番外編・今年もよろしく
晴日涼様からモチ男の可愛いイラストをいただきました!
後書き部分に掲載させて頂きましたので、是非ともご覧くださいませ!
「ジュード、ジュード。何やってるの?」
王都ガルディオンの昼下がり。
昼休みに向けて屋敷の厨房で鍋を引っ掻き回していたジュードの元へ、カミラが顔を出した。昼食の為に、神殿から帰ってきたものだと思われる。
普段は台所にはマナがいて、彼女が調理を担当することがほとんどだ。だが、今日はジュードが立っている。カミラからしてみれば珍しいこと。
ジュードはカミラの声にそちらを振り返ると、表情に穏やかな笑みを滲ませた。彼が混ぜる鍋からはほんのりと白い湯気が立ち、なんとも空腹を刺激する香りが漂う。
「あ、カミラさん、おかえり。昼食作ってるんだよ」
「ジュードが?」
「うん、マナは鉱石に魔法を込めるのに忙しくて」
ジュード達は毎日、ほとんど休みなく鍛冶屋の仕事をしている。
王都ガルディオンの鍛冶屋達と協力しながら剣や槍などの様々な武器と、魔物の攻撃から身を守る防具を。
今現在は必要な予定数仕上がっているが、特殊な効果を付与させる鉱石が足りていないのだった。だからこそ、鉱石に魔力を込める役割を担うマナが大忙しなのである。
そんな彼女に食事の支度まで押し付けられないと、魔法に関することでは全く役に立てないジュードがこうして食事を作っているのだ。
カミラはジュードの傍らに並ぶと、期待に満ちた眼差しで鍋を見つめる。自給自足の生活を送るヴェリア大陸からやってきた彼女は、食べることが大好きだ。多少味がおかしくても、それはそれは美味しそうに平らげる。
しかし、これまで見たこともない料理に対し、彼女は軽く小首を傾かせた。
鍋の中はやや薄い琥珀色の液体が注がれている。調味料の所為でその色は幾分濁っているが、中には色々な具材が見え隠れしていた。
しっとりとした緑色の葉野菜、白っぽい肉、そしてのっぺりとした正体不明な何か。――尤も、これは単にカミラ目線である。なんてことはない、小松菜に鶏肉、そしてただの蒲鉾が煮込まれていると言うだけだ。
疑問符を滲ませながら鍋を覗き込むカミラの表情は、お玉で更に中身が掻き混ぜられた時に一際輝いた。
「ジュード! 今の、今の可愛い!」
「え、どれ?」
「赤いの!」
何か可愛いものが入っていただろうかと、ジュードは一抹の不安を覚えながら改めて鍋を軽く掻き混ぜる。自分でも気付かない内に、何か妙なものを入れてしまったか、そんな心配。だが、取り立てて騒がれるような食材を入れた覚えは彼にはなかった。
そして程なくして、その正体が知れる。――それは、花びらの形にくり抜かれた人参だった。
お玉で掬い上げると、カミラは瑠璃色の双眸を輝かせて人参を見つめる。
「うわあぁ、すごい! これ、どうやって切ったの?」
「ああ、これだよ。マナってお菓子とかもたまに作るから、この……クッキーの型で」
ジュードはお玉を持つ手はそのままに、逆手で近くの引き出しを開けた。そこには様々な調理道具が並んでいる。
その中からクッキーの型を一つ取り出すと、それをカミラに差し出した。型は他にも星型やハート型、動物の形など多くの種類がある。
カミラは差し出された型を受け取ると、目を輝かせたまま見つめていた。
「(人参の形一つでこんなに感動出来るなんて、カミラさんって本当に世間知らずなんだなぁ……)」
ジュードから見れば、非常に愛らしい。彼らにとっては『当たり前』となっていることも、カミラにしてみれば違うのだ。
彼女と行動を共にするようになってある程度の時間も経ったが、その新鮮な反応は今でもジュードを和ませてくれる。
思わず表情を和らげてカミラを観察するが、その刹那。
「……キャ――――――ッ!!」
不意に、そのカミラがいつものように甲高くけたたましい悲鳴を上げたのだ。
ジュードは思わず肩を跳ねさせて、そんな彼女の様子を窺う。一体何が彼女に悲鳴を上げさせたのか、全く理解出来なかったのだ。
しかし、鍋を覗き込むカミラは涙目だ。顔面など今にも倒れてしまうのではないかと思うほど、蒼白である。あわあわと落ち着きなく慌てた様子で「どうしよう、ひどい」と繰り返している。
「カ、カミラさん、どうしたの?」
「ジュード、ライオット食べちゃダメ!」
「……え?」
今にも泣き出しそうな様子でカミラが訴え掛けてきた言葉に、ジュードは目が点になる。
なぜ、ここでライオットの話が出てくるのだろうか。まさか肩に乗っているのに気付かないで、鍋に落ちてしまったのか。――いや、そんな筈はない。ライオットは今日はジュードの邪魔にならないように、外でちびと遊んでくると言っていたのだから。大体、鍋にダイブしていれば「熱いにー!」などと騒いでいる筈だ、気付かない訳がない。
ジュードがそう思いながら鍋を見下ろすと、そこにはもっちりとする餅が浮かんでいた。
「カミラさん落ち着いて、これただの餅だよ」
「……モチ?」
「そう。これ、お雑煮って言うんだ。年明けに食べるものだよ」
ジュードが今現在作っているのは、雑煮だ。
先日、めでたく新年を迎えることになったのだが、彼らは慌しさに追われて満足に年の終わりと始まりを祝えなかった。
しかし、そこはやはり食べ盛り。気分だけでもと思って作り始めたのである。――ただ雑煮が食べたかっただけ、とも言えるのが悲しい。
カミラは聞き慣れない単語に双眸を丸くさせ、やはり辿々しく復唱した。
「お、ぞう……に?」
「(あ、これは知らない発音だ)」
「お象煮……」
「今確実に違うもの想像したよね」
カミラの頭の中には、動物の象が鍋に煮込まれていると言う異様な光景が広がっていた。そんな巨大な鍋はないし、第一この鍋の何処に象らしき物体が入っていると言うのか。
ジュードは思わず苦笑いを滲ませながらお玉を鍋の中に戻すと、改めて彼女へと向き直る。
「お雑煮って言うのはね、一年の最初に食べるものなんだ。一年の繁栄や豊作を願ってさ」
「……そうなの?」
「うん、年の終わりには神さまに捧げるって意味で餅を飾るんだよ。それで、年明けにその餅を使ってお雑煮を作る」
「それをみんなで食べるの?」
「そうだよ、そうすることで神さまからの恵みや加護を受けられる、って考えられてるんだ。……父さんから聞いた話なんだけどね」
ジュードの父グラムは、鍛冶屋として生活していた頃は世界各地を旅して回っていた男である。だからこそ、世界の様々な料理を知っているし、多くの言い伝えなども知っているのだ。
まだジュード達が幼い頃も、毎年一年の始まりには雑煮を作り、喜ばせてくれた。本来、雑煮と言うものは地の国グランヴェルの遥か東方に位置する地方でしか食べられていない。風の国ミストラルには存在しない料理であった。無論、水の国や火の国とて同じだろう。カミラの様子からして世界中央のヴェリア大陸でも、雑煮と言うものは知られていないらしい。
「ライオットじゃないの?」
「うん、違うよ、ただの餅。ライオットなら外でちびと遊んでくるってさ」
ジュードが肯定を返すと、ようやくカミラの表情には安堵が滲む。それと同時に柔らかく微笑むのを見て、自然とジュード自身も表情を和らげた。
「お雑煮……」と恍惚した様子で改めて鍋を見つめる様子から、再び食欲に火が点いたらしい。なんとも幸せそうだ。
「もうちょっと待っててね、もうすぐ出来るから」
「うん。わたし、食堂にみんなの分の食器持っていくね」
「ありがとう」とジュードから言葉が返ると、カミラは表情を綻ばせて幸せそうに笑った。そして彼の姿を見つめながら、食器を戸棚から取り出していく。
「(えへへ、ジュードの手作り……)」
彼女が嬉しそうな理由。
それはもちろん、美味しそうな料理が食べれる以外に――ジュードが作ってくれる、と言うことだ。
食べることが好きな彼女にとって、好きな人の手料理ほど嬉しいものもないのである。
* * *
「いただきまーす!」
昼食の時間には、既にいつものメンバーが食堂に揃っていた。
マナやウィルはもちろん、ルルーナにリンファ。隣の屋敷からはメンフィスが招かれ、ちょうど甘味菓子を差し入れに来たクリフも、巻き添えの如く同席している。
カミラは自分の前に置かれた椀を幸せそうに見つめ、ジュードは床に座り込みながら傍らで尾を揺らすちびの口元へ、やや大きめの皿に入れた雑煮を運んでいた。それを見て、ウィルが呆れたように双眸を細めて彼らを見遣る。
「……お前、ちびにも雑煮食わせるのかよ」
「いいじゃないか、ちびだけ除け者にしたら可哀想だろ」
「そうだけど、舌とか火傷させたり、餅詰まらせたりするなよ」
ある程度は予想出来た返答に、ウィルは思わず眉尻を下げた。ちびも嬉しそうだ、これはこれで良いのだろう。
ルルーナは椀を片手に持ち、そっと口を付ける。湯気の立つ汁を一口喉に通し、堪能するように目を伏せて何度か小さく頷いてみせた。
「……うん。少し味が薄い気はするけど、悪くないわね」
「あんた、自分じゃ作らないクセに……人の料理によく文句言えるわね」
「きっとちょうど良い味付けなんでしょうけど、味の濃~いマナの料理に舌が慣れちゃったんだわ。ごめんなさいジュード」
「あんたねえぇ!」
これも、いつも通りの光景である。今となっては日常茶飯事、マナもルルーナも当初とは異なり、互いに文句は言いながらもあまり嫌そうではない。寧ろ、何処か楽しそうにも見える。
リンファはそっと具材を箸で掴み、口元に運ぶ。数度味わうように堪能して、そっと僅かにも表情に笑みを滲ませた。
「……おいしい。お雑煮など、本当に久し振りです。ありがとうございます、ジュード様」
「……そうか、お前さんは地の国の出身だったな」
「はい。父も母も東方の出身で、幼い頃は母の作ったお雑煮を毎年食べていました。とても……懐かしいです」
「そうか、……そうだな」
メンフィスはそんな彼女を横目に見遣り、小さく頷く。彼は雑煮を口にすること自体、今回が初めてである。
しかし、リンファが思い出しているだろう家族との思い出を考えれば他人事とも言えない。メンフィスにもいたのだ、一年の終わりと始まりを共に迎える大切な家族が。そんな家族を亡くした身として、メンフィスには多少なりとも彼女の気持ちが理解出来た。
カミラは両手で大切そうに椀を持ち、汁を喉に通していく。口内に広がる醤油ベースのあっさりした味に、表情と双眸を改めて輝かせた。頬にはほんのりと朱が募る。
「おいしい!」
「お嬢ちゃん、幸せそうだなあ。まあ、確かに美味いけど」
「はい! こんなにおいしいものを食べられて、本当に幸せです!」
「お嬢ちゃん、ヨダレ。垂れてる垂れてる」
その表情は本当に嬉しそうに輝いている。改めて感想など聞かなくとも理解出来るほどに。
その口元に垂れる涎に気付くと、クリフは思わず苦笑いを滲ませて上着からハンカチを取り出した。見た目を派手に裏切り、清楚さが全くない。口には出さないがそう思う。
差し出されたハンカチを受け取り、カミラは慌てて口元を拭った。
一方でジュードの隣に座り込み、自分用に出された椀を見下ろして、ライオットはもっちりとした身を小刻みに震わせて戦慄く。
「どうしたんだ、モチ男」
「ライオットだに! みんな……コレ、食べるに?」
「なによ、ご主人様の手料理が食べれないっての?」
「そ、そうじゃないに!」
ウィルがそんなライオットに気付き不思議そうに声を掛けると、脅しでも掛けるかのようにルルーナが追撃を掛ける。ライオットはスプーンで中をゆっくり掻き混ぜると、中から出てきた粘着性のある白い物体に対し、小さく鳴く。
「食べると痛そうだに……」
「自分がモチっぽいって認めてんじゃねーか」
「違うに! けど、なんだか親近感が湧くにー……」
「いっそ、コイツを鏡餅で飾れば良かったな」
普段から瞳孔が開いているようにしか見えない目を涙で潤ませながら、短い片手を口元に添える。そんなライオットを眺めて、ウィルは呆れたように溜息を洩らした。
ちびは暫しライオットの姿を見つめていたが、程なくして口の端から涎を滴らせ始める。尾は千切れんばかりに振られていて、目は輝いているように見えた。そしてジュードの頭には一言、「美味しそう」と言うちびの声が響く。
「……ちび、食べるな、食べたら駄目だからな」
「きゅううぅん!」
「あ……」
相棒の制止よりも、食欲が勝ったらしい。ちびは大口を開けて、ライオットへ齧り付いた。
「にー! ま、真っ暗だに! なにするにー!?」
「甘噛みするだけ、だって」
「あ、甘噛みのレベルじゃないに! やめるにー!」
一口に喰われてしまったライオットは、ちびの口の中でジタバタと暴れている。そんな光景に思わずクリフは笑い出し、それにつられて仲間達も笑い声を洩らした。
なんとも和やかな雰囲気である。――ライオットは除くが。
ジュードはそんな彼らを見て、一つ言葉を向けた。
「――色々あったけど、また今年も宜しく」
その言葉に対し、仲間の視線は一斉に彼へと集まり――そして返事をするように笑顔を以て返す。
「ほら、ちび。そろそろ出してやれって」
「きゅうぅん」
「ひどいに、ひどいにー!」
「ああ、よしよし……」
ちびの唾液でねっとりと濡れそぼった身で、いつものようにめそめそと泣き始めるライオットを見下ろし、ジュードは思わず苦笑いを滲ませた。
また今年も、新しい一年の始まりである。