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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第三章~運命の子編~
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第十七話・新たな力


 ラミアの尾に付いた棘が腕を掠め、ウィルは思わず表情を歪ませる。バランスを崩した所にラミアが追い討ちを掛けようとしたが、それは真後ろから振り下ろされたメンフィスの剣によって阻まれた。

 メンフィスの剣はラミアの身を真っ二つに斬り捨て、そしてすぐに近場の魔物達へ向けて全力で振り回される。自らの身を軸に、大きく。

 すると辺りの魔物達は首や腕、胴など様々な部分を斬り裂かれて絶命した。千切れた肉片が血に塗れ、次々に大地に落ちていく。

 メンフィスは一度ウィルに目を向けると、その傷の具合を窺った。


「ウィル、大丈夫か?」

「は、はい。すみません、大丈夫です」

「……ウィル、今は戦闘中だ。気になることはあるだろうが、まずは生き残ることを考えろ」


 その言葉に、ウィルは言葉を失う。彼の頭の中には先のイスキアの言葉が残り、胸には払拭し切れない罪悪感が湧いていた。

 彼は過去、ジュードに決して許されない言葉を向けたことがある。それが原因だ。

 だが、メンフィスの言葉の通りなのである。今は戦闘中で、目の前には油断出来ない凶悪な魔物が数多く(ひしめ)いている。考え事をしていては、怪我どころか命を落とす危険性さえあった。

 ウィルはメンフィスの言葉にしっかりと頷き、武器を持ち直す。傷はそう深くはない、まだまだやれる。

 そんな様子を目の当たりにして、メンフィスは再び魔物に向き直ると勢い良く敵陣へと駆け出していく。多少の攻撃では怯まず、勇ましく剣を振り回し次々に魔物を薙ぎ倒していく様は戦神の如き強さだ。


「(ジュード……ごめんな。後で何度でも謝るから、だから――絶対に死ぬなよ!)」


 心の中でそう謝罪を向けてから、ウィルは意識と思考を切り替える。

 そして武器を握り直してメンフィスの後に続いた。


 その一方で、ジュードとシヴァは繰り出されるイヴリースの攻撃を避けながら、短い言葉を以て会話をしていた。

 イヴリースの両脇は、地上に降り立った赤黒い竜が固めている。彼女に攻撃を叩き込む隙など全くない。イヴリース自身も素早い身のこなしでこちらを圧倒してくる。ちびとカミラが竜を相手に奮戦しているが、押され気味だ。

 彼女の両手は紅蓮の炎を纏い、格闘術を以て流れるような動作で攻撃を繰り出す。ジュードはシヴァに庇われながら、彼の言葉の一つ一つに耳を傾けていた。


「シヴァさん、さっき言ってたのってなに?」

「リンクだ」

「そう、それ」


 イヴリースが纏う炎も、竜が吐き出す炎も、シヴァは目の前に巨大な氷の壁を出現させることで防ぐ。先程、火の海を鎮める為に大地へ張り巡らされた氷は今現在も尚、彼の戦闘をサポートしている。

 シヴァが一つ指示を出せば、大地に張り巡らされた氷が即座に壁を造り出すのだ。更に、壁だけではなく氷柱を出現させることでカウンター気味に竜を串刺しにしていく。それでも、次から次へと襲い来る竜に流石の彼も手を焼いていた。


「お前はこの場を無事に片付けたいのだろう、仲間に犠牲を出さずに」

「う、うん」

「リンクすれば、それが出来る。俺が戦うよりも被害も最小限に抑えられる筈だ、……俺では力の加減が利かん」


 その言葉を聞いてジュードはやや蒼褪めた。力の加減が利かない――それはつまり、シヴァはそれだけの力の持ち主だと言うこと。先の絶望的な戦況を一瞬にしてひっくり返してしまったことからただ者ではないと理解は出来るが、彼らは一体なんなのか。

 しかし、今はそのようなことは気にしていられない。確かに正体こそ定かではないが、取り敢えず助けてくれる以上は敵ではない筈だ。怪しさ満点ではあるが、ジュードは一度しっかりと頷いた。


「どうすれば良いの?」


 そして、今のジュードに必要なのはその情報だ。

 シヴァは改めて吐き出された炎により氷の壁が溶かされると一つ舌を打ち、双眸を細める。

 次いで、ハッキリと言葉を連ねた。


「余計なことは考えるな、何も考えずに目を閉じろ」


 竜が吐き出す炎と、炎を纏ったイヴリースの攻撃により満足に近付くことさえままならないカミラやイスキアは、被害がクリフにまで及ばないように彼を守りながら状況を見守っていた。ジュードが敵の傍にいる以上、魔法による援護も難しい。

 カミラは剣を握り締め、もどかしい想いを抱えていた。イヴリースに戦いを挑みたくても、周りの竜が邪魔でそうもいかない。ちびと共闘していても竜一匹相手にするのもやっとだ。その現実に彼女は悔しそうに口唇を噛み締める。

 だが、その刹那。不意に、それまでジュードを守るように彼の前に立っていたシヴァの姿が消えたのである。文字通り忽然と、まるで空気にでも溶けてしまったかのように彼の姿は消失してしまった。


「――!? シヴァ、さん……?」

「ああもう、どうなっても知らないわよ! シヴァのバカ!」


 しかし、後方にいるイスキアは相棒であるシヴァのことは全く心配していないらしい。ちびはとカミラはジュードを守るべく咄嗟に身を翻す。

 そして、次の瞬間。ジュードがその場に膝を付いて崩れ落ちた。


「ジュード!!」

「カミラちゃん、待って!」


 目の前には、彼を狙う魔族と凶悪な竜達がいるのだ。そんな場所で崩れ落ちるなど――カミラは咄嗟に駆け出そうとしたが、それは後方から掛かるイスキアの声により阻まれる。

 イスキアは先程までとは異なり、何処までも真剣な様子でジュードを見つめていた。


「う……っ、な、んだ……これ……! 頭の中、メチャクチャになる気が、する……っ!」


 ジュードは、シヴァに言われた通りに余計な雑念を頭から追い払って目を閉じたつもりだ。

 その矢先に、不意に何かに侵食されるような奇妙な感覚を覚えていた。自分の中に何かが入ってくるような、頭の中を掻き回されるような感覚。それは眩暈に近いものとなり、思わずジュードはその場に膝をついてしまった。

 全身の血液が逆流するような錯覚と、思考がメチャクチャに入り乱れるような不快感。速まる心音と奇妙な息苦しさに思わず固く目を伏せる。

 そんなジュードの様子を見て、イヴリースは一度怪訝そうな表情を浮かべ周囲に視線を巡らせた。つい今の今まで目の前にいたシヴァが姿を消したからだ。


「シヴァ……贄を置いて逃げたか? ……ふっ、薄情なことだ」


 辺りに彼の気配を感じないことから彼女は小さく(あざけ)るように笑い、そしてジュードへと視線を戻す。彼の真正面に歩み寄ると優越感に浸るように薄く口元に笑みさえ刻んでみせた。


「貴様には怨みも罪もないが、私と共に来てもらうぞ」


 イヴリースはそれだけを告げると、未だにその場に膝をついて蹲ったままのジュードに手を伸ばす。勝利を確信したように、表情には嬉々と言える笑みを浮かばせて。

 

「(シヴァさん、なに……これ……っ!)」

「(小僧、この場を――ここにいる者達を守るんだろう。ならば意識をしっかり持て、俺の存在を感じろ)」

「(え、なに、どういうこと……)」

「(交信(アクセス)しろと言っている、俺はここにいる――お前の中に)」


 それは、一瞬の出来事であった。

 イヴリースの手が触れる直前、ジュードは身体の奥底から何かが膨れ上がり――弾けるような錯覚を覚えたのである。

 しかし、それは錯覚には留まらず、次いだ瞬間にジュードの身を中心に辺りに猛吹雪が吹き荒れたのだ。吹雪の竜巻のようなものであった。勢い良く周囲に大きく広がり、一瞬の内に辺りの竜達を凍り付かせていく。

 爆風に近い衝撃にカミラとちびは身を縮め、未だ本調子には程遠いクリフは身を屈ませたイスキアが庇う。

 不意に訪れた衝撃は、前線で戦うウィル達の元にも届いた。


「なんだ……? 何が起きた……?」

「これは……雪?」


 ルルーナは一度鞭を握る手を下ろし、上空から舞うように落ちてきた粉雪に片手を伸べる。

 ここは火の国エンプレスだ、火の力が強いこの国で雪が降るなどほぼ有り得ないこと。

 だが、ふわふわと舞い降る雪は魔物達の動きを鈍らせていく。火と氷は互いに相殺し合う属性だ、火は氷に強いが、弱くもある。

 その隙をメンフィス達が見逃す筈もない。メンフィスは高々と剣を掲げると、その場に居合わせる仲間達に声を掛けた。


「これはまたとない好機だ、一気に敵を討ち取れ!」

「はい!」


 仲間達はその声にしっかりと返事を返すと、真っ先に敵陣に突っ込んでいくリンファの後にウィルとルルーナが続き、マナは後方から火魔法を以て援護を向ける。

 何が起きたかは気になるが、今はこの場を制することが先だ。


 そしてイヴリースはと言うと、彼女は周囲の竜達とは異なり全身が凍り付くことはなかったが、驚愕に双眸を見開いていた。

 その左腕は凍り付き、自分の身であると言うのに動かすことさえ困難な状態。ジュードの身を中心に勢い良く吹き荒れた吹雪は、彼女の身へも容赦なく打ち付けた。


「な……っ、なん、だと……!? 貴様、一体何を……!」


 だが、それで終わる彼女ではない。イヴリースは動かない左腕に炎を纏わせることで氷を打ち砕いたのである。凍えて刺すような痛みを持つその腕を逆手で撫で摩りながら、忌々しそうにジュードを真正面から睨み付けた。一体何が起きたのか、間近で見た彼女にも分からなかったのだ。

 ジュードは先程までの苦痛も不快感も既に消え失せた自分の身に驚くように――これまでと異なり、蒼く染まった双眸を丸くさせ、両手の平をぼんやりと見下ろしていた。



挿絵(By みてみん)



「な……んだ、この感じ……内側から力が溢れ出るような……」

『それが、交信(アクセス)だ』

「うわわわっ! 頭ん中にシヴァさんの声が聞こえる!」

『一体化しているんだ、当たり前だろう』


 自分の手の平を見つめていたジュードではあったが、不意に頭の中に響いたシヴァの声にやや顔面蒼白になりながら、その手で自らの両側頭部を押さえ嫌々と頭を左右に振る。

 そんなジュードとは対照的に、シヴァの声は何処までも冷静で落ち着いていた。だが、その言葉はジュードにとって決して楽観出来るものではない。


「い、一体化ってなに!? どういうこと!?」

『ええい、オロオロするな!』


 ちなみに、今現在のシヴァの声はジュードにしか聞こえていない。彼の頭の中に響いているのだから当然と言えば当然なのだが。

 つまり、傍から見ればジュードが一人で何者かと喋っているように見える。なんとも怪しい――否、典型的な危ない人の光景だ。


「シヴァと一体化した、だと……!?」


 イヴリースは、狼狽(ろうばい)する彼の言葉から何となく状況を察知する。消えて逃げたと思っていたシヴァは、彼の――ジュードの中へと入り込んだのだ。俄かには信じ難いことではあったが、不意に吹き荒れた猛吹雪を思えば、強ち嘘とも思えなかった。

 小さく舌を打ち、イヴリースは後方に飛び退くことで一度ジュードと距離を取る。


「大体、リンクとかアクセスってなに!? もっとちゃんと分かるように説明してよ!」

『お前に分かるように説明していたら日が暮れる、今は目の前の敵に集中しろ』

「ううぅ……」


 ジュード自身、自分の頭の出来が良くないことは痛いほどに理解している。幼い頃から頻繁にウィルに揶揄されてきたのだから。それ故に、間髪入れずに頭に響くシヴァの言葉に何も言い返せなかった。

 そしてイヴリースへ向き直ると、彼女と真正面から対峙する。


「……分かった、終わってからゆっくり聞く。そういう訳だから――行くよ、お姉さん!」

「ふっ、面白い。この私とやる気か!」


 そう言って薄く笑うイヴリースを見据え、ジュードは身構える。

 カミラはちびと共に、そんな彼の姿を見守っていた。



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