第百十一話 『この国の未来が、本気で心配になった』
2017/06/29 微修正
俺が独房に突っ込まれてから約5時間後。
時刻は、夜の9時過ぎだろうか。
一階の窓から見える月の位置的に、たぶん。
上では、まだ兵が慌しく出たり入ったりしては、二階へと報告へ向かっている。
そして今、兵士の報告から、ようやく欲しい情報が一つ手に入った。
「……ンデ……確保…………仲間……とうぼ……んざい…………外にまで……」
二階までは魔素が届かないため、断片的にしか聞き取れなかったが、おそらく内容は、ランデルさんは捕まえたが、皆は逃げて、現在捜索中。見つからないので、外まで捜索の手を伸ばすことを検討・または実行――――といったところだろう。
これで、フィルスたちのとりあえずの無事は確認できた。
まあ、おそらくランデルさんが逃がしてくれたのだろうな。
さて……本当なら、さっさと逃げだして皆と合流したいところだが……それだとランデルさんが心配だな。
彼も捕まったという事は、相手はかなり高位の貴族か、あるいは王族。または、それらを相手にすることすら恐れぬほどの奴らなのだろう。
となると、このまま見捨てたらランデルさんはヤバいだろうな。
彼はいい人だし、皆の逃亡を手助けしてくれたのだとしたら、できれば助けたい。
今の俺の手持ちでは、回収できたとしても使える魔導具は特に無し、か。
鞄は空間拡張を施してあるので、フェイクとして普通に入れておいたもの以外にも、中には色々入っているが、ほとんど調理器具とかモンスター素材だからな。
一応白雪も入っているが、この状況で使えるかと言われると、悪いが否だ。
……まあ、最悪明日には何かしらのアクションがあるだろうし、皆が万が一確保された場合には、ここに居ればそれもわかるだろう。
ならば、相手の出方を待つしかないか。もどかしいが、仕方あるまい。
俺は方針を固めると、再び館内の様子に神経を研ぎ澄ませるのであった――――
「おら、起きろクズ野郎。喜べ、お出かけの時間だ」
翌日の午前10時頃。
独房の扉が開いたと思ったら、元々はめられていた手枷に加え、足枷と目隠しをつけられ、蹴りで起こされる。
まあ、元々起きてて、寝たふりをしていただけだが。
今は相手に優位を錯覚させて、少しでも油断を誘いたいので、そのための小細工だ。
「さて、お前をこれからある場所へと連れて行く。そして、お前はそこで裁きを受けることになるだろう。ま、安心しろ。仲間もすぐに捕まえて、同じ所へ送ってやるからな」
……つまり、殺すつもりってことか。あるいは、ただの脅しか、こいつの思い込みって可能性もあるな。
ま、目隠しなんてされたところで、俺には全部見えてるし、とりあえずは大人しくして様子を見るか。
どっかへ連れてくって言うなら、首謀者かそれに近い人間に会える可能性も高いし、目的もなんとなくわかるだろう。
もし、さっさと処刑みたいな流れになったら、その時また考えればいいや。
首を切り落とすとかなら、あえて食らって死んだふりとかも面白いかも?
俺は頭では結構気楽に考えながら、大人しく引きずられ、馬車へと乗せられる。
その後、兵が三人乗り込むと、馬車が出発した。
乗せられた馬車は、見た感じ貴族が使うような、高級なものに見える。
向かっている先も貴族の多く住む区画であることから、やはり貴族が関わっていたようだ。
しかし、いったいどんな目的があって俺をこんな……う~ん、わからん。
いくつか可能性は考えられなくもないが、それを絞り込む判断材料が無いからなぁ……
そうしてしばらく馬車に揺られていると、ある屋敷の前で馬車が停車した。
屋敷は王城が目と鼻の先という立地に加え、かなり大きく立派に見える。
おそらく、かなり高い地位の貴族が住んでいるのだろう。
これは、ますます面倒そうだな。
高い地位の人間の理不尽な行為なんて、だいたいろくなもんじゃ無いからな。
俺は、両脇を兵士に抱えられ馬車から降ろされる。
そしてそのまま、屋敷の中へと、まるで物のような乱雑な扱いで引きずられていった。
「そ奴が、例の?」
「はい。冒険者のレイジで間違いありません」
「うむ、ご苦労であった。では、ソレをそこに置いたら、お主らはこ奴の仲間の捜索へと戻るが良い。あとのことはワシがやっておこう」
「はっ! では、失礼します」
屋敷の玄関で、俺は一見人のよさそうな、50代くらいのおっさんに引き渡された。
兵の態度から見て、おそらくこいつがここの貴族か。
さて、どうなることやら。
貴族は、俺を執事らしき男に運ばせ、屋敷の一室へとやってきた。
部屋の中は、やけに簡素で、中央に鉄製の椅子とテーブルが一組と、壁にはいくつもの武器や工具らしきものがかけられている。
まあ、おそらくは"そういう"部屋なのだろう。
俺を抱えていた執事は、俺をその鉄の椅子へと座らせると、手枷と足枷を椅子に固定し、部屋を出て行く。
そうして部屋に残ったのは、俺と貴族のおっさんだけ。
そしてそのおっさんは、壁の剣を手に取ると、うっとりとした顔でそれを撫で、頬ずりをしている。
こいつは……ガチな奴だな。
今の内に、痛覚は切っておこう。
俺は体の構造を弄り、体の感覚をカットする。
痛覚以外もかなり鈍くなってしまうが、まあそれは仕方ない。
「さて、レイジと言ったな。なぜここへ連れてこられたか、その理由はわかるか?」
おっさんは俺の前に剣を持って立つと、ようやくその口を開いた。
まったく……一分以上も剣と戯れてるんじゃねーっつーの。気持ち悪い。
「さてな。さっぱりだ」
「貴様……ワシはこの国の財務を支える、ベルマド・ルーデイズ侯爵様だぞ!! 口に気を付けろ!!」
俺の挑発気味な言い方が気に食わなかったのか、叫びながら手に持った剣を振るい、俺の右足のすねの辺りを切りつけてくる。
かなり遠慮なくやってくれたようで、骨までパックリいってやがる。
……やべぇな、こりゃ。
何がやべぇって、こいつが国の財政なんて大事なもんを任されているってのがヤバい。
この国、マジで大丈夫か?
仮にこのままこの件が片付いて、俺がランデルの研究をそのまま手伝ったとすると、その成果はこんなゴミクズみたいな奴の元へと行くんだろ?
…………うん、不安しかない。
ランデルには悪いが、これは断るしかないかな。
アーティファクトの解析の方は、彼個人の願いなので構わないが。
「ふぅ……少々切り過ぎてしまったかな? 一応治しておいてやる。ありがたく思え」
そう言うとこのジジイは、懐からポーションを取り出し、俺の足にかけた。
正直、俺にポーションは効かないのだが、まあ一応それに合わせて、こちらで治しておいてやる。
足にかかったポーションは、全部足の中へと回収し、魔晶で覆って保存しておこう。
ポーションのプレゼント、どうもありがとう。
「よしよし、きちんと治ったな。さて、それじゃあ儂から貴様がいかに罪深い人間であるか、丁寧に教えてやろうではないか」
そう言うとクソジジイは、鼻下から伸びた髭を弄りながら、ねっとりとした気色の悪い声で語り始るのであった――――




