第十五話 『薬草採取』
2017/02/08 誤字修正
晴れて仲間となったフィルスと俺は、森の中を歩きながら話していた。
落ち着いて話したい気持ちもあるのだが、俺はそもそもクレミナ草を採取するためにここに来ているのだ。
そしてまだ1本も見つかっていない。
というわけで話はクレミナ草を探しながらだ。
「クレミナ草、ですか?」
「そうそう。近場じゃ全然見つからなくてね。依頼達成のため、遠路はるばるここまで来たというわけさ」
「そうでしたか。ちなみに、どちらから?」
「王都フェレブってとこだけど、知ってるかな?」
俺がそう言うと、フィリスはかなり驚いたような顔をする。
「もちろんです! ですが、そんな遠くからクレミナ草のためだけにこんなところまで来たのですか?」
ですよね~
龍の姿で飛んできたから大して時間はかからなかったけど、歩いたら何日かかるか。魔獣もいるだろうし。
「ここなら絶対残っていると思ってね。俺はまだ新人だから、こんな早くから依頼失敗なんて嫌だったんだよ。それでちょっと意地になっちゃってね。ははは……」
「普通は逆だと思うんですけどね……」
「どゆこと?」
「いえ、普通は新人の方がお金も実力もないのですから、無理だと思ったらすぐ依頼をキャンセルするのではないかと。まあ、人それぞれだとは思いますが」
むむ? 確かにそういう考え方もあるかもしれない。
俺はなんとなく実力がついてきてからの方が引き際をわきまえている分、無茶せず依頼キャンセルは多いのかな~なんて思っていたけど。
「あ、いえ、別にレイジ様が異常とか、そういう話ではなくてですね、その……」
俺がフィルスの言葉を受け、今後の活動方針を考えていると、フィルスは慌てた様子で俺に言い訳してきた。
別にそういうネガティブな悩みではなかったのだがな。
「あ、いや、大丈夫。そういうことを考えていたわけではないよ。ただ、そういう考え方は俺には無かったから、今後の方針を少し変えてもいいかもと考えていただけだ」
俺がそう言うと、あからさまにホッとしたようだった。
そんなに気を張らなくても、もっと気軽な関係で良いんだけどなあ。
「別に咎めるつもりはないのだが、そこまで肩肘張らなくても、もっと気軽でいいんだぞ?」
「いえいえいえ! 滅相もない! レイジ様には命を救っていただいただけでなく、その後の面倒まで見ていただくことになってしまって……これだけの恩、いくら返しても返しきれたものではございません。ですからせめて、少しでもお役に立てたらと」
ん~気持ちは解らんでもないんだがなぁ……フィルスの場合、それに加えて今までの境遇やら種族的な劣等感もあるだろうし。
でも……
「まあ、フィルスの気持ちは解らんでもないんだけどさ、これから長いんだし、お互い変に気を遣ってたら疲れちゃうでしょ? それに、俺としてはもう少し軽い気持ちで話せた方が楽しいかなとも思うし」
その言葉を聞いたフィルスは真面目な顔で考え始めた。
まあ、考える余地があったなら上々かな。
しばらく黙って歩き続けていると、考え事が終わったのか、フィルスが口を開いた。
「……わかりました。少しだけ、意識してみることにします。すぐに上手くできるかはわかりませんが……申し訳ございません」
「いいさ。今までの境遇や種族的な立ち位置の話は聞いたばかりだしね。全てをわかってあげられている訳ではないけれど、ある程度は理解しているつもりだから。無理強いをするつもりはないよ」
「……ありがとう、ございます」
そういう彼女の言葉には、先ほどまで感じられなかった柔らかさがあるような気がした。
それから更に10分ほど森の中を歩いていると、フィルスが不意に声を上げた。
「あ! ありましたよ。あれがクレミナ草です」
そう言って彼女が指差す先には、レイジが王都で確認した外見とは似ても似つかない見た目の草が群生していた。
「……ん? え? これがクレミナ草なの?」
「?? はい。そうですけど……」
そしてそこに生えている草は、レイジが散々王都付近の森で目にしているものであった。
「…………俺がここまで来た意味って…………これが……クレミナ草」
「あ、あの、もしかして、店に並んだ処理された後のクレミナ草で外見を確認なさったのですか?」
その質問に、レイジは王都での自分の行動を振り返る。
確かにレイジはクレミナ草の確認を、露店で確認していた。
「えっと……うん。露店に並んでいたやつで確認した」
その言葉を聞き、フィルスは眉をハの字にして困ったような笑みを浮かべた…………その笑顔を見て、ちょっとかわいいと思ったのは秘密だ。
「えっと、クレミナ草は処理の段階で必要のない箇所を切り落としたり、乾燥させたりするので、外見が結構変わるんです。なので、採取のための外見確認の際は気を付けなければなりません。これは割と有名な話なのですが……ご存じなかったようですね」
有名な話だったからマスターも知ってると思って何も言わなかったのだろうな。だがこの世界に生まれてまだ数日の俺がそんな話知る訳がない。不注意だったのは確かだが、今度からはきちんと確認しよう……
「……はい。知りませんでした」
俺が目の前にある薬草の採取も忘れてしょんぼりしていると、フィルスが元気づけようと励ましてくれる。
「でも、その勘違いがなければ、レイジ様はこの森を訪ねはしなかったのですよね? それならば私はその勘違いに感謝したいです。レイジ様がきちんとクレミナ草のことをご存じであったならば、私はこの森で朽ち行くだけの身でしたから。だ、大丈夫ですよ! これから色々お世話になるのですし、私にできる範囲でよろしければ、色々お手伝い致しますので!」
……そうだな。これからはフィルスが一緒なんだ。ある程度の常識はカバーできるだろう。確かにフィルスは人里離れて暮らしていたのかもしれないが、少なくとも俺よりは色々知ってそうだ。王都までは距離があるし、道すがら色々質問させてもらおう。
フィルスは心配そうに俺を見ていたが、顔を上げた俺を見て安心したように見えた。
「そうだな。フィルスには面倒かけるけど、色々教えてもらえると助かる」
「はい! それではまずはクレミナ草の採取方法からですかね? クレミナ草は、きちんとした方法で採取しなければ半日もしないうちに枯れてしまうのですが、採取法はご存知ですか?」
……知らないです。
そっか、採取方法か。そうだよな、異世界の薬草って言っても植物なんだし。
普通にちぎったらすぐ萎れるわな。
「その顔はご存じないという事でよさそうですね。では僭越ながら私がお手本に一つ採取しますので、よく見ていてくださいね。まずは――――」
フィルスは笑いながらそう言うと、慣れた手つきでクレミナ草を採取した。
彼女の口頭を交えての解説は非常に解りやすく、また手順も複雑でなかったことから、一度見ただけで採取方法を理解することができた。
「それでは、やってみてください。失敗しても大丈夫ですよ。ここには沢山生えてますから。依頼での納品数は3本だけでしたよね?」
「ああ。と言っても複数組納品可の依頼だったからもっと沢山でも大丈夫なんだけどね」
「どうせここにあるクレミナ草を全て持ち帰ることなんてできないのですから、それなら大丈夫そうですね」
「そうだな、それじゃあ早速……」
そうして俺とフィルスはクレミナ草を採取していった。
そして、クレミナ草を二人で30本ほど採取したところで採取は打ち止めになった。
これ以上は持ってきた麻袋に入らなくなるし、持ち運ぶのも大変になるからな。
そういえば、フィルスの外見についてまだ軽くしか言っていなかったので、ここで詳しく解説しておこう。え? ここには二人しかいないのに誰に言ってんだって? そりゃ読者の皆様にだよ言わせんな。
フィルスは狼系の獣人(たぶん)と吸血鬼のハーフで、小さな三角形の犬耳とふさふさの尻尾が特徴だ。髪は腰より下まであって長く、毛の色は白っぽい銀といったところだろうか。
瞳の色は綺麗な紅色で、犬歯が気持ち鋭いように見える。これは吸血鬼の特徴だろうか?
身長は160cmを超えたくらいだろうか。耳を含めるともうちょいあるけど。
それから、胸は……割と大きいと思う。デカデカとって程じゃないけど、服越しでもはっきりと存在を主張してくるくらいにはある。盛ってるなんてことはないだろうし。
全体を見ての印象は、カッコいい系の犬耳少女といったところか。
年相応の雰囲気も多少はあるものの、年上に見られるタイプかもな。
俺は見分け方がわかっているからだいたいの年齢はわかるけれど……前の世界の人間と同じならだけどね。
採取も終わって暇だった俺は、フィルスの外見を改めて確認するためフィルスをじっと見つめていた。
フィルスはしばらくは黙ってその視線を受けていたが、流石に耐えられなかったのか恥ずかしそうにもじもじし始めた……可愛い。
「あ、あの……そんなに見つめられると、その、恥ずかしいです」
「あ、いや、すまん。獣人をちゃんと見るのって初めてで、つい……」
正直言うと、フィルスはかなり可愛いと思う。
確かに獣人が珍しくて見ていたのも事実だし、今後のことを考えてフィルスのことをちゃんと知っておこうという思惑もあった。
しかし、それらはせいぜい見ていた理由の三割程度で、残りの七割はただ改めて見たフィルスの容姿に見とれていただけだった。
なので、今言ったセリフは本音ではあるが、半分言い訳みたいなものだ。
しかし、そんな言い訳がフィルスにとっては意外な言葉だったらしく、なんだか驚いた顔をしていた。
「あの……気持ち悪いとは思わないのですか?」
「へ? 何が?」
こんな可愛いフィルスのどこに気持ち悪い要素があるのだろうか。
正直こんな可愛い子、前の世界では見たことないぞ?
「尻尾とか、耳とか……私、獣人ですし……」
あ~そうか。そうだよな。この世界では獣人は差別の対象だ。一般的にはケモミミとか尻尾は侮蔑の対象となっているのだろう。
だが日本のサブカルチャーに長いこと触れてきた俺としては、ケモミミなんてただの萌えポイントでしかないし、獣人なんてコスプレ少女と同じようなもんだ。
むしろそれらが動いたりする辺りが、ペットの犬なんかを連想させて余計に可愛く見える。
「う~ん。俺は、耳も尻尾も可愛いと思うけどなぁ」
「へ? か、可愛い、ですか? この耳や尻尾が?」
「ん? うん。今尻尾がフリフリしてるのもちょっと見てて和むしね」
俺の言葉にフィルスは顔を赤くして尻尾を抑える。
そんな仕草すら可愛く見えてしまう俺の顔はきっとちょっとだらしなくなっているのだろうな……
「……そんな風に言われたのは初めてです。だから……その……ありがとうございます」
それは尻すぼみになり消えてしまいそうなか細い声だったが、きちんと最後まで俺の耳に届いた。
「どういたしまして、かな? まあ、よろしくね」
雰囲気的に行けそうと思った俺は、フィルスの頭に手を伸ばし、その頭を撫でた。
フィルスは、手が触れたときに一瞬ビクッとしたが、撫でているだけとわかると気持ちよさそうに目を細めて俺の手を受け入れてくれた。
……たまらん! なんて庇護欲を掻き立てられる子なのだろうか。願わくば、ずっとこうしていたいほどだ。
この世界の人たちの考えは理解できんな。なぜこんな可愛い存在を忌避するのだろうか。
しばらくそのまま頭を撫で続けていると、だんだん恥ずかしくなってきたのか、フィルスの顔に朱が差してきたように見えた。
気づかないふりをしてもよかったのだが、かわいそうだし、何より今は他にもやることがあったので、俺は撫でるのをやめてフィルスを開放することにした。
撫でるのはまた今度できるしな!
…………嫌われない程度に自重するのが大変そうだぜ。
「さてと、もう夕方だし、今晩は野宿かな。この辺で良い場所ってあるかな?」
「はい。それなら私が良く使っていた洞窟があります。ここからだと歩いて半刻もかからないでしょう」
「そっか。それなら今日はそこでいいかな。案内してもらえる?」
「はい。こちらです」
さっそく俺の役に立てたのが嬉しいのか、俺の前を歩くフィルスはえらく機嫌がよさそうだった。
(本当は王都へ向かう前に今後どうするかを相談したかったんだけど……それはまた後でいいかな)
今のフィルスから笑顔を奪いたくなかった俺は、微笑ましい彼女の姿を眺めながら、静かに森の中を歩いて行くのだった。
本当は、王都へ向かう辺りまで書くつもりだったんですがね。
フィルスが可愛いのがいけないんです。俺は悪くない。
レイジ、心は30歳なのにロリコンかよとか思ったあなた。それ以上はいけない。
今のレイジは見た目10代後半なのでセーフです(たぶん)。
それにレイジはまだそんなに異性として意識しているわけではないです。
半分愛玩動物的な感じで可愛がっています。
次話では王都へ帰り始めるとおもいます。
それではまた次回。