第十二話・交戦
「轟く雷鳴よ、貫け! ――ライトニングブラスト!」
クリフが勢い良く突き出した剣は雷を纏い、まるでレーザー砲の如く一直線に敵を直撃する。
真正面からの直撃を受ける火の玉――フレイムウィスプは、跡形も残らずに消滅した。
クリフは雷の使い手――『雷光の騎士』の二つ名を持った騎士だ。雷に弱い魔物が相手であれば、今以上の活躍が期待出来る。
だが、相手が雷に弱い訳でなくとも、現在の前線基地に於いてクリフは防衛の要となっている。彼はそれほどの活躍を見せていた。
小隊を与っている訳ではないのだが、それだけの使い手なのだ。
「クリフ様! 第二波、来ます!」
「ええい、数が多過ぎるんだよ! 毎度毎度、大勢でご苦労なことで!」
攻め入ってくる魔物の群れを片付けた矢先に次なる増援の報せが舞い込んで来ると、クリフは舌を打ちそちらに視線を向ける。
すると、彼の双眸は確かに多くの魔物の影を捉えた。数が半端ではない、数えるのも嫌になるが、恐らくは百に近い。種類も様々だ。
「負傷した者は後退! 戦える者は俺に続け!」
周囲の兵士に指示を出しながら、クリフは剣を固く握り締め改めて魔物の群れを見据える。
らしくもなく、剣を持つ手が震えた。彼自身、いつまで自分が生き残れるかは分からない。そのことに対し、確かな不安も抱いている。
だが、ここで逃げ出す訳にはいかない。正義感と言うよりはプライドと愛国心だ。生まれ育ったこの国、魔物が怖いと逃げ出すよりも戦って散る方が遥かに嬉しい――クリフは確かにそう思った。
近付いてくる魔物の群れを見据えて、彼は誰よりも先に駆け出していく。
この前線基地に、隊長などと言うものは既に存在しない。そんなものはとっくに息絶えている。そして新しく隊長を立てたところで、その隊長もすぐに死んでしまう。そのような日々の繰り返しだ。
前線基地では、誰がいつ死ぬか分からない。何気なく言葉を交わした者も、今日死ぬかもしれない――否、既に死んでいるかもしれない。仲間の安否を確認するような暇さえ、魔物達は与えてくれないのだから。
最初は兵士や騎士と衝突する傭兵は多かった。だが、戦況が悪くなってくると、兵士、騎士、そして傭兵。そんな肩書きは全く気にならなくなった。皆、生き残る為に協力するようになったからである。
今では火の国や水の国などと言った隔たりさえ、この前線基地には存在しない。団結するのが死の瀬戸際だと言うのはなんとも皮肉なものだ。
真っ先に駆け出してくるクリフの姿を捉え、魔物達もまた勢い良く駆け出した。
猛禽類と思わせる飛行型の魔物、鋭い牙と角を持った猪型の魔物、下半身部分が蛇の形をしたラミアなど、種類は様々。いずれもこの前線基地周辺にしか出没しない凶悪な魔物達である。
クリフが早々に魔物の群れと交戦すると、兵士や傭兵達もそんな彼の後に続いた。
しかし、力と戦力の差は歴然だ。
こちらは疲労が蓄積された者達ばかり、満足に戦う力が残っている者もほとんどいない。皆、気力だけで戦い、生き永らえているようなものなのだ。いつ訪れるかも分からない勝利を信じて。
ラミアの尾に引き裂かれる者、非行型の魔物に捕まり上空で喰われる者。また一人、また一人と次々に兵士や傭兵は数が減っていく。
周囲から聞こえてくる悲鳴、断末魔の叫びにクリフは口唇を噛み締めた。だが、振り返る訳にはいかない。その間にも魔物はこちらを殺そうと牙を剥いてくるのだから。
仲間の声を背に聞きながら、クリフはただひたすらに周囲の魔物達と交戦する。猪の突進を盾で防ぎ、カウンター気味にその身を剣で斬り裂く。倒れたかどうかの確認もせず、また次に向き直りラミアの尾を思い切り切断。千切れた部位からは緑色の血飛沫が噴出した。
皆の安否は気に掛かるが、それでも仲間に意識を向けていたら自分がやられる。前線基地はそんな場所なのだ。
次々に繰り出される周囲からの攻撃にクリフは奥歯を噛み締め、全身に走る打撲に近い痛みに表情を歪める。幾ら盾を持って鎧を纏っていようが、無傷でいられる筈もない。
目立った裂傷などの傷こそ刻まれてはいないが、それでもクリフの身体も毎日続く戦いで限界を迎えつつあった。
彼が扱う雷の力は、風に分類されるものである。
風は火の前では無力だ。その風に分類される雷も、火属性を持つ魔物が相手ではあまり効果を発揮出来ない。
それ故に、魔法を放ったからと言って戦況をひっくり返せるようなものでもなかった。
「(――どうする)」
クリフは戦闘の手を止めぬまま、思考をフル回転させる。
このままでは今回を防げたとしても、遠くない未来ではこの前線基地は壊滅する。もう戦える者はそう多くない。新しい兵や傭兵さえ最近ではあまり投入されないのだから。
「ぐうッ!」
また改めて突進してきた猪の攻撃を盾を使うことで防ぐが、その勢いは半端なものではない。
バランスを崩したクリフは後方へ飛ばされ、左手の骨が軋むような錯覚を覚えた。既に骨にまで被害が出ている。身体は毎日悲鳴を上げ続けていた。
「――クリフさん! 使って!」
「は……?」
しかし、そこへ不意に声が届いた。
なんだと咄嗟に天を仰いでみれば、陽光を受けて宙を舞う一本の剣が視界に飛び込んでくる。
今現在のクリフには、まさに天の助けなのではないかとさえ思えるほどの演出。思わず手を伸ばして剣を受け取ると、それは淡い水色の輝きを纏っているように見えた。
真新しい剣、持ち手の下部には美しく光るアクアマリンが鎮座する。それは紛れもない、つい先程届けられた――水属性を付与する剣、アクアブランドだ。
クリフは頭で考えるよりも先に、その剣を目の前の猪へと振るった。
すると、水属性を付与したその刃はいとも容易く猪の身を切り裂いたのである。まるで豆腐か何かでも斬るように、然程力を込めることもなく。
「こ、これは……」
驚愕するクリフの真横を、黒い何かが駆け抜けていく。慌てて目を向けてみれば、それはウルフだった。
正確には、ウルフと――その背に跨るジュードだ。クリフに剣を投げ渡したのは、恐らく彼である。
だが、静観する訳にはいかない。なぜってジュードとウルフは、一目散に敵の群れに突撃していくからだ。
「おい、坊主!!」
「加勢するよ、任せて! ちび、行くぞ!」
「わうぅ!」
「お、おい!」
その姿は、瞬く間に魔物の群れの中へと消えていく。だが、クリフの驚愕はそれだけでは終わらなかった。
なぜなら、ジュードに続くようにウィル達までもが戦線に加わってきたからだ。
「ジュードだけに良いカッコはさせない、ってな!」
「あ~あ、血なまぐさ~い。ニオイついちゃったらどうしましょ」
「文句言わないの!」
「行きます!」
ウィル、ルルーナ、マナ、リンファの順に各々好きに言葉を発しながら武器を構える。そしてクリフが止めるよりも先に、ウィルとリンファが魔物と交戦を始めた。
その手には、クリフが持つアクアブランドと同じ――水色の光を纏う武器が握られていた。ウィルは槍を、リンファは短刀を。
「お、おい、お前らまで……! こいつらはそこらの魔物とは違うんだぞ、死にたいのか!」
「誰もいないよりはマシじゃないですか? 大丈夫ですよ、ジュードはあれでも魔族を倒しちゃったくらいなんですから」
「え……」
マナが答えたそれは、ジュード達がアクアリーに旅立ってから前線基地で戦い詰めだったクリフの耳には届いていない情報であった。ジュードが倒したも何も、魔族が現れたと言う情報さえこの前線基地には届いていない。
今現在の状態で更に魔族まで現れたとなれば、前線基地の者達は絶望してしまうからだ。だが、クリフはそこまでのヤワな精神の持ち主ではない。
切れ長の双眸を丸くさせて、思わずジュードが消えていった方を見つめた。
「ぼ、坊主が魔族を……? う、嘘だろ、そんなに強いのかよ、あいつ……」
「あたし達は、そんなジュードに遅れをとる訳にはいきませんからね」
マナは、そう言いながら杖を構える。
アグレアスやヴィネアには全く歯が立たなかったが、だからと言ってジュードに全てを任せる気にはなれないのだ。
ルルーナは詠唱に入るマナの精神集中の為に、彼女の邪魔をする魔物はいないかと辺りに視線を巡らせる。そうしてすぐに肩越しに振り返り、戦線には加わろうとしないリュートを見据えた。
「使えない男ねぇ……」
とにかく、クリフはジュードとカミラのことしか知らない。その仲間のことまでは全く分からないのである。
そこで、クリフは思わず辺りを見回した。先程確認したメンバーの一人が足りない。
「なあ、お嬢ちゃんはどうしたんだ?」
「カミラちゃんなら、怪我人の治療に当たってるわよ」
クリフの問い掛けに答えたのはルルーナであった。え、と思って後方に視線を向けると、距離があって目を凝らさないとよく見えないが、そこには確かにカミラの姿がある。負傷した兵や傭兵の傷を癒しているらしい。
それを確認すると、クリフの胸中には表現し難い暖かいものが湧いた。それと同時に胸に痞えていた塊が消えていくような、そんな錯覚も。
受け取ったばかりの剣を握り直して、クリフは薄く笑みを浮かばせる。そして声を上げた。
「……よし、仕方ないな! 怪我すんなよ、嬢ちゃん達!」
「マナです!」
「ルルーナよ!」
そんな二人からの抗議を聞きながら、クリフは再び魔物の群れへと駆け出した。
一方、真っ先に敵陣に突撃するジュードは、一度ちびの背から手を離す。腰に括り付けた小型の鞄からアクアマリンを取り出すと、水の国アクアリーの王都シトゥルスで購入した短刀の下部、そこに予め装着しておいた台座へアクアマリンの鉱石を填め込む。すると短刀が淡い水色の光で包まれ、水属性を纏った。
ジュードは再び身を低くさせて、魔物の群れの一番奥へ向かっていく。
「ちび、この群れの親玉を見つけるんだ。そいつを叩けばきっと撤退する!」
「ガウッ!」
辺りから繰り出される攻撃を、ちびはジュードを背に乗せたまま素早く回避しながら奥へと駆けていく。流石のジュードにも、親玉がどれなのかは分からない。だが、ちびは魔物だ。魔物にしか分からない独特の感覚で親玉を探し当てることは可能である。
そして、程なくしてちびが吼えた。
「――ガウッ! ガウガウッ!!」
「っ、ちび、どうした!?」
それと同時に、ちびは慌てたように前脚を大地に突っ張り、突然止まった。思わず前側に落ちてしまいそうになりながらも、ジュードはなんとか身を支える。
そして、すぐにちびが警戒するように吼えた理由を察した。
なぜなら、ちびとジュードの視線の先には一匹の赤黒い竜がいたからである。魔物の群れを抜けた先で、竜はふんぞり返っていた。まるで王様か何かのように。
「……親玉はこいつなんだな、ちび」
「グルルル……」
そこで、ジュードは女王から依頼を受けた際の言葉を思い出していた。
『――奴らは炎を吐くのだ、……火を吐かれては人間など為す術がない。ただ焼き払われるだけだ』
聞いていた情報通り、確かに赤黒い竜は存在していた。今、確かにジュードの目の前にいる。
「(こいつが、今まで多くの人を焼き殺してきたんだ……)」
それを思うと、ジュードは身体が震えた。
恐怖かと一度は思ったが、どうにも異なる。武者震いとも違った。別にジュードは、強敵を前にしても興奮はしないのだから。
込み上げる感情――それは、怒りと表現するのが一番適切であった。
ジュードは赤黒い竜を見据え、武器を構える。
そして親玉である竜を討つべく、交戦へと臨んだ。