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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第三章~運命の子編~
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第三話・相棒参上


 久方振りになる実家に、ジュードやマナ、ウィルの気持ちも随分と落ち着いた。

 朝早い時間帯であるにも拘わらず、マナは朝食の支度に勤しみ、ウィルは持っていく作業道具の確認をしていた。作業道具は火の国の王都ガルディオンでも揃えることは出来るが、やはり自分の手に馴染んだ、使い慣れたものが一番である。

 更にウィルは作業だけでなく、知識に於いても欠かせない存在である。特殊な紋様について記された書物なども忘れずに持っていく必要があった。大体は既に頭に入っているのだが、念の為だ。

 ルルーナは勝手知ったる様子で寛ぎ、カミラは花の水遣りでご機嫌状態。リンファはマナの手伝いをしていた。

 そして、ジュードはと言えば。


「……ジュード、傷の具合はどうだ?」


 朝の支度を終えたジュードは、階下に下りようと自室を出たところで父グラムと廊下で鉢合わせた。

 グラムは幾分心配そうにジュードの右肩に視線を遣り、僅かながら眉尻を下げる。例え血の繋がりがなくとも、グラムにとってジュードは大切な息子だ。当然、マナやウィルもそうなのだが。

 魔族と関わるジュードのことを、父であるグラムが心配しない筈がない。


「おはよう、父さん。大丈夫だよ、リンファさんのお陰で随分治りが早いように感じるんだ」

「そうか……なら、いいんだが」


 魔法を受け付けないジュードにとって、リンファが扱う気功術は何よりも有り難いものだ。彼女のお陰で、ジュードの右肩に刻まれた深い傷は随分と回復していた。同じように負った足や腕の傷など、既にジュードにとって怪我の内に入らないレベルにまでなっている。

 それでも、まだウィルはジュードに剣を持たせることを渋ってはいるのだが。言っても聞かない性格だとは、ウィルだからこそ理解している。

 グラムはジュードの返答にそっと、安堵したような表情を浮かべた。


「父さんこそ」

「うん?」

「ちゃんと、飯食ってる?」


 そして、心配は何もグラムだけではない。ジュード自身、父が元気にしているのかどうか不安であった。

 生き甲斐と言える鍛治仕事は、今は怪我で出来ずにいる。身の周りの世話は誰かがやらずとも出来るほどには回復したが、退屈をしていないか、寂しくはないか、元気でいるのか。心配は尽きない。

 しかし、そんなジュードの言葉を聞き、グラムは目を丸くさせたかと思うと次の瞬間には愉快そうに声を立てて笑った。


「え、ちょ、なんで笑うの!?」

「いや……ワシがお前に心配されるようになるとは、と思ってな」


 唐突に笑い出す父に、ジュードは呆気に取られたような表情を浮かべはしたが、程なくして不服そうな――何処か拗ねたような表情を滲ませた。

 そんな愛息子に対し、グラムは一頻り笑うと静かにその正面に歩み寄る。そうしてご機嫌を取るように、赤茶色の頭を片手で撫で付けた。

 成長したとは言え、まだグラムの方が身長が高い。自分よりも低い位置にあるジュードの頭を撫でながら、グラムは緩く眦を和らげる。

 子供嫌いであった彼にとって、ジュードは当時苦手な存在であった。厄介な拾い物――それ以外の何でもなかったのだ。

 しかし、グラムはそのジュードの存在により、子供嫌いや苦手意識を変えることが出来た。そしてマナやウィルを純粋な気持ちで引き取ろうと思えるようになったのである。

 それを考えると、こんなにも愛しい。グラムは確かにそう感じた。

 だが、だからこそ心配にもなる。また何処かで怪我をするのではないか、魔族がこれからも関わってくるのではないか――ウィル達が言っていた突然の変貌は何なのか。こちらも、やはり心配は尽きないのである。


「……父さん」


 そんな中、ふとジュードが小さく口を開いた。先程までとは異なり、視線はやや下に向いている。何か言い難いことを言う時、ジュードはこうして視線を下げることが多い。なんだろうと、グラムは思った。


「あの、……もし、オレの本当の家族とか故郷が見つかったら」


 紡がれていく言葉に、グラムは心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚える。

 ――もし、ジュードの本当の家族が見つかったら。

 それを考えなかったことはない。だが、実際にそうなった時を思うと、とてもではないが穏やかではいられなかった。

 それだけ、実の息子のように愛情を傾けてしまっている。

 いつか家族が見つかったら、ジュードはグラムの元を離れるかもしれないのだ。彼の為にも、そうなればいいと思ったこともあるが、ならないでほしいと願ったりもしている。

 グラムは内心の動揺を封じ込めるように、極力平静を保ちながら先を促した。


「……うん、見つかったら?」

「……オレ、そっちに帰らないといけないの?」


 小さく、本当に小さく呟かれた言葉だった。

 その問い掛けに、グラムは改めて笑う。今度はふと微笑むように、何処までも優しく。ジュードの視線は下がったまま、随分と不安そうであった。

 そんな様子に、グラムは優しく微笑んだまま――そっと、だがしっかりと両腕を伸ばして彼の身を抱き締める。


「何の心配をしているんだ、お前は」

「いや、だって」


 ジュードも気にしてはいるのだ。

 魔族がなぜ自分を狙うのかは分からない。それでも、魔族は自分の知らない自分を知っているような、そんな様子であった。

 今後も魔族に関わっていくのであれば、いつか自分の正体や故郷が分かってしまうのではないかと。

 そうなった時、自分はどうすればいいのか。その答えを導き出せずにいた。


「……お前が自分で選びなさい」

「う、……うん……」

「だがな、お前の本当の親が見つかったとしても、お前はワシの自慢の息子だよ。ここが良ければいつまでもいると良い」


 静かにゆっくりと、しかし優しい声色で紡がれていく言葉にジュードは緩く目を丸くさせて、自分を抱き締める父を横目に見遣る。


「……と、父さんって……呼んでも、いいの?」

「構わんよ、ワシはお前のパパだろう?」


 昔も聞いた覚えのある戯れに近い返答に、ジュードはようやく表情を和らげた。照れたような、気恥ずかしそうな――しかし、安堵を前面に出した表情。

 それと共に涙腺が緩むのを感じて、ジュードはグラムの背に両手を回すとその肩口に額を押し付けて顔を伏せる。

 そんな息子の様子を後目に、グラムは片手をジュードの後頭部に添えてゆったりと撫で付けた。


「――行っておいで、ジュード」

「はい、父さん」


 また、暫しの別れになる。

 グラムは息子の成長を喜ぶ反面、確かな寂しさも同時に抱えていた。

 それに加えて尽きない心配。信頼するメンフィスが一緒だと考えても、やはり不安は払拭しきれない。

 しかし、そこであることを思い出す。グラムは身を離すと、改めて口を開いた。


「そうだ、ジュード。あいつも連れて行ってやりなさい」


 父の唐突な言葉に、ジュードは不思議そうに目を丸くさせた。



 それから、ジュードがけたたましい足音を立てて階下へ降りてきたのは数分後のことである。

 朝食をテーブルに並べていたマナは何事かとそちらを見遣り、挨拶もそこそこに玄関へ向かうジュードの背中に思わず声を掛けた。


「ちょ、ジュード、どうしたの?」

「マナ、悪い! オレ、飯は後でいい!」

「え、ええぇ!? ちょっと、ジュード!」


 マナの返事も聞かず、ジュードは大慌てで外へと飛び出していった。それは一瞬の出来事で、まさに嵐のような瞬間だったと言える。

 後に残されたマナは暫し呆然とし、彼女を手伝っていたリンファも、トレイを胸の辺りに抱えて玄関を見つめていた。


「ジュード様、どうされたのでしょうか」

「さ、さあ……元から落ち着きはないけど、本当にどうしたのかしら……」


 外で花の水遣りをしていたカミラと、そんな彼女と談笑するウィルやメンフィスは家から飛び出してきたジュードを見て、目を丸くさせる。

 普段以上に大慌てな様子に三人とも呆気に取られはしたが、真っ先に声を掛けたのはウィルである。目の前を突っ切っていきそうなジュードの腕を捕まえて、言葉を向ける。


「――っとと、おいおいどうした? 何かあったのか?」


 すると、ジュードは取り敢えず止まった。

 だが、何処か興奮冷めやらぬ様子でウィルを振り返る。心なしか、その双眸は普段より輝いているように見えた、頬もなんだか少々赤い。確認するまでもなく、嬉しそうだ。


「あ、ウィル」

「あ、ウィル。じゃない、どうしたんだよ」


 取り敢えず、何か良くないことがあった訳ではないらしい。何かあったのだとしたら、ジュードがこれほどまでに嬉しそうな顔をしている筈がない。

 そう考えて、ウィルは小さく安堵を洩らしながら手を離す。どうしたのかと、カミラやメンフィスも不思議そうに首を捻っていた。


「いや、それがさ、父さんが――」


 ジュードの言う『父さん』は当然ながらグラムである。彼が一体何を言ったのだろうかとウィルも軽く首を捻った。

 彼ならばジュードを喜ばせることは容易だろう。しかし、何を言えばここまで嬉しそうな顔をするのか。

 ウィルがそこまで考えた時だった。

 不意に、近くの林から何かが飛び出してきたのである。


「――ジュード!!」


 それは真横からジュード目掛けて飛び付いた。

 程なくして、それが魔物のウルフであることにウィル達は気付く。ウルフがジュードの真横から飛び掛かり、張り倒したのである。

 魔物によって家族を奪われたウィルとメンフィスは、咄嗟に武器を引き抜く。カミラは両手で口元を覆い、一拍遅れて腰元の剣に手を添えた。

 ジュードの身に圧し掛かるウルフは、通常のものより一回りは大きい図体をしている。自らの下に敷いたジュードを見下ろし、大口を開けて喰らい付いた。


 ――――筈だった。


「……あれ?」


 小さく、間の抜けた声を洩らしたのはウィルであった。メンフィスやカミラも、眸を丸くさせて暫しの後に武器を下ろす。

 なぜなら、ウルフがジュードに喰らい付く勢いで彼の頬を舐め回したからだ。ジュードも警戒した様子はない。抵抗するでもなく、慌てた様子さえ見せぬまま呑気に笑い声さえ上げていた。

 ウルフの方にも、ジュードを喰らう気はないように見える。

 そこで、ウィルは「あ」と小さく声を洩らして武器を下ろした。


「っははは! こら、やめろって、ちび!」


 一方、下に敷かれたジュードは両手を伸ばしてウルフの大きな身を手の平で撫で回していた。まるで、犬でも可愛がるように。

 ぎゃおん、ぎゃうう、とウルフは甘える声を出して、それでもジュードの顔を舐め回すのをやめない。ジュードだけでなく、こちらのウルフも非常に嬉しそうだ。ふさふさの長い尾は、千切れんばかりに左右に大きく振られている。

 そんな様子を見て、ウィルは確信した。


「ちび、って……あいつ、帰ってきたのか」

「ウィル?」

「ああ、あれは……昔、ジュードが可愛がってたウルフなんだ」


 「ちび」は、まだ子ウルフの時にジュードと一緒に遊んでいた魔物である。ウィルがグラムに拾われた時には、既にちびはジュードの友達だった。だからこそ、二人の出逢いをウィルは知らないが、大変仲が良かったのは事実である。

 いつもジュードの後ろをついて回って、遊んでいた。仲の良い相棒のような、そんな存在だ。

 ちびは魔物でありながらジュードによく懐いていたし、ジュードはそんなちびをとても可愛がっていた。ウィル自身も魔物に襲われた際に、ちびに助けられたことがある。


「一度、ミストラルの兵士が魔物の一斉討伐を行ったことがあって、その時にジュードが山奥に逃がしたんだよ」

「……討伐されちゃうから?」

「そう。……けど、帰ってきたんだな」


 恐らく、グラムにちびが帰ってきている旨を聞いて、ジュードは家を飛び出したのだろう。ちびに逢いに行こうとしたところを、引き止めてしまったのだ。

 メンフィスは暫し目を見開いて呆然としていた。

 魔物の命を奪うことを、ジュードは躊躇う。その理由が分かった気がしたのである。

 ジュードは根本的に、魔物を憎んでいない。敵と認識しているかどうかさえ定かではなかった。彼が以前メンフィスに言ったように、まだ幼い頃は本当に魔物は友達のようなものだったのだと、そこで理解したのだ。

 魔物に妻子を奪われたメンフィスには信じ難い光景ではあるが、目の前で確かに魔物と戯れる様子を見れば信じない訳にもいかない。


「ちび、おかえり」

「わおん!」

「大きくなったなあ」

「わうぅ!」


 見た目は厳つく迫力もあるのに、その迫力を裏切るように鳴き声は非常に――甘えを前面に押し出すようなものであった。それどころか、ちっとも「ちび」ではない。成長した今は、既にジュードよりも遥かに大きい。

 ジュードの言葉に応えるように洩れる声は、魔物というよりはただの犬のようである。

 呆気に取られるカミラやメンフィスを後目にウィルはそちらに歩み寄ると、ジュードとちびを何度か交互に見遣った。


「……って言うかさ、ジュード。お前なんで分かるんだよ」

「え?」

「俺には、どれも普通のウルフにしか見えないんだけど」


 黒い毛に覆われた獣の姿は、どう見ても普通にウルフだ。一体何処を見てジュードは「ちび」と判断しているのか、当時からの疑問ではあるのだがウィルには違いが全く分からない。

 ジュードは依然としてちびの下になったまま、自分に圧し掛かる巨体を見つめる。だが、すぐに優しげに眦を和らげて笑うと、片手をちびの鼻先に伸ばしてそこを撫で付けた。それと同時にちびからは嬉しそうな唸りが洩れる。


「目、かな」

「目?」

「うん。他のウルフと違って、優しい目をしてるんだよ、ちびは」


 その返答に、ウィルはちびを見る。

 だが、やはりウィルの目には違いと言うものが感じられなかった。と言うよりは、ウルフの一匹一匹をそんなにじっくり観察したことなどない。

 そんなウィルの心情も露知らず、ジュードは程なくして身を起こす。それに倣い、ちびは大人しく彼の上から降りた。


「う~ん、じゃあ……他のウルフとごちゃ混ぜにならないように工夫が必要かなあ。エンプレスのウルフは赤いから混ざらないとは思うけど……」

「え? お前……これ、連れてくの?」

「そのつもりだけど」


 これ、とちびを指し示すウィルを見て、ジュードはしっかりと頷いた。一度こそ咎めようとはしたのだが、彼の真横で所謂「おすわり」をしながら嬉しそうに尾を揺らすちびを見ると、何も言えない。

 ジュードを咎めたとしても、ちびがジュードから離れるとは思えなかったからだ。

 ウィルがメンフィスとカミラを静かに振り返ると、メンフィスは咎めるべきかどうか考えているように複雑な表情を滲ませ、カミラは好奇心に満ち溢れた様子でちびを見つめていた。先程のジュードのように、その瑠璃色の双眸はやや輝いている。

 それを見て、ウィルは苦笑いを浮かべて小さく吐息を洩らした。

 また気苦労が増えそうな――そんな予感を感じて。



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