第六話・手紙
「あーもー! 頭にくる!」
「お、落ち着けって……」
「これが落ち着いていられるもんですか! なんなのよ、あの女は!」
ルルーナがやって来てから、既に一週間が経っていた。
高熱を出して倒れたジュードもグラムの言葉通り翌日には意識を取り戻し、現在は元気に仕事に精を出している。
彼が魔法を受けると熱を出して倒れるのは幼少時からだ、その理由や原因が何であるのかは当時から現在に至るまでわかっていない。医者や神父に診せても「そんな体質は聞いたことがない」と言われて終わってしまったのだ。
それゆえ、グラムたちはジュードのことを特異体質と認識している。
彼は治癒魔法や攻撃魔法、対象を眠らせたり能力値を下げたりする障害魔法、逆に能力を一時的に上昇させる補助魔法など『魔法』と名のつくもの全てに拒絶反応を起こすのだ。
だが、魔法さえ受けなければ特に問題はない。現に今もすっかり元気になり、完成した武具の配達に出たり、材料調達に村に降りたりと元気にあちこちを走り回っている。
マナにとって当然それは喜ばしいことだ。
ならば、なぜ彼女がここまで激昂しているのかというと、それは――
「ルルーナの奴、ジュードにベタベタして!」
――そうなのだ、ジュードが目を覚ましてからと言うもの、ルルーナはジュードの傍にいることが多い。
最初こそウィルも、ジュードが倒れたのは自分のせいだと責任を感じているのだろうと思っていたのだが、ルルーナとマナの間に流れる空気が明らかにおかしいことに誰よりもいち早く気付いたのである。
ルルーナはまるで挑発でもするような表情でマナを見ていたし、マナはそんな彼女に対して憎悪を通り越し、殺意さえ感じられるほどの表情で睨み返す。特に食事の時間はグラムとウィルにとってはまさに地獄だ。そんな二人のやり取りを黙って見ていなければならないのだから。
咎めようにも、ルルーナはグラムやウィル、それにジュードがいる前では本性をあまり見せない。あくまでもマナ一人の時にしか素の姿を出さないのだ。
マナが嘘を言うような性格ではないことをウィルもグラムも理解している、だがどう対応すればよいのかどちらも分からずにいた。
マナは作業場の椅子に腰をかけ、手に持つ水晶を握り締めながら込み上げる怒りのまま、片手に魔力を込めていく。
「ほらほら、そんなに握り締めたら水晶が壊れ――」
「……ごめん、もう壊れた」
ウィルの制止はやや遅かったらしい。彼が声を掛けるのとほぼ同時に、マナの手の中からは水晶の砕ける音が聞こえた。
それを確認すると、マナは申し訳なさそうに眉尻を下げて握り締めていた手を静かに開く。そこには無残にも砕けた水晶のかけらがあった。
「疲れてるんだよ、今日はこのくらいにして休んどけ」
「……うん」
彼らが造っている武具は変わったものばかりだ。
例えばジュードが持っている短剣も、彼らによって生み出されたものの一つである。
ジュードたちはまだ年若い、鍛冶屋としての腕はまだまだ未熟だ。しかし、ケガをしたグラムの跡を継ぐには何かしら特別な技術を身につける必要があった。それが、あの短剣を生み出したのだ。
ジュードが持っている短剣は、氷の魔力を秘めた所謂『魔法武器』である。
氷の魔力を込めた蒼水晶を、魔力を具現化する古代文字を彫り込んだ台座に填め込み、それを武器に装着する。そうすることで氷の力を持つ魔法武器が出来上がるのだ。それゆえに通常の魔法のように詠唱の時間を必要としない。
マナは水晶に魔力を込める仕事を担当し、ウィルは持ち前の知識の豊富さから彫り込む古代文字の指示をしている。そしてジュードは手先の器用さを活かし、ウィルの指示通りに台座に文字を彫り込むのが役目だ。こうして三人の力でなんとか成り立っていた。
まだ世にはあまり出回っていないが、彼らが純粋に鍛冶屋としての腕を上げれば瞬く間に世界中に広まっていく技術だろう。
手の中で砕けた水晶を傍らの作業台の上に転がして、マナは深い溜息を洩らす。ここ最近は仕事に全く身が入っていない――彼女自身、それを痛感していた。
マナはもう随分と昔からジュードに対して淡い恋心を抱いている。だが、最近はその彼をルルーナに取られてしまうのではないか、と不安に駆られているのだ。
ウィルはそんなマナを心配そうに見つめていたが、そこへ――ウィルの心配を更に煽る要因が顔を出した。
「ああぁ、疲れたあぁ……」
ジュードだ、その言葉通り疲れ果てたようにぐったりとしている。
無理もない。オーガに襲われていたところを助けたためか、彼はルルーナに大層気に入られたようで、朝から晩までいつも彼女に絡まれているのだ。
もちろん、ただ絡んでくるだけであればジュードとてこうまで疲れたりはしない。問題はルルーナの絡み方だ。
彼女は必要以上に身を寄せたり、時には抱き着いてきたりと過剰な接触が多いのだ。それはジュードに対してのみ行われることで、ウィルは彼女にそのような絡まれ方をした覚えはない。
ジュードは女性とのそのような接触を善しとはしていない。それゆえに、彼が覚える疲労感は非常に色濃いのだ。
「あら、モテモテのジュードさんじゃありませんか」
「茶化すなよマナ」
「(茶化してない、ちっとも茶化してないんだよジュード)」
マナは作業場に倒れ込むような形で入ってきたジュードを目で殺す勢いで睨みつけ、ジュードはそんな彼女にやや不貞腐れたような返答を向ける。ウィルは言葉にこそ出さないが、心の中でジュードにツッコミを入れた。
ルルーナに絡まれることをジュードとて喜んでいる訳ではない。むしろ困惑し、迷惑しているほどだ。
しかし、マナは彼の心情などお構いなしに、最近はいつにも増して彼につらく当たることばかり。マナ自身もままならない己の心に戸惑いを覚えてはいるのだが、頭で理解はしていても頭と心は一体ではない。自身の気持ちのコントロールができずにいるのである。
ルルーナはよくよく確認などしなくとも一目で分かるほどの美女だ。女性にしては背も高く、豊満なバストは男を誘惑するには充分すぎるほどだろう。誰もが認めるほどの美貌と、出るところは出て締まるところは締まった見事なプロポーションの持ち主なのだ。
そのためマナが不安に駆られるのも必然と言えた。
「それで、どうしたんだジュード。逃げてきたのか?」
「あ、ああ、それもあるんだけど……ポストに手紙が入ってたんだ。仕事の注文かなと思ってみんなで見ようかと……」
「へぇ……ん、待てよ、この紋章……」
ジュードが片手に持っていた手紙を軽く揺らしてみせると、ウィルはその傍らに寄りその手紙を受け取った。
しかし、封の成されたその紋章を見て形のよいウィルの眉が寄る。彼は様々な知識を有した秀才だ、該当する己の記憶を掘り返しながら思案するように、逆手で緩く拳を作り顎に添えた。
「これ、火の国王家の紋章だぞ。王族からの手紙か……?」
「王族からの?」
ウィルのその言葉にそれまで不貞腐れていたマナも驚いたように双眸を丸くさせ、座していた椅子を立ちそちらに駆け寄った。
そしてウィルを真ん中に挟み、右からはジュードが、左からはマナがその手紙を覗く。
「――親愛なるグラム・アルフィア。今一度、貴殿の助力を願う……アメリア……」
とてもシンプルなその一文を読み上げて、三人は不思議そうに首を傾げて顔を見合わせた。