第十二話 『風呂に入った』
今回は、すこし短めになってしまいました。すみません。
それから、書き方というかレイアウト? が少し変わっています。
まだ書き始めたばかりで試行錯誤している最中でして、こういったことは今後もあるかもしれません。
よろしければ、どうか私が四苦八苦している様を温かく見守りください。
魔道具の完成を待っている間、特にすることもなく暇だった俺は適当に街中をブラブラ見て回ることにした。
ここフェレブは王都などというだけあって大きな都市で、様々な物や人、文化が集まってくる。それらはそれぞれがギルドによって管理され、決められた区画で活動している。
例えば、商業区画と呼ばれる区画では主に商業ギルドに所属する者が活動している。やっとこさ自分の場所を持って露店で細々と商売をする者から成功して大きな店を構える者、遠くから買い付けに来た行商人や村から特産品を宣伝に来た者まで、実に様々な者たちが商いをしている。
他にも農業、賭博、食事に色街、それから俺たち冒険者。様々な者の集まる区画があり、同業の者がひしめく中で熾烈な生存競争をしている。弱き者は淘汰され強き者が生き残る、弱肉強食な世界である。
しかし、それ故に活気にあふれ、実に多様な商品や商売が生まれ続けている。
そんな中、俺は今まで露店がメインの門前の大通りと冒険者区画くらいしかまともに行ったことがなかった。なのでせっかくできた暇な時間に、自分がしばらくお世話になる街のことくらいはもう少し知っておこうと考えたのだ。
そんなわけで今俺は冒険者区画に居る……いや、違うんだ。言いたいことはわかるが、俺は思い出してしまったのだ。俺が未だにマスターの好意に甘えて部屋を借り続けてしまっていることに。
今までは、冒険者としての下準備などもあってイマイチ稼げなかったのでズルズルと居続けてしまったが、そろそろ潮時だろう。
で、俺は今冒険者区画で宿探しをしているというわけだ。街の見学は時間がなさそうならまた今度になるかもしれないが、こればっかりは仕方がない。
宿探しをし始めて1時間。こちらの世界の言い方では半刻とかになるのだろうか。俺はようやく良さげな宿を見つけることができた。安くて対応が丁寧、そして何より飯が美味いらしい。
……まあ確かに俺にとっては食事は必ずしも必要ではないものだ。言わばただの嗜好品である。
だがしかし! それが故に! 味は大事なのではないだろうか。俺にとっては味以外はどうでもいい部分なのだからな。極端な話、不味い一人前よりも一粒の美味い飯の方が俺にとっては良いモノであるという事だな。
その宿には空き部屋がほとんどなく、今空いているのは一人部屋が1つだけという事だったので、俺は即部屋を借りて宿を後にした。冒険者区画の宿、その中でも特に安い宿は基本的に冒険者が長期的に利用することが多く、部屋が埋まると次にいつ部屋が空くかわからないのだ。
さて、宿が無事決まった俺だが、まだ1時間ほど自由な時間が残っている。
まあ別に2時間ぴったりでクレアさんの店に行かなければいけない訳でもなければ、そもそも時計なんてこちらの世界に来て以来見たこともないので、この残り1時間というのも太陽や体内時計からざっくりと時間を判断しているだけなのだが。
暇を持て余した俺はテキトーに時間を潰すため、商業区画へ行ってみることにした。行き帰りを考えると見ていられる時間は40分程度だろうが、どんな店があるか知っておけるだけでも十分だろう。
そうして商業区画に到着した俺だが、商業区画はどうやら区画内で更にジャンル分けされているようで、看板を見ると武具やアクセサリー、衣服に家具と、実に様々なジャンルに分けられているようだった。区画自体も想像していた何倍も広く、流石に40分で見て回るのは無理がありそうだ。
そこで俺は、見る区画を武具を売っている区画だけに絞ることにした。今後、冒険者として活動を始めるにあたって、おそらくは一番最初に必要になるのは武具だろうからな。
……40分後。俺はクレアさんの店に向かっていた。
え? 武具はどうだったのかって? それが種類はオーソドックスなものばかりで全く面白みがなく、モノ自体も粗悪な数打ちばかりで欠片も魅力を感じなかった。
これは後から知ったのだが、一品物の質の良い武具が欲しいなら鍛冶ギルドのある別の区画へ行かなければいけなかったらしい。そうとわかっていれば家具とかの方が見たかったのに……
さて、商業区画では失敗してしまったが、俺にはクレアさんの魔導具がある! あれはただの暇つぶしだったのだから無駄な時間になったところで別に大した痛手ではない。
そう自分に言い聞かせ気持ちを回復させた俺は、期待に胸を膨らませ、元気よくクレアさんの店の戸を開けた。
「レイジ、ただいま戻りました~。どうですか? できました?」
「それがね。携帯用風呂の方は一応形にはなったんだけど……大容量袋の再現の方が上手くいかなくてねぇ」
……なん……だと? ということは俺が密かに計画していた”龍の姿で狩りまくって大儲け”作戦は無理なのか? くっ! 自宅への夢が遠のいて行く……
「まあ、初めての試みですし、そういう事もありますよね。元々無償でやっていただいているわけですし、それは別に構わないので、とりあえず先に風呂の方の起動確認だけしちゃいます」
「そうかい? それならほれ、これが試作1号だよ。一応術式はきちんと組み込めたと思うけど、魔導具の起動失敗はたまにとんでもない事故を引き起こすことがあるからね。十分に注意して使っておくれ」
そう言いながらクレアさんが渡してきたのは、直径15cm、厚さ4cmほどの円盤型の魔導具だった。主な材料は木で、中央に石のようなものが嵌っている。
「中央の魔石に魔素を流し込めば起動するはずだよ。間違っても変な所で起動させないように注意するんだよ。今はまだ試作型で安全装置の類はつけていないからね」
「はい。では早速外へ行って使ってみることにします」
俺がそう言って店を出ようとすると、クレアさんに慌てて呼び止められた。
「まさかあんた、今から街の外へ出て使ってみるつもりかい!? 別にそんな急いじゃいないから、わざわざ危険な夜に試さなくても、明日の昼間にでも仕事のついでにでいいんだよ?」
どうやらクレアさんは俺の心配をしてくれたようだ。だが俺としては別に夜に街の外に出ることには特に抵抗や恐怖は無いし、そんなことよりさっさと風呂に入りたい。
「いえ、大丈夫ですから。それに何より、早く風呂に入りたいですしね」
そう言って俺は店を後にした。
最後まで心配そうな顔をしていたクレアさんには悪いが、これは譲れない。
クレアさんの店を後にした俺は、その足でそのまま例の洞窟まで来ていた。ここなら魔素も濃いし、人も来ない。そして魔獣も滅多に来ることがない。まさに最高の場所だ。
待ちきれない俺は早速携帯用風呂試作1号を起動し、急いで地面に置く。すると、あっという間にお湯の張られた石でできた風呂が完成した。浴槽の大きさも、縦2m、横1.6mとかなり大きく、数人で入っても問題なさそうだ。
「おお! 正直いきなり成功するとは思っていなかったんだがな。これなら大丈夫そうか?」
俺は期待に胸を膨らませ、いざ風呂に浸かる――――と同時に速攻で風呂から飛び出した。
「あっちい!!」
場所が外であったため見た目ではわかりにくかったが、風呂の温度は60度近くあり、人が入るには熱すぎるものであった。
「こりゃ冷めるのを待つしかないか……あ、保温機能」
この浴槽には保温機能があるため、お湯の温度は変わらない。つまり、お湯の温度はいくら待っても60度のままである。
そのことに気が付いた俺は、思わず地面に両手をついて項垂れてしまった。
「風呂……入りたかったな……」
…………いや、こんなところで諦めてどうする。俺はそんな諦めの良い奴だったか? 思えば俺は、この世界に来てからというもの、”そういうものなのだから仕方がない” ”知らないのだから仕方がない”という言い訳で、色々なことをすっぱり諦めすぎな気がする。
そうじゃないだろう。それじゃ駄目だろう。それでは俺はただこの世界の常識や考え方に染まって行くだけだ。
俺は葛城玲仁。異世界からの転生者で元人間。そして、今の俺は……古龍。この世界で最強と呼ばれる、異端の存在だ。ならばなぜ諦める。なぜ常識に従う。異端が普通ぶる必要などどこにあるというのだ。何より、女神より世界の未来を託されたお前が、普通であってはならない。
自重など捨てろ。心の枷を解き放て。お前にできぬことなどない。欲望を解き放て。できぬのならできるようになればいい。耐えられぬのなら、耐えられるようになればいい。お前はなんだ? お前は魔素だ。お前の体は己が力によって生み出された仮初の器でしかない。その器が悲鳴を上げるなら、作り変えれば良い。より強く、己の望む形へと! 生まれ変われ葛城玲仁。人間を捨てろ! 常識を捨てろ! お前はもう、ヒトではないのだから……
風呂に入るため、諦めずに立ち向かう強さを求め、己の心に、魂に願った次の瞬間、俺の体はヒトのものではない”何か”に変わっていた。
「……これは?」
俺は慌ててステータスを確認する。すると、そこには確かな変化が記されていた。
・肉体構成魔素固定(Lv2/5)
―固定化可能形状―
・古魔晶龍(六元素単一属性魔晶構成のみ)
・魔晶龍(六元素単一属性魔晶構成のみ)
・魔晶龍騎士 (六元素単一属性魔晶構成のみ)
・ヒト族 (♂)
固定化によって取れる姿の中に、魔晶龍騎士という種類が追加されていた。あとついでにとれる属性も増えたようだ。
(しかし俺は今、強く願っただけで経験を積んだ訳ではない。もしかすると、固有スキルは依存するのが魂でないが故に、成長の条件も違うのかもしれないな……)
俺は毎晩行っていた固定化と魔素化の反復作業に意味がなかったかもしれないという事実に若干凹みながらも、今の自分がどんな姿をとっており、どんな能力があるのかを確かめてみることにした。場所も丁度、人気がなくて魔獣の多い森で、色々試すにはもってこいであった。あえて言うなら視界の自由が利きにくい夜であることが唯一残念ではあるが。
そうして風呂に入るために進化したはずの俺は、風呂に入ることも忘れて1刻ほど森の中で自身の能力の把握に努めた。
そうしてだいたいのことが把握できたところで風呂のことを思い出した俺は、急いで洞窟へ戻り、風呂に入った。
流石風呂に入るために進化しただけのことはあって、風呂が少々熱かろうが問題なく浸かることができた。体に染み入る熱が非常に心地よい。これだけ心地よいのなら、進化した甲斐があったというものだ。
さて、魔晶龍騎士についてだが、わかったことがいくつかある。
まずはその姿だが、身長は2m弱。体は魔晶でできており、魔晶龍のソレと同じもののように見えた。フォルムは龍をモチーフにした騎士に翼と尻尾が生えたような感じで、我ながらなかなか格好良いと思う。
次に能力だが、これはほぼ魔晶龍の状態と同じで、HPは10000、魔核HPは3000であった。唯一違ったのは魔術適正で、とっている姿の属性の適性はSSと一段落ちてしまっていたが、他の属性の適性はA止まりで、全く使えないという事にはなっていないようであった。
そしてこれは龍の状態では確かめていないことだが、どうやらこの姿だと自身の肉体の属性に類するものに対する耐性が上昇するようであった。俺が風呂に入っても大丈夫なのはこのためだ。
そうして新たに手に入れた姿で風呂を堪能した俺は、風呂から上がるとそのままの姿で眠りにつくのだった。
はい。主人公、強くなりました! 風呂に入るために(笑)
最初の強化は戦闘中とかではなかったんですね~
いや~実に下らなくも切実な理由でした。
まあ、ぶっちゃけ持ち帰って調整すれば次の日には普通に入れたんですけどね。
楽しみ過ぎて我慢できなかったんですね。
お風呂が大好きな皆さんなら、レイジの気持ちもわかっていただけるかもしれません。
ちなみに、私なら諦めると思います(笑)
さて、次回は携帯用風呂の改良……ではないです。正直そんなのはどうでもいいので出来上がったってことで飛ばします。ついでに時間も飛ばします。1ヶ月くらい。
ついにシナリオらしいシナリオに入って行くつもりです。第二章開幕ですね!
(※作者の次回予告は信用しないでください)