第百三十九話 『信頼するということ』
「ぐっ! ……またか……」
朝風呂を終えて宿へと戻ってきた俺は、皆と別れて一人部屋に籠る。
皆には「魔導具製作に集中したいから」と言ったが……
「神気の影響、だろうな……ステータスオープン」
・神気察知(Lv.9/10) UP
・精神抵抗(Lv.4/10) UP
「……遅いな。せめて神気干渉になってくれれば……しかし、精神抵抗が上昇している、か。それもこれほどのスピードで…………間に合ってくれれば良いのだが……」
俺の体に入り込み、俺を変質させるほど浸食を進めている邪神の神気。それは今も、確実に俺を蝕み続けている。
せっかく古龍の体に耐えられるようになったと思ったらこれとはな……
(あるじ……)
ふと、白雪の心配そうな声が聞こえる。
いつの間にか実体化を解き、刀の中に戻っていたらしい。
「大丈夫だ、と言ってやりたいところなんだがな……正直、まだわからん。ただ、神気察知はもうすぐカンストするし、順当にいけば数日中には神気操作まで成長してくれるだろう。そこまで無事行けば、たぶん大丈夫だ」
今は俺の体を構成する要素の一部に、神気が紛れ込んでいる状態だ。魔素と同じようにコントロールさえできれば、恐らくは大丈夫だろう。
しかし、あの時少し触れただけの神気がどうしてこんなにも俺に強く影響したのだろうか……
それに、俺を構成する神気の量は、ほんの少しずつではあるが、確実に増加している。この神気は一体どこから……
「とにかく、しばらくはこれに抵抗することに集中しないとヤバいかな。軽く魔導具を作るくらいなら大丈夫だろうが、派手な戦闘なんかは避けないと……」
(あるじ……ごめんなさい)
「ん? どうして白雪が謝るんだ?」
(あるじは、神気に身体だけでなく魂も侵食されている……でも、あるじはわたしからの浸食にも、同時に耐えているから……神気の浸食を必要以上に受けてしまっている……だから、ごめんなさい)
「あんまり気にするな。白雪の浸食なんて、神気の浸食に比べれば大したものじゃないし、ぶっちゃけあっても無くても大して変わらん」
これは……ある意味本当で、ある意味嘘だ。
白雪の浸食は、確かに神気のそれに比べれば僅かなものだが、その差は確実に神気の浸食スピードを速めてしまっている。それも、数倍のスピードにまで。
元々俺は、神気の魂への浸食のほとんどを抑えつけることができている。だが、だからこそ白雪分の有無が、大きな影響になってくる。
だがそれでも俺は、この優しくて食いしん坊な妖刀少女を見捨てたくない。
(あるじは優しい。でも、わたしにはわかる。わたしはあるじの魂と繋がっているのだから……)
……どうやら、嘘はバレてるようだ。
だが今ので、俺の意思は伝わっただろう。
「ま、とりあえず白雪解説書を読んでみてから判断するよ。もしかしたら何か良い手が見つかるかもしれないし」
(それなら、20枚目までは特に新しい情報は載ってなかったはず。それと、特に大事な情報は33枚目以降に書いてあるらしい)
「ん? 白雪は内容知ってるのか?」
(ううん……でも、それを作っている時にそんなことを言ってたのを聞いてたから……)
ふむ、なら21~32枚目まではざっと見て何が書いてあるかだけ把握しておいて、読むのはひとまず33枚目からにしよう。
――――約2時間後
「あ゛ぁ゛~……終わった~」
白雪解説書に一通り目を通した俺は、その場で大きく伸びをして、凝り固まった体をほぐす。
(……何かわかった?)
「ま、方法はな。だが、今は無理だ」
(どういうこと?)
「白雪の浸食効果は、元々副産物として生まれてしまっただけのものらしく、ここにはそのやり方までは書いてあった……が、材料が足りん」
(……何が必要なの?)
「モンスター素材については、前に大量に倒したものがあるから足りているのだが……一番大事な素材、ダンジョンコアレベルの魔石。それも生きた魔石が必要らしい」
(つまり、ダンジョンを攻略すれば良いの?)
「まあ、そういう事だな。コアの規模はそこまでじゃなくて大丈夫だから、比較的若くて小規模なダンジョンが好ましいな。ただ……それをすべきかと問われれば、難しいところだな」
(ど、どうして!? こうしている間にも、あるじの魂はっ!!)
「落ち着け。それはわかっている。ただ、戦闘を行えば、俺は少なからず消耗し、浸食を速めてしまう事になる。更に言えば、ダンジョンを無事攻略しきれる保証もない。これは一種の賭けだ。慎重にならざるを得ない。まあ、実行するなら早い方が良いのは事実だが」
(……皆に相談しよう)
「やっぱり、言わなきゃダメかね? あまり心配はかけたくない――――」
(だめっ!! あるじだってわかっているんでしょ? スキルが育ちきるまで耐えられる可能性は、限りなく0に近いってこと)
「……」
限りなく0に近いとまでは思っていないが、分の悪い賭けだとは自覚している。
だが、それはダンジョンアタックだって同じだ。ならせめて、皆まで危険に晒さないい方法の方を選びたいと思った。それだけだ。
「……わかった。皆に相談する。だが、その結果としてどういう結論を出すかは、あくまで俺次第だ」
(……わかった。それでいい)
俺は白雪解説書をカバンにしまうと、椅子から立ち上がって、机の脇に立てかけてあった白雪を腰に差す。
善は急げという訳では無いが、一応緊急性の高い相談事だし、すぐの方が良いと思ったから。
(……ごめん)
「なんで謝るんだよ」
(だって、ホントはあるじは話すつもりは――――)
「いいんだよ。俺にちょっと自分を大事にしない欠点があるのは自覚してる。お前が俺を心配して、俺の判断が間違っていると言うのであれば、きっとそうなのだろう。だから、いいんだ。心配してくれてありがとう」
(あるじ…………うん。死んだら、悲しいから。できることがあるなら、したいと思う。あるじは自分のことを後に回してでも、皆のことを優先したいと思っているのかもしれないけど、それは皆も同じ。少なくとも、フィルスと香奈はそうだと思う)
白雪に言われて、初めて気が付く。
俺が抱く、大切にしたいと思うこの気持ちは、決して俺からの一方通行とは限らないことに。
現に、フィルスは何度も俺にそういった言葉をかけてきてくれていた。ただ単に、当時余裕があまりなかった俺が、その言葉を聞きながらも受け入れることが出来なかったというだけで。
だが…………いや、これは俺のエゴか。
「そうだな。俺はきっと、なまじ自分が強い力を持ちすぎたせいで、皆の力を信じることが出来なくなっていたのかもしれない。いや、今でも信じているかと言われれば、なんとも言えんのだが……だが、これでは旅の仲間とは言えんよな。フィルスがいつまで経っても俺に敬語を使うのも当然か。フィルスに気にするなと何度も言いながら、その原因を作っていたのは俺だったんだな」
一方的にしてもらってばかりの相手に申し訳なさを感じるのは、普通の人間なら当たり前に持つ感情だろう。ましてや、フィルスのように他人を想える優しい娘ならなおさら。
恋人だからって、全部片方に頼り切りなんて歪な関係が、全て許容されるわけではないのだ。
確かにそういう関係になったことで、彼女の罪悪感は薄れたのかもしれないが……逆に言えば、それだけだったということだ。
「はぁ……やっぱり俺は、まだまだ人付き合いってのが苦手らしい。スマンな、迷惑をかける」
(ううん……あるじは優しいからそう思うだけ)
「ははは……ま、間違ってると思ったら、今後も遠慮なく叱ってくれ。それでも間違ってないと思ったら、反論するからさ。三人寄ればってわけじゃないけど、まあ、話し合った方が良い結論も出るというものだ。お前が言うなと言われそうだが」
(ふふっ……ん……わかった。遠慮は、しない)
「ああ、よろしく」
そうして俺たちは笑い合うと、隣の部屋へと向かうべく、扉に手をかけるのであった――――




