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マリエル・クララックの婚約  作者: 桃 春花
マリエル・クララックの邂逅
18/27




 立ち上がって尻をはたくポールの姿に、マリエルはまた気づかわしげな表情になった。


「こんなところに座り込まれて、具合でも悪くされました?」

「……いや、大丈夫だ。ちょっとな」


 どう答えたものかと迷い、ポールは言葉を濁す。昨日はいっぱしの編集員として相手をしたのに、翌日にはクビになって力ずくで追い出されたなどと言いづらい。作家を目指す少女の輝いた目には、立派な大人のままで映っていたかった。

 嘘をつくわけにもいかないが……。


「なにか大変なことが?」

「いや、まあ……てか、あんたまた抜け出してきたな? 昨日あれだけ言ったのに」


 言いよどんでいたポールは、まず先に言うべきことがあるのに気付いた。そうだ、目の前の少女は市井の娘ではない。ずいぶん地味な上ちょっと変わり者だが、れっきとした貴族のお姫様なのだ。道端でひょいと行き会うなどあってはならなかった。


掏摸(すり)やひったくり程度ならまだしも、誘拐されたらどうすんだよ。こんな身なりのいい子供が一人で歩いていたら狙ってくれと言ってるようなもんだぞ。箱入りのお姫様が世間を舐めるんじゃない」


 いきなり叱られてマリエルは首をすくめた。数歩あとずさって懸命に首を振る。


「ち、違います。今日は抜け出してきたのではなく、ちゃんと家族にも言って出てきて……というか、一人でもありませんし!」


 後ろを向いて、誰かの姿をさがす。つられてポールも目を向ければ、マリエルより少し年上の少女が控えていた。飾り気のないドレスはマリエルのものよりずっと質素で、なのに不釣り合いな上等の鞄を手に提げている。黒髪をきっちりまとめて結い上げ、きりりとしたようすは、いかにもお付きの女中といった姿だった。鞄はマリエルのものだろう。

 十代の後半くらいか、呆れたふうに二人を見ている顔は真面目そうで、鼻の上に浮いたそばかすが可愛らしい。マリエルは彼女のそばへ駆け寄り、その腕に抱きついた。


「ナタリーです!」

「……お供のナタリーちゃんね。まあ一人じゃないのはよかったが……女の子の二人連れじゃあ、安心はできないな」


 ポールは腰に手を置いて息を吐く。十五やそこらの少女たちが――幼く見えるが、たしか昨日聞いたところではマリエルは来月十五になるという話だった――連れ立っていても、防犯上なんの意味もないだろう。


「大丈夫です! 他にお祖父様と馭者と馬もいますから! 社交界デビューのお祝いを買ってもらいに来たのです。ついでにお祖父様がご用を済まされるので、待っている間近くを散策していただけですわ」

「馬を数に入れるなよ。だから二人で歩くのがまずいって」

「だってこんなに明るいのに。このあたりは商業街で、特に治安が悪いわけでもないでしょう?」

「そうだけどさあ」

「お嬢様」


 ため息まじりのナタリーが二人の言い合いに割って入った。


「お話ならどこかで落ち着いてなさってはいかがでしょう」

「あ、そうね……でもそろそろお祖父様が出ていらっしゃるのではないかしら」


 言ってマリエルが振り向いたのは、ポールが追い出された出版社の建物だった。彼女の連れもたまたま同じ場所にいたらしい。貴族の祖父ならやはり貴族だろうから、同業者というわけではないのだろう。


「サティさんは会社にお戻りになりますの?」


 無邪気な質問が胸に突き刺さる。ポールは一度足元に目を落とし、苦笑して首を振った。


「いや、俺はもうそこの社員じゃないんだ」

「はい?」

「ついさっき、クビになったばかりでね。だからもう入れないな」


 マリエルは目をまたたき、ナタリーと顔を見合わせる。二人とも、よくわからないという反応だった。


「ナタリー、首になるとはどういう意味? 頭になったりお尻になったりもするの?」

「なりません。クビというのは解雇のことですよ。その方――サティさん、ですか? 会社を解雇されたと言ってらっしゃるんです」


 気の抜けるやりとりにポールは脱力する。ああ、貴族のお姫様には通じないかと、おかしくなってきた。若々しい顔にようやく笑みが浮かぶ。晴々としたものにはならなかったが、マリエルのおかげでどん底に落ち込んでいた気持ちがずいぶんと救われていた。

 喉を鳴らして笑うポールとは反対に、今度はマリエルの方が深刻な顔になった。


「解雇って、そんな、どうして?」

「あー、なんというか……まあ、ここの方針に俺は合わなかったってことだな」

「昨日言っていらしたお話ですか? 女性を認めないという……」

「まあな。それに俺が真っ向から反抗してたから、いいかげん持て余したんだろう」

「でもこんなに急に」

「お嬢様、だから道端で立ち話をなさってないで、どこかに移動しましょうよ」


 三人で固まってごちゃごちゃやっている横を、通行人が邪魔そうによけながら通りすぎていく。さらに背後で出版社の扉が開いた。社長たちに丁重に送り出されてきた老紳士は、すぐ近くで話し込む三人に目を留め、白くなった眉を寄せた。


「マリエル、なにをしている?」


 厳しい声にピクンとマリエルの背が伸びる。あわてて笑顔を貼り付けてマリエルは振り向いた。


「お祖父様、ご用はお済みで?」

「ああ。その男は?」


 じろりとにらまれてポールもいささかたじろぐ。孫娘に悪さをしていると思われたのだろうか。ステッキを手にしているがそれに頼って歩く必要はなく、紳士の持ち物として携えているだけといった姿だ。背が高く姿勢もしゃんとして、じつに迫力のあるじい様だった。

 こちらへ向かって歩きだす彼の後ろで、見覚えのある社員たちがポールの姿を見とがめ顔をしかめていた。社長がそばの部下になにごとか指示する。追い払えとでも命じたか。数人が外へ出てくるのにポールだけでなくマリエルも気付いて、なにを思ったかポールのそばへ戻って腕を取った。


「お友達ですわ。偶然お会いしてご挨拶していましたの。ねえお祖父様、少しこの方とお話をしたいのですが、どこかのお店に入ってもよろしくて?」


 かばってくれたのはわかったが、かえってまずくないかとポールは冷や汗を流した。明らかにじい様の視線が厳しくなっている。彼の中でポールは通りすがりの不心得者から、孫娘の(あまりよくない)男友達に変更されたようだ。

 こんな子供に手を出すかと内心でぼやく。つかつかとやってきたじい様に、しかたなくポールは頭を下げて挨拶した。


「ええと、どうも、ポール・サティと言います……お嬢さんとは少しだけ面識がありまして」

「君はさっき中で騒いでいた人物だな。彼らは苦情を言いにきた読者だと説明したが」


 ちらりと振り向かれて、近寄ろうとしていた連中の足が止まる。


「まあっ、読者だなんて。サティさんはデジール出版のれっきとした社員ですわ!」

「いや、もう『元』です。さっきの見てらしたんですか。ご心配なく、お嬢さんはなにも関係ありませんから。本当にたまたまここで会っただけです」


 憤然となるマリエルを押さえて、ポールは説明する。とにかく孫娘がよからぬことに巻き込まれていないかと、それを心配しているのだろうから、他の話は後回しだ。


「俺はもう行きますんで。それじゃ――」

「待ってくださいサティさん、まだお話の途中です」


 足早に立ち去ろうとしたポールの上着をつかんで、マリエルが引き止める。不格好に片袖が脱げかけて、ポールは上着を引っ張った。


「あんたには関係ない話だからさ、もう気にすんなって」

「関係なくはないと思いますわ。昨日の約束をお忘れになったわけではありませんよね?」

「俺が社員だろうがクビになってようが、あれには問題ないだろう。まだ約束の日じゃないし」

「わたしの未来に影響しそうな問題です。見逃せません」

「とりあえず読んで批評するだけだ、出版の約束まではしてないぞ」

「それでも、せっかくつかんだ(つて)です。つぶされて粉々になって吹き飛んでしまわれては困ります」

「吹き飛ばすなよ! 俺はそこまで言ってねえぞ」

「見るからにしょげて吹き飛びそうなお顔をしてらしたのはどこのどなたですか」

「そんなにひどかったか!?」

「ええもう塩をかけられたナメクジのように!」

「ナメクジ飛ばないだろう! てかやったことあんのかよ、ひでえなかわいそうだろう!」

「やったのはお兄様です! 大事にしている花を食い荒らす害虫だからって!」

「というわけで!」


 言い合う二人の間に、ふたたびナタリーの声が割って入る。大声に驚いて二人が黙ると、ナタリーは咳払いして老紳士に言った。


「どこかで落ち着いて話しましょうと相談していたところでした」


 老紳士はうなずき、孫娘を少しにらむ。


「マリエル、淑女は大声で騒がぬものだ」

「……申し訳ありません」


 素直にマリエルはうなだれる。はねっ返りのお嬢様も厳しい祖父は怖いらしい。

 そのまま孫を連れて立ち去るのかと思ったら、老紳士は話に加わってきた。


「落ち着いて話ができる店か。君に心当たりは?」


 問われたポールは困惑した。

 

「行きつけのカフェなら近くにありますが……」

「よろしい、そこへ案内したまえ」


 当たり前のように命じられて、ポールはいいのかよと内心でつっこんだ。じい様にとってはよくわからない、孫娘と関わらせるにはふさわしくない男だろうに、追い払おうとはしないのか。貴族ならば野良犬でも見るかのように顔をしかめそうな場面だが、厳しいながらも老紳士の目に蔑みの色はなかった。変わったお嬢様の身内は、やはり変わっている。

 なにかもう言い合うのも面倒になって、ポールは昨日マリエルを連れていったカフェへまた向かった。押しの強い人たちに負けた格好だが、どこかほっとする気持ちもあることに気付く。突然襲いかかったできごとを、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。それで救われたいと期待するわけではないが、一人で落ち込んでいるのはさみしすぎた。






 マリエルの祖父はエルキュール・ビドーと名乗った。その名前にポールはすぐに思い当たる。ビドー男爵、サン=テール国立大学の学長だ。部門が違うので仕事上の関わりはなかったが、あの出版社で彼の本を何冊か発行しているのは知っていた。

 貴族としての地位は低いらしいが、人格者として尊敬される人物である。その評判どおり彼はポールの話を真面目に聞いてくれ、庶民同士のつまらないもめごとと馬鹿にしなかった。


「なるほど、君は社の方針に逆らったために追い出されたと」

「ええ」


 カップの底に残ったコーヒーをポールは飲み干す。話す間にすっかり冷えてまずくなってしまっていた。店員を呼び止めておかわりを頼む。


「編集長に嫌われていた時点で、そのくらい予想するべきでした。自分の甘さが情けないですよ」

「でもそんなやり方で追い出すのはあんまりですわ。いくらなんでも悪辣にすぎます」


 ケーキを前にしたマリエルが頬をふくらませる。フォークを握りしめる手を、さりげなくナタリーが下げさせた。


「俺がもっと成績の悪い本物の役立たずなら、編集長も堂々と首を切れたんだろうな。そうできないから、あんな芝居を打ったんだろう」

「つまりサティさんは本来解雇されるべき人ではないということでしょう? 悪いのは編集長さんではありませんか」

「いや、俺を追い出すことじたいはしかたない話だ。互いにとって不愉快なばかりの、なにもいいことはない関係だったからな」

「でも……」


 なおも言いかけるマリエルを、男爵が手を上げて黙らせる。


「たしかに、それも理由の一つだろう。だがそれだけではないと、君は気付いていないのかな? さきほどから聞いていても、自覚しているように感じないが」

「……どういうことです?」


 他にも理由があるのかとポールは眉を寄せる。出来の悪い生徒を見るように男爵が苦笑した。


「君は部内でいちばん成績がよかった。それは客観的な事実なのだな?」

「はあ」

「そして、君に担当してほしいと希望する作家が何人もいた。それも事実かね」

「ええ、まあ……そういう話があったというだけで、本当に担当替えにはなってませんが」


 他の編集員が投げ出した作家を引き受けたことなら何度かある。それが売れたため、いきさつを聞いた他の作家がポールを希望したのだ。

 説明すると、男爵はさらに笑った。


「そこでなぜ気付かないのか不思議だな。君には他人を妬む気持ちがないため理解できないということかね」

「いや、そんなことは……」


 なにを言うのかと思う。ポールにだって他人をうらやましい、妬ましいと思うことくらいある。ただ、自分にそういう目が向けられているとは思わなかった。いつも編集長から怒鳴られ、企画案をゴミのように扱われ、どんなに成績を出しても誉められない。どこに妬む要素があるのかと疑問なほどだ。

 売れない作家を引き受けたのだって、編集長の嫌がらせで押しつけられただけだった。他の編集員たちも冷笑して見ていた。それを見返してやりたかったのと、本当は売れるはずなのにという気持ちで奮闘しただけだ。


「上司と衝突してばかりの問題児なくせに自分より成績がよい。自分が担当している時は売れなかった作家が君に替わると売れるようになった。他の作家までが君を望む。今現在担当している自分をいらないものとして、君に替えてくれと言う。さぞ腹立たしいことだろう。わからないかね?」

「それは……」

「単純な話だ。皆、君が目障りだったのだよ。自分たちに理解できないやり方で優秀な結果を出す君が腹立たしく、妬ましかったのだ」

「…………」


 指摘は単純明快で、疑問を差し挟む余地もない。どうしてポールが嫌われていたのか、納得するしかない話だった。

 ポールも馬鹿ではない、そういう空気があることは察していた。だが仕事は仕事と割り切り、気に食わない相手とでも一緒に働くものだと考えていた。成績で負けて腹立たしいなら奮起して追い越せばよいではないかと……そんな考えは、傲慢だったのか。


「無論、そのような理由で君を追い出そうとする側が悪いに決まっている。だが人の感情は正論ばかりで片付けられるものではない。そこに気付けなかった鈍感さは、君の失点だな」

「そうですね……」


 ポールは力なく笑い、店員が持ってきてくれた熱いコーヒーを口に運んだ。腹を煮えたぎらせていた怒りはずいぶんと小さくなっていた。理不尽な処遇への不満が消えたわけではないが、こうなるほどに周りの神経を逆撫でしていたことに気付かなかった自分も相当だ。やはり、追い出されて当然だったのだ。


「サティさんがうらやましいと思うなら、どうすれば売れるか聞けばよかったのに」


 マリエルの言葉にも苦く笑う。まったくそのとおりだが、大人には難しいのだ。意地や自尊心というやっかいなものを、皆内側に抱えている。


「サティさんのやり方が自分たちとは違って、そちらの方がよい成績を出しているというなら、真似をすればよいでしょう。よりよい方法をみんなで共有すればよいだけなのに、なぜサティさんを排除するという結論になるのかしら。理解できません」

「そこが理解できないと、人を感動させる話は書けないぜ。人間には間違った心やねじれた心もあるんだ。特別なことじゃなく、誰の中にもな」


 周りばかりを責められない。ポールはポールで意地になっていた。社の方針と相容れないことはとうに悟っていたのに、なんとか認めさせようと反抗ばかりしていた。本は売れても社内の空気を悪くして、足を引っ張ってもいたのだ。


「君の処遇について考えなおすよう、私から社長に話してもよいが」


 男爵のありがたい言葉にも、だからポールは首を振る。


「いえ、せっかくですが……クビになったのはもういいんです。まあ机に残してきたものを返してもらって、できれば少しくらい退職金がほしいですが……それよりも大事なのはなくなった原稿です。あれだけは取り戻したい。俺の私物じゃなくて預かり物なんだから、盗まれたまま引き下がるわけにはいかないんです」


 テーブルに置いた手をポールは握りしめる。他のことはすべて諦めてもいい。ポール個人の問題なら理不尽も呑み込める。だが原稿だけは別だ。あれは作家のもので、ポールは預かったにすぎないのだから。勝手に盗まれ、勝手に諦めて、勝手に忘れるわけにはいかなかった。


「さがすよう社長に頼めと?」

「……いえ、言っていただいても無理でしょう」


 原稿を盗んだなどと編集長が認めるはずはない。ポールの過失だと言い張るに決まっている。そして彼の犯行を裏付ける証拠はなにもなく、騒げば騒ぐほどポールの不利になるのは目に見えていた。


「どこへ捨てたのか……」


 ポールはテーブルに肘をつき、頭を抱えた。昨日ポールが退社したあとに机から取り出して捨てたのだとしたら、いちばん可能性が高いのは裏の焼却炉か。掃除婦がゴミを燃やすのは(ひる)頃だから、今なら間に合うかもしれない。ぐずぐずしていられない、すぐにさがしに行かねばと顔を上げた時、マリエルが思いがけず冷静な声をかけた。


「捨てたとはかぎらないのでは?」

「え?」


 眼鏡の中の茶色い瞳に、幼げな顔だちとは不似合いな大人びた理知の光が宿っていた。


「部外者の想像ですが、編集者としてのサティさんならどう思われます? 原稿ですよ? 持ってきたのが嫌いな人でも、原稿そのものには商品しての価値があるでしょう。そう簡単に捨てられますか?」

「…………」

「サティさんは成績がよかった、つまりサティさんの手がけた原稿は売れる可能性が高いということですよね。編集長さんには当然わかっているはずです。手の中の原稿がお金を稼ぐとわかっているのに、むざむざ捨てられるでしょうか。売れるものを捨ててしまっては編集長さんの成績にも関わるのでは?」


 ポールはあごに手を当てて考える。マリエルの指摘は的を射ていた。一理ある。


「それもそうだが……といって、なにごともなかったみたいに出版するわけにもいかんだろう……」

「そうですね、どこから原稿が出てきたのかという話になりますものね。でも他の作家さんの書いた別の原稿だということにすれば、問題ないのでは?」

「いや大ありだろう、それじゃ盗作――」


 言いかけてポールは言葉を切る。とんでもない可能性に思い当たり、顔色を変えていた。

 盗作だ。そう、まぎれもなく盗作になるが――ありえない話ではない。

 たとえば少しばかり手を加えて、出てくる名称なども変えて、似てはいるが別の作品だと言い張ったら? もちろん元の作品を書いた作者にはすぐわかる。だが盗作だと訴え出たところで、どうやってそれを証明する。ポールを追い出した時のように言いがかりだと主張されれば、どうしようもない。

 いくらなんでもそんな下劣な真似はすまいと言いたいところだが、現にポールは濡れ衣を着せられたあげく追い出されたではないか。どうして彼らの良心を信じられるだろう。


「編集長さんが原稿を渡すとしたら、誰だと思います?」


 険しい顔になって考え込むポールに、マリエルが慎重に尋ねる。答えが返るまでに時間はかからなかった。一人の男がポールの頭に浮かんだ。


「ブリスだ」


 小太りの、隣の席の編集員。ポールとは反対に、成績はいまいちふるわないが編集長のきげんを取るのが上手くて気に入られている。そうだ、担当を替えてほしいと言ったのも彼が見ている作家だった。作家の個性や希望を無視して書かせたいものを押しつけるからいけないのだと、口論になったこともあった。ポールを嫌っている点では編集長にも負けていないだろう。あの二人が手を組んでいる可能性は十分にあった。

 視線を戻したポールにマリエルが微笑む。幼さそのままの好奇心と、侮りがたい聡明さを同居させて少女は宣言した。


「では、まずその人に当たりましょう」


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