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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第三章~運命の子編~
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第十一話・前線基地へ


 行く手を遮るように現れた赤いオーガは、真横に薙ぐように振られたメンフィスの剣により真っ二つになる。

 上半身と下半身が別れを告げ、支えを失ったそれぞれは呆気なく大地へと落ちた。周辺には臓器と共に(おびただ)しいまでの血の海が広がる。

 同じく赤い身をした二匹のゴブリンは片手に木の棍棒を持ち「キキーッ!」とやや高めの声を上げながらウィルとジュードへ襲い掛かった。ゴブリンは世間的には「ザコ敵」と認識されがちだが、その俊敏さは何かと厄介な敵である。

 ――だが。


「……無駄です」


 こちらには、そんなゴブリンよりも更に俊敏さに長けたジュードとリンファがいる。

 振られた棍棒を容易く避け、リンファはその後方に回り込むと躊躇うこともなく短刀の刃をゴブリンの首へと突き立てた。すると、その箇所からは身体の色に負けないほどの鮮やかな鮮血が噴出する。オリヴィアの元を離れたことで年相応の少女としての生活を取り戻しつつある彼女にとって、その光景は嫌悪するものらしい。僅かながら表情を顰め、そしてすぐに次の標的へと視線を向けた。

 もう一匹のゴブリンはジュードへと飛び掛かるが、こちらもやはり素早さには確かな自信を持っている。飛び掛かってきたゴブリンの攻撃を避けると片手を地面につき、自らの身を支えながら真横からその脇腹に思い切り蹴りを叩き込んだ。すると、ゴブリンの身は簡単に飛ばされる。

 蹴り飛ばされた身を派手に地面へ打ち付け、頭部に青筋を立てながら再び起き上がると棍棒を片手にジュードへと駆け出す。

 しかし、その突進がジュードに届くことはなかった。その両者の間にちびが割って入ったからだ。

 ちびは牙を剥き出しに低く唸ると、鋭く成長した爪で思い切りゴブリンの身を引き裂く。ウルフは仲間意識が強い生き物である。ちびにとって『仲間』や『相棒』としての認識が強いジュードに危機が迫れば身を挺してでも守ろうとするのだ。

 鋭利な爪に引き裂かれたゴブリンは裂けた腹部から大量の血を流して地面へと倒れ込むと、それ以降は起き上がることはなかった。


「はあ~……ジュード、ちびの奴……成長したな……」

「うん、すっごい大きくなったよな」

「そうじゃないっての、ったく……」


 槍を構えて敵の出方を窺っていたウィルであったが、自分が援護に入らずとも自ら判断を下して戦闘を行うちびの姿を見て、武器を下ろす。

 リンファだけでなく、ちびも加入したことで懸念されていた前線での戦闘メンバーの心許なさは解消されたと見える。それだけでなく、今回はメンフィスが同行している。最前線での戦闘に恐らく不安はない。

 ウルフと言うのはゴブリンと並んで、比較的「ザコ敵」と分類される魔物だ。その魔物が火の国に生息する魔物相手に平気で戦えると言うのは、ちびが通常のウルフ以上に成長した証とも言える。ジュードはそんなところまでは深く考えていないようだが。

 言っても理解しないだろうとウィルはそれ以上は何も言わず、小さく吐息を洩らす程度に留めた。


「なんか、ザコ戦なら魔法はいらないって感じね、良かった……」


 つい今し方の戦闘風景を後方で見守っていたマナは、ほとんど苦戦らしい苦戦もなく勝利を収められたことに安堵を滲ませる。

 魔法を使うには精神力が必要になる。前線基地の魔物がどれほどの強さであるのか定かではない以上、出来るだけ精神力は温存しておきたい。マナの考えはそれであった。

 そんな彼女の傍らには、朗らかな笑みを浮かべるリュートが並んだ。


「そうですね、みなさんにお怪我がなくて安心しました」

「…………そうね」


 そんなリュートをマナは横目でのみ見遣り、小さく相槌を打つ。その顔は心なしか赤いようにも見える。

 しかし、何かしら多く言葉を交わすことはせずにマナは早々に馬車の方へと引き返していった。リュートはそんな彼女の背を、変わらず微笑みながら見送る。

 その視線は、まるで猛禽類が獲物を狙うような――そんな眼であった。


 前線基地は、王都ガルディオンより更に東に行ったところにある。

 ガルディオンの周辺に生息する魔物も狂暴ではあるが、前線基地周辺に出る魔物はそれ以上に狂暴で、凶悪であると言う噂が立っている。油断は出来ない。

 馬車で移動している時でさえ、いつ周囲から魔物が襲い掛かってくるか分からないのだ。


「よし、行くぞ、ちび」

「わうっ!」


 そのため、ジュードは今回は馬車には乗らずに馬車の先導をしていた。徒歩ではなく――ちびの背に乗って。

 馬車の手綱はメンフィスが握り、先導するジュードとちびの後方に続く。

 野生の勘を持つちびと、山育ち故に様々な感覚が優れているジュードのコンビであれば、完全にとはいかないが魔物の奇襲もある程度避けられるだろう。

 魔物の気配はちびが感じ取れるし、動く影があればジュードが卓越した視力で捉える。どちらも聴覚は常人よりも優れている為に足音や物音には敏感だ、奇襲に備えるには最適と言えた。

 すっかり大きく成長したちびは、ジュードを背に乗せても動きが鈍ると言うようなこともない。


「前線基地、どうなってるんだろうな……」


 現在のジュードの頭にある心配は、今まで話でしか聞いてこなかった基地の様子だ。

 毎日のように凶悪な魔物と戦う基地など、到底想像が出来ない。どれほどの状況になってしまっているか、考えるだけでも恐ろしいほどだ。

 王都ガルディオンの鍛冶屋と協力して造り上げた武具が少しでも助けになればいい――そう願った。


 * * *


 行き着いた前線基地の風景に、ジュードは思わず言葉を失った。

 恐らく、それはジュードだけではない。仲間達とて同じだと思われる。無表情でその光景を眺めているのはメンフィスくらいのものだ。

 前線基地の陸側出入り口に立つ兵士は見張りと思われるが、見るからにボロボロだ。元は立派なものだっただろう鉄製の鎧はその大部分が破損しており、既に鎧としての役割を果たしていない。兜に至っても同じような状態と言えた。

 槍は何度も折れたのか、持ち手の部分は固まった血が付着した布で固定されている。表情には明らかな疲労と諦念が見え隠れしていて、生きる気力さえ失っているように見えた。

 だが、そんな兵士がメンフィスの姿を視界に捉えると、まるで神様でも目の当たりにしたかのように表情を安堵に染めて駆け寄ってきたのである。


「あ、あ……ああ……! メ、メンフィス様!」


 アイザック・メンフィスは嘗て王都の危機を救った英雄の一人だ、エンプレスの騎士達は誰もが彼を信頼している。この前線基地が出来た頃も最前線で活躍していた身、当然ながら現在も騎士や兵士からの信頼は非常に厚い。

 すると、何処からともなく多くの兵士や騎士達が群がってきた。その表情はいずれも皆、泣きそうなものである。常に死と隣り合わせで戦ってきた彼らの精神状態は既に限界を越えている。死にたくはない、だが死んだ方が楽だと思えてしまうほど。いつ終わりが来るか分からない限界状態の日々に耐えられなくなっていたのだ。

 それが、メンフィスの姿を目の当たりにしたことで色々な感情が溢れてきたのだと思われる。喜びに表情を綻ばせる者、恥もかなぐり捨てて咽び泣く者、声を押し殺して涙を流す者、様々だ。


「メンフィスさん、オレ達……先に奥に行ってるよ」

「ああ、すまんな。ワシもすぐに向かうよ」


 ジュード達はそんな彼らの様子を見て暫し黙り込んでいたが、無理にその中からメンフィスを連れ出そうとは思わない――否、思えなかった。この前線基地で戦ってきた者達は、身体的にも精神的にも既に限界だ。

 そんな彼らにとって、メンフィスの存在は何よりも心強い存在なのだと思われる。


 前線基地の内部に足を進めても、辺りの景色はあまり変わらない。何処も彼処も家屋は倒壊し、原型さえ留めていないものばかりであった。

 木は倒れ、家屋は破壊され、防御壁は砕かれており、最近では使われた形跡さえない。それどころか道端には時折人が倒れ込んでいた。

 大丈夫かと駆け寄ろうとして、止まる。その身には蝿が集り、蛆が這い回っていたからだ。――既に息絶えて時間が経っている。

 亡くなった者を葬ってやるだけの余裕さえ、今の基地にはないのだと言うことが容易に理解出来た。


「酷いな……」

「ああ、……女の子は見ない方がいいよ」


 それ以外に出てくる感想もなかった。酷い、一言で言えるのはそれだけである。ジュードが表情を歪ませて洩らした言葉に、ウィルが静かに相槌を打つ。

 そこへ、場違いなほどに明るく陽気な声が掛かった。


「よう、坊主!」


 その声の主は、最奥に見える石造りの基地の中から出てきた。艶やかな銀髪が太陽の光を受けて美しく輝く。挨拶でもするように片手を緩く上げ、ジュードの傍らへと駆け寄ってきた。


「……クリフさん!」


 ふと掛かった声にジュードがそちらに視線を向けると、何度か顔を合わせた青年の姿を視界に捉える。それは、何かと世話を焼いてくれた騎士クリフだった。これまでは関所の護衛を担当していたが、彼もこの前線基地へと駆り出されたようだ。

 クリフはどんよりとした暗い雰囲気を微塵も感じさせない明るい笑顔でジュードに駆け寄ると、半ば強引に肩を組んでみせる。


「ひっさしぶりだなぁ、おい! お前が来たってことは、アレか? ついに完成したのか?」

「う、うん。数が足りるかどうか心配だけど、取り敢えずは出来たよ。あとは馬車からここに運び出すだけ。クリフさんも前線基地に?」

「ああ、戦況が思わしくないってんで、関所のお守りからこっちに変更よ。よう、お嬢ちゃん、久し振り!」


 クリフはその場に居合わせる面々へと視線を投じるが、これまで彼と面識があったのはジュードとカミラだけである。クリフの言葉にカミラは嬉しそうに破顔すると、ぺこりと頭を下げた。

 そしてクリフは改めてその場のメンバーを見渡すと、男性より明らかに女性の数が多いその現実に対し、なんとも言えない生暖かい視線をジュードへ向ける。


「……坊主、お前……女は一人にしとけよ」

「なんの話してんの!」


 すると、間髪入れずに返った反応にクリフは愉快そうに声を立てて笑った。対照的に、ジュードはと言うとやや不満顔だ。

 だが、そんな平和なひと時もこの前線基地では即座に緊張へと変わっていく。


「……!」


 ふと、クリフがジュードから手を離して石造りの基地を弾かれたように振り返る。その中から兵士のものと思われる悲鳴や指示を出す怒声などが聞こえてきたからだ。

 クリフは小さく舌を打つと、腰から提げる剣を鞘から引き抜く。それを見てジュード達は怪訝そうに軽く眉を寄せた。


「クリフさん、どうしたの?」

「安全な場所に避難してな、……お客さんのお出ましだ」


 その言葉が合図になったかのように、最奥の基地の先からは地鳴りのような魔物の呻き声と幾つもの足音が響いてきていた。



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