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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第三章~運命の子編~
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第四話・母の言葉、消えない謎


 グラムの家を後にしたジュード達は、まずは南の森を抜けていた。

 この森は、ジュードがカミラと出逢った森である。相変わらず視界の利く森の中は、陽光が惜しみなく辺りを照らす。メンフィスが手綱を握る馬車は、森を早々に駆け抜けていった。

 風の国ミストラルの魔物は他国に比べて穏やかだ。走る馬車に対し飛び掛ってくるような魔物もそうはいない。

 メンフィスは真っ直ぐ前を見据えながら、火の国にある前線基地へ想いを馳せていた。

 戻るまでに随分と時間が掛かってしまったのが現実だ。今現在、前線基地がどうなっているのかは流石のメンフィスにも想像が出来ない。だが、必要以上に急いで馬を潰してしまう訳にもいかないのである。徒歩で移動するよりは馬で、馬車で移動する方が遥かに早いのだから。

 小さく溜息を洩らすと、メンフィスは馬を止めぬまま空を仰いだ。

 一方、馬車の中は非常に賑わっていた。

 理由は、ジュードの相棒「ちび」の存在である。

 カミラは興味津々でちびを見つめ、隣に座ったまま好奇心に満ち溢れた眼差しを向けている。

 マナやウィルにとっては久方振りになる再会だ。ウィルはともかく、マナの表情にも嬉々が滲み出ていた。

 ウィルは嫌悪こそしてはいないものの――彼は魔物により、目の前で家族を惨殺された過去を持っている。どうにも、魔物という存在を正式に受け入れられずにいた。

 リンファも似たようなものである。最愛の兄を喰らったのは他でもない魔物だ。警戒しつつ、それでもちびに対して興味はあるらしく、カミラのようにジッと眺めている。

 ルルーナはそんな中で一人、馬車の壁に寄り掛かりぼんやりと宙空を眺めていた。


「ジュ、ジュード、触ってもいい?」

「うん、もちろん」


 ジュードは「おすわり」をするちびの隣に座り、その身を手の平でゆったりと撫で付ける。ちびもご機嫌そうだ、嬉しそうに犬のような鳴き声を洩らしてジュードの肩に鼻先をぐりぐりと押し付けている。

 カミラは湧き上がる好奇心を抑え切れなかったらしく、ジュードに一声掛けるとそっと片手をちびの背中に触れさせた。

 すると、彼女の表情は初めて逢った時のように輝きを増し、至極幸せそうに目を細めて何度もそこを撫でる。頬はほんのりと上気していて、本当に嬉しそうだ。

 これまで野生の中で生きてきた為か、ちびの毛並みはあまり良くない。手触りは非常に堅めで、毛玉になっている部分さえあった。腹部分などの内側の毛色は白なのだが、これもまた野生にいた期間が長かった為に薄汚れてしまっている。それでもカミラは嬉しいようだ。

 ジュードもそれは気になっているらしく、緩く眉尻を下げると片手でちびの頭を優しく撫で付けた。


「ちび、街に着いたらブラシ買おうな」

「わうっ!」


 ジュードの言葉に、ちびは大層嬉しそうに一つ声を洩らした。


 ちびは、元々野生のウルフである。

 麓の村の近くにある森に住んでいたウルフで、当時はちびにも家族がいた――と言っても、母ウルフと兄弟三匹だったのだが。

 偶然麓の村にやってきていた傭兵達が、ちび一家を見つけて討伐しようとしたのが始まりであった。

 ちび達は人間を襲おうとしていた訳ではない。ただ「魔物だから」と言う理由だけで殺される筈だったのである。

 母ウルフも兄弟達も殺され、残ったのは一番小さかったちび一匹。傭兵達にとっては、赤子の手を捻るようなもの。それだけ、ちびの命を奪うことは容易だった。

 だが、そこへ。当時まだ小さい子供だったジュードがやって来たのだ。傭兵達がちびを殺そうとしているのを見て、ジュードは傭兵達に飛び掛かった。襟首を掴まれて放られようが殴られようが決して引き下がることはせず、傭兵達の足にしがみつき必死にやめるよう訴えたのである。

 普通の人間から見れば、おかしいのはジュードの方だ。魔物は人間を襲う生き物、それを庇うなど正気の沙汰ではない。

 親のいない自分を重ねたのかどうかは不明だが、それがジュードとちびの出逢いだった。

 それから、ちびはジュードの後を付いて回るようになり、まるで兄弟の如く仲良く遊び回るようになったのである。

 ミストラルの兵士が魔物の一斉討伐を行うから、とジュードがちびを山奥に逃がしてからも、ちびはジュードのことを忘れることはなかった。

 だからこそ、ほとぼりが冷めたのを見計らって山奥から出てきたのである。またジュードと一緒に遊ぶ為に。

 基本的に、動物と違って魔物の寿命は長い。

 ウルフの平均寿命は五十歳ほどと言われている。それを考えると、ちびは立派な成獣ではあるのだが、まだまだ子供のようなものだ。

 しかし、如何せんジュードには名前を改める気はないらしい。

 どう見ても「ちび」と呼ぶには相応しくない図体なのだが、気にした様子は全くない。

 そんな仲間達の様子を何処かぼんやりと眺めたまま、ルルーナは故郷の母を思い出していた。

 ルルーナが地の国グランヴェルを出て――ジュード達と行動を共にするようになって、それなりに時間は経つ。その時間の中で、彼女の中にはある疑問が生まれ始めていた。

 元々ルルーナはジュード達のことなどどうでも良いと考えていた。母に言われたから、母の願いの為に。彼女の行動理由はそれだけだ。

 母が望むからジュードと接触した、母が望むからジュードを我が物にしようと行動する。全て母の為だ。


「(でも――)」


 そこで、ルルーナは一旦思考を止める。彼女のその視線は、ちびと戯れるジュードに向いた。

 

『ルルーナ、ミストラルにね、ジュードと言う名の男の子がいるの。私の為にその子を連れてきておくれ』

『もう、お父様のいない生活は嫌でしょう? 嫌よね? だからお願い。その子がいれば、お父様は必ず帰ってきてくれるわ』


 母に言われた言葉が、ルルーナの脳裏を過ぎる。

 ルルーナにとって、母は何よりも大切な存在だ。だが、やはり不可解な部分は多い。


「(……魔法が扱える訳でもない、呆れるほどの甘ちゃんで、一言で言うならただのバカ。あの突然の変貌は気になるけれど、リンファのように何か特別な力が使えるってこともない――そのジュードが一体なんだと言うの? どうしてジュードがいれば、お父様は帰ってくるの?)」


 そこまで考えて、ルルーナは片手で額の辺りを押さえた。考えても分からないことばかりである。

 彼女自身、幼い頃に大好きであった父には逢いたい。だが、父とジュードがどう結び付くのかが全く理解出来ないのだ。自分に生き別れの弟がいるなどと聞いたこともない。幼い頃にジュードに逢った覚えも、当然ない。

 ならば、なぜ母はジュードを求めるのか。なぜ、母はジュードのことを知っているのか。魔法を受け付けない彼の特異体質のことさえも、母は知っていたのだ。


「(お母様はジュードを知っている……でも、ジュードは知らない……?)」


 やはり、考えても分からないことばかりである。

 ルルーナはそこで、疲れたように小さく溜息を零した。

 ふと顔を上げると、こちらを見つめるカミラと視線がかち合った。その表情は何処か心配そうだ。ルルーナは慌てて笑みを浮かべると、なんでもない、と言うように胸の前で軽く片手を振ってみせた。



 * * *



 森を抜けた先にあるアウラの街に着くと、一旦休憩となった。

 王都ガルディオンまでの食糧調達もある。薬草や旅の必需品などもある程度は揃えておきたい。そんなメンフィスの提案により、立ち寄ることになったのだ。

 この街は、ジュードとカミラが火の国に向かう時に最初に立ち寄った街だ。出店の通りでチョコバナナクレープを食べたのも、この街である。

 久し振りに挨拶にでも、と思ったジュードとカミラだったが、残念ながら以前の場所にクレープの屋台は出ていなかった。


「じゃあ、二手に分かれようか。オレ達はメンフィスさんと一緒に道具の買出しに行くから――」

「了解、あたし達は食材ね。任せといて」

「集合は広場にしよう、あそこなら目立つしさ」


 取り敢えず今の目的は、一刻も早く火の国の王都ガルディオンまで帰り着くことだ。用事は出来るだけ早めに済ませてしまいたい。

 集合場所を早々に決めて、ジュード達は街の道具屋へと足を向けた。

 そんな道すがら、ジュードは傍らを歩くウィルに視線を合わせると、すっかり見慣れた装いに戻っている彼に対し、なんとはなしに小さく呟く。


「……そう言えば、みんなもういつもの服に戻ってるんだな」

「そりゃあ、寒いのなんてアクアリーくらいのモンだろ。ましてやこれから火の国に行くってのに冬服なんて着てられないって」

「そっか。まあ、そうだよな」

「そう言うお前は? その服」


 ジュードの言葉に、ウィルが気になったのは彼が身に纏う衣服である。いつも着ていた服は吸血鬼との戦いの後にウィルが捨ててしまったし、水の国の王都シトゥルスで購入した冬服でもない。

 ベストタイプの深蒼の衣服に、下は変わらず黒のインナー姿。腰には淡い水色のスカーフを巻いている。その上からベルトを巻き付け、剣を括り付けた装いだ。色合い的にはいつもと変わらない。


「ああ、父さんが作ってくれたんだ」

「グラムさんって、昔からお前には青い服ばっかだよな」

「……うん」


 ウィルの言葉に、ジュードは視線を真っ直ぐに戻すと多くを語ることはなく小さく頷く程度に留めた。その表情は心なしか幸せそうで、ウィルは不思議そうに目を丸くさせて小首を捻る。それでも、ジュードはそれ以上何かを言うことはしなかった。


 旅に必要なものと言っても、そう多くはない。薬草だってカミラの治癒魔法があればほとんど必要ない。

 使うと言えばジュードの傷の手当てに必要なだけである。しかし、それもリンファの気功術によってほとんど必要ではなくなっていた。

 道具屋で薬草や他に必要と思われるものを購入して、ジュード達は待ち合わせ場所となっている広場へ足を向ける。忘れずに買ったちび専用のブラシを片手に、ジュードはご機嫌そうだ。流石に魔物であるちびを街中に入れる訳にもいかず馬車に残してきてしまったが、早く毛並みを整えてやりたいと思えば自然とジュードの表情は綻ぶ。


「ほら、ちびのことばっか考えてないで水分補給。少し休もうぜ」

「あ、サンキュ」


 そこへ見計らったかのように、ウィルが真横から紙のカップに入った飲み物を差し出した。ウィルだけでなく、メンフィスも何処か呆れたような表情を浮かべている。

 無理もない、ウィルもメンフィスも魔物によって大切な家族を奪われたのだから。魔物であるちびと純粋に仲良くするジュードに戸惑いを覚えるのは当然と言えた。

 ジュード達は広場に設置されている休憩所に腰を落ち着かせると、荷物を脇に置く。手にしたカップに添えられたストローに口をつけて中身を吸い上げると、程好く冷えた液体が渇きつつあった喉を潤していく。生き返るようなそんな錯覚に思わず安堵が洩れた。


「ジュード、肩の具合はどうだ?」

「はい、もう随分良くなりました」

「そうか、ならば良かった。だが、無理はせんようにな」


 メンフィスから掛かった問い掛けに、ジュードは思わず自分の右肩に視線を向ける。傷を負った直後と比べれば、今はほとんど完治したような感覚である。当時は多少動かしたり力を入れるだけでも激痛が走っていたが、今はそんなことはない。日常生活に全く支障がないほどに回復していた。

 そんなジュードの返答に、メンフィスだけでなくウィルも小さく安堵を洩らす。あれだけの怪我を負う様をウィルは間近で見ていたのだ。可愛い弟分を守ってやれなかった罪悪感がようやく薄れてきたような――そんな気さえした。

 だが、何事も穏やかにはいかないものである。

 なんとはなしに、ウィルは広場の一角に目を向けた。

 すると、そこには買い物を終えて戻ってきただろうマナ達の姿が見えた。だが、そんな彼女達の傍には見慣れない姿が一つ。

 肩の下辺りまでの長さをした、黄緑色の柔らかそうな髪。頭には藤色のベレー帽と、同じ色をしたベストに白いシャツを身に着けている。

 顔立ちが整っていて中性的なこともあり、遠目ではどうにも判断し難いが恐らくは男だ。なにやら笑みを浮かべて、親しげに彼女達に話しかけている。

 なんだろう、と思ったのも束の間――男の手がマナの肩に気安く触れた。それを見て、ウィルは思わず表情を顰める。


「な――っ、なんだよ、あいつ……!」


 積極的に働きかけるようなことはしないが、ウィルはマナのことが好きだ。家族だとか、そう言った意味ではなく一人の女性として。そんな彼女に他の男が気安く触れる。決して穏やかでいられるようなことではない。

 ウィルから洩れた言葉に、ジュードやメンフィスが気付かない筈がない。なんだなんだと彼の視線を追い、そして更なる波乱――否、戦いの火蓋が切って下ろされることになる。

 男は次にカミラに目を向けると、なにやら感動したような表情を浮かべて目を輝かせた。片手を胸の辺りに添えて頻りに言葉を掛けている。

 そして次の瞬間。

 男がカミラの左手を取ったかと思いきや――そのまま、彼女の手の甲に一つ口付けを落としたのである。


 グシャアァ。


 ウィルとメンフィスは、確かに何かが潰れるような音を聞いた。それも身近、非常に身近で。

 

「…………」


 音の出所は他でもない、ジュードだった。

 手に持っていたカップを、手の平で握り潰した音である。

 そして、ウィルは見た。

 ジュードのその双眸が徐々に黄緑に染まり、程なくして金色に変わろうとする様を。


「うわ、わ! 待て待て待て、落ち着けジュード! 気持ちは分かるがここは街中だ!」

「だってウィル、あいつ! オレだってカミラさんにあんなんしたこと――!」


 取り敢えず、まだ意識はあるらしい。ジュードの身を押さえ付けるようにウィルは慌てて片腕を彼の腹部に回し、逆手は左脇から通し痛めていない肩を抱き込むように固定した。メンフィスはそんなジュードとウィルを見て愉快そうに笑うばかり。

 これは本気でヤバい、ウィルはそう思ったのだが。


「……キャ――――――ッ!!」


 不意にけたたましく甲高い声が上がった。

 悲鳴の主はもちろんカミラだ。彼女はいつものように悲鳴を上げると利き腕である右手の拳を握り締め、自分の左手に口付けを落とす男の頬へ思い切り一発を叩き込み、殴り飛ばしたのである。

 その一撃は非常に重く強力で、よろける程度などと言った可愛いものでは済まなかった。男の身は派手に吹き飛び、広場の隅に積まれていた木箱や樽へと一直線に突っ込んだ。火事場の馬鹿力、渾身の一撃と言えた。

 傍にいたマナやルルーナ、リンファまでもが呆気に取られたように口を半開きにしてカミラを見つめ、ジュードやウィルも同様に一切の動きを止めて彼女を眺めていた。ジュードの双眸は、そこで静かにいつもの翡翠色へと戻っていく。

 そして、程なくして状況を理解したらしいカミラが慌てて頭を振った。


「……あ、あああぁ! わたし、男の人にそういう風にされるとダメなんです! ご、ごごごめんなさい!」


 途端に青褪めて男が吹き飛んだ方へ駆けていくカミラを見て、ジュードとウィルは互いに小さく呟く。


「カミラさんって……」

「……ああ、怖いな……」


 そんな呟きがカミラに届く筈もない。

 ジュードとウィルは、暫し呆然として彼女の姿を見つめていた。



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