第百二十二話 『帰還と、これから』
「レイジにぃ!? 大丈夫!?」
白い光が納まりはじめ、視界が徐々に回復してくる。
傍らから聞こえる、香奈の心配そうな声が、俺が帰ってきたことを教えてくれた。
「……レイジ様?」
香奈の呼び掛けにも反応せず、ぼーっとしていた俺を、フィルスが心配そうな顔でのぞき込んできた。
目の前に顔が来たことで、ようやく思考がこちらに引き戻される俺。
「あ、ああ……大丈夫だ」
改めて見渡せば、ここは棚などの様子から、おそらく何かしらの店舗ではあったのだろうという事がおぼろげにわかるだけの廃屋。
……そういえば、服を買いに来ていたのだったな。
「ふむ……まあ、服は売ってなさそうだし、別の所へ行こうか」
「え? あ、うん……って、いやいや、そんなことよりさ。今の光は何だったの? レイジにぃ、様子おかしかったし、何かあったんでしょ?」
「ああ、まあな。でもまあ、その話は長くなりそうだから、帰ってからな」
その後、俺はなんとなく心ここに在らずといった感じのまま皆の買い物に付き合い、自分の買い物はまた今度にして帰宅をするのであった。
皆も、俺の様子を見て、買い物は最低限で手早く済ませてくれたようで、かなり早めに終わった。
なんだか気を使わせてしまったようで申し訳なく思う。
ただでさえ、いつも学院に俺だけ通って暇をさせてしまっているというのに……今度何かお詫びをしなければな。
帰宅した俺は、白雪にちょくちょく口を挟まれながらも、小屋での体験を皆に説明する。
俺の話が一通り済むと、それまで黙って聞いていた皆も、何やら言いたげな様子を見せる。
特に梨華ちゃんが。正直、少し意外だ。
「話はこれで全部だから、何か言いたいことがあればどうぞ?」
俺はあえて、梨華ちゃんの目を見てそう言う。
すると、香奈もそれを察したのか、同じく梨華ちゃんの方を向き、梨華ちゃんはその状況に少し恥じらいを見せた後、口を開いた。
「あの……前から考えていたことがあって……その……えっと……私、お邪魔ではないでしょうか?」
「ん? いきなりどうしてそんな――」
「お兄さんは、ご自身の正義を貫くためならば、法や国とぶつかる事もいとわないのですよね?」
「あーまあ、そうかもな。そう言う事もあるだろう」
とはいえ、今のところ、国王はどちらも悪い人じゃなさそうだし、話せばわかってくれそうだから大丈夫そうだが。
「その正義には、私たちを脅かす存在の排除も、含まれていますよね?」
「ああ、当然だ」
身内を脅かす存在には容赦しない。俺はそういう人間だと自覚しているし、間違いだとも思っていないからな。
「……ならばやはり、私の存在はお邪魔ではないでしょうか?」
んん? なんでそうなるんだ?
梨華ちゃんは香奈の大事な友達だし、しっかりしてるから、香奈がはしゃぎ過ぎた時のブレーキ役としてもいてくれると助かるんだが――
「フィルスさんは恋人ですし、香奈は妹みたいなものだという事で、一緒に行動するのはわかります。白雪ちゃんも、大事な相棒ですし、世話を焼くのは当然でしょう。でも……私は、ただの香奈の友達で、お兄さんとは全然関係ない人間で……それに、お兄さんは、ホントは一人なら、もっと自由に行動できるんじゃないですか? なのに、私たちに気を使って、色々我慢してるんじゃって……私一人が抜けても、あまり変わらないのかもしれないですけど、少しでも負担になっているなら、私!!」
「ストーーップ!! はいストーップ! 話終わり! 一旦やめ!! 止まって!!」
いきなりの大声での制止に、ヒートアップしていた梨華ちゃんも、流石にきょとんとした顔で話すのをやめて、こちらに視線を向ける。
いや~しかし、梨華ちゃんはいつも一歩引いてる感じで、遠慮してるのかな~? とは思っていたけど、まさかそんなに思いつめていたとは……
ずっと独り身で、友人も碌にいなかったせいか、こういう感情の機微とかには割と疎いんだよなぁ……
フィルスの時も、自信なくて随分手間取ってしまったというか、今でも手探りなんだが、ううむ……
「えっとだな……確かに俺は、あんまり集団行動とか得意じゃないし、皆に気を遣って抑えている部分はある。けど、別にそれを負担に思ったり、嫌だと思ってるわけじゃないんだ。むしろ、向こうでできなかったことを、色々やってみたいと思っているくらいだ。更に言えば、ここで梨華ちゃんに抜けられると、俺としてはむしろ色々困ったことになってしまうから、できれば一緒にいてくれるとありがたいんだがな?」
「へ? で、でも……私なんて、戦闘力はそこそこ程度ですし、家事なんかもからっきしだし、何も――」
「まずひとーつ! 梨華ちゃんがいないと、香奈の手綱を握ってくれる人がいなくなってしまう。俺はなんだかんだ言って甘やかしてしまいそうだし、フィルスも強く否定するようなタイプじゃない。だから、梨華ちゃんがいないと、香奈が暴走した時にそれを止めてくれる人がいない。これは非常に困る、由々しき問題だ!」
「ちょっと!? それどういう事!!? レイジにぃの中の私って、どんななの!? ねえっ!?!? そりゃ、それが理由で梨華が残ってくれるならその方が良いけど、なんか釈然としないよ!?」
「ふたーつ!」
「ええ!? 無視!!?」
「梨華ちゃんは、勇者召喚される前からファンタジーに憧れていたみたいで、そっち系の知識がある! それはこの異世界で生きていくうえで、非常に有益になりうるものだ。これから起こりうる事態を想定する上でも、はっちゃけて何かをやらかす上でもな!! 俺はそう言うのはからっきし――ってわけでもないが、あまり詳しくは無いからな」
「あ、あはは……やらかすって……お兄さん、何するつもりなんですか……」
お、少し笑ってくれた。
これなら、後もうひと押しかな?
「うん。拠点のことなんだけどな。やっぱり無いと、色々不便なんだよね。固有の生活空間の確保ができるだけでも、色々便利になるし。だから、どこからでもアクセスできる、あるいは、どこへでも行ける感じの拠点があればな~と、考えているんだ。実は密かに、そのための魔法もちまちま考えてたり、考えてなかったりしてな。そう言うの、お話とかでもいくつも出てきてるだろ? だから、それについて話が聞ければな~と。生じる問題とか、各々のメリットデメリットとかさ。ダメかな?」
「あはは……敵いませんね、もう……」
梨華ちゃんはそうつぶやくと、目に溜まった涙を拭うと――――
「はい! 私で良ければ、いくらでもお手伝いさせていただきます!!」
――――困ったような、でもどこか晴れ晴れとした笑顔で、そう言ってくれた。
「――――それで、その拠点ってのは、どうするつもりなの?」
梨華ちゃんが不安を吐露し、それが解決して、少し空気が弛緩した頃。
黙ってそんなことを考えていたなんて、私たちの友情はうんぬんとか、しばらく梨華ちゃんを叱っていた香奈が、ふとこちらに向き直ると、そんなことを聞いてくる。
どうやら、お友達へのお説教は済んだようだ。
「あ~まあ、まだ想像の域を出てないものだし、実現できるかはわからんのだが……一つは、人里離れた、良い場所を探して拠点を建て、そこへと繋がる転送陣みたいなのを持ち歩くか、できなければ各王都などの主要な場所に、それを設置するって方法。もう一つは、空中移動要塞だ! 拠点を地面ごと魔法で浮かせて、空中を飛んで行動するって感じだな。共通するのは、どちらもできればアーコロジー化を目標に、大規模な拠点を目指したいってことかな?」
「……あーころじぃ? って何?」
「ん~、そうだな……食料や、その他生活に必要な物資の生産から加工まで、全ての生活に必要な要素が詰まった場所? って言うのかな。まあ簡単に言えば、外に出なくても、特殊な事情が発生しない限りは、基本ずっと中だけで生活が完結できる拠点のことだな」
「おお~!! ……あれ? でもそれって、旅してみて回りたいって言うのと真逆に突き進んでいるような……」
「ははは……まあ、そうなんだけどな。敵もいる世界だし、何があるかわからんだろう? てなわけで、いつでも逃げ込めて、いくらでも籠城できる拠点があると、色々安心って言うか……まあそんな感じだ。別に、旅はしたけりゃすればいいんだし、それがあるから外に出ちゃいけないってわけじゃないんだからな。梨華ちゃんとフィルスはどう思う?」
香奈は元々よくわかってなかったみたいだから取り合えずいいとして、一応、他の二人には意見を聞いておきたい。
「はい。素晴らしいお考えかと。実現できれば、色々と楽になるのは確実でしょうし、何よりお金の心配が減るのは、良いことだと思います。大会の賞金も、無限にある訳では無いのですし」
ふむ、確かにそれはあるな。
現状、魔獣素材は換金すれば金になるだろうが、できれば自分で使いたいものも多いし、冒険者としての収入は、ランクも低いから大して期待はできない。
何なら、俺は学院行ってるせいで稼げてなかったしな!
……あれ? これってヒモじゃね? 俺……
ま、まあそれは置いておいて、だ。
確かに、食費や宿泊費を気にせずに冒険ができるって言うのは大きい。
まずは食糧事情から重点的に計画を進めていくべきか?
「確かに、それも大事ですけど……巨大拠点にアーコロジーと来れば、そこに必要なのは、実用性よりもロマンですよね!! 明らかに威力過多な魔導砲や、何を相手にするつもりかわからないほどに強固な魔導障壁!! どう考えてもそこまで必要ないであろう移動速度に、無駄に優秀な監視システム!! そして何より、それを無人で制御し続ける、拠点のメインコア!!」
お、おおう!? なんだか梨華ちゃんがエキサイトし始めたぞ!?
確かに、ロマンを求めるのには賛成だし、俺が拠点をアーコロジー化したいなんて言ったのも、ぶっちゃけ半分以上は男のロマンだ。
だが、まさか梨華ちゃんに理解が得られるうえに、こんなに熱く語りだすなんて……これは期待せざるを得ないではないか!!
さあ梨華ちゃん!! 二人で自重の欠片もない、最強の無敵要塞を考えてやろうではないか!!
テンション上がって来たぜーー!!




