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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第三章~運命の子編~
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第二十一話・未知との遭遇


 蓋を開けてみて、ジュードは中を見下ろす。

 開けるまでは恐る恐ると言った様子ではあったが、開けてみればそんな恐怖は即座に吹き飛んでいった。それはもう、見事に空の彼方まで。

 否、恐怖が完全になくなったと言う訳ではない。ただ、色々と馬鹿らしくなったのである。


「…………」

「ジュード……どうしたの……?」


 箱の蓋を開けたまま微動だにしなくなったジュードに対し、彼の右側を陣取るカミラは不安そうに問い掛ける。

 どうしたのか、純粋に心配になったのだ。彼の斜め前に位置し、武器を構えるリンファも何処か心配そうである。

 だが、ジュードは無言のまま両手で箱を持ち上げると、指先だけで器用にその箱を百八十度ひっくり返した。

 すると、逆さまになった箱の中から真っ白な何かが掛け布団の上に落ちる。ぼて、と言うなんとも緊張感を破壊する音と共に。

 特大サイズのマシュマロのようにも見えるが、所々尖っている箇所があることから食べ物ではない。と言うか、食べ物は勝手に動いたりはしない。

 仲間達の視線は布団の上に落ちた白い物体へと一斉に注がれる。見る、と言うよりは穴が空くほどに凝視するレベルだ。

 当然である、なんとも正体が不明なのだから。


「ふううぅ、苦しかったに……」


 すると、程なくしてその白い物体がもそもそと蠢き始める。それと同時に蛙が潰れたような声が洩れた。

 聞き慣れないその声の出所は、当然正体不明の白い物体だ。

 ウィルやクリフは思わず身構えるが、うつ伏せに落ちたその物体が顔を上げると、湧いた緊張もやはり崩壊の一途を辿る。

 その顔が、あまりにも緊張感のない顔だったからだ。


「出してくれてありがとうに、マスター!」


 だが、未知のその生物は周囲から向けられる突き刺さるような視線にも臆することなく、片手――と思わしき部分を上げてみせた。

 正直、何を言っているのか理解が出来ない。

 その生き物は、正体が何なのかさえ分からない。ウサギのように見えなくもないが、足らしき部分で見事に二足歩行をしている。オマケに額と思われる部分には黄色の角が生えていた。

 猫に見えるような気はするが、猫に角はない。常に二足歩行もしない。

 やはり、正体が分からない。

 状況に頭が追い付かないジュード達の様子に気付いているのか否か、正体不明のふざけた顔の生き物は小さく短い足で必死にジュードの元に歩み寄ると、手持ち無沙汰になりつつある彼の手の平の上に乗り上げた。そして改めて短い手を懸命に上げ、言葉を紡ぐ。


「マスター、はじめましてに!」



挿絵(By みてみん)



 言葉尻に妙な語尾を付けながら親しげに声を掛けてくる不可思議な生き物を見下ろしつつも、ジュードは反応が出来なかった。思考が全く追い付いてきてくれない。

 手の平には僅かな重みがあり、手触りの良い感覚もある。ちびのふわふわの毛とは異なる、肌に吸い付くようなもっちりとした感触だ。その白い身は異様に柔らかかった。

 悪意や緊張感の欠片もない顔で見上げてくる未知の生物を眺め下ろし、ややあってからジュードの頭に浮かんだのは純粋な疑問。



挿絵(By みてみん)



「(え……ナニコレ……)」


 ジュードには、全く理解出来なかった。

 だが、理解が出来なかったのはジュードだけではなく仲間達も同じだったらしい。

 その場に居合わせた仲間達も、未知の生き物を眺めたまま一つも言葉が出てこない。カミラは何処か好奇心に満ち溢れた表情をしているし、リンファは相変わらず無表情だが、その他の面々は誰もが怪訝そうな面持ちであった。


「うわああぁ、可愛い!」


 程なくして、最初に口を開いたのはカミラであった。両手を胸の前辺りで合わせて満面の笑みである。やや興奮気味なのか、彼女の白い頬はほんのりと赤みが差していた。

 リンファはそんなカミラに視線を向けて、無表情のまま緩く小首を捻る。


「……可愛い、ですか? 無個性な顔をしているように見えますが」

「ひ、ひどいに! 無個性じゃないに!」

「その語尾、なんとかならないの?」


 カミラとリンファの言葉に、仲間達も徐々に意識を引き戻し始めたらしい。賺さずルルーナが一つツッコミを入れる。気になる部分は大体同じだったか、ウィルとマナがうんうんと何度も小さく頷いて追撃を一つ。しかし、未知の生物は不思議そうに首――と言うより、身体を斜めに傾けてみせた。首が何処なのか、それ以前に首が存在しているのかさえ怪しい。

 耳らしき部分がなければ普通に玉子型だ。


「鬱陶しい……」

「ええ、そうね……」

「顔も胡散臭いわ」

「ギャグじゃねーんだから……」


 ウィル、マナ、ルルーナ、クリフの順に次々に紡がれていく言葉に、未知の生物は徐々にしょんぼりと頭を垂れていく。

 そして目の前のジュードに泣き付く勢いで飛びついた。


「うええぇん! マスター、みんながひどいにー!」

「いだだだっ! 角、角が刺さる!」

「にー! ご、ごめんなさいにー!」


 忘れてはいけない。

 この未知の生き物には角があるのだと言うことを。

 小さいものではあるが、先は確かに尖っている。勢い良く突き刺せば結構な威力にはなるだろう。

 ジュードは胸部に感じる確かな痛みに悲痛な声を上げ、抱き付いてきた身を慌てて両手で受け止めた。半ば無理矢理に引き剥がしてその顔を見てみると、やはりふざけた顔をしてはいるが、涙目だ。瞳孔が開いているようにしか見えない両目はウルウルと涙を溜めて潤んでいる。そんな様を目の当たりにして、ジュードは困ったように眉尻を下げた。

 確かに胡散臭い顔ではあるのだが、ジュードには悪い生き物には見えなかったのである。

 ポロポロと涙さえ流し始めるのを見れば、追い討ちを掛ける気にもなれない。ジュードは白いその身を手の平で撫で付けた。


「ああ、よしよし……」

「ジュード、どっかに捨てた方がいいわよ。怪しいなんてモンじゃないわ」

「いや、流石に可哀想だろ……それに手触りいいよ、柔らかくて結構気持ちいい」


 容赦のないルルーナの言葉にジュードは苦笑いを滲ませると、ようやく正常に動き始めた思考で情報を整理し始める。

 しかし、その最中に感じたのは白い身の柔らかさだ。マシュマロ以上の柔らかさを持っている。弾力があって、まるでスライムのような。

 角が刺さらないように気をつけながら、その身を軽く抱き締めてみる。なんとも柔らかくて気持ちがいい。

 だが、そこで予想外の声が響く。


「ギャウゥッ! ガウッ、ガウッ! ギャオオォン!」

「おぉい、ジュード。ちびがヤキモチ妬いてるぞ」

「え、ちび……困ったな……ほら、おいで」


 つい先程までは、未知の生物に対して特に敵意も殺意も持たずにゆったりと尾を揺らしていたちびだったが、ジュードがその生き物を抱き締めた途端に咆哮を上げたのである。ウィルの冷静なツッコミの通り、ヤキモチだ。相棒が自分以外の生物に取られた、そんな気がしたのだろう。

 ジュードが慌てて片手をちびに伸べると、ちびは寝台に前脚を乗せて今にも喰い付かんばかりの形相で未知の生き物を睨み付ける。が、取り敢えず威嚇のみで、本気で襲い掛かる気はないらしい。

 そんな様子を確認してジュードは一つ安堵を洩らし、意識を引き戻した。そこで気になったのは、先程からこの未知の生物が頻りに繰り返していた言葉だ。――確かに、ルルーナの言うように語尾も気にはなるのだが。

 ジュードはもっちりとしたその身を極力優しく撫で付けながら、言葉を掛けてみた。


「ええと…………モチ()

「モ、モチ男って誰のことかにー!? 名前! 名前ちゃんとあるにー!」

「え、そうなんだ……」


 返る反論に対しジュードは何処か残念そうだ、しょんぼりと彼の頭が垂れる。

 そんな様子を見て、マナは生暖かい視線をジュードに送りながら傍らにいるウィルに小さく問い掛けた。


「……ねぇ、ウィル。ジュードのネーミングセンスって……」

「……ちびもそうだろ。十中八九、当時の自分より小さいからとかじゃないかな……」


 どうにも安直過ぎる。ちびの名前を付けた時はジュードもまだ幼い子供であった為、ある程度は仕方ないのだが。

 寧ろ成長してからジュードのネーミングセンスは悪化しているようにさえ思える。


「ライオットって言うに!」

「モチ男の方が呼び易いのう」

「ひ、ひどいにー!」


 それまで成り行きを静観していたメンフィスであったが、程なくして片手を顎の辺りに添え思案顔で呟く。だが、未知の生物――ライオットは不服そうだ。

 しかし、これでは一向に話が進まない。取り敢えず名前を頭に記憶させてからジュードは改めてその白い身を両手で持つと、自分の目線の高さまで持ち上げた。


「じゃあ、ライオット。さっきから言ってるマスターって、オレのことなのか?」

「そうだに!」

「そのマスターって、一体なんなんだ?」

「……イスキアから何も聞いてないに?」


 ライオットは向けられる問い掛けに改めて首――否、身体を傾けてみせる。ジュードが無言で頷くと、徐々にその白い顔が蒼褪めていくのが分かった。


「じゃ、じゃあ、ライオットはまたイスキアの尻拭いだに!?」

「それは分からないけど……」

「アンタ何か知ってるんでしょ? 知ってること、全部吐きなさいよ」


 そこでルルーナは腰元から愛用の鞭を取り出すと、片手の爪先でライオットの柔らかな身をつつく。紅の双眸は不機嫌そうに細められており、元々の造作が整い過ぎていることもあってか、なんとも迫力があった。

 ライオットは蒼褪めたままジュードの片腕にしがみつくと、その柔らかい身体を震わせる。


「……ルルーナ、あまり虐めるなって」

「だって気になるじゃない。あのイスキアってオネェの知り合いならジュードのこと、知ってるんでしょ?」

「さっきジュードが言ってた、リンクやらアクセスってのも気になるな」


 ルルーナが気になるのは、ジュードのこと――と言うのはもちろんなのだが、正確には彼の存在の意味である。母がなぜジュードを求めるのか、それが知りたいのだ。

 ジュードは自分の片腕にしがみついて身を震わせるライオットに視線を下ろすと、逆手で再度その身を軽く撫で付けた。


「……知ってることだけでいいんだ、何か知ってるなら教えてくれ」


 するとライオットは暫しそうしていたが、程なくしてそっと顔を上げる。相変わらずその顔はふざけたものではあるが、小さな手足を使って懸命にジュードの腕を伝って肩まで登り、そこに身を落ち着かせた。


「……分かったに、今度のマスターは信じても良さそうだに」

「今度の……?」


 取り敢えず気になる言葉は色々出てきたが、まずは何から聞けばいいか。ジュードが頭の中で情報を整理していると、ふと背中に暖かなものが触れる。

 なんだと思って振り返ってみれば、カミラがそっとジュードの背中に片手を添えていた。彼女のその表情は何処か真剣だ。


「……カミラ、さん?」

「ジュード、震えてる」


 そう言われて、ジュードは初めて気が付いた。自分の身が微かにでも震えていたと言うことに。

 ゆっくりと自分の片手に視線を合わせると本当に微かなものではあるのだが、確かに震えている。


「ジュード、大丈夫だよ。みんな、ジュードがどんな人だって嫌いになったりしないよ」

「……」


 カミラは昨日の戦いの際に見て、聞いたのだ。

 イスキアがジュードのことを魔物の声が聞こえるのだと指摘し、ウィルが確認するよう問い掛けた時。ジュードは慌てて――必死に否定した。

 彼の中で、過去にウィルから向けられた言葉が今も傷となって残っているのかどうかは定かではない。だが、魔物の声が聞こえることを必死に隠そうとしていたのは事実だ。

 それは、仲間にどう思われるか――嫌われてしまうのではないか。そんな不安があったのではないかとカミラは思ったのである。

 そんな彼女の言葉にジュードは双眸を丸くさせると、思わず絶句した。


「そうね、ジュードはジュードじゃない。今更どこの誰でどんな力を持ってようが構いやしないわよ」

「おバカってのは、どう足掻いてもひっくり返るモンじゃないからな」

「バ……っ、バカは関係ないだろ!」


 続いてマナから返る言葉に内心で感動しかけたジュードだったが、そんな彼女の傍らから即座に飛んでくるウィルの揶揄に対しては、つい普段と変わらぬツッコミが口を突いて出た。

 そんなやり取りにマナとウィルは声を立てて笑い、クリフとルルーナもつられたように笑い出す。リンファは流石にそうはいかなかったが、ふと表情に微笑を滲ませた。メンフィスは眦を和らげると、片手を自らの腰に添えて微笑んでみせる。


「ジュード、お前さんは本当に良い仲間を持っておるよ、もっと自信を持ちなさい」

「――はいっ……!」


 ジュードは一度仲間を見遣り、そしてカミラに視線を向ける。すると、彼女はふわりと柔らかく微笑んだ。

 それを見てジュードも自然と表情を和らげ、その視線をメンフィスへと合わせた。胸中には、言葉では表現し難い擽ったいような感覚がある。嬉しいんだけど、でも恥ずかしい。そんな感情が齎す感覚だ。

 片手の人差し指で自らの頬を掻き、ジュードは軽く眉尻を下げる。だが本当に困っている訳でもない。気恥ずかしそうな、照れたような。そんな笑みを浮かばせた。



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