過去話・ウィル編・1
その日は、よく晴れた日であった。
ウィルは馬車に乗り込み、待って待ってと必死に追いかけてくる少女に片手を伸ばす。すると少女は走ったことで上気した頬を幸せそうに、そして嬉しそうに緩めて満面の笑みを浮かべる。
伸ばされた手を両手で掴み、ウィルの助けを借りて馬車に乗り込んだ。
「おにいちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
少女の名はミリア。ミリア・ダイナーと言う。ウィルの四つ下の妹だ。
ウィルと同じく色素の薄い金に近い髪色をしており、真っ赤なリボンをカチューシャのように頭に巻いている。リボンの結び目は本来ならば項の辺りに来るものだが、頭の上で結ぶことにミリアは拘っていた。
聞けば「ウサギさんみたいでかわいいから」らしい。
服は母の手作りで、白いふわふわのチュニック一枚。それで服とスカートを兼任している。裾の辺りには赤い花の刺繍が施されている。胸の前には頭と同じように赤いリボンが結ばれていた。
このミリアは、いつも兄であるウィルの後をついて回っている。
ウィルが本を読んでいると膝の上に乗ってきて、遊んで遊んでとせがむ。
商品の陳列を手伝っていても、背中に乗ってきてせがむ。何かと甘えん坊であった。
そんな妹に対し、ウィルは怒ることはしない。可愛い可愛い大切な妹なのだ。
家族総出で様々な街に行き、商品を仕入れてくるダイナー一家は商人達の間では有名である。
口の上手い旦那と、物腰柔らかな妻。旦那――つまりウィルとミリアの父だが、彼は絶妙な交渉術で様々な商品を仕入れる天才であった。本来ならば高値で取引される商品も、彼に掛かれば半値――とまではいかずとも、随分と価格を下げて入手することが出来る。どうやっているのか、ウィルはまだ聞いたことも教えてもらったこともないが。
ウィルは馬車の扉を閉めると、窓から顔を出して馬の後ろ部分に乗る父と母に声を掛けた。
「父さん、母さん。出してもいいよ」
その声を聞いて、馬車は走り出した。
いつものように、他国へ向けて。
だが、いつものようにはいかなかった。馬車は、戻って来れなかったのである。
「坊や、大丈夫か?」
ウィルの頭上から、野太い声が聞こえる。
恐る恐る視線を向けた先には、銀髪の男が立っていた。
顔面蒼白になり、大きな紫紺色の双眸から涙を溢れさせるウィルは、状況の把握が出来ずにいた。――否、理解したくなかったのだ。
彼の目の前には、信じたくない光景が広がっているからである。
先程まで自分達が乗って走っていた馬車は平原に横倒しになり、馬は横に倒れ、首元から出血し既に動かなくなっていた。
その近くには見慣れた男女と、小さな少女の姿。男は頭がなく、女は片足と片腕がなかった。少女は――胴から下部分が失われている。
「あ…あ……」
「……坊や、見ない方がいい」
それは、つい数十分前までは談笑していた――ウィルの家族であった。
今より少し前。
休憩にと、家族は馬車を降りて火を熾していた。
ウィルは馬車の中に積んであった古い書物に夢中になり、一人で中に残って読み耽っていたのである。
その矢先だ。
馬車の外から、家族の悲鳴と魔物の唸り声が聞こえてきたのは。
慌てて飛び出した先では既に両親が絶命し、妹は通常より大きなオーガに追い詰められ――泣いていた。おにいちゃん、おにいちゃん、たすけて、と必死にウィルを呼びながら。
だが、救助は間に合わなかった。
オーガは無情にも、少女の小さな身を大きな片手の爪で切り裂いたのである。少女を可愛がっていたウィルの目の前で。
そして一撃の下に命を絶たれた少女の遺体を掴み、大きな口で下半身を喰い千切ったのだ。
「とうさ……かあ、さ……ミリア……っ!」
ウィルは、偶々だ。
偶々、書物に夢中になって馬車にいたから助かったのである。
そうでなければ家族共々、魔物の餌になっていた筈だ。
そして更に不幸中の幸いながら、その場に偶然ある男が駆け付けたお陰でもある。
家族の亡骸の下へ駆けていこうとするウィルの腕を掴み、男は制した。彼が持つ剣には、まだ真新しい――夥しいほどの魔物の血が付着していた。
残った一人、ウィルに照準を合わせた魔物達を、偶然駆け付けたこの男が蹴散らしてくれたのだ。
男の名は、グラム・アルフィア。
風の国ミストラルを拠点に世界を巡る鍛冶屋である。
ウィルは、魔物に殺されそうになったところをグラムに間一髪、助けられたのだ。
「父さん、母さん! ミリア! うわあああぁっ!!」
徐々に、ゆっくりと。
ウィルの頭が状況を理解していく。
惨殺された家族、最愛の妹。五体不満足になったそれぞれの遺体。父など顔さえ残されなかったのだ。丸ごと頭を、首を持っていかれた。
ウィルは天を仰ぎ、悲鳴に近い声を張り上げ――そして泣いた。まだ九歳と言う幼く小さな身には、抱え切れない絶望と悲しみであったのだ。
グラムはそんなウィルに静かに歩み寄ると、彼が泣き止むまで静かにその背中を撫でていた。
* * *
それから二日後。
ウィルは男に連れられて、山奥に向かっていた。他に身寄りらしい身寄りもないウィルを、暫くグラムが預かることにしたのだ。
魔物に荒らされた小さな村の中を通り、山を登っていく。程なくして見えてきた木造の家を見ても、家族の死で凍てついた彼の心は全く反応しない。ただ家がある、程度の認識しかなかった。
家に向かって歩いていくグラムの後に続き、ウィルもそちらに歩みを進める。
――と、グラムが玄関戸を開けるよりも先に中から勢い良く扉が開かれた。
「おじさま! おかえりなさいっ!」
家の中から飛び出してきたのは、太陽色の艶やかな髪を持つ少女だった。陽光に照らされて、彼女の髪は美しく光り輝く。頬は上気していて、やや興奮気味だ。グラムの帰りを待ちわびていた、そんな様子。
少女は桃色のワンピースに身を包み、肩ほどの長さまでしかないストレートの髪の上部分を高い位置で結っている。リボンは服と同じ色をしていた。朱色の双眸が、多少なりとも気が強そうな印象を与えてくる。
グラムは少女の出迎えに厳つい顔を破顔させると、自分の腰までもない小さな身を片腕で優しく抱き上げた。
「おお、ただいま、マナ。いい子にしてたかな?」
「うんっ! でもねぇ、ジュードはまたお留守番のお約束をやぶって森に行っちゃったの」
「やれやれ、またか。まったく、あいつは……」
にこにこと、至極嬉しそうにグラムに抱き着いて話す少女は、ふとウィルの姿を見つけて大きな目を丸くさせる。不思議そうに何度か瞬いて小首を傾げた。そんな仕種はとても愛らしい。
程なくして、マナと呼ばれた少女は恥ずかしがるようにグラムの肩に顔を押し付けて「きゃあ」と短く声を上げた。
純粋に恥ずかしがった、と言うのはもちろんなのだが、マナはウィルの表情を見て多少怯えたのである。彼の表情はと言えば、やや驚きの色は滲んでいるが、ほぼ無表情。一見すれば、怒っているようにも見えるものだったからだ。
家族を目の前で惨殺されたウィルは、表情と言うものをあまり上手く作れなくなっていた。
「マナ、この子はウィルだ」
「ウィル?」
「そう、お前と同じだよ。この子も魔物に家族を奪われてしまったんだ、仲良く出来るね?」
「はーい!」
グラムの紹介に、ウィルは怪訝そうな表情を浮かべて彼を見遣る。
「この子、も……?」
「そうだよ、ウィル。ここに来るまでの間、荒れた村を通っただろう? マナはあそこの出身だ。魔物の襲撃があってね……」
「……」
その言葉に、ウィルは口唇を噛み締めて一度頷いた。
見れば、マナはまだ小さい。ウィルより幾分か年下であることが窺えた。恐らく六歳、なっていても七歳程度だろう。
そんな小さい子供まで、魔物の所為で家族を失っていく。
ウィルは魔物に対し憎悪さえ感じていた。許せない、どうしても。
「ここにはワシと、マナと……あとジュードってのがいるんだが――あいつめ、また森に遊びに行ったな……」
「その子も、魔物の所為で……?」
「いや、あいつは……親がいないんだ、捨て子だったんだよ。ワシは身寄りのない子供を引き取って、ここで暮らしとるんだ」
「捨て子……」
予想だにしない言葉に、思わず絶句する。
魔物が狂暴になり始めたことで他国では子供を育てる余裕がなく、子を捨てる親もいると聞いたことはあった。
だが、他国と比べて人情に厚い風の国ミストラルでも、そんなことが起きていると言う。その事実が衝撃だったのである。
マナを下ろして歩き出そうとするグラムに、ウィルは慌てて声を掛けた。
「探しに行くんですか?」
「ああ、あいつはどこまで行くか分からん奴でな。マナ、すまんがもう少しお留守番していてくれ、すぐ戻るよ」
「は~い!」
グラムの言葉にマナは両手を上げ、満面の笑みで返事を返すと家の中へと引き返していく。嵐のような少女である。
ウィルは暫く彼女が入っていった家を見つめていた。やや歳の違いこそあるが、妹に――ミリアに多少似ている。だが、そこまで考えてすぐに小さく頭を揺らす。ミリアは死んだのだ、彼女は違う。
「ウィル、疲れただろう、家に――」
「大丈夫です、僕も探すのを手伝います」
「……そうか? それは有り難いが……」
すまんな、と笑うグラムに、ウィルは小さく頭を横に振った。そんな不幸な境遇にある子供を放ってはおけない。自分自身を重ねているのだとしても。
そして先に歩き出す彼の後に続く。歩調はウィルのことを考えてか、非常に緩やかだ。
程なくして分かれ道へと差し掛かる。真っ直ぐに行けば先程通ってきた荒れた村だ。左側に曲がると、その先には森が見えた。
「……あそこですか?」
「ああ、神護の森と言ってな。大体半年ほど前に竜の神が降りただのなんだの言われているんだよ、ジュードはここが好きでな」
ゆっくりとした歩調で歩くグラムに付いていきながら、ウィルは彼の肩越しに見える森に視線を合わせる。
街だとか店だとかが好きなら、ウィルとて頷ける。しかし、森が好きと言うのは彼には理解し難い。魔物が暴れるようになってからと言うもの、街や村の外に出る子供は非常に少なく、親が同行することがほとんどだったのだ。
「(捨て子なら、仕方ないのかな……)」
親がいないのなら、同行しようにも出来る筈がない。しかし、なぜそんなにも森が好きなのか。
ウィルには、やはり理解出来ないことであった。
森の中は陽光が惜しみなく降り注ぎ、大地を照らす。
木漏れ日が大層美しく森を飾っていた。
木々は青々と生い茂り、辺りからはご機嫌そうな鳥の囀りが響く。言葉にし難いが、何となく神聖な雰囲気が森全体に漂っていた。
竜の神が舞い降りたと言うのも、強ち嘘ではないかもしれない。ウィルにそう思わせるほどに。
この森にいれば、不思議なことに家族を失った悲しみさえ癒えていくような――そんな錯覚さえウィルは感じていた。
新鮮な空気を肺一杯に吸い込み、何度か深呼吸を繰り返す。澄んだ空気が非常に心地好い。まるで身体の内側から洗われるような感覚だ。
グラムは森の雰囲気を楽しむウィルを振り返り、そっと眦を和らげた。
だが、そんな時。
不意に、ウィルの近くの茂みが揺れた。
「……!」
そこから顔を出したのは、ミストラル地方に数多く生息するウルフであった。しかし、まだ小さい。赤子――とまではいかないかもしれないが、子供であることは確かだ。毛の色も完全な黒には生え変わっておらず、グレーであった。
ウィルは小さいウルフの姿を目にした瞬間に、目の前が真っ赤に染まるような錯覚を覚える。
家族を襲撃した魔物の中にウルフはいなかったが、魔物は魔物だ。
「――ウィル、何を……!」
「決まってるでしょう! こいつ、殺してやる!」
ウィルは近くにあった石を幾つか拾うと、勢いをつけてウルフに投げつけた。その石は見事にウルフの頭を直撃し、次に足、背中と休む間もなく投げ付けられていく。
ギャイン、ギャウゥ、と小さいウルフは子供が泣くような声を洩らし、短い前足で必死に自分の頭を押さえ、小さい身を更に縮こめて震えていた。
グラムは慌てて止めようとしたが、続いて茂みから飛び出してきた少年が先にウィルに制止の声を向ける。
「――やめろ! 何やってるんだ!」
不意に聞こえた声に、ウィルは思わず石を投げる手を止めてそちらを見遣る。すると、そこには赤茶色の髪をした少年が立っていた。
裾がやや長めの青い服に、下は薄紺の短パン。その下には更に黒いスパッツを着用している。
小さいウルフは少年の姿を確認すると、短い四肢を使って必死にそちらへ駆け出し、体当たりでもするような勢いで抱き着いた。ギャウン、ギャウンと悲痛な鳴き声を上げながら。
ウィルは信じられない、と言わんばかりの様子で少年を見つめ――グラムは思わず溜息を零す。
「……ジュード、留守番をしていろと言っただろう」
「あ、あれ、父さん?」
「え、ええぇっ! と、父さん……!?」
少年――ジュードは、つい今し方まで表情を怒りに染めていたが、父であるグラムの姿を目の当たりにして翡翠色の双眸を丸くさせた。そんな彼の口から洩れた言葉に、思わずウィルは目を見開く。
「ああいや、血の繋がりはないよ。ワシが親代わりなんだ」
「あ、ああ……そう……」
グラムから返る言葉に一度こそウィルは頷くが、すぐにジュードが両腕で抱きかかえる小さいウルフを睨み付ける。
そんな様子に、ジュードはウルフを抱いたまま一歩後退した。
「お前、なんのつもりだよ。魔物を庇うなんて」
「ま、魔物じゃない、ちびって名前があるんだ!」
「魔物じゃないか! そいつはウルフの子供だろ!」
ウィルの言うことは確かである。
ジュードが大切そうに抱きかかえているのは、紛れもなくウルフの子供だ。だが、ジュードは離そうとしない。
オモチャを取り上げられるのを嫌がるように、ウルフを抱き締めて嫌々と頭を左右に揺らす。そんな姿を見て、ウィルは頭に血が上った。
大股でジュードに歩み寄ると、彼の腕を掴んでウルフを離させようとしたのだ。
「こいつっ、離せよ! 魔物なんかみんな死んじゃえばいいんだ!」
「やめろ! やめろったら!」
それでもウルフを守るように抱きかかえるジュードは離さない。ウィルはそんな姿にも怒りを煽られていく。
自分は魔物に家族を殺された――それなのに、こいつは魔物にペットのように名前をつけて可愛がっている。許せる行為ではない。
ウルフを奪おうとするウィルに、ジュードは改めて頭を振る。二人の様子を見て、グラムは慌てて止めようとした。
「魔物だって、みんながみんな悪いわけじゃない! 魔物も生きてるんだ、いじめたら可哀想じゃないか!」
半泣き状態になりながらジュードが上げた声に、ウィルは内側から溢れ出す怒りを感じた。抑えようがないほどの。
脇に下ろした拳を固く握り締め、ウィル自身が意識するよりも先に身体が動く。気が付けば、ウルフではなくジュードの頬を思い切り殴り付けていた。
小さなその身は満足に受け身も取れず呆気なく飛び、地面に転がった。それでも、ジュードはやはりウルフを離そうとはしなかった。
ウルフは僅かにジュードの腕の力が緩んだ隙に、彼の腕から即座に離れる。そして傍らに寄り添うと、地面に擦れたと思われる彼の頬を懸命に舌で舐めた。消毒でもするかの如く、クーン、クーンと犬のように鳴きながら。
そんな光景さえ、ウィルの神経を逆撫でする。
「何が……何が、悪いわけじゃない、だ! ならなんで人を襲うんだよ! どこが可哀想だって言うんだ!」
「――ウィル」
「お前、捨て子なんだろ。可哀想だって思ったけど、お前の親の気持ちが少し分かるよ」
「ウィル……!」
表情に怒りを宿してジュードを見下ろすウィルに、グラムは慌てて声を掛ける。止めるように肩を掴んだが、ウィルの言葉は止まらない。
憎々しげにジュードを見下ろしたまま、一つ叫ぶような怒声を張り上げた。
「――お前は頭がおかしいんだよ! そんな気持ち悪いこと言うから、魔物を庇うようなこと言うから、だから気味悪がられて親に捨てられたんだ!」
その怒声に、ジュードは双眸を丸くさせた。
不思議そうな様子ではない、恐らくは悲しみだ。ただ悲しいだけなら子供は泣くが、普通ではない――普通以上の悲しみ故に、涙さえ出ないのだと思われる。
その証拠に、ジュードの顔からは表情が消えていた。呆然と、ただただ呆然とした様子でウィルを眺めているだけ。
『親に捨てられた』
幼い子供にとって、その現実がどれほどのダメージを与えるかは定かではない。
だが、ジュードには確実にダメージを与えられたらしい。
泣きもせず――涙を流さず、ジュードはぼんやりとした様子でウィルをただただ見つめていた。
そんな姿を見て、流石に我に返ったウィルも多少バツの悪そうな表情を浮かべるが、すぐに踵を返して駆け出す。やはり、ウィルには魔物を庇い立てするジュードを許せないし、認められないのである。
「魔物なんか、みんな死んじゃえばいいんだ!」
「――ウィル! ……ジュード、先に家に戻っていなさい、……後でゆっくり話そう」
グラムは、駆けていくウィルに咄嗟に声を掛けるが、ジュードも放ってはおけない。しかし、優先すべきはやはりウィルの方である。
ジュードに一声を掛けると、グラムはウィルの後を追った。彼はこの辺りの地理に恐らく詳しくはない、更に家族を失ったばかりと言う不安定な状態である今、一人には出来なかったのだ。
先に話しておくべきだった。グラムはそう思い後悔した。だが、起きてしまったことはどうにもならないのである。出てしまった言葉が戻ってくれる筈もない。
ジュードのことも気掛かりだが、今はまずウィルのことが先であった。
大人の足ならば、子供に追い付くのにそう時間は掛からない。
村を通り過ぎ、外に飛び出したところでグラムはウィルを捕まえることに成功した。
「ウィル、待て。待ちなさい」
極力優しく声を掛け腕を掴んで引き止めると、予想に反してウィルはすぐに止まった。
未だ成長しきっていないその肩は小さく震えていて、見ていて痛々しい。微かに耳に届く啜り泣く声が、グラムに確かな罪悪感を植えつけた。
「ウィル、すまなかった。先に話しておくべきだった。……あの子は、ジュードは少し特殊なんだよ」
静かに語るグラムの話を、ウィルは言葉こそ発さないが静かに聞いていた。振り返った彼の目元は泣き腫らして真っ赤に染まり、小さくしゃくり上げる。
魔物に家族を殺された子供と、魔物と仲良くする子供。考えてみれば衝突しない方がおかしい組み合わせだ。グラムの目から見てもジュードは特殊な子供である。
グラムはウィルの背に片手を添えると、近くの木の根元へ促した。
「ワシも最初は驚いたモンだよ。魔物を殺すと大泣きする子でな、最初はただ優しいだけかと思ったが、少し違うらしい」
「……?」
「あの子は、魔物の言葉が分かるのかもしれん」
グラムの言葉に、ウィルは怪訝そうに眉を寄せる。やはりウィルには理解出来ない。魔物は魔物で、人を襲う悪者なのだ。
そんなウィルの頭を撫で付けて、グラムは軽く眉尻を下げた。
「ウィル、嫌だとは思うが……これからどうするか決まるまで、ワシのところにいるといい。無理にジュードと仲良くしろとも言わん、あいつにもしっかり言って聞かせよう」
「……また殴るかもしれませんよ。僕はあいつが嫌いだ」
「ははっ、構わんよ。今はとにかく、お前さんも身を休める場所がないとな」
ウィルには、他に行き場がないのである。グラムはそれが一番気掛かりであった。彼の言葉通り身を休めることも大切だが、今のウィルに必要なのは身体的なものよりも精神的な休息だ。
ジュードとは、また衝突するかもしれない。だが、だからと言ってまだ十歳にもならない子供を放置するなど出来る筈がないのだ。
グラムは優しくウィルの頭を撫でつけ、帰路へと促す。
魔物の狂暴化が始まって、約半年。
悲しみを背負う子供達は、徐々に――しかし確実に、世界規模で増えつつあった。