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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第二章〜魔族の鳴動編〜
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第四十六話・夜明け


「どう? ジュードちゃん。身体の具合は」

「はい、もう大丈夫です。……打撲みたいな痛みはあるけど、随分楽になりました」


 簡素な小屋の中でジュードは完全に乾いた衣服を着用し、身体の具合を確認していた。

 肩の傷は相変わらずだが、昨夜目を覚ました時に感じた打撲らしき痛みは多少なりとも楽になっている。とは言え、約半日程度で完全に痛みが抜ける筈もない。まだ重苦しいような鈍痛は残るが、それでも動くのに支障は(きた)さないと思われた。

 最後に金の腕輪を左腕に装着し、袖を捲ったインナーを下げて上からバンドで固定する。

 イスキアはジュードの返答ににっこりと笑みを浮かべると、白い湯気の立つマグカップを差し出した。


「はい、ホットミルク。朝は特に冷えるからね、内側から暖まらなくちゃ」

「あ……はい、ありがとうございます」


 差し出されたカップを受け取ると、ジュードはそれを両手で包む込むように持つ。手の平からじんわりと伝わる熱に、自然と口からは安堵らしき吐息が零れた。

 そっとカップに口を付け、熱を持った白い液体を喉に通す。口内に広がっていく体温よりも高い温度に、多少なりとも舌が悲鳴を上げるように痛んだ。少し熱かったらしい。


「うふふふ、お姉さんと間接キッスよ」

「ぶふッ!!」


 甘過ぎないホットミルクの味を堪能していたジュードに対し、イスキアは含み笑いを浮かべながら一声掛ける。するとジュードは不意に吹き出し、そして噎せて咳き込んだ。

 あら、と一度こそ目を丸くさせたイスキアではあったが、予想していたよりも過剰な反応に愉快そうに笑いを洩らして彼の傍らへと身を寄せる。咳き込むその背中を大丈夫かと片手で摩った。


「やぁだジュードちゃんったら、冗談よ冗談。ちゃんと洗ってあるから心配しないで」

「へ、変なこと言わんでください……」


 ジュードは暫し噎せていたが、イスキアはそんな彼の背を優しくゆったりと撫で付けていた。

 ややあってから落ち着くと、ジュードは口では文句を言いつつも彼女――否、オネェに礼を一つ向ける。見れば見るほど美しい女性に見えるのだが、決して騙されてはいけない。イスキアは男なのだ。


「そう言えば、ジュードちゃんはこれからどうするの?」

「仲間を探して……それから一度、王都シトゥルスに戻るつもりです。王女様がついてきちゃったから城まで送り届けないと……」

「あららら、そうだったの、大変ねぇ。火の国の為にあちこち走り回ってるって言ってたわね、大変だと思うけど頑張って」

「はい、ありがとうございます」


 取り敢えず、必要な鉱石は手に入った。

 仲間が何処にいるか定かではないが、まずは鉱山近くの小屋――昨夜、鉱石を手に入れて身を暖めていた小屋まで確認に行くことが今のジュードの目的である。仲間と合流しないことには、どうにもならない。

 無事でいてくれる筈だと、懇願に近いことを思いながらジュードは一度目を伏せた。

 だが、そこへふと冷たい風が小屋の中に吹き込む。出入り口の扉が開かれたのだ、外の涼風が開かれた隙間から容赦なく吹き込んでくる。

 ジュードは顔を上げてそちらを見たが、すぐに双眸を見開いて座していた床から立ち上がった。


「小僧、お前の仲間とはこの女のことか?」

「――カミラさん!!」


 小屋に入ってきたのは、当然イスキアの相棒のシヴァである。しかし、彼は人を――カミラを抱きかかえていた。

 意識が飛んでいるのか、カミラはシヴァの腕の中でピクリとも動かない。

 ジュードは慌ててそちらに駆け寄ると、彼女の様子を窺った。


「問題ない、生きてはいる。命にも別状はないだろう。意識を飛ばしたのは少し前だ」

「ほ……本当に?」


 見るからにカミラの顔色はあまり良くない。彼女の柔らかそうな髪には雪が様々に付着しており、一部分など凍ってさえいた。それだけで彼女がどれだけ長い時間、外にいたのかが理解出来てしまう。

 シヴァはカミラの身を毛布の上に下ろすと、そっと小さく一息洩らした。


「根性のある女だな」

「……え?」


 不意にシヴァが洩らした言葉に対し、ジュードは疑問符を浮かべる。しかし、シヴァは余計な言葉を連ねることはしないまま視線のみで軽く腕を示してみせた。

 最初こそ何のことかと思っていたジュードであったが、毛布の上で眠るカミラに歩み寄ると、その片腕に視線を合わせた。


「……!」


 そこには、傷が刻まれていた。随分前に出血したらしく、血は既に衣服と共に固まっており、赤と言うよりは黒に変色してしまっている。

 慌ててジュードが傷口を確認するが、魔物にやられたような傷には見えない。魔物に負わされた傷であるのなら、獣の爪痕のような痕跡であることがほとんどだ。

 だが、カミラの腕に刻まれている傷は、どちらかと言えば刃物で斬ったようなものにとてもよく似ている。


「お前を探す為に睡魔が邪魔だったんだろう」

「まさか、自分で……睡魔を飛ばす為に……」


 カミラは、傷を負えば自分で治療出来るのだ。

 それをしなかったと言うことは、つまり。自分で意図的に付けたものだと考えられた。

 雪の吹き付ける極寒の中に長い時間いれば、次第に睡魔が襲ってくる。そして眠れば死を迎える。幾ら世間知らずだとしても、当然それは理解しているだろう。 

 カミラはジュードを探して、雪の降る寒い中をひたすら彷徨っていたのだ。眠ることもせず、休むこともせずに。

 それを考えると、ジュードは打ちのめされる想いであった。

 探すのならば夜が明けてからでも良いだろうに、カミラはそれをしなかったのだ。少しでも早くジュードを見つけようと、自分のことも気にせずに吹雪の中を一人で――たった一人で捜索してくれていたのである。

 ジュード自身シヴァやイスキアに拾われなければどうなっていたかは分からないが、だからと言って無茶が過ぎる。

 ジュードは彼女の傍らに座り込むと、冷たい頬に片手を触れさせた。そっと、ゆっくりとした動作で、まるで自分の熱を分け与えるように。

 そんな様子を静観していたイスキアは、ふと小さく笑って座していた床から立ち上がると衣服についた土埃を軽く叩き払いながら相棒であるシヴァの元に歩み寄り、肩を叩き示す。

 その意図に気付いたシヴァは言葉もなく小さく頷き、すぐに踵を返した。朴念仁と紹介されたシヴァにも、それは容易に理解出来ることだ。それに彼らは彼らで、他にやるべきことがある。


「ジュードちゃん、アタシ達はもう行くわね。……大事にしてあげるのよ」

「え、あ。はい、……何から何まで本当にありがとうございました、お気をつけて」

「ジュードちゃん達もね。――また逢いましょ」


 そう告げて、イスキアは一つウインクを飛ばすと先に小屋を出て行くシヴァの後を追いかけていった。扉が閉ざされたことで、小屋の中には静寂が降りる。

 まだ朝は早い時間帯だが、昨夜のような吹雪もなく外は晴れている。彼らの道行きは取り敢えず大丈夫だろうと、ジュードは一度安堵に吐息を洩らした。

 そうしてカミラに向き直ると、彼女を起こしてしまわないようにそっとその身を抱き起こす。身体は完全に冷え切っていた。


「……あ、服が濡れてるのか……雪が溶ければ普通はそうなるよな」


 先程までは寒い外にいたのだから雪も溶けはしなかったが、今現在は暖炉の熱で暖められた小屋の中――しかも、その暖炉の目の前である。暖められた雪が溶けて、衣服を濡らしていくのは当然と言えた。それでも、雨に降られたよりは遥かにマシだが。

 そこで、ジュードは固まる。

 カミラは、まだ目を覚ます気配がない。目の前には暖炉があるし、暖かい熱も放出されてはいるが、流石に濡れたままの衣服を着ていては風邪を引く可能性がある。


「……脱がせた方がいいのかな……」


 マナかルルーナでもいれば頼むのだが、生憎今は他の仲間が誰もいない。出来るとすれば自分だけである。

 しかし、女性の肌に触れるだけでなく、必要以上に注視するのを善しとしないのがジュードだ。眠っている少女――しかも想い人の衣服を脱がせるなど、とんでもないこと。幾ら見ないようにしても、肌に触れてしまうことにはなるのだから。

 だが、このままの状態は良くない。出来ることなら雪で濡れた髪も拭いてやりたい。ジュードはそう思った。


「…………」


 暫しの間、ジュードは静寂の落ちる室内で葛藤した。

 触れていいのか、いい筈がない。しかし、このままでいいのか、よくない。

 延々、自分自身と対話すること数十分。


「……カミラさん、……ごめん」


 目が覚めた時にビンタされるかもしれないが、ジュードは彼女が風邪を引いたり、調子を崩すことの方が嫌であった。

 顔を横に向け、更に目を伏せることで視界を遮断する。手の感覚だけで服を脱がせようと言うのだ。

 触るのと見るのはどちらが罪か。そんな意味のないことを頭の中で比較しながら、ジュードは緊張から心音が速まっていくのを感じる。


「(落ち着け、落ち着け……(やま)しいことをしようってんじゃないんだから……)」


 意識のない少女の肌に触れるのは、疚しいことなのかもしれない。

 だが、一応は善意である。

 片手をカミラの背に回し、逆手でカーディガンの前を寛げていく。布擦れの音が嫌にハッキリと耳に届いた。

 白の長カーディガンを脱がし、次は紺のワンピースである。首裏のファスナーを引いて下ろし、手探りでなんとか腕部分を引き抜く。腰部分に差し掛かった時、緊張から思わず手が震えた。

 極力雑念に意識を向けず、なんとかカミラの身から衣服を引き剥がすと毛布を手に取り、早々に彼女の身体を包み込む。下着まで脱がせようとは思わなかった――と言うより、ジュードには出来なかった。

 肌を露出しないようにしっかりとカミラを毛布で包み込んで、そこでようやく安堵の息が零れる。ジュードは伏せていた目を開き、未だ目を覚まさないカミラに向き直った。極度の緊張状態から解放された反動か、軽く眩暈がする。

 続いて、いつも彼女の顔横の髪を束ねる金の飾りに手を触れさせる。金属故に完全に冷え切っていて冷たい。カミラを起こしてしまわないようにゆっくりとした動作で両方を外してしまうと、次にその頭にあるカチューシャも取り払った。

 そこで、ジュードは静かに彼女の身を横たえると一度その場から立ち上がる。テーブルに置いてあったタオルを手に取り、乾いているのを確認してカミラの元へ戻ると、その藍色の髪を丁寧に拭き始めた。

 雨などの水で濡れた訳ではない為に、それほど水気を含んではいない。カミラの髪は長いが、タオル一枚で事足りそうであった。

 出来るなら腕の傷を手当てしたいところだが、そうなると悪戯に彼女の肌を見ることになる。

 一通り髪を拭き終えたジュードは、タオルを傍らに放り改めて彼女の身を抱き起こした。寝かせておいた方が良いのかもしれないが、冷たい床に寝かせておくよりは自分に寄り掛かって眠ってほしいと思ったのである。

 その方が、自分自身の体温を分け与えられるような――そんな気がして。



挿絵(By みてみん)



 簡素な窓からは、陽光が射す。

 その光と暖炉から漏れる熱が少しでも彼女を暖めてくれればいい。ジュードは純粋にそう思った。

 自分はなぜ仲間とはぐれたのか、ウィル達は無事なのか。

 カミラが目を覚ましたら、聞きたいことがたくさんある。


「……また、心配掛けたんだよな……」


 カミラが、自分で自分の腕を傷つけてまで探してくれたのだと思うと、ジュードは罪悪感に苛まれる。

 彼の頭には、何も記憶として残っていないのだ。あの後どうなってしまったのか、何があったのか。ウィル達はどうしているのか。

 彼女がこうまでして自分を探さなければならない何かがあったのか。

 そこまで考えて、ジュードは小さく溜息を零す。考えても何も分からない。

 暫しの間、特に何かをするでもなくそうしていたが、やがてカミラが小さく身動ぎを始めた。


「うう……」

「あ、……カミラさん、気が付いた?」


 ジュードがそっと呼び掛けると、程なくして髪と同色の瑠璃色の瞳が覗く。眠たげにゆっくりと数回瞬きを繰り返してから、カミラは片手を緩慢な動作で持ち上げ、自分の目元を擦った。何処か幼く見える行動が可愛いと、状況には不似合いながらジュードは思う。

 カミラは暫くそうしていたが、ややあってから頭が覚醒を果たしたらしい。

 双眸をまん丸に開き、自分が寄り掛かっていたジュードに勢い良く顔を向けた。そうして泣き出しそうに――否、目に涙を浮かべて飛びついた。そうなると、当然慌てるのはジュードである。彼は女の涙に滅法弱いのだから。


「ジュード……っ!」

「わ、わ……! カ、カミラさん、どうしたの?」

「生きてた、ジュード……無事だった……」


 カミラのその言葉に、ジュードは考える。

 自分はまた、何かしでかしたのだろうか、と。

 こう言った状況には覚えがある。あの吸血鬼退治の後だ。

 吸血鬼をどうやって退治したのか、ジュードは覚えていない。そしてそれは、今現在もやはり記憶にないことである。

 今回どのようにしてあの二人の魔族から逃れたのかも、全く記憶に残っていないのだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ジュード。魔族が来たならわたしが、わたしがしっかりして、頑張らなきゃいけなかったのに……」


 魔族の弱点と言えば、光の属性を持つ攻撃である。

 そして、カミラは光魔法の使い手だ。魔族に対抗し得る鍵と言えた。

 だが、アグレアスと言う男もヴィネアと言う少女も、カミラの魔法から身を守る『盾』を持っていたのだ。

 それにより彼女の光魔法は全くと言っていいほどに効果を発揮せず、絶望さえ覚えたのである。


「カミラさんは、オレを助けてくれたじゃないか」


 だが、ジュードには当然ながら彼女を責める気など欠片もなかった。

 地面を這う影に身を拘束され、サタンと呼ばれた不気味な生き物に喰われそうになったところを、間一髪カミラが助けてくれたのは事実だ。彼女がサタンの首を切断してくれなければ、殺されていたかもしれない。

 ジュードは自分にしがみついて泣きじゃくる彼女の頭を撫で付けながら言葉を掛けた。


「でも、魔族はわたしが、わたしがなんとか……しなきゃ……」

「ほら、オレちゃんと生きてるし、大丈夫だよ。怪我らしい怪我もないしね。だから、その……泣かないで。オレもみんなもカミラさん一人に背負わせる気なんてないよ」


 吸血鬼と戦った後よりは、遥かに身体も元気だ。目立った外傷もない。

 あるとすれば全身の打撲くらいだが、身動きさえままならないほどのものでもないのだ。吸血鬼退治の後に比べれば遥かにマシである。

 暫しの間カミラは無言のままジュードを見つめていたが、やがてふわりとはにかむように笑った。涙こそまだ止まらないままではあるが、ようやく彼女に笑顔が戻ったことにジュードは心から安堵した。彼の一番の弱点と言えば、やはり女の涙なのだ。――弱点は他にもあるにはあるが。

 しかし、それも束の間。

 カミラは見つけてしまった。ジュードの肩越しに、見覚えのあるものを。

 白と紺。それは衣服だ、女性用の。

 更に言うのなら、カミラがジュードに選んでもらった冬用の衣服である。


「…………」

「カミラさん? ……あ」


 カミラの視線が自分の肩越しに向いているのに気付いたジュードは一度こそ首を捻るが、一点を凝視したまま動かない彼女の様子からその視線を辿る。

 その先には、先程自分が脱がせたカミラの衣服があった。途端、ジュードは顔面から血の気が引いていくのを感じる。

 慌ててカミラに向き直り事情を説明しようとはしたのだが、彼女は恐る恐ると言った様子で毛布の中の自分の身を確認していた。

 程なくしてその視線が改めてジュードに向くと、見る見る内に瑠璃色の双眸が再び潤み始める。それと共にカミラの白い頬に朱が募り、両手で緩く拳を握りながら口元辺りに引き上げ――


「キャ――――――ッ!!」


 いつものように叫んだ。

 自分が眠っている間に服が脱がされ、しかも小屋の中には他に誰もいない。脱がせた犯人は目の前にいるジュード以外にはないのだ。

 だが、別にジュードは疚しい気持ちで脱がせた訳ではない。カミラが風邪を引いてしまわないように、と心配しての行動である。


「カ、カミラさん! 誤解、誤解だよ!」

「キャ――――ッ! ジュードのえっち! すけべ!」

「う、うう……」


 ウィル達のことも気になるのだが、カミラが落ち着くまではとてもではないが聞けそうにない。

 エッチに加えてスケベの烙印を押されたジュードは、肩を落とすと共に頭を垂れて、そう思った。



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