ。
俺の放った魔核が魔獣の膝に命中すると、膝関節は本来曲がらぬ方向へと曲がり、元々前かがみになっていた魔獣は、そのまま前のめりに倒れた。
足が速いのが脅威であるのなら、その足を潰してしまえばいい。実に簡単な話だ。
フィルスの方が心配だった俺は、手早く2体目の魔核も抉り出し、急ぎフィルスのいる方向へと向かうのだった。
~フィルス視点~
「では右の2体、任せたぞ! 倒すよりも足止め優先で頼む!」
レイジ様はそう言うと、左2体の気を引くようにしながら離れて行く。
ここからは先ほどまでとは違い、正真正銘私一人の戦いだ。
失敗すれば死ぬ。その緊張感と恐怖が私を支配しようとする。
(怯えるな! レイジ様に任せると言って頂いたのだ。ならば期待以上の成果を持ち帰るのが従者の役目。足止めで良いと言われたが、倒せそうなら積極的に……攻める!)
怯える心を奮い立たせた私は、前方の魔獣に視線を向ける。
右2体までもがレイジ様の方へ行ってしまわないか心配だったが、どうやら杞憂だったようで、目の前にいる2体のデボラルパルカは私に狙いを定めている。
「すぅーーーーはぁーーーー。フィルス=レーヴェ・ゼムレニア、参る!」
心を落ち着かせ、気合を入れなおした私は、私の言葉とほぼ同時に放たれた魔獣の拳を避けながら、その懐に潜り込んでゆく。
私はレイジ様ほど上手くはないし、頑丈でもない。
チャンスは相手の虚を突けるこの一度きり。
ここで片方仕留められなければ、私の敗北は濃厚だろう。
私は手に持った剣を投げ捨て、両手に出し惜しみすることなく、限界まで魔力を纏わせる。
そして魔獣の胸が目と鼻の先まで迫った瞬間、半吸血鬼の力を開放した!
「喰らえ! 紅喰魔裂掌!」
半吸血鬼の血の力を開放し、身体能力を飛躍的に向上させた私は、更に吸血鬼の紅色の魔力を上乗せした掌底を魔獣の胸へと打ち込む。
すると、打ち込まれた私の手は、魔獣の胸部に大きな風穴を空け、中にあった魔石をはね飛ばした。
(やった! これならいける!)
私は右側から迫るもう1体の拳を、今しがた倒した魔獣の死骸を強引に引き寄せて盾とすることで凌ぐ。
いつもならとてもじゃないがそんなことはできないが、今の私はこの程度の魔獣、片手で振り回すことも容易い。
だがこの力の行使には吸血によって体内に取り込んだ魔力を消費する。
持続時間は、もってあと10刹といったところだろう。
普段なら1刹ほどで限界がきてしまうのだが、ヒトの血を飲んだからだろうか。いつもより余裕がある感じがする。
攻撃を受け後退した私は、手に持った魔獣の死骸を捨て、一旦相手と距離をとる。
流石にいくら身体能力が向上したとはいえ、速度は相手の方が上。
死体に視界の大半を奪われ、状況を把握できていないまま相手に突撃をかますなんて無謀なことはできない。
残った1体を確認すると、相手もこちらと距離をとったままこちらを警戒していた。
流石に目の前で仲間の胸が吹き飛ばされて、無警戒でいるほど馬鹿ではなかったようだ。
(下手に飛び出せばこちらがやられる。でも時間は残り少ない……どうする)
内心の焦りとは裏腹に、お互いににらみ合ったまま時間が過ぎ去って行く。
1刹……5刹……
そして7刹が経ったとき、後方から人の声が聞こえたような気がした。
魔獣がその声に一瞬気を取られる。
(今だ!)
私はその最初で最後のチャンスを生かすべく、全力で地を蹴り、魔獣との距離を詰める。
相手もこちらに意識を戻し、慌てて拳を振り上げるがもう遅い。
「紅喰魔裂掌!」
突進の勢いを乗せて打ち込まれた私の掌底は、デボラルパルカの巨体を吹き飛ばし、その巨体が後方の木々をなぎ倒して行く。
「はぁ……はぁ……か、勝った? 勝った! やった!」
「お疲れ様。凄い威力だったな」
「ふぇ?」
不意に後ろから声がしたので振り向くと、そこには笑顔を浮かべたレイジ様が立っていた。
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森の中を、ただひたすら駆ける。
気配察知で、フィルスの居場所はわかっている。
どうやら魔獣は残り1体のようだが、二人とも先ほどから微動だにしていない。
何もなければ良いのだが、万が一お互いに動けないほど負傷しているのであれば、急がなければならない。
(無事でいてくれ! フィルス!)
2分ほど走ると、フィルスの姿が見えてきた。
どうやら魔獣と睨み合いの硬直状態になっているようだが、ぱっと見怪我はなさそうだ。
フィルスの無事な姿を見てホッとした俺は、ここで最後のテストをしてみることにした。
(俺が声をかけて、集中が乱れなければ合格とするか。魔獣の方はおそらく俺の声で気が逸れるだろうから、それができればとりあえずフィルスのペースには持ち込めるだろうしな)
「フィルス! 無事か!」
俺は万が一の時に割り込める位置までこっそり近づくと、あえてこちらへ意識が向きそうな言葉を選び声をかける。
俺の声に魔獣はこちらへと意識を向けるが、その瞬間、フィルスは隙ありと言わんばかりに魔獣へと突っ込んでいった。
そして、なんとあの巨体を背後の木々をなぎ倒すほどの勢いで吹き飛ばし、一撃で魔獣を仕留めてみせた。
(おお! マジか! 凄い威力だな! こいつは予想以上だ。文句なしで合格だな…………フィルス、俺より強いなんてことはないよな? もしそうなら俺の威厳が……)
そんなことを考えながら陰から見守っていると、魔獣を吹き飛ばしたフィルスは、肩で息をしながらその場に座り込んでしまった。
今の一撃で力を使い果たしたのか。あるいは緊張の糸が切れたのか。
「お疲れ様。凄い威力だったな」
俺はフィルスへ歩み寄ると、労いの言葉をかけてやる。
「ふぇ?」
するとフィルスは、俺に気が付いていなかったのか、素っ頓狂な声を上げて俺へと首だけを回して視線を向ける。
さっきの俺の言葉で、俺が居るのには気が付いていると思っていたのだが……これは無視したのではなくて本当に聞こえていなかったのか?
「へ? あ! レ、レイジ様! このような格好で、も、申し訳ございません!」
フィルスは俺の顔を見るや否や、慌てた様子でこちらを向いて立ち上がり、姿勢を正す。
「ああいや、いいよ別に。疲れているだろうし、楽にしていてくれ」
「は、はい」
フィルスはそう返事をしながらも、座ろうとはせず、そのままの姿勢で突っ立っている。
う~ん。休むべき時には休んでほしいのだが……ん? よく見ると、フィルスの頬が少し赤い気がする。
魔力の使い過ぎによる症状とかだろうか? 俺にはMPが枯渇するなんて経験はないから、そういうのがあるのかはわからんが……
「フィルス。少し顔が赤い気がするが、大丈夫か? 休みたければ休んでもいいんだぞ?」
「あ、いえ、これは……その……」
俺の言葉に、フィルスは気まずそうに視線を逸らす。
これは十中八九何かあるな。それも羞恥とかそういう方面でなく、だ。
「遠慮はしなくていいから、素直に話してくれると嬉しい。それに、共に行動する仲間が不調では、結局こちらにその分の負担が回ってくる。どちらにしろ大して変わらんのなら、お前が万全でいてくれた方が良い」
「あ……申し訳ございません。えっと、レイジ様は先ほどの戦闘はどこからご覧になっていましたか?」
「ん? 膠着状態が解けるちょっと前あたりからだが」
「ではやはり先ほどの声はレイジ様のものだったのですか。あの声が無ければ私は負けていました。ありがとうございました」
「ああいや、いいんだ。あれはテストも兼ねてたんでな」
「? そうでしたか。それで、ですね。最後の一撃、レイジ様から見て、どうだったでしょうか?」
「ああ、あれは凄かった。俺でも素手であの威力を出すのは難しいだろうな」
「実を言うと、あの威力は半吸血鬼の固有スキルによって生み出されているもので、いくらでも撃てるものではないのです」
半吸血鬼の固有スキル? そういえばその辺は全く確認していなかったな。
そうだよな。ただ血を飲まなければ生きて行けないだけでは、これだけ嫌われている中生きて行くことは難しいだろう。
ならば何か、それ相応の力を持っていると考えるべきか。
「半吸血鬼の固有スキルの名称は血の解放。吸血によって体内に溜め込んだ魔力を解放することで、一時的に身体能力を飛躍的に向上させることができます」
ほう。そりゃ凄いな。それであの威力だったのか。
しかし、吸血によって溜め込んだ魔力を解放、か。
ってことはあれか? フィルスは今、血が欲しいのかな?
「フィルス、血を吸いたいならそう言ってくれていいんだぞ? そこで遠慮してたらそもそも何のために俺について来たんだって話になっちまうし……」
「うっ……はい。あ、その……血を、飲ませていただけないでしょうか……」
「あいよ。ほい、どうぞ」
俺はそう言って首筋を晒す。
「で、では、失礼します」
フィルスは遠慮がちに俺の首筋に嚙みつくと、俺の血をゆっくりと吸い始めた。
(ううむ…………初めての時にも思ったが、これ完全に抱き着いてるんだよなぁ……俺としては嬉しいんだが、良いのだろうか? なんだか沸々と罪悪感が沸き上がってきたな……でも他に方法があるならそっちにするだろうし、気にするだけ無駄か。死にかけてた時にも首筋からだったし、おそらくそれが一番良い方法なのだろう)
俺はそんなどうでもいいことを考えながら、体を覆う柔らかい感触や、鼻をくすぐる仄かな甘い匂いを必死に耐え抜く。
(負けるな! 俺の理性! フィルスの信頼に応えてみせろ!)
そうして、嬉しくも苦しいひと時を耐え抜いた俺は、ようやくフィルスから解放された。
嬉しいような、悲しいような……
「レイジ様? どうされたのですか? まさか今の吸血で――――」
「ああいや、大丈夫。そういうのじゃないから」
俺の何とも言えない複雑な心境が顔に出ていたのか、フィルスにいらん心配をかけてしまったようだ。
「じゃあとりあえず、素材回収したら帰るか」
「あ、はい!」
そうして魔核(人間は魔石と呼んでいるらしい)5つと、デボラルパルカの外皮を1体分を持った俺たちは、それ以外の素材を土に埋め、帰路につくのだった――――――
次は王都に帰ってちょっとわちゃわちゃするだけの回になりそうです。
その次辺りからは、新しい話に入って行ける……と、思います。たぶん。
もしかしたらフィルスから色々教わる説明回みたいなのを挟むかもしれませんが……
現在、章管理はしていませんが、次々回あたりから第二章といったとこでしょうかね。
次回辺りまでは転生してからの準備回みたいなものでしたから、ようやく物語らしくなってくるかな? とか勝手に思ってます。
本当にそうできたらいいな♪
それから、区切りもいいという事で、登場人物や用語解説のページを作るかちょっと悩んでます。
半分は自分用の備忘録のようなものなのですが(笑)
まあ、作るかはわかりませんが、もし作ったら告知はします。
というわけで、少し長くなってしまいましたが、今後ともよろしくお願いします。