第十六話 『王都へ帰ってきた』
2017/02/11 微修正
俺が目を覚ますと、視界いっぱいに岩肌が広がっていた。
(そういや洞窟で夜を明かしたんだったな)
昨日の夕方に洞窟に到着した俺とフィルスは、交代で見張りをしながら早々に眠りについた。
普通なら食事の一つでもしてからになるのだろうが、俺はそもそも食わなくても大丈夫だし、フィルスも俺の血をたっぷり飲んだ後だから大丈夫とのことだった。
そんなんだから俺とフィルスには寝る以外特にすることもなく、中途半端に時間を潰すくらいなら早起きをした方が良いだろうというわけだ。
夜の間も特に変わったことはなく、強いて言えば交代の時に俺が自己能力鑑定のトレーニングをしていたのをフィルスに見られ、何をしているのか聞かれたくらいだ。
自己能力鑑定を使っているのは別に見てわかるものではないのだが、あまりにも視線が動かず、意識も外に向いていなかったのが不自然だったのだろう。
もちろん自己能力鑑定のことはフィルスにも話した。
フィルスには秘密を共有できる仲間になってもらいたいからな。ギルドの皆にも教えたようなことをわざわざ隠す理由はない。
まあそんなわけで朝だ。時刻は太陽の位置的にだいたい5時くらいだろうか。
夜のことを思い返しているうちに目も覚めてきたし、そろそろ動くとしよう。
(しかしフィルスが居ないな。どこに行ったんだろう)
俺は洞窟から出て辺りを見渡すが、フィルスの姿は見えない。訓練のために常に使用している気配察知にも同様に反応はなかった。
(血の匂いも無いし、大きな気配も感じなかったから大丈夫だとは思うんだが……)
元々戦場を渡り歩いていた俺が、フィルスが一瞬でやられるようなレベルの魔獣の接近に気づかないとは考えにくい。
だがそれでも心配になってしまった俺はフィルスを探すことにした。
フィルスが居ないんじゃどうせ他にやることもないしな。
洞窟の周囲を時計回りに探索すること15分ほど。
ふと左手の奥の方に人の気配を見つけた。気配は細かい移動をしているものの、大きく移動する様子はない。
(フィルス、か? ちょっと見に行ってみるか……)
気配の方向へ近づくと、水のはねる音が聞こえてきた。どうやら川があるようだ。気配もそのあたりから感じる。
(ふむ。川、か。水浴びとかかな? そういやクレアさんに携帯風呂預けたまんまだったな。受け取ってから来ればよかった……声だけかけて大丈夫そうなら戻るか)
「フィルスー! 居るかー?」
「ふぇ!? あ、はい! すみません! すぐ戻りますので!」
「水浴びだろ? 先に戻ってるから急がなくていいよ!」
それだけ言うと、俺は踵を返して洞窟の方へと戻って行った。
ラッキースケベな展開も一瞬頭をよぎったが、あくまで故意でする以上、フィルスが気が付かづに許してくれても俺自身が罪悪感に潰されそうだったのでやめた。
そういうイベントで好感度が上がるのは物語の主人公だけだしな。普通はそこで関係が終わりかねない。
一人暇を持て余していた俺が、散歩がてら朝食用にイノシシ(っぽい何か)を狩って戻ると、ちょうどフィルスも川から戻ってきたところのようだった。
(ほう……濡れた髪が張り付いて、そこはかとなく健全なエロスを醸し出しているな……グッジョブだ)
俺はそんなことを考えつつも、何食わぬ顔でフィルスに声をかけた。
「今戻ったぞ。適当に狩ってきちゃったけど、こいつ食えるやつか?」
声をかけたことでこちらに気が付いたフィルスは、近くまで駆け寄ってきて獲物を確認する。
「これはフォレストボアですね。魔獣ですが、肉は一般的に食されているので大丈夫です」
え? 魔獣だったの? てっきりただの動物かと思ってた。魔獣と動物って解体せずに見分ける方法とかないのかな?
「なあフィルス。魔獣と獣ってなんか簡単に見分ける方法とかないのか?」
「そうですね……残念ながら私は聞いたことがありませんね。解体をして魔石の有無を確認するくらいしか……あ、ただ、一般的に魔獣は普通の獣と違って攻撃的なものが多いと言われていますね。魔晶龍のような例外もいくつかありますが」
ふむ。そういう感じか。となるとやっぱり図鑑とかで地道に覚えるしかないのかね。
…………面倒くさいな。暗記系はあまり得意じゃないんだが……ま、最初はフィルスを頼ればいいし、のんびり行きますかね。
「あの、申し訳ございません。レイジ様に食事の必要が無い以上、食料の調達は私の役目だというのに、その私は水浴びをして食料をレイジ様にとって来させてしまうなんて……これでは従者失格です……」
ん? 落ち込んでいるところ悪いのだが、いつからフィルスは俺の従者になったんだ? 俺は仲間にって言ったはずなんだがな。確かに態度はそんな感じだったが……
「まあ、これは俺が好きでしたことだから。それじゃあパパッと解体もしちゃうから、調理は頼めるかな?」
「は、はい! お任せください! あ、解体も私が――――」
「いいよ別に。解体にはそこそこ自信あるし、練習もしたいからな」
「……レイジ様がそう仰るのでしたら」
そんなわけでフォレストボアを解体・調理した俺たちは、昨日しそびれた今後の行動方針の相談をすることにした。
ちなみにフォレストボアの素材は魔石以外、洞窟に放置だ。持ち帰るのは厳しそうだしな。
「さて、それじゃあ早速だが、フィルスには大きく3つの選択肢がある。一つ目は、俺と一緒に王都の宿で生活する。二つ目は、フィルスは王都の外に拠点を構える。この場合俺がどうするかは……後で考えよう。そして三つ目は、俺と一緒に旅をする。とまあこんなところかな。正直俺は街の中での亜人差別がどの程度かとかは知らないんでな。できればフィルスに決めてもらいたい」
「…………レイジ様のいるところが私の居場所です。レイジ様が王都へ帰るというのであれば私もついていきたいです。体面的に問題があるのでしたら、奴隷という事にしていただいても構いません。それでもだめなら本当に奴隷となっても――――――」
「ちょ、ちょっと待った! とりあえず、フィルスの考えはわかった。そういう事なら一旦王都まで行ってみて、周りの反応を見てどうするか決めよう。もし王都内での生活が難しそうなら、俺も一緒に外に出る。それでいいか?」
「しかしそれは! …………いえ、わかりました」
フィルスは若干納得がいっていないようではあったものの、一応了承してくれたようだ。
それでは、ちゃちゃっと王都へ帰りますか! ……と言いたいところではあるんだが、帰りはフィルスの目があるので、流石に龍化はマズい。よって移動は徒歩一択だ。
王都までかかる日数を考えると、いっそのこと全部ぶっちゃけたくもなるが、まだ完全にフィルスを信用するわけにはいかないので我慢だ。
そんなわけで……はい!到着しました、アストレア王国王都フェレブ!
いや~遠かった。飛んだらすぐなのに歩くと三日もかかるなんて。
途中魔獣に襲われること7回。あれがなければもう1日早く着けたかもしれない。おのれ魔獣め。
「ここが王都フェレブですか……大きな外壁ですね」
心の中で愚痴っている俺の横では、フィルスが物珍しそうに外壁を見上げている。
ちなみにフィリスには耳や尻尾を隠すため、途中で寄った村で調達したフード付きの薄い外套を着させている。
「こらこら、あんまり見上げてるとフードが脱げるぞ?」
俺はそう言いながら、外壁に夢中になって脱げそうになっているフィルスのフードを軽く直してあげた。
「あ、申し訳ございません。つい……」
「来るのは初めてなのか?」
「はい。話だけは母から聞いてはいたのですが、実際に目にするのではまた違いますね」
「そうかもな。俺も初めて見たときはずいぶん立派なものだと感心してしまった」
そんなふうに雑談をしながら待っていると、関所の受付順番が回ってきた。
「次の方、どうぞ」
「はい。俺は冒険者なので、これを。彼女は違うので、はい、50メリクです。これでお願いします」
そう言ってギルド証を見せつつ、お金を渡す。
外套の中は確認されたくないので、勝手知ったるといった感じでぱっぱと進めていく。
「はい、確かに。それでは、そちらの方は、この水晶に手を触れていただけますか?」
フィルスが水晶に手を触れる……が、何も起きない。
そういえば犯罪歴などは確認していなかったが、どうやら大丈夫だったようだ。
「はい、それではこちらが仮身分証になります。ようこそ、フェレブへ」
仮身分証を受け取った俺は、フィリスの手を引いて足早に門を潜った。
これで第一関門は無事に突破できたかな…………
「――――――」
フィルスは顔を上げ、王都の喧騒に目を輝かせていた。
大きな街へ行くのは初めてだと、道中随分と楽しみにしているようだったし、無事入ることができてよかった。
「レ、レイジ様。あの、えっと……」
「いいよ、少しくらいなら。露店を冷やかして回るくらいの時間はあるからね」
「あ、ありがとうございます!」
(まったく、子供みたいにはしゃいじゃって……そんな目で見られて断れる訳ないじゃないか……)
そうしてしばらく露店や屋台を冷やかした俺たちは、ギルド『クリスタリア』の前に来ていた。
もちろん要件はフィルスの冒険者登録だ。あとついでに俺の依頼達成報告も。
気配察知で探った限りでは、中に居るのは受付に1人だけ。おそらくマスターだろう。
マスターなら大丈夫だとは思うのだが、拒否されたらどうしよう……
俺は一末の不安を胸に抱きつつ、ギルドの中へと入った。
「ただいま戻りました」
「おお! レイジ君。無事に戻ってくれたか! 良かった」
マスターは俺の姿を確認するや否や、受付から出てきてこちらへと駆け寄ってきた。
どうやら随分と心配をかけてしまったようだ。少し申し訳ないことをしたかな。
「ははは……大丈夫ですよ。傷一つありません」
「そうかそうか。ところで、後ろにいるのはどなたかの?」
フィルスは、マスターの視線に一瞬びくりと体を跳ねさせたが、覚悟ができたのか、俺の後ろから出てきて、マスターの正面に立った。
「お初にお目にかかります。私はフィルス=レーヴェ・ゼムレニアと申します。昨日、レイジ様に命を救われ、現在レイジ様の従者をさせていただいている者です。こちらには、冒険者とさせていただきたく、お邪魔させていただきました。どうか、よろしくお願いします」
お、おおう。ずいぶんとまあ堅苦しい挨拶だこと。マスターもたじたじだよ……
「あーその、まあだいたいはあっているんですが……1つだけ訂正しておくと、彼女は従者ではなくあくまで対等な仲間ですから。少なくとも俺の中では」
苦笑いでそう話す俺の様子を見てだいたいの事情を察したのか、マスターは納得したような顔をして頷くと、受付の奥へと戻って行った。おそらく登録用紙を取りに行ってくれたのだろう。
そして俺の予想通り、ほどなくして戻ってきたマスターの手には、1枚の紙が握られていた。
「ほれ、登録用紙じゃ。フィルスさんといったかの、お主文字は書けるか?」
「あ、はい。大丈夫です」
心配で一応後ろから覗き見ていたが、種族以外はきちんとかけているようだった。
名前:フィルス=レーヴェ・ゼムレニア
年齢:16歳
特技:剣・弓・風魔法
へぇ、フィルスって16歳だったのか。見た目通りでなんか安心した。
「あの……これは全部書かなければいけないのでしょうか」
「あ、いや、大丈夫だよ。なんなら年齢を書いているぶん俺よりマシなくらいだ」
「うむ、問題ないぞ。それで良いのか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「あ、あとこれ、登録料です」
「うむ。では確かに受け取ったぞい。明日までには用意できとるじゃろうから、また来ると良い」
そうしてマスターに登録用紙と登録料を渡した俺たちは、そのままギルドを後にした。
本当ならもう少しゆっくりしていきたかったが、まだ宿の問題が残っているからな。
空ももう暗くなりかけているし、あまり時間の余裕もなさそうだ。
ギルドを出た俺たちは、そのまま俺が泊まっている宿へと足を運んだ。ここがダメなら場所を移さないといけないしな。
一人部屋、空きがあればいいのだが……
「すみません」
「あいよ。数日ぶりだな。ほれ、鍵だ」
出迎えてくれたのは、この宿のオーナーのジェインさん。細マッチョで40代くらいの、人当たりの良いダンディな男性だ。
「あーそれなんですけど、一人部屋か、最悪二人部屋でもいいので空きはないですかね」
俺の言葉に、ジェインさんは俺の後ろに立つフィルスに一瞬視線を向けると、すぐにこちらに視線を戻す。
「あー連れができたのか。一人部屋が良いってことは女か? 悪いが部屋は今いっぱいでな。今の部屋に二人で泊まるのは構わないが、それ以上は無理だ。スマンな」
むぅ。やはりダメか。仕方がない。ここは引き払って他の宿を探すしかなさそうだな。
「あ、いえ。大丈夫です。それなら申し訳ないですが、他の宿を探すのでここは――――――」
「レイジ様、私はここでも大丈夫ですので、お気になさらず」
「は? いや、流石にそれはマズいだろう。男女同行以前にベッドも1つしかないんだぞ?」
「私は床でも大丈夫ですから」
「え、いや、それは流石に許容できない。フィルスは女の子なんだから、それならせめて俺が床で寝る」
「いえ、レイジ様を床で眠らせて私がベッドを使うなどあり得ません。どうぞ、ベッドでお休みください」
「いや、それは――――――」
「なんでもいいけどよ。相談事なら部屋でやったらいいんじゃねえか? お前さんら、目立ってるぞ?」
ジェインさんの呆れたような声にハッとして辺りを見渡すと、他の客数組がこちらを見ているのがわかった。しかもなんだか妙にニヤニヤしている。
……これは、いらん誤解を招いてしまったような気がする。フィルスも顔を赤くして俯いちゃってるし。
「あ……はい。すみません」
とてもじゃないがこれ以上この場に居られなかった俺は、ジェインさんから鍵を受け取ると、フィルスの手を取り逃げるように部屋へと向かうのだった。
次回はフィルスとの初めての仕事!(予定)
フィルスの実力や如何に!(未定)




