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夢みる狼  作者: 百物語屋
1/1

駆ける者


太陽が務めを果たし、月と主役を交代した。

夜空には雲ひとつなく、私が今夜の主人公なのだと言うように紫紺に輝いている。

その周りには、千片に散りばめられた星々が月を引き立たせるかのように彩っていた。





夜の蚊帳が降りて久しい、肌に張り付くような生温かい風が、木々を撫で通り過ぎてゆく。

紫紺の光を受けた森は静まり返り、昼とは一変した表情をみせていた。

目の前には来るものを怯えさせるかのような闇が広がっている。

月が照らし続けるが、鬱蒼とした木々に阻まれ、僅かに届く程度だ。

夜行性の生き物でなければ、動き回ることは容易ではないだろう。

昼の住人達は太陽が沈むと共に眠りに着き、月と共に夜の住人達が蠢き出した。



今夜の森は静かだ。

風に撫でられた葉が、擦れ合う音がよく通る。時折、背筋が粟立つ様な不気味な音が聞こえてしまうのが残念なところだ。



その静寂の中、確かに生き物の放つ音が微かに聞こえる。

その者は、水でぬかるんだ土に足を取られまいと慎重に、しかし先を急ぐ様に前に進んでいた。





後ろ脚に力を込めて跳ぶように疾ると、目で捉えた景色は瞬く間に過ぎ去り、己の後ろへと流れていく。

自らの早い呼吸と、大地を踏みしめる音が静寂の中で異様に響く様に聞こえた。



静かにしてくれ、そう胸の内で思いながらも一連の行動を止めることはできない、速度を落とせば追いつかれるのだ。





如何にして、逃げ切るか。

忌々しい追っ手の足音を肌に感じつつ、森に佇む木々の間を不規則に曲がりながら、今出せる全力で駆ける。

途中、地面から飛び出た木の根や、石などが邪魔になったが問題ない、この道はよく通るため間を縫うようにして駆けられる。



しかしながら、太陽が顔を出し、紅くなって沈むまで雨が降っていたため、地面はぬかるんでいて、気を抜けば足を取られてしまう。



朝から降り出した雨は、始めは木々の頭を濡らす程度だったが、昼を過ぎたあたりから地面を叩くほどに強まり出し、森に降り注いだ。

ここ最近日照りが続いていたため、久々の恵みの雨に小踊りしたものだが、今となっては憎らしい。

月には退場して頂き、お勤めを終えた太陽に今すぐ出てきてもらいたいくらいだ。






万全な状態なら、奴など置き去りに悠々と逃げ果せただろうが、

生憎と今は、自慢の逃げ足も負傷している。引きずるようにして走っているためか、地面には辿ってくださいと言わんばかりに跡が続いるのだ。



雨など一生降るな!などと、朝とは真反対の事を思いつつ、傷と不安定な地面、最悪の条件に奥歯を噛みしめる。強よすぎたのか、口の中から嫌な音が鳴った。



何かないかと、木々の中視線を巡らすが、相変わらず代わり映えのない景色が広がっているだけだ。

木の根も、飛び出した石も奴にとっては障害物にはならないだろう。



走り続けているため、体力もじわじわ減ってきている。傷ついた脚の動きも徐々に悪くなってきた。

この逃走劇も長くは続かないだろう。






なぜ自分がこんな事にと、己の不運を嘆くが、初めて目が覚めたときから何度も考えたこと。今更だった。

毎夜、目を閉じるたびに脳裏に蘇る、懐かしい光景。

戻りたい、あの頃に、そう願い眠りにつくが、目を覚ませば自分の理想の景色は広がっていない。



木と土と空だけの世界、ここがお前の生きる世界だと、そう言われているかのようだ。

そう思うたび、視界が歪み、何かが頬を伝うのだ。





それでも、次に目を覚ませば、退屈だが懐かしい、いつもの日々が始まるのではないか。

そんな願いを捨てられずに毎夜眠りにつく。



そして彼処に帰るため、この危険な夢の世界を生き延びる。だから、今日も死ぬわけにはいかないのだ。



己の結末はまだ先にある、そう信じて






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