第十八話 『フィルスの実力②』
今回はフィルス視点からのスタートとなります。
~~~で区切られた後はレイジ視点に戻ります。
今後も問題なければこういった書き方で行くかもしれませんし、行かないかもしれません。
変更があればまた通達しますので、よろしくお願いします。
2017/02/16 サブタイトル修正・文末に謎のスペースがあったので修正
2017/02/17 誤字修正・前の内容との齟齬があったので、一部消去しました。
~フィルス視点~
「……健闘を祈る」
そう言うと、レイジ様は木の上に登り、気配を消した。
(ここで実力を認めて貰えなければ、また一人になってしまうかもしれない。それだけは嫌。王都まで来る途中でレイジ様の戦うお姿は何度か拝見させていただいたけれど……強かった。効率良く、的確に相手を破壊してゆく攻撃と、土埃すら付かない程の完璧な回避。流石にあんな戦い方は私にはできそうにないけれど、それでも頑張らないと。でも…………)
そこまで考えたところで、近くの藪から狼型魔獣のウルヴィルが飛び出してきた。
私は魔獣との戦闘のため、思考を中断し、戦いに集中する。
牙を躱し、木の幹を蹴り宙を舞い、魔獣に剣を突き立て、次の攻撃を躱す。
現在、私を標的に定めているのはウルヴィル8頭のみで、幸いなことにゴブリンにはまだ気づかれていない。
(残りは7頭……血の匂いに誘われて周囲の魔獣が寄ってくる前に終わらせなければ、今の私では勝てない)
躱し、防ぎ、切り伏せ、叩き割る。
そうしてゴブリンが血の匂いに気が付くまでに、私は全てのウルヴィルの息の根を止めることができた。
いつもとは違う戦い方ではあったが、なんとか上手くできたようだ。でもまだ油断はできない。
(次はゴブリン12体……こちらには気が付いているようだが、大丈夫。大した敵じゃない。むしろ問題はその奥の魔獣……戦闘を始めたあたりからゆったりとこちらへ移動して来ているが……大きい。それにさっきは2体かと思ってたけど、違う。5体だ。それも群れて行動している。勝てるだろうか……いや、それより今はゴブリンだ。油断は死に直結する。集中しよう)
私は、奥の大型魔獣を気にするのを一旦やめ、ゴブリンの動向に意識を集中させる。
ゴブリンは、知能が低く、動物の血の匂いを好む残虐な人型魔獣だ。私がこの場を離れれば、ウルヴィルの死骸に興味が行くはず。
そう考えた私は、ゴブリンと反対方向へ移動しながら、ここに来る途中に森で採取しておいたベリクの実を砕いてその果汁を自分にかける。
このベリクの実は親指の先ほどしかない小さな果実だが、その果汁の香りはゴブリンには感知できないらしく、その香りが他の匂いを消してくれることからゴブリン避けに使う事が出来る。冒険者の間では重宝されているもの……らしい。少なくとも母からはそう教わった。
距離をとってゴブリンの様子を見ていると、予想通りゴブリンはウルヴィルの死骸に群がり、その死肉を漁り始めた。
あまりずっと眺めていても魔獣の素材が荒らされて買取値が落ちてしまうので、ゴブリンが全て集まってきたことを確認した私は、奴らに奇襲をかける。
気配を殺し、それでいてなるべく素早く移動して、弓を持ったゴブリンの首をはねる。
その時点でゴブリンたちに気が付かれるが、私は止まらず更に2体のゴブリンの首をはねた。
仲間が3体やられたところで、ゴブリン共はようやく動き始めるがもう遅い。
私は、苦し紛れに繰り出される稚拙な攻撃を躱しながら、全てのゴブリンの息の根を止める――――――つもりだった。
しかし、ゴブリンの残りが3体まで減ったところで、ゴブリン共は急に私への攻撃をやめたかと思うと、身をひるがえし、一目散に逃げて行った。
(私に勝てないと思ったから? いや、ゴブリンにそんな思考できるはず……!?)
ゴブリンの予想外の行動に戸惑っていると、ふと背後から嫌な気配を感じた。
その気配は、ゴブリンと戦う前までは意識していた大型魔獣のものであった。
やばいと思った私は、とっさに前方へと転がる。すると次の瞬間、凄まじい轟音と共にさっきまで私の立っていた場所が大きく抉られる。
(くっ! ゴブリンに集中するために一旦意識の外へ追いやったのは間違いだった。ここまで接近を許すなんて)
私は追撃を警戒しつつ、相手の正体を確認するため、視線を魔獣のいる方へと向ける。
すると、そこには全身紫色で顔の無い人型魔獣が佇んでいた。
「デボラル……パルカ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(ふむ。途中で木の実を採っていたのはこのためだったのか。勉強になるな)
俺は木の上でフィルスが魔獣を倒して行く姿を観察していた。今はちょうどゴブリンと戦い始めたところだ。
フィルスの動きは、俺に比べていくらか無駄の多いものに見える。
だが、森やこの世界の様々な知恵や知識を使った作戦や身のこなしは見事なもので、異世界から来たばかりの俺には真似できないものばかりであった。
そんな俺とは違った戦い方をする彼女の姿は、泥臭くもどこか美しく、気が付けば俺はその姿に魅入られてしまっていた。
だからだろうか。俺もフィルスと同じく、接近する気配に気が付くのが遅れてしまった。
俺がそいつに気が付いたのは、そいつがフィルスに向かって拳を振り上げた時であった。
そいつは全長は3mほどの表面ののっぺりとした紫色の人型魔獣で、俺が戦闘前に察知した大型魔獣と同様の気配を放っていた。
「マズい!」
あれが直撃すれば、フィルスは死ぬ。
そう直感した俺は、フィルスを助けようと木の上から飛び出す。
だが、既に間に合うようなタイミングではなく、その拳は無慈悲に振り下ろされてしまった。
しかし、その直前にフィルスも己の危険を察知したのか、前方に転がるように身を投げ出し、ギリギリでその攻撃を回避したのが見えた。
(よかった、無事だったか……いらん心配だったかもしれんな。奥まで来たとはいえ、所詮王都近くの森に出る程度の魔獣。そこまで強いはずもない)
「デボラル……パルカ」
ふとそんなセリフが聞こえて視線を向けると、そこには地面に座り込んで呆然とするフィルスの姿があった。
(なんで動かないんだ! それにあの表情、何かに心底怯えているような……)
そんなフィルスに対し、人型魔獣は追撃を打ち込む構えをとる。
このまま動かなければ、フィルスは高確率で死亡するだろう。
だがなおもフィルスは動こうとしない。それに目もどこか虚ろで……
「フィルス! 避けろ! 死にたいのか!」
俺が見かねて怒声を飛ばすと、フィルスはびくりと体を跳ねさせ、ギリギリで攻撃を回避する。
「ひとまず撤退する! 下がれ!」
「っ! ダメです! できません!」
「なぜだ! お前はこれに勝てないのだろう? そして俺はこいつを知らない。ならば一旦下がって体勢を立て直すべきだ。後ろにいる4体が合流したら、それこそ危険じゃないのか?」
「いえ、そういう意味ではありません。こいつからは逃げられないんです。私も逃げられるなら逃げたいのですが……」
「……どういうことだ?」
「はい。それは――――くっ!」
フィルスが説明をしようとしたところで、魔獣の拳が迫ってくる。
それをフィルスは、またもギリギリのところで回避した。
「奴の名前はデボラルパルカ。見てのとおり人型の魔獣で、物理攻撃が一切通じません。そして……奴の走る速度は、ヒトの10倍以上だと言われています。攻撃も通じず、素早い身のこなし。とてもではありませんが、逃げられる相手では……」
ふむ。そういう事か。速度は10倍、ダメージも通らない。そりゃ逃げられんわな。魔法があれば違うのかもしれんが……今は俺もフィルスも魔導具なんて持っていない。だが……
「……物理攻撃"は"効かないってことは、魔法は効くんだな?」
「え? あ、はい。ですが今は……」
確かに、今の俺たちに魔法は使えない。だが、魔法とはなんだ? 物理攻撃と魔法攻撃の違いは?
そう、魔素や魔力だ。魔法は一部の例外を除き、魔素や魔力を変換して攻撃に使用している。
ということは、奴には魔素による攻撃が通じる。たぶん。
そして俺の体は全てが魔素で構成されている。
つまり、俺の体を使った直接の攻撃なら奴に通用するのではないか? というわけで……
「っでぇあああ!」
「GUROOOAAAAAAAAA!!!」
俺がデボラなんちゃらの右脚を拳でぶん殴ると、奴の膝から下がミンチになって消し飛んだ。
…………お、おう。思ったより柔だな。流石にこんなに効くとは思ってなかったのだが。
俺は体こそ特別製だが、力は普通の人間と同じか少し強い程度だ。そんな俺の右ストレート1発でこんなに効果があるのは、こいつが柔なのか、他に原因があるのか……
俺の力が予想以上に強かったなんてオチだけは避けたいところだが。
片足を失った魔獣はバランスを崩し、うつ伏せになるように倒れ込む。
それを横に飛んで回避した俺は、その隙を逃さんとばかりに胸部の中央、人間なら心臓のある辺りに拳を叩きこんだ。
(俺と同じなら、この辺りに魔核があるはず!)
魔獣の体内にめり込んだ拳に固い感触が伝わってくる。明らかに他の部位とは違い、皮膚越しに濃度の高い魔素を感じる……魔核だ。
俺はその魔核を鷲掴みにすると、魔獣の体内から腕ごと一気に引き抜いた。
すると、魔獣は苦悶の声を漏らした後、動くことをやめた。
(まずは1体、か。だが残りの4体も、もうすぐそこまで来ている上に、こちらに気付いている。逃げることはできない、か)
正直言えば、全長3mもある、森の中を時速数十kmで移動する人型のバケモノ4体を同時に相手取るのは俺にも難しい。
身を守るだけならどうにかなるにしても、今はフィルスを守りながらだ。
しかもこちらの有効打は俺の肉弾戦のみ。まずいな。
「フィルス! 残りの4体は俺が引き受ける! お前はそのうちに逃げろ!」
フィルスが居なければどうにかなるやもしれん。俺はそう簡単に死ぬ体じゃないしな。
「で、ですが!」
「いいから行け! 流石に俺もアレ4体を相手取りながらじゃ、万が一の時にお前を守ってやれない!」
「っ! …………では、一つだけ、聞いてもよろしいでしょうか。それでダメそうなら引きます」
「……なんだ?」
「レイジ様の拳がデボラルパルカに有効だった理由をお教えいただけますか?」
「あ~それはだな。奴には魔法が効くだろう? そこで、奴の無敵に思える外皮の弱点は、魔力だと考えたわけだ」
「! つまり、拳に魔力を纏わせて殴ったという事ですか!」
「あーいや。少し違うのだが……まあ、似たようなもんかもな」
そう勘違いしてくれるならそれでいいや。今は細かい説明をしている時間も無いしな。奴らももうすぐそこまで迫ってきている。
「それなら、私にもできるかもしれません。私も共に戦わせてください」
「…………確かに攻撃は通せるかもしれんが……奴らの速さに対応できるか?」
「相手は4体。半分の2体を相手にすると考えても、今のままでは難しいでしょう。ですが、大丈夫です。手はあります」
そう断言するフィルスの表情は無理をしているようには見えない。
正直一人で4体相手は厳しいかなと思っていたから、戦えるなら歓迎したいところだ。
まあ、いざとなれば龍の姿になればいか。
「わかった。だが、無理はするなよ。やばいと思ったら躊躇わずに引け。戦いの場では、引き際をわきまえない奴から死んで行くからな」
これは、俺が師匠から教わり、戦場を駆けずり回って実感したことだ。
蛮勇は死に直結する。たとえどれだけ大事な局面でも、命が惜しければ引く。
大切な者の命を代価に得られたものなんてクソだ。残された者からしてみればな。
「…………はい。わかりました」
今の間、絶対わかってないなこいつ。
俺を置いていくくらいなら自分が死んだ方がとか考えているんだろう。
こいつは今、俺に依存しているところがあるからな。
まあ、実感しなければわからんこともあるし、今回は奥の手もある。
何かあってもいい勉強になるだろうし、放っておくか。何もなければそれが一番なのだが。
そんなやり取りをしているうちに、残りの4体も到着したようだ。
奴らに表情はないが、仲間の死体を目にして怒っているように見える。
「準備はいいな!」
「はい!」
「では右の2体、任せたぞ! 倒すよりも足止め優先で頼む!」
「了解しました!」
こうして、俺とフィルスの初陣。その最後の戦いの幕が切って落とされた。
またまた予定と違った展開にしたせいで、戦闘が終わりませんでした!
次回には確実に終わりますので。
更に、次回はフィルスちゃんもしっかり活躍する予定です。
なので、サブタイトル回収は次回になります。