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マリエル・クララックの婚約  作者: 桃 春花
マリエル・クララックの小話集
6/27

切手のないおくりもの




 新年を迎える夜は、気心の知れた友人同士で集まり、にぎやかに祝い騒ぐもの。毎年お父様とお母様、お兄様はそれぞれのお友達の家へ出かけていく。

 子供はもちろん留守番だ。明日のごちそうと特別なお菓子を楽しみにしながら子守に寝かしつけられる。十五歳になり社交界デビューを済ませても、わたしの年越しは子供時代と大して変わらなかった。

 わたしに年越しの夜を共にすごす友人なんて、ほとんどいないものね。デビューはしたものの、ずっと目立たずひっそりこっそり風景に同化してきたせいで、貴族社会でわたしの存在はろくに認識されていなかった。親戚でもあるジュリエンヌが貴族では唯一の親友だけれど、残念ながら今年は風邪で寝込んでいる。せっかくの新年を咳き込みながら迎えるジュリエンヌがもちろんいちばんかわいそうで、寝台の中でも楽しめるよう彼女の好きそうな本を差し入れしておいた。

 トゥラントゥールでは年越しの宴が開かれているらしい。お得意様がたくさん来る日だから、女神様たちはわたしの相手なんてしている暇がない。落ち着いた頃に一緒に遊びにいこうと約束して、今夜は別々だ。

 そんなわけで、わたしはひとりぼっちの年越しなのだった。

「シメオン様とご一緒なさればよろしいのに」

 することもないので早々に寝支度をしていたわたしに、小間使いのナタリーが言った。ジュリエンヌ以外にあてのなかった昨年までと違って、今年のわたしには婚約者という存在がある。シメオン様と一緒に新年を迎えることができたら、たしかに素敵だった。

「シメオン様は王宮にいらっしゃるわ。王太子殿下の宴に参加されているの」

「まあ、でしたらお嬢様をお連れくださればよろしいのに。王太子殿下とも面識はあるのですから、のけ者になさらなくてもね」

 薄情な話だと、ナタリーは憤慨してくれる。彼女の優しさに感謝しながら、わたしは首を振った。

「それがね、集まるのは殿方ばかりなんですって。男同士で気兼ねなく騒ぐのが毎年の恒例だそうよ」

 今夜ばかりは女人禁制なのです、と申し訳なさそうに謝っていらした。女のいない場所でなければできない話もあるでしょうからね。しかたがないわ。

「わたしはもう寝るから、気にしないで階下したへいってきて。戸締りだけはしっかりお願いね」

「はい、ありがとうございます」

 使用人は使用人同士で集まって年越しの夜を楽しむ。もうごちそうが用意されているはずだ。ナタリーが早く参加できるように、わたしはさっさと布団に入った。眼鏡をはずして脇の小卓に置く。

「おやすみなさいませ」

 明かりが消され、ナタリーが部屋を出ていく。暗がりの中一人になり、わたしは目を閉じた。

 窓の外では雪が降っている。物音はみな雪に吸い込まれ、静寂が夜を支配する。家の中の、階下の笑い声だけがかすかに聞こえていた。

 しばらくして布団に軽い振動があった。ああ、きたのねと思っていたら、予想どおり冷たいものが頬をくすぐる。鼻先をふれさせて催促する猫のため、わたしは布団を持ち上げてやった。

 ごそごそと入ってきた猫がわたしにくっついて丸くなる。やわらかい身体をなでてやれば、今はまだ冷たい。でもじきに温かくなって、いい懐炉がわりになる。一人と一匹で寄り添ってぬくぬくと眠るのが冬の日常だ。これで十分に幸せだと、暗闇の中そっと微笑んだ。

 きっと明日になれば、新年のお祝いが届くわ。数少ない友人たちからはカードが、お祖母様からはきっと手作りのお菓子が届くだろう。シメオン様はなにを贈ってくださるかしら?

 まぶしい朝を思いながら、わたしはとろとろと眠りに落ちかける。もうほとんど夢の海に沈みかけた時、遠慮がちに扉を開く音で引き戻された。

「お嬢様……まだ起きていらっしゃいますか?」

 ナタリーの抑えた声がする。わたしは眠気に抗いながら答えた。

「なぁに……?」

「おやすみ中に申し訳ありません。実は、シメオン様がお越しになりまして」

「誰ですって……? こんな夜に、なんの用よ……」

「いえ、ですから、シメオン様が」

「シメオン様ぁ……? …………………………………………はいっ!?」

 ようやく頭が理解して、その途端眠気は吹っ飛んだ。わたしは勢いよく身を起こした。猫も驚いて目を覚まし、布団から迷惑そうに顔を出す。

「ああっ、ごめんなさい! 寝てていいのよ、いい子いい子」

 あわててなだめて布団をかけなおしてやり、わたしはそっと寝台から滑り降りた。すでにナタリーがガウンを用意してくれている。着込んだ上にさらにショールを羽織り、髪を急いで手ぐしで整えた。

「だ、大丈夫かしら。みっともなくない?」

「お嬢様の髪はくせがありませんから、大丈夫ですよ」

「でもこんな、お化粧もしていない寝起きの格好で……というか、本当にシメオン様がいらしたの? どうしてまた」

 さあ、とナタリーは困った顔で言った。

「表はもう明かりも落としていたものですから、わざわざ裏口へ回ってこられまして。わたしたちも驚いたのですけど、もしお嬢様がまだ起きていらしたら、少しだけ会いたいとおっしゃいまして」

「そう……」

 シメオン様に会うなら、きちんとした格好で出ていきたい。でもこんな寒い夜にわざわざ訪れてくださったのに、お待たせするのも申し訳ない。ひょっとして急ぎの用件かもしれないし。少し考えて、結局わたしはこのまま一階へ下りることにした。

 シメオン様はどこかと尋ねると、なんと中へ入らず外で待っていらっしゃるという。応接間へお通ししたところで火の気がなく冷えきっているし、ならばせめて使用人たちの集まっている部屋で待ってはどうかとすすめても、外でいいと断られたそうだ。礼儀はずれの深夜に押しかけておいて中まで上がり込めない――なんて、シメオン様らしい生真面目さだった。

 大急ぎで裏へ向かうと、扉の前で執事が控えていた。

「申し訳ございません。何度も中へ入ってくださいますよう、お願いしたのですが」

「いいのよ。シメオン様が外で待つと決められたのですもの」

 そういう時のシメオン様はとても頑固だから、言ったところで聞いてはくださらない。わたしは執事とナタリーに戻っていいと伝えた。シメオン様はきっと、彼らの楽しみを邪魔したことも申し訳なく思っていらっしゃる。だからこちらにかまわず戻るよう言って、わたしは自分で扉を開けた。

「シメオン様」

 一歩外へ出たとたん、冷たい外気に包まれる。吐息を白く曇らせながら夜の世界に目をやれば、なにかを見上げていた後ろ姿が振り返った。

「……起こしてしまったのですね。すみません、こんな遅くに」

 わたしの格好を見てシメオン様は謝られる。わたしは急いで彼のそばまで歩いていった。

「どうなさったのですか? 王宮でなにかありました?」

 ちょうど日付の変わる時刻だ。今頃は王太子殿下の宴が盛り上がっている真っ最中だろう。殿下とともに宴の中心にいるはずの人が、なぜ急にわたしのもとへ現れたのか、不思議というより不安になった。

 事件……が起きて、わたしのところへくるはずないわよね。ならば、お友達と諍いでもあったのだろうか。

 心配が顔に出ていたようで、シメオン様の表情がふっとやわらいだ。

「なにもありませんよ。いつもどおりの大騒ぎです」

「そうなのですか? でしたら、なぜ……」

 首をかしげれば、目をそらされる。雪明かりの中シメオン様の眼鏡が冷やかに浮かび、酷薄そうな印象を与えている。でもこの雰囲気は反対だわ。わたしにはわかる。気まずそうなこのようすは、照れているのよね。

「シメオン様?」

「……なぜ、ということもないのですが」

 重ねて尋ねると、言いにくそうにシメオン様は口を開いた。

「毎年楽しんでいたはずの宴が、妙につまらなく感じまして。いえ、つまらないではなく、物足りない、でしょうか」

「足りない?」

「ええ」

 シメオン様の吐き出す息は、白く曇らない。寒い中を王宮からうちまでやってきて、わたしが出てくるまで外で待って、もうすっかり彼の身体は冷えきっていた。

 わたしはシメオン様に寄り添い、両手を伸ばして彼の頬を挟んだ。氷みたいな肌にわたしの熱が伝わるよう、そのままじっと挟み続ける。シメオン様も熱を味わっていたかと思うと、少しだけ首を傾けてわたしの手に頬をすり寄せた。

 大きな身体がいとおしく、可愛らしい。卵のようにわたしの中に包み込んで温めてあげたい。でもちっぽけなわたしの身体では全然足りなくて、これが精いっぱい。伝えられる熱はすべて伝わるようにと、背伸びして顔を近付けた。

 シメオン様の腕もわたしの背に回り、強く抱き寄せられる。唇を押しつけたのはどちらからだろう。吐息だけは熱く、甘く絡み合う。

 長い口づけを交わしたあと、ふと唇を離したシメオン様が言った。

「この、やどり木はわざと?」

 二人同時に顔を上げれば、頭上にやどり木が飾られている。そういえば使用人たちが楽しそうに、庭木にいろいろと飾りつけていたわね。

「裏口ですもの、ここで口づけを交わしたいと願ったのは使用人の誰かですわ」

「そうですね」

 ひそやかに笑い合い、また唇を重ねる。このやどり木を飾った誰かには申し訳ないけれど、先にわたしたちが使わせてもらったわ。当人は明日、意中の誰かをどうやって外へ誘おうかとそわそわしているだろう。わたしたちがつけた足跡は、降り続く雪で朝にはきれいに消えているはず。

 だから今夜はわたしたちに譲ってね。息がはずむほど何度も口づけを交わして、もうどちらの熱かわからないほどに伝え合う。胸は早鐘を打ち、頬もほてってくる。ぴたりと寄り添っている前は暖かいけれど、背中が寒かった。いっときも止まることなく降り続く雪も、実はけっこう冷たくて気になっている。髪や眼鏡がどんどん濡れて重くなってきた。

 ずっと外にいたシメオン様は、わたし以上に雪まみれだ。やっぱり中へ入っていただかないと。わたしもこの格好で夜の屋外は寒すぎるし、なにより足元が冷たい。素足に室内用の靴を履いただけだったので、雪に濡れて爪先が痛くてたまらなかった。剥き出しの手もそろそろ痛い。

 どんなに甘いときめきがあっても、勝てないものってあるのよね。

「シメオン様、どうぞ中へお入りくださいませ。熱い飲み物でも分けてもらいましょう」

 首に回していた腕をシメオン様の腕にからめて引っ張れば、彼ははじめて寒さに気付いたという顔をした。

「すみません、挨拶だけして帰るつもりでしたのに」

 彼は歩き出すのではなく、手早くコートの前ボタンをはずしていった。なにをなさるのかと思ったら、全部はずして前を開いてしまう。夜景の中に見慣れた白い制服が現れた。

 脱ぐのではなく、開いた身頃でわたしを包んでまたかき寄せる。さっきよりもっと近くに密着して彼のぬくもりを与えられた。

「今夜はここで失礼しますよ。あなたに風邪をひかせてしまいそうだ。本当に、遅くに突然すみませんでした」

「いいえ、一年の最後と最初の瞬間をシメオン様とすごせてうれしかったですわ。本当を言うと、ひとりぼっちがちょっぴりさみしかったので。でも、本当によろしいのですか? どうせみんな遅くまで起きて騒ぐでしょうから、少しくらい上がっていただいても全然かまいませんのよ?」

 わたしを連れて戸口へ向かうシメオン様に、もう一度言ってみる。彼はやはり首を振った。

「せっかくですが、遠慮しておきます。ここで引き返さないと非常にまずい気がしますので」

「まずい?」

「私の方は頭を冷やす必要がありそうです」

 すでに冷えきっているのに、まだ冷やすおつもりかしら。シメオン様こそ風邪をひいてしまうわよ。風邪どころか肺炎にでもなったら大変だ。

「いっそ、うんと熱くなってしまうという選択もありますよ?」

「あなたは……」

 シメオン様のきれいなお顔がぎゅっとしかめられる。お小言の前兆だ。

「わかっていないくせに、そういうことを!」

「あら、馬鹿になさらないで。これでも恋愛小説家ですのよ。いろいろ知っておりますわ」

「本当に知っていたらそんな口は利けませんよ」

 わたしの抗議に取り合わず、シメオン様はぐいぐい歩いて裏口の扉を開く。律儀なナタリーが中に控えていて、突然開いた扉にぎょっとした顔になった。

「では、シメオン様が教えてくださいな」

「だからそういうことを!」

「婚約者ですもの、おかしくはないでしょう?」

「婚約段階ではおかしいです! そういう話は結婚してからです!」

「むー……くそ真面目」

 むくれるわたしをシメオン様はぽいとコートの外へ放り出す。さっきまでの甘い空気はどこへ行っちゃったのかしら。さっさと背を向けようとする彼を、わたしは急いで引き止めた。

「お待ちくださいな、新年の贈り物を取ってまいりますから。朝になったら届けてもらおうと思っていましたが、せっかくですから今お渡ししますわ」

 返事を待たずにくるりと背を向ける。こう言って離れれば、戻るまでシメオン様は帰ったりなさらない。わたしはナタリーにシメオン様のことをお願いして二階へ走った。

 朝いちばんに送り出そうと用意していたものを取って、ふたたび階下へおりる。息せき切って彼のもとへ駆け戻った。

「お嬢様、そんなにはしたなく走られて」

 ナタリーがあわててわたしの乱れた髪や服を直してくれる。わたしは息を整えて今さらだけどおすまし顔でシメオン様に腕の中の包みをさしだした。

「どうぞ、お受け取りくださいませ」

「……ありがとうございます」

 照れくさそうに彼は受け取る。やわらかくて大きな包みの方は、おおよそ中身の察しがついただろう、普通に抱える。そうしてもう一つの細長く少し重い包みを不思議そうに見つめた。

「こちらは?」

「そちらの包みはわたしが編んだ膝掛けで……正直、それほどよい出来ではありませんので、もう一つちゃんとしたものをと思いまして。シメオン様の印象をもとに、特注で作ってもらいましたの。ぜひ、使っていただきたくて」

 ちょっと照れながら言えば、シメオン様も照れくさそうに、でもうれしそうに微笑んでくださった。

「ありがとうございます。どちらも大事に使わせていただきますよ」

 二つの贈り物を大切に抱え、言ってくださる。不格好な編み上がりに呆れられてしまうかしらとためらったけれど、このお顔を見れば渡してよかったと思える。わたしもうれしくて、大きな笑顔でうなずいた。

「こちらからの贈り物は、明日届けるよう預けてしまったので今お渡しできないのですが……」

「朝が楽しみですわ。待ち遠しくて、今夜は眠れないかも」

「風邪をひかないよう、暖かくしてやすんでください」

 優しく言ってシメオン様は踵を返す。雪の中へと消えていく後ろ姿を名残惜しく見送っていたら、しびれを切らせたナタリーに扉を閉められてしまった。そのまま厨房の隣へ引っ張っていかれ、家政婦が用意してくれていた桶のお湯でジンジンする足を温める。うんと熱くしたワインを渡されて、赤くなった手指も温めた。

「お嬢様、あの細長い箱にはなにが入っていたんですか?」

 濡れた髪や肩を拭いてくれながらナタリーが尋ねる。うちに届けられた時からきれいに包装されていたので、中身を知っているのはわたしだけだった。

「あの形ならステッキじゃない? 長さもそのくらいだったし」

「ああ、そっか」

「まあ、それはそれで喜んでいただけるでしょうが、きっとお嬢様の手編みの膝掛けだけで十分だったと思いますよ」

「恋はどんな欠点も美しく見せてくれますからねえ」

 遠慮なく笑ってくれる使用人たちに肩をすくめて、わたしはワインを飲む。ひとりぼっちのさみしさは、とうにどこかへ消え去っていた。今夜はとてもいい気分で眠れそうだ。今頃猫は寝台の真ん中を占領して手足をうんと伸ばしているだろう。その横にそっと滑り込んで、布団の端っこで小さくなって眠ることになるけれど、素敵な夢が見られるのは間違いなかった。

 朝になれば贈り物が届く。でもその前に、とびきり素敵な喜びをもらって、わたしの年越しの夜は更けていったのだった。




 新年初日はみんな夜更かしの馬鹿騒ぎにお疲れで、たいていは寝てすごす。

 そして二日目、王宮で今度は正式な祝賀の宴が開かれた。

 お父様とお母様、お兄様ももちろん出席するけれど、わたしは別行動。シメオン様が迎えにきてくださって、二人で馬車に揺られる。わたしの耳には昨日届いたばかりのアクアマリンの飾りが揺れていた。首飾りもお揃いで、実はもう一つお揃いのある三点セットだ。最後の一点は万年筆なので、机の引き出しに大切にしまってきた。

「三つ目が万年筆だなんて、お店の人も驚いたのではありませんか?」

 あれこそ間違いなく特注品だろう。普通は装飾品と筆記具をお揃いで持ったりしない。

 シメオン様は軽く肩をすくめて笑った。

「あなたがいちばんよく使うものというと、あれしかありませんからね。といって筆記具だけでは子供への贈り物みたいなので、こういう形にしました」

「どちらもうれしいですわ」

 わたしはそっと耳元にふれる。白金の台に水色の石は、シメオン様を思わせる取り合わせだ。彼の色を身につけていることにときめきが止まらない。

 万年筆にもお揃いの石があしらわれているから、執筆中にもシメオン様を想っていられる。ヒーローがみんなシメオン様になってしまわないよう、気をつけなきゃいけないわ。

 素敵な贈り物に朝からご機嫌だったけれど、シメオン様の手元を見るとちょっぴり残念な気持ちがこみ上げた。

「わたしがさしあげたものは、持ってきてくださいませんでしたのね」

「……膝掛けは、家で使っていますよ。とても暖かくて、事務仕事をする時にちょうどよく助かっています」

あっち(・・・)は?」

「…………どこへ持っていけというのですか」

 シメオン様の笑顔がこわばる。わたしは握り拳で訴えた。

「どこへでも! 常に持ち歩いてください!」

「無理です!」

「鬼畜腹黒参謀になくてはならない必須要素ですよ! 重要な小道具ではありませんか!」

「鬼畜でも腹黒でもありませんから! 普通の副官なので必要ありません! というか、どこであんなものを調達したのですか」

「専門のお店を紹介していただきまして」

 わたしもどこで買えばいいのかわからなくて、出版社の担当さんに相談したのよね。そうしたらぴったりのお店を教えてくれた。そこは、一般の人が使うことのない特殊な道具を専門に扱うお店だった。

「面白いお店でしたのよ。大人用の木馬とか、革製なのにやたらとぴったり身体に沿う服とか、大きな仮面とか、いろんな道具がありましたの。鞭もたくさん――あんなに種類があるとは知りませんでしたわ。とりあえず標準的なものを注文したのですが、他のも今度一緒に見にいきません?」

 びっくり箱のようなお店を思い出しながら言うと、シメオン様は頭を抱えてしまった。今さらなにを動揺していらっしゃるのかしらね。シメオン様には鞭が似合う、ぜひ持っていただきたいと前々から言い続けてきたのにね。

「……新年早々、鞭を贈られた私の気持ちも少しは想像してください」

「気合が入りましたでしょう? ぜひあれで、部下の皆さんをびしばししごいてくださいな。仮面も使われません? 実はお店の人にやたらとすすめられて、一つ購入したんです。黒くてかっこいいんですよ。あれをシメオン様が装着されたらと想像するだけで萌え死にそうなのですが」

「あなたは私をどういう方向へ向かわせたいのですか!?」

 仲良く語らうわたしたちを乗せて、馬車は王宮の門をくぐる。雪に彩られた庭園の向こうで、すでににぎわう会場が待ち受けている。

 新しい年がはじまった。きっと今年も、楽しいことがたくさん待っている。


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[一言] やっぱり! ムチ!むち!鞭〜!!! 素敵でございますわ♡
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