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マリエル・クララックの婚約  作者: 桃 春花
マリエル・クララックの小話集
4/27

愛あればこそ




 約束のない訪問は、息詰まる勝負の始まりだ。

「申し訳ありません、突然お邪魔して」

「いいえ、朝からシメオン様のお顔が見られるなんて、うれしいですわ」

 不意の訪れを受け、わたしは笑顔に気合を入れてシメオン様を招き入れた。

 今日も我が婚約者様は麗しい。白い近衛の制服が本当によくお似合いです。この機能的かつ禁欲的、そして華麗ないでたちがかっこいいったら。腰に()いたサーベルと冷たく光る眼鏡がたまりません。微笑んでいてもどこか鋭さを秘めた水色の瞳は、まるで氷の刃のよう。ああ、わたしの理想が息して歩いている。あとひとつ、ひとつだけここに加わったらもう完璧なのに!

「お仕事の前にいらっしゃったのですよね? 何か急な用件でも?」

 尋ねるわたしに、シメオン様はにっこりと微笑みを深くした。わぁ……そのお(なか)真っ黒そうな笑顔、素敵すぎてハァハァします。

「昨夜、宮殿内で怪しげな取引が行われているとの情報を受け、現場に突入しました」

「まあ。どんな取引だったのですか? 毒薬とか? それとも国家機密とか?」

「それをお聞きしにきたのですよ。何を取引していたんです?」

 駆け引きをばっさり省略して、シメオン様は一気に斬り込んできた。一瞬しらをきり通そうかと考えかけたわたしは、彼のまなざしにあきらめた。無理ね……これは、どうやってもごまかしきれないわ。

「……ちょっとした手作り品です」

「わざわざ極秘の場を設けながら? 我々の追跡を見事に振り切って逃げおおせるほど、周到に退路まで用意しておきながら?」

 言い訳するわたしに、副長は容赦なくたたみかけてきた。

「というか、どうやって逃げたんです。外にも部下たちを待機させていたというのに」

「ベールを脱いだだけですわ。下は女官の制服によく似たドレスでしたから、みなさんうっかり見落とされたんです」

「……どれだけ存在感がないんだ……」

 沈痛なお顔でシメオン様は肩を落とした。ほほほ、わたしの風景同化能力を甘く見ないでくださいな。目の前を歩いても気付かれないほど目立たないのがわたしですからね!

 ……いえまあ、本当言うと秘密の通路を使ったのだけど。王宮内には色々と面白い仕掛けがあるのよね。

 本来王族しか知らないはずの極秘情報だ。拾い集めた噂話ををつなぎ合わせて推理し、試しに調べてみたらうっかり見つけてしまっただなんて、たとえシメオン様にでも言えない。もっとやばい場所にある抜け道まで見つけちゃったとか、絶対言えない。男と女の間には秘密がつきものよね。

「でも、どうしてわたしが参加していたとおわかりになったんです? 参加者同士も、お互いの顔や名前はわからないようにしていましたのに」

 首をかしげるわたしに、シメオン様はため息をつきながら冊子を取り出して見せた。手書き原稿を綴じて表紙をつけた、薄い本だ。

「会場に落ちていました。取引品のひとつのようですね。あなたが書いたのでしょう?」

 眼鏡の向こうで目が据わっている。読んだのね……まあ、ご自分と主君が実名で登場していて恋人関係になっている話なんて、楽しくはなかったでしょうね。さらにご自分の役所がちょっと嗜虐的に恋人をいじめる鬼畜設定とか、普通の男性には受け入れがたいでしょうね。うん、わかるわ。

「お断りしておきますが、わたしの趣味で書いたわけではありません。需要に応えたまでです」

「そんな話はどうでもよろしい! ここまで書いたら不敬罪で投獄されても文句は言えませんよ! どうして実名で――せめて架空の設定にできなかったんですか!?」

「それでは意味がありません。生物(ナマモノ)に対する需要ですから」

「ナ、ナマモノ……」

 シメオン様はご存じないでしょうが、世の中にはそういう趣味の人も存在するんですよ。

「あなたは……私を、こんなふうに玩具にして、罪悪感も持たないのですか」

 怒りと同時に傷ついたお顔を見せられて、わたしも胸が痛んだ。

「ごめんなさい、苦渋の決断だったんです。わたし、どうしても手に入れたいものがあって。交換条件がその話だったので」

「そのために私を売ったと!?」

「売りましたけど、買いました!」

 わたしはばっと一枚の絵を広げて見せた。逃げ出しながらも必死に確保してきた戦利品だ。写実的な画風でシメオン様の姿が描かれていた。

「どうしても、どうしてもこの絵が欲しくて! わたしにここまでの画才はないので、物々交換するしかなかったんです!」

「…………」

 食い入るように絵を見つめていたシメオン様は、げっそりした顔で一点を指差した。

「あなたがこだわったのは……ソレですか」

 絵の中で、尊大に脚を組んで腰かけるシメオン様の手元には、わたしが憧れてやまない耽美な小道具が描かれていた。

「そう、鞭を持つシメオン様! 夢の鬼畜腹黒参謀を、どうしても形にして手元に置きたかったんです! 愛あればこそ!」

「……なんでコレに惚れたんだ……本気で自分がわからない……」

 シメオン様は両手で顔を覆って嘆いていた。ごめんなさい、こんな婚約者で。でも愛してるんです本当です。愛あればこそなんです。

 ――その後、本は焼却処分されてしまったけれど、絵は絶対他人に見せないことを条件に、秘蔵することを許してもらったのだった。



                    * * * * * 終 * * * * *

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[良い点] 愛ですね。
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