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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第三章~運命の子編~
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第十八話・平和の願い


 ジュードは、自身の内側から溢れ出すような力に武者震いを感じていた。

 これまで味わったことのない不可思議な――しかし、不快ではない感覚。それと同時に昂揚感のようなものさえ覚える。

 ジュードが扱っていた短剣は昨日の戦闘で破損、特別な属性は今現在は付与されていない。限界を迎えていた鉱石を外した為だ。だが、今はこれ以外に扱えそうな武器がなかった。

 腰から短剣を引き抜き、真正面からイヴリースと対峙する。

 互いに瞬きさえすることなく、その目を見据え――そして駆け出した。

 イヴリースが突き出した炎を纏う拳を、ジュードが短剣で受け止める。たったそれだけの接触だと言うのに、衝突した箇所からは強い衝撃が走り、大気を震わせた。

 刃越しに伝わる炎の熱にジュードは表情を顰めるが、イヴリースは触れた短剣から醸し出される冷気に口唇を噛み締める。

 ジュードは刃でイヴリースの攻撃を流し、そして即座に反撃に移るべくその切っ先を振るう。だが、そう簡単に攻撃を受けるほどイヴリースは甘くはない。振るわれた刃を素早く避けると、ジュードの腹部目掛けて蹴りを一発叩き込んだ。

 思い切り鳩尾に入った蹴りは、いとも容易くジュードの身を吹き飛ばす。しかし、彼は即座に大地に片手をつくと軽くブレーキを掛けて体勢を整え、片手に持つ短剣をイヴリース目掛けて投げ付けた。

 予想していなかった反撃にイヴリースは目を見開くが、反応が一瞬遅れる。投げ付けられた短剣は彼女の左腕へと突き刺さったのである。


「ぐぅッ! この……っ!」

「やっぱり一筋縄じゃいかない……! けど、やり難いなぁ……!」


 左腕に突き刺さった短剣を見下ろし、イヴリースは忌々しそうに表情を歪めると勢い良くそれを引き抜く。その際に走った痛みに僅かに表情こそ歪めるが、すぐに薄く笑った。アグレアスほどではなくとも好戦的な性格を持つ彼女にとって、自分とほぼ互角に渡り合う存在は興味の対象なのである。

 ジュードはジュードで、困ったような表情を滲ませていた。

 例え相手が魔族であろうと、彼の目にはやはり女性として映る。女性に暴力を働く行為を彼は何より嫌っているのだ。

 更に言うのであれば、イヴリースが動く度に惜しげもなく晒された彼女の胸元が覗く。ジュードにとっては何よりもやり難い相手。


『そんなことを言っている場合か、ここを守るんだろう』

「そりゃ、そうだけど……なんかないの? こう、すごい武器とか――」


 依然として頭の中に響くシヴァの声に、ジュードは軽く眉尻を下げる。

 イヴリースが纏う炎に対抗するには、何か武器がないと難しい。使えるようなものはないのかとジュードは軽く片手を振ったが、その刹那。

 不意に、彼の腕の間近に大小様々な氷の塊が出現したのである。それを見てジュードは不意に蒼褪めると、ジタバタと慌てて両手を動かして後退した。


「だわわわわっ!」

『ええい、オロオロするなと言っている!』

「だ、だって……」

『何の為の交信(アクセス)だと思っている! 今のお前ならば氷に触れたところで体調に異常は(きた)さん!』


 頭の中に響く怒声に、ジュードは半ば反射的に両手で自分の耳を押さえる。無論そんなことをしても音量は落ちないのだが。

 だが、その言葉に双眸を丸くさせると数度瞬きを繰り返した。


「……え、本当に?」

『本当だ』

「な、なんで?」

『お前に説明していたら日が暮れると言っただろう! 良いからさっさと戦え!』

「は、はい!」


 更にボリュームの上がった怒声に、ジュードは慌てたように何度も頷く。また何か言われる前にとイヴリースに向き直り、身構えた。正直、彼には交信(アクセス)がなんなのか全く分からない。何の為の交信(アクセス)かと言われても、分かりません、としか言えないのだ。

 取り敢えずと、視線のみを動かして自分の腕に向けた。

 ――そこで、ジュードは考える。つい今し方の氷も自分で出したものであるのなら、と。

 普段、魔法を扱うことのないジュードにとっては、意図して魔法らしきものを使うのは難しい。しかし、イヴリースが練習の時間など与えてくれる筈もない。

 いつまでも掛かって来ないジュードに痺れを切らしたように彼女は再び大地を蹴ると、勢い良くジュード目掛けて飛び出した。


「何をバタバタしている、来ないのならばこちらから行くぞ!」

「ああもう……なるようになれ!」


 イヴリースはジュードに飛び掛かると、再び拳に炎を纏わせて殴り掛かる。ジュードはそれを見て双眸を細め、同じく拳に力を込めていく。

 そして考えるような間もなく、その手を突き出してイヴリースの攻撃を受け止めた。


「な……なにっ!?」


 普通ならばイヴリースの拳が纏う炎で大火傷をしてもおかしくはない。

 だが、今のジュードはそんな事態にはならなかった。なぜなら、彼のその拳は頑強な氷に覆われていたからだ。

 その氷は、イヴリースの炎でもなかなか溶けそうになかった。それほど分厚く強力なものなのである。

 驚愕に目を見開く彼女に対し、ジュードも思わず双眸を見開いていた。だが、すぐに意識を引き戻すと仕返しとばかりに逆手で彼女の腹部へ逆手を叩き込んだ。

 そして怯んだイヴリースにジュードは休む間も与えず自らの身を軸に回転し、回し蹴りを顔面にぶち当てる。痛む良心と込み上げる罪悪感には気付かないフリをして。


「ジュード……! すごい……でも、どうして……」


 そんな光景を眺めていたカミラは、思わず援護も忘れて両手で口元を覆っていた。クリフも同様だ。彼はジュードの体質を知っている。一体どういうことなのかと、瞬きさえ忘れてその状況に見入っていた。

 そこへ、魔物との戦いを終えたウィル達が駆け付ける。各自結構なボロボロ具合ではあるが、取り敢えず瀕死の重症を負った者はいないようだ。

 先頭を必死の形相で駆けて来たウィルは、カミラやイスキアを見て慌てたように声を掛ける。


「カミラ! ジュードは……!」

「ウィル……みんな……よ、よく分からないの、でも、すごい……」


 カミラの言葉では、状況を全く理解出来ない。何事なのかとウィル達は彼女の視線を辿るが、見てもやはり理解は出来なかった。

 ジュードが見覚えのない女性と殴り合っているのだから当然だ。それも彼女は炎、ジュードは氷で。

 彼が魔法――と思われる氷を出して女性と殴り合っている光景は、俄かには信じ難い光景であった。長い付き合いのウィルやマナは、特にその体質を理解している。魔法の力に触れると忽ち体調を崩してしまうのがジュードだ。

 その彼が、氷を出して戦っているのだから信じられないのも無理はない。


「ちょっ……ジュードは、大丈夫なの……? いつも魔法の力に触れたら、熱を出して倒れちゃうのに……」

「あ、ああ……なんで……」


 ジュードは、魔法を受け付けない特異体質の所為で魔法そのものを扱うことが出来ない。覚えれば扱うことは出来るのであろうが、使えば即座に身体が拒絶反応を引き起こして倒れてしまうだろう。だからこそこれまで周囲も教えなかったし、彼自身も進んで覚えようとはしなかったのである。

 現在の状況を全く理解出来ていないと思われるウィル達を横目に眺め、そこでようやくイスキアが口を開いた。


「……ジュードちゃんはね、普通の人は持っていないものを持っているのよ」

「……あなたは、一体? ジュード様とお知り合いのようですが……それに、ジュード様が持っているものって……」

「あなた達、北で魔族に襲われたでしょう? その時はぐれたジュードちゃんを拾って保護したのが、アタシとシヴァなのよ」


 リンファが向けた問い掛けに対して返る返答にウィルはマナと顔を見合わせ、グラムはルルーナやリンファに目を向ける。彼は水の国に入国していない。詳しい事情は把握出来ていないのだ。

 そして、そこでカミラは「あっ」と思わず声を洩らす。猛吹雪の中、たった一人でジュードを探しに行った時のことを思い出していた。


「そうだ……そうだわ、あの時……意識が朦朧としてたからうろ覚えだったけど、シヴァさんに逢った気がする……」

「そうね、カミラちゃんを見つけて来たのはシヴァだったものね」


 その結果、カミラはジュードと再会出来たのだ。シヴァが捜索に行かなければ、カミラはあの猛吹雪の中で命を落としていたかもしれない。シヴァとイスキアは、ジュードだけでなくカミラにとっても命の恩人と言えた。


「と、とにかく援護を!」

「やめておきなさい、要らぬ横槍よ。下手をすれば邪魔になるわ」


 マナは慌てたように声を上げたが、イスキアは静かにそう言葉を掛ける。視線はジュードとイヴリースへ向けたまま。


「それで、ジュードが持っているものって何なの?」


 取り敢えずジュードと知り合った経緯はウィル達にも分かった。だが、ルルーナは急かすようにイスキアに言葉を向ける。

 母の言葉は、今も彼女の頭の中に残っている。もしかしたら彼が持っているものが、母の求めている何かなのかもしれない。そう考えると、先を促さずにはいられなかったのだ。

 すると、イスキアは自分の胸辺りを軽く親指で叩き示した。


「――血よ」


 頻りに首を捻る彼らに対しイスキアはそっと薄く微笑むと、たった一言だけそう答える。


「ジュードちゃんはね、人ならぬ者の声を聴き、心を通わせる一族の血を持っているのよ。この子だってそうでしょう?」


 そして続いた言葉に、ウィルは双眸を見開いて息を呑む。先程と同様に、まるで心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。それは多大な罪悪感だ。

 イスキアはジュードを心配そうに見つめるちびに視線を向けると、そのふわふわの毛並みを手の平で撫で付ける。


「その、その一族って……?」


 そんな一族の話は、色々な知識を持つウィルとて知らない。カミラは胸の前で両手を握り締めて、改めてイスキアに問いを向ける。ジュードの援護をしたい、だが語られていく言葉や話は彼らに先を促させる。これまで色々と謎に包まれてきたジュードに関する情報を、彼は持っているのではないか。そう思ったからだ。

 しかし、そんな彼らの意識はすぐにイスキアからは離れた。

 ちびが大きく吼えたからだ。


「――坊主!!」


 ウィル達は慌ててジュードの方へと視線を向けた。すると、イヴリースが渾身の力を振り絞って思い切りジュードを蹴り飛ばしたのである。

 自らの顔の前で両腕を交差させて直撃は避けたジュードだったが、その威力は半端なものではなかった。

 彼の身は勢い良く蹴り飛ばされ、燃えたことで不安定になっていた家屋へと叩き付けられる。

 クリフは思わず声を上げた。そこは武器庫として使われていた場所だったからだ。中には様々な武器がある、下手をすれば突っ込んだ際に何らかの武器が彼の身を傷付けている可能性があった。


「もらった!!」


 それでもイヴリースは容赦しない。すぐに追撃に移るべく、そちらに飛び掛かったのである。

 ジュードは自らが突っ込んだ衝撃で崩れてきた家屋に舌を打つ。幸いにも完全な倒壊には至らなかったが、柱や破損した天井、壁などが身に叩き付けられてどうにも痛い。


「ぐ……っ、うう……げほ、げほっ……」

『小僧、今のお前の精神力ではあと五分が限界だ』

「げ、限界……?」

交信(アクセス)中は常にお前の精神力が消費されていく、尽きれば自動的に――』

「元に戻っちゃうんだね、そういうことは先に言ってよ……」


 シヴァの言っていることは正直半分も理解は出来ていないが、とにかくもう時間がないことだけは分かる。

 ジュードは飛び掛かってくるイヴリースを見上げつつ――しかし、視界の片隅で光るものに気付いた。倒壊した家屋の中を、空の陽光が照らす。その輝きを受けて、まるで存在を主張するように光ったのは――――


「……!」


 ジュードは頭で考えるよりも先に、それに手を伸ばす。そして咄嗟に掴み、こちらに飛び掛かってくるイヴリースへと突き出した。


「な……っ、こ……れは……! がはッ……!」


 それは王都ガルディオンの――否、火の国エンプレスの者達の平和を求める願いが込められていると言っても過言ではない武器、アクアブランドだった。この武器庫に運び込まれたが、今日の突然の奇襲に対し持ち出す時間的な余裕がなかったのだろう。

 長い間、激戦区に晒されてきたエンプレスの者達は平和を求めている。前線基地の戦いを終わらせる為、一人でも多くの命を守る為。それらの願いが込められた剣だ。

 青白い光を纏う切っ先はイヴリースの腹部を貫き、彼女の突き出した拳はジュードの顔面に触れる手前で止まっていた。

 ジュードは剣に込められた想い、そして共に造り上げた鍛冶屋達の顔を思い出すと蒼の双眸を細める。そして剣を握り締める手に力を込めた。

 次いだ瞬間、アクアブランドに込められた水の力と、ジュードが放つ氷の力が結合し――まるで巨大なレーザー砲の如く剣から蒼白い光が放たれたのである。当然、剣を突き刺されたままのイヴリースが避けられる筈もない。彼女の身は思い切り吹き飛ばされた。

 満足に受身も取れず大地を何回転もしてうつ伏せの形で止まると、腹部から溢れ出す血と喉をせり上がってくる血液に彼女は何度も咳き込み、大量の血を吐き出す。全身に走る激痛で、その身体は震えていた。


「この私が……くそっ! 贄め……シヴァの力さえなければ、貴様など……!」


 それでも必死に身を起こすとイヴリースは忌々しそうにそう吐き捨て、足元に黒い魔方陣を出現させる。放置しておけば命さえ危ういほどの出血だ、彼女は撤退の道を選択した。

 ジュードは、黒い魔方陣に包まれて消えていくイヴリースの姿を言葉もなく見送ると、握っていた剣を離して仲間の方に自然と目を向ける。やや距離はあるが、取り敢えず全員が無事である様子を確認し――身体から力が抜けるのを感じた。

 仲間が己の名を呼びながら駆けて来る姿が見える。しかし、ジュードには既に自分の身を支えておくだけの力さえ残っていなかった。支えを失ったように後ろにひっくり返る感覚を覚え――それでも、ふわりと抱き留められるような暖かさを感じる。

 なんだと目を開けてみれば、そこにはジュードの中から抜け出たと思われるシヴァがいた。頭を打たないようにとの配慮だろう、ひっくり返ったジュードの身を受け止め、そっと地面に横たえた。


「……眠い」

「精神力を使い果たしたんだ、最後の一撃は消耗が激しかったな」

「もう、指先ひとつ動かないや……」

「寝ろ、寝れば元気になる」


 シヴァがそう告げるとジュードは「そうする」とか細く呟いた末に薄く笑い、そのまま吸い込まれるように意識を手放した。程なくして規則正しい寝息がシヴァの鼓膜を揺らし始める。


「(……(マスター)とするにはまだ幼い、戦い方もメチャクチャだ……だが、致し方ないのか……)」


 シヴァは小さくそう呟くと、深い眠りに落ちたジュードの頭を片手で撫で付けた。



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