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過去話・ジュード編・4


 翌朝、ジュードは目を覚ました。

 微かに聞こえてくる小鳥の(さえず)りが耳に心地好い。

 ジュードは視界に映る天井を、暫しぼんやりと見つめていた。

 焦点の定まらない瞳ながら何度か瞬きを繰り返し、程なくして片手を上げて眠たそうに目元を擦る。


「……?」


 覚えのない場所だ。

 そう認識すると、ジュードは不意に不安に襲われる。数日前に森の中で目を覚ました時も、同じような状況であった。

 気が付けば覚えのない場所にいて、周りには誰もいない。そんな状況。

 慌てたように寝台から身を起こすと、ふと軽い眩暈に襲われる。熱は抜けたが、それでも身体は熱の後遺症でもう少し休みたいと言っているようだ。

 しかし、今のジュードはゆっくり休んでいられるような心情ではない。


「――おじさ……っ、パパ、パパ……!?」


 ジュードは自分に掛けられていた上掛けを胸の辺りで握り締め、涙腺が緩むのを感じた。

 自分は見捨てられたのではないか、そんな不安が襲っていたのである。


「わうっ!」

「――あ、ちび!」


 だが、ふと横から聞こえた鳴き声に意識は強制的に引き戻される。

 見てみれば子ウルフ――ちびが、寝台に前脚を乗せ、嬉しそうに尾を揺らしていたのだ。開かれた口からは舌が覗き、ハッハッとやや興奮気味に息を洩らす。

 ちびは、眠るジュードの傍らで丸くなり、ずっと付いていてくれたのである。

 ジュードはちびを抱き上げると、寝台の上に乗せて両頬を手の平で包み込み、労わるように撫で回す。


「ちび……ありがとう」

「わうっ、わうわうっ! ぎゃふふっ」


 すると、ちびは甘えるように鼻先をジュードの肩に添えて身を寄せた。尾は未だ嬉しそうに左右に振られたままだ。

 そんな戯れの中、ふと部屋の扉が開かれた。


「おや、目が覚めたかな?」

「……?」


 ジュードは聞き慣れない声に、ちびを抱き締めたままそちらに視線を投じる。

 すると、そこには教会の神父が立っていた。グラムに連れられて教会へ来た時に見た姿だ。

 神父は寝台の上に座り込むジュードの元に足を向けると、片手を彼の額に添える。手の平から伝わる体温は既に平温に戻っていた。昨日のような高熱はない。


「……うん、大丈夫そうだな。どこか苦しいところはないかい?」

「は、はい」


 返る返事に、神父は一つ安堵を洩らす。

 そして、彼の腕の中にいる子ウルフに視線を向けた。


「(本当に、この少年に懐いているのか……)」


 その姿は、まだ子供であるとは言え間違いなくウルフだ。

 魔物が人に懐くなど、今までに例はない。何度見ても不思議な光景だと、神父は思った。

 そんな中、ふと視界の片隅には不安そうに辺りを見回すジュードの姿が映る。まるで何かを探すような、そんな動作だ。


「……ああ、グラムさんかい?」

「う……」

「大丈夫、すぐ戻るよ。まだ目を覚まさないと思ったんだろう、一度自宅に戻ると言っていた」


 神父のその言葉に、ジュードはそこでようやく安堵を洩らした。

 そんな様子を見て神父も思わず表情を緩める。


「そうだ、坊や。勇者様のお話は知っているかな?」

「ゆうしゃさま?」

「そう、ずっと昔にこの世界を救った勇者様がいるんだ。その人のお話だよ」


 ジュードは不思議そうに神父を見つめて、ゆるゆると小さく頭を左右に揺らす。

 その反応に、表情にこそ出さないが神父は胸が――心が重くなるような錯覚を覚えた。

 世界を救った勇者の話と言えば有名だ。この世に生きる者ならば、知っていて当然の話なのである。だが、ジュードはそれを知らないと言う。

 記憶がないのか、それとも親から聞かされなかったのか。聞かされるほど可愛がられていなかったのか。可能性は様々に考えられた。

 そこで神父はにっこり優しげに笑うと、寝台近くに置いてある簡素な椅子に腰を落ち着かせる。


「では、おじさんが坊やに聞かせてあげよう」

「ほんと?」

「ああ、本当だよ。グラムさんが戻るまで、もう少し時間もあるだろうからね」


 神父の提案に、ジュードは花が綻ぶように――それはそれは嬉しそうに笑った。こうして見ると、魔物と心を通わせる以外は普通の子供だ。何処にもおかしな部分は見受けられない。

 神父はそっとジュードの肩を押すと、その身を改めて寝台に寝かせた。


「どれ、まだ横になっているといい。昨日はすごい熱があったんだよ」

「……そうなの?」

「ああ、ゆっくりしているといい」


 ジュードは不思議そうにしていたが、抗うようなことはなかった。ちびを腹の上に乗せて神父を見つめ、大人しく頷く。子ウルフを乗せて重くはないのかとツッコミを入れたかったのだが、なんとなくそのままにしておいた。なぜなら、ちびも腹這いになって幸せそうに尾を揺らしていたからだ。

 そんなちびの頭を、ジュードはそっと手の平で撫で付ける。


「この世界にはね、嘗て魔族が現れたことがあるんだよ。もう千年以上も前のことなんだがね」

「まぞく?」

「うん。闇に属する――そうだな、簡単に言うととても怖い生き物だよ。その魔族が現れて、人間達をたくさん殺したんだ」

「……うん」


 ジュードは、神父の口から語られる言葉に表情を曇らせる。その状況を漠然としたものながら想像しているのだろう。泣き出しそうにも見えた。


「だが、そんな人間達を見て、この世界の創造主……竜の神様は涙をお流しになられた。その涙は光の剣となり、剣の誕生と共に一人の若者が現れたんだ」

「それが、ゆうしゃさま?」

「そうだよ、坊やは賢いね。若者は剣を手に取り、魔族を次々と倒していった。その旅の道中で一人の娘に出逢い、二人は手を取り合って魔族と戦い続けたんだ」


 先程まで、ジュードの表情は泣きそうなものであった。

 だが、話が進むにつれてその表情は輝きを増し、神父の語る話に聞き入るように何度も何度も頷く。

 正直、子供達は大体が親から勇者の話は聞かされている。だからこそ、今更神父が聞かせたところで真面目に聞いてくれるような子供はいない。喜ぶどころか茶化すことがほとんどだ。それ故にジュードの興味津々なその様子は、神父を純粋に喜ばせてくれた。


「長い戦いの末、若者と娘は魔族の王であるサタンを倒し、世界を守ることに成功したんだ。若者は勇者と呼ばれ、人々に平和を齎し……世界中央の大陸に国を築いたんだよ」

「……国?」

「そう、ヴェリア王国と言うんだ。今も勇者の子孫がヴェリア王国には存在しているんだよ」

「ゆうしゃさまの、こども?」

「うん、そうだよ」


 正式には勇者そのものの子供ではないが、まだ幼い子供であるジュードに言って伝わるとは思わなかった。だから神父はにこやかに笑い、そう肯定する。

 するとジュードは、「すごいね」と言って笑った。


 ――――そこへ。


「……ジュード、気が付いたのか!?」


 グラムが戻ってきたのだ。

 部屋の扉を開き、神父と楽しそうに談笑するジュードの姿を見て、グラムは慌てて室内に駆け込んだ。そんなグラムの姿にジュードは半ば反射的に起き上がると、嬉しそうに表情を笑みに破顔させる。

 グラムは寝台の傍らに駆け寄るなり抱えていた荷を傍らに置き、両腕を伸ばしてジュードの身を抱き締めた。


「おお、ジュード……! よかった、本当によかった……大丈夫か? もうどこも苦しくはないか?」

「う、うん」

「そうかそうか、ああ……よかった……薬など、要らんかったようだな」


 腹の底から、グラムは盛大な安堵の息を洩らす。余程心配だったようだ。

 薬? とジュードは不思議そうに小首を捻り、グラムが置いた荷に視線を向ける。

 その視線に気付いたグラムは傍らに置いた荷を手に取り、片手で自らの後頭部を掻きながら中から小さな瓶を取り出した。


「あ、ああ。家の近くには色々な薬草が生えていてな、解熱作用の効果がある薬草を採って、薬を作ったんだが……」


 要らなかったな、とグラムは呟いて照れくさそうに笑ってみせる。見れば彼の姿はなんともボロボロだ。衣服など昨日のままであるし、所々木の枝に引っ掛けたのか裾が破れている部分もあれば、髪もボサボサになっていた。普段は後ろに流すことでオールバックタイプの髪型で纏めているが、前髪は垂れているし、毛先などあちらこちらに飛んで跳ねているほど。

 恐らくジュードの熱を下げる為に、徹夜で薬草探しでもしていたのだろう。

 更に、グラムは荷の中から一着の衣服を取り出した。大人が着るには随分と小さい。見るからに子供用だ。


「それとな、その……服を、作ってみたんだ。サイズが合うか分からんのだが、そのままでは……ボロボロだろう」


 どうやらこの男、徹夜で服まで作っていたらしい。なんとも器用なことである。

 二人のやり取りを静観していた神父は思わず苦笑いを浮かべた。

 これまでの、凛としたグラム・アルフィアは一体何処へ行ってしまったのか。彼に憧れる者は多い。そんな者達が今のグラムを見たら、なんと思うだろう。

 しかし、今のグラムの方が雰囲気が柔らかく、取っ付き易さはある。


「服? 僕に?」

「あ、ああ」


 ジュードが今現在身に着けているのは、拾われた時から変わらずズタボロの白い衣服だ。チュニック型なのか、はたまた破れてしまったのかは分からないが、裾はやや長め。だが、肩部分や袖など大きく破れていて、見るからにボロボロである。

 これまで子供と向き合ってこなかった為か、グラムの言葉は妙に辿々しい。頬など、ほんのりと赤みが差している。見るからに照れくさそうだ。だが、気に入ってもらえるかどうか、そんな不安も見え隠れする。

 ジュードはグラムが取り出した衣服を見て、目を丸くさせた。


「まっさお」

「う、うむ。正確には藍色と言うんだよ」

「あいいろ」


 グラムの言葉にジュードは何度か瞬きを繰り返す。言葉を頭に記憶させるように復唱して、そっと衣服に片手を触れさせた。

 ちびはジュードの膝の上で、彼ら二人のやり取りを交互に眺めている。

 衣服を両手で引っ張り、広げてみた。今現在着ているものと、丈はあまり変わらない。違うのは半袖であると言うことのみと言えた。服の作りはほとんど同じだ。

 親の思い入れがあった場合などを考えてのことだ。全く異なるタイプの服を着せることに、グラムは純粋な抵抗があった。

 しかし、色だけは全く違う。


「ジュード、藍色はな、特別な色なんだよ」

「とくべつ?」

「うむ、ラピスラズリと言う神の聖石があるんだが、その色が藍色なんだよ。だから、藍色は神に特に愛される色だと言われている」


 幼いジュードには、聊か難しい話である。

 不思議そうに瞬き、ゆるりと小首を傾かせた。どうやらグラムの言いたいことはあまり伝わっていないらしい。


「その……神の愛がお前を守ってくれるように、とな。いや、お前のことはちゃんとワシが守るが、……ううん、上手く言えんな……」

「――パパ!」


 困ったようにグラムが改めて後頭部を掻き視線を下げたところで、不意にジュードが声を上げてそんなグラムの胴部分へ飛び付いた。どの言葉に反応したのかは分からないが、取り敢えずは喜んでくれたらしい。その表情は幸せそうに破顔している。

 グラムはジュードの身を抱き留めると、こちらも照れたように――然し、嬉しそうに表情を和らげた。



 * * *



「ジュードは昔、ワシのことをパパと呼んでいてな」

「へえぇ、それは初耳」

「あたしも」

「あ゛ああああああぁ!!」


 水の国から戻り、火の国に戻る前にと寄ったジュード達の家。つまりグラムが待つ家だ。

 マナが作った手料理を楽しむ中、なぜか昔話に花が咲いていた。

 グラムが語る言葉に、ウィルとマナはニヤニヤと笑いながらジュードを横目に見遣る。当のジュードは、昔の己の恥ずかしい――あまり知られたくない過去を暴露されて沸騰寸前だ。顔など可哀想なくらいに赤い。

 表情を引き攣らせ悲鳴に近い声を上げながら、両手で自らの両側頭部を乱雑に掻き乱す。

 そんなジュードを後目に、マナはテーブルに片腕を預けて頬杖をついた。


「昔のジュードって可愛かったもんねぇ」

「マ……マナも、な」

「ん?」


 マナが洩らした呟きに、一言声を掛けるのは当然ウィルだ。不思議そうにマナが瞬くと、ウィルはすぐに慌てたように「なんでもない」と取り繕った。それを見て、グラムは生暖かい視線をウィルに向ける。だが、特に何も言わなかった。


「そんなに可愛かったんだ」

「あんまり想像出来ないわね」

「も、もうダメ! この話は終わり! と、父さんもやめてよ!」


 今度はカミラとルルーナまで、興味津々とばかりに身を乗り出してくる。これ以上は生殺しだとばかりにジュードは両手を前に突き出して嫌々と頭を左右に振った。

 グラムはそんな愛息子の様子に緩く目を丸くさせるが、すぐに笑い出し、隣に座るジュードの後頭部に片手を回してやんわりと抱き寄せる。


「はははっ、今でもお前はワシの大事な息子だよ、ジュード」


 いつまでも変わらない父の温もりと優しさに、ジュードは思わず目を丸くさせた。共に告げられる言葉に、胸中には自然と暖かいものが湧く。

 だが、すぐに今現在の状況を思い出し、慌てたようにグラムの肩に両手を添えて緩く身を離した。その顔は嘗てのグラムと同じく、照れくさそうで――赤い。


「……や、やめてよ父さん。今度はファザコンって言われるじゃないか」


 嬉しいんだけど、そのままでいたいんだけど、それでも年頃の男だ。仲間の前ではやはり恥ずかしいらしい。

 だが、それを見ていたウィルとマナは口を揃えて言葉を向けた。


「今更だろ」

「手遅れよ」

「えっ……」


 それは思ってもいないツッコミであったらしく、ジュードはやや青褪めながらウィルとマナを振り返る。

 そんなやり取りを見て、グラムはやはり愉快そうに声を立てて笑った。



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