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過去話・ジュード編・3


「ちび、ちび!」

「わうっ!」


 翌日、グラムは子ウルフを保護したジュードを連れて麓の村へと戻ってきた。

 その道中、ジュードは自分の後ろをついて回る子ウルフを何度も振り返っては、名付けた名前を頻りに呼んで笑う。子ウルフ――ちびは、そんなジュードの呼び掛けに口を大きく開け、嬉しそうに舌を出して吠える。まるで返事でもするかのように。

 グラムが拾ってからと言うもの、ジュードは子供らしく笑うようなことがほとんどなかった。

 何も覚えておらず、自分が何者なのか、何処から来たのか、なぜ森にいたのか。更には親に捨てられた可能性もあるとなれば、幼い子供心にはかなりの打撃だっただろう。その傷が癒えたとは思わないが、ちびと言う存在を得たことで幾分か和らいでくれたように思えた。

 そして、ちび自身も。兄弟達や母親は傭兵によって殺され、独りぼっち。そんな自分を必死に守ろうとしてくれたジュードに確かな信頼を寄せているように、グラムの目には映った。

 今のちびは、魔物――ウルフと言うよりは、ただの犬のようにしか見えない。


 ジュードは自分の傍を離れないちびを振り返り、そして屈んでその身を両手で抱き上げる。

 きゃきゃきゃ、と子供らしい笑い声を上げて平原に寝転がるジュードは、本当に楽しそうだ。


「こらこら、ジュード。あまり寝転がるとばい菌が入るぞ」

「ばいきん?」

「傷口からな、悪いヤツが入り込んでジュードの身体に悪さをするんだよ」


 グラムがそう言うと、ジュードは慌てて起き上がる。そしてちびを抱きかかえたままグラムの元に歩み寄ったかと思えば、その足にぎゅ、としがみついた。嫌々、と頭を左右に振る姿に思わずグラムは声を立てて笑う。


「はっはっは、大丈夫だよ。村でちゃんと治療しような」

「治療したら、ばい菌こわくない?」

「ああ、怖くないとも。魔法ですぐに治る、大丈夫だ」


 そう伝えると、ジュードはグラムを見上げながら安堵を洩らして表情を和らげた。

 そんなジュードの身をグラムは片腕で抱き上げ、頭の中で言葉を選ぶような間を要してから口を開く。別に言い難いことではないのだが、グラムにとってはやや気恥ずかしい。


「……ジュード。寂しかったら、ワシをパパと呼んでも構わんからな」

「ぱぱ?」

「うむ、その……今はワシがジュードの父親代わりだ。寂しければ……な」


 言いながら、グラムは多少言葉に詰まる。自分は一体何を言っているのだと、頭の片隅で後悔さえしていた。

 子供など苦手で嫌いであった筈なのに、なぜこうまで思うのか。疑問さえ浮かんでいる。

 嫌がられるのではないか。らしくもなくそう思いながらジュードの様子を窺ってみると、当のジュードは翡翠色の双眸を丸くさせた後に軽く視線を下げ「パパ、パパ」と確認するように小さく呟いている。

 やがて顔を上げると、嬉しそうにほんのりと頬を朱に染めてグラムに抱きついた。


「パパ!」

「…………」


 親に捨てられたかもしれない。

 その可能性が濃厚なジュードにとって、それはやはり嬉しいものだったのだろう。

 グラムはと言えば、自分に抱きつくジュードを横目に見遣り、なんとも言えない様子で目を細めて黙り込む。ジュードが抱きかかえたままのちびのふわふわの毛が、頬や首に当たって擽ったい。

 むぐ、とグラムは言葉に詰まり、そして目を伏せた。


「(……むう……今ならメンフィスのヤツの気持ちが分かるな……)」


 グラムの親友兼悪友であるアイザック・メンフィスは、いつからかグラムに逢うと子供の自慢ばかりであった。親馬鹿としか言えないほどに。

 あの子は優秀だ、頭がいい、運動神経も良く、将来は自分のように立派な騎士になりたいと言っている、など――それはそれは、厳つい風貌を裏切り幸せそうな表情で子供のことを語るのだ。

 子供嫌いのグラムにはどうにも分からない感覚ではあったが、こうして実際に子供と触れ合ってみると親友の気持ちが分かる。グラムはそう感じていた。

 純粋に慕われている、頼られていると言う今の状況の所為かもしれない。妙な庇護欲を刺激されるのである。


「パパ」

「……うん」


 そう呼ばれる度に、グラムは擽ったい妙な感覚を覚えた。決して不快ではない、気恥ずかしいような感覚だ。

 純粋な、照れである。



 村に着くと、グラムはジュードを連れて教会に足を運んだ。

 久方振りに教会を訪れたグラムを見るなり、神父は表情を和らげて足早に歩み寄ってくる。だが、その腕に抱く見慣れぬ子供を認めて不思議そうに双眸を瞬かせた。

 更に、その見慣れぬ子供が子ウルフを抱えているものだから、僅かな警戒さえ抱いて。


「神父さん、この子の治療を頼みたいんだ」

「あ、ああ、構わないが……その子は?」

「近くの森で拾ったんだ。少し変わった子でな、ワシが面倒を見ることになった」


 その言葉に、神父は当然驚いた。

 彼はグラムが子供嫌いであることを知っている――と言うか、麓の村に住む者ならば恐らくは誰もが知っていることだ。

 そんなグラムが拾い子を育てると言う。一体何があったのか、何を血迷ったのか。神父は純粋に気になった。


「シスター、治療を頼む」

「あ、はい! すぐまいります!」


 詳しい話を聞こうと、神父は奥にいるシスターを呼びつけた。

 すると、教会の奥から若いシスターが慌てて駆け付け、朗らかに微笑みながらグラムに一礼する。それを見てグラムはつられたように表情を和らげて、片腕に抱き上げたままのジュードの身を降ろした。


「この子なんだ、片手に少し怪我をしてしまってな。応急処置は済ませたんだが、化膿でもするといけない」

「はい、かしこまりました。では坊や、奥で治療しましょうね」


 シスターはグラムの説明に小さく頷くと、両膝に手を添え軽く身を屈ませてジュードの顔を覗き込む。行きましょう、と微笑みながら声を掛ければ、ジュードは表情を笑みに破顔させて先導する彼女の後に続いた。両腕でちびを抱きかかえながら。

 神父はそんな姿を見送ると、暫し黙り込んでからグラムに向き直る。


「……あれは?」

「親を失ったウルフの子供だ。あの子は、ジュードは……魔物と心を通わせるらしい」

「……そうか、だからですかな」


 グラムの言葉に、神父は思わず目を見張る。そして小さく悩むように唸り声を洩らすと、軽く眉尻を下げて苦笑いを滲ませた。


「……魔物と心を通わせるなど普通ではない。更に身寄りがないとなれば、どのような目に遭わされるか分かりませんからな」

「ふふ、純粋な興味でもあるんだよ。正体は不明だが、あの子は決して悪い子ではない」

「ははは、あの子供嫌いのグラム・アルフィアが随分と変わったものだ」

「子供は今でも嫌いだよ、ジュードは別だ」


 間髪入れずに返る返答に、神父は聊か呆れたような表情を滲ませた。自分の子供が一番可愛い。その原理だとは容易に理解は出来るのだが。

 神父や村の者がこれまで見てきた「グラム・アルフィア」と言うのは、凛としていて男らしい――そんな存在であった。仕事に対して恐ろしいほどに真面目で、責任感の塊のようなもの。

 そのグラムが、拾い子であるジュードのことで表情を綻ばせているのは衝撃だ。これまでの姿からはあまり考えられない。

 だが、なんとも幸せそうだ。神父は何も言わないことにした。


「(魔物と心を通わせる、か……一体どう言うことなのだろうな……)」


 神父とて、今までそんな話は聞いたことがない。

 一体あの少年はなんなのかと、そこまで考えた時。

 不意に、奥の部屋からシスターの悲鳴が聞こえてきたのだ。


「――キャアアアアァッ!!」


 それは、先程ジュードを連れて行ったシスターのものであった。

 神父とグラムは同時にそちらに視線を遣り、何があったのかと神父が考えるのと同時にグラムは既に駆け出していた。

 シスターが上げた悲鳴からして、何かがあったのは間違いない。一体どうしたのか、まさかあの子ウルフが突然牙を剥いたのか。

 そう広くもない教会の中、グラムは室内の確認もせずに奥の部屋へと駆け込んだ。


「シスター、何が……!?」

「グ、グラム様、坊やが!」

「……ジュード!!」


 部屋の中では、シスターが腰を抜かしたように床に座り込んで震えていた。

 そんな彼女はグラムを振り返ると、顔面蒼白と言った様子で口を開く。

 その言葉にグラムが室内に目を向けてみれば、ジュードが堅い床に仰向けで倒れ込んでいた。

 グラムは傍らに駆け寄り、その身を抱き起こすが――手の平から衣服越しに伝わる異常な体温に目を見開く。ジュードの身は発熱していたのだ。それも、その熱は驚くほど高い。


「ジュード、ジュード! どうした、しっかりしろ!」

「シスター、何があった!?」

「わ、わかりません、治療しようとしたら突然倒れてしまって……!」


 グラムが軽くその身を揺らしてみても、ジュードの双眸は伏せられたままであった。

 苦しそうに荒い呼吸を繰り返し、顔など高熱の所為で真っ赤だ。手に刻まれた傷もそのままで、治療は全く進んでいないものと思われる。先程までは元気だったと言うのに、突然高熱を出すのはおかしい。

 グラムはそんなジュードに寄り添い、きゅーんきゅーんと寂しそうに鳴くちびを一瞥する。ちびが暴れてジュードを襲ったと言うような様子は見受けられない。


「(ウルフが毒など持っているとは聞いたことがない、ならばなぜ……)」


 ウルフに咬み付かれたことで毒を受けたのかと思ったが、それならば昨夜の内に熱を出していてもおかしくはない。それにウルフは毒など持っていない筈である。

 先程平原に寝転がってはいたが、菌が入ったとしてもこれほどまでの高熱を出すのはおかしい。グラムには、全く理由が分からなかった。

 だが、取り敢えずジュードを安静にして休ませてやらなければならない。


「グラムさん、奥のベッドを使うといい」

「ああ、ありがとう」


 神父は部屋の奥にある寝台を指し示し、そこを使うように勧めてくれた。グラムはそんな彼に一言礼を向けると、抱き上げたジュードの身をそこに横たえる。

 あまりの高熱に、意識はないようだ。繰り返されるその荒い呼吸がなんとも痛々しい。

 グラムは苦しそうなジュードの様子を見つめて、複雑そうに表情を顰めていた。



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