第四十四話・金の一閃
アグレアスは武器を構え、静かに息を呑んだ。全身に走る確かな緊張を感じて。
――コイツはヤバい、彼の直感が静かに告げている。
ジュードは殴り飛ばしたヴィネアには目もくれず、真っ直ぐにアグレアスを睨み付けていた。その瞳は常の穏やかな翡翠色とは異なる、暗闇の中でも輝くような黄金色に染まっていた。
そんなジュードの視界の片隅では、拳を叩き込まれた鳩尾を摩りながらヴィネアが起き上がる。空咳を何度も繰り返して、なんとも苦しそうだ。それを確認して、アグレアスはジュードから視線を外さぬまま声を掛けた。
「ヴィネア、大丈夫か?」
「え、ええ……でも、ちょっとカッチーンと来ちゃったわよ。やってくれちゃったわねぇ、ジュードくぅん?」
その言葉通り、ヴィネアは笑みこそ浮かべてはいるが大層不愉快そうだ。目が笑っていない。
アグレアスは武器を片手に勢い良く駆け出す。行き先は当然、ジュードの元だ。
「大人しくしてりゃ余計な怪我をしないで済んだってのによ、少しばかり躾が必要だな、坊主!」
「そうね、少しくらいならアルシエル様もお許し下さるわ。悪く思わないでね、ジュードくん。反抗するアナタが悪いんだから」
こちらに駆けてくるアグレアスを見ても、ジュードは微動だにしない。程なくしてアグレアスが大振りの剣をジュード目掛けて振り下ろす。ウィルと戦っている時よりも幾分か手加減はしているが、直撃すれば重傷になりかねない攻撃だ。
だが、ジュードは短刀を持つ手を静かに上げると、振り下ろされる剣撃を右手一つで受け止めてしまった。それを見て、流石のアグレアスも驚愕に目を見開く。
苦労して受け止めている、と言うようなこともない。ジュードは身構えることもせず、短刀を持つ片手を上げただけだ。
アグレアスは両手、ジュードは右手一つ。それなのに、アグレアスはこの鍔迫り合いに勝てる気がしなかった。なぜ、って――アグレアスは両手で剣を押し込んでいるというのにジュードの腕も彼が持つ短刀も、全く動かないからである。アグレアスは思った。自分から見れば細いその片腕の、一体何処にそんな力があるのかと。
大地を抉るような腕力さえ持つアグレアスの一撃を、ジュードは難なく受け止めてしまったのだ。彼の視線は真っ直ぐ――依然としてアグレアスを射抜くように睨み上げていた。
ヴィネアは傘の先に意識を集中させ、魔法の詠唱を始める。可愛らしいと自負している己を殴り飛ばされた怒りは半端なものではない。最早彼女には手加減などする気もなかった。半分逆上している。
詠唱の言葉を彼女が紡いでいく度に、大気が震える。それは、その魔法が初級や中級程度のものではないことを示していた。
ウィルは何とか身を起こすと、先程の竜巻にも似た衝撃で負った傷を片手で押さえる。肩や腕、腹部に太腿など様々な場所に鋭い刃で斬られたような傷が刻まれていた。動く度に――否、呼吸の度に全身が悲鳴を上げるように痛む。
それでも、ヴィネアの詠唱を阻止しようと槍を片手に握る。ジュードは魔法に弱い、先の竜巻で倒れなかったところを見るとあれは魔法ではなかったようだが、今度は違う。確実に魔法そのものだ。
「く……ッ、ジュード……」
マナ達に目を向けてみれば、各々起き上がり始めていた。ウィルやリンファのように前列で戦っていた訳ではない彼女達は、ヴィネアの放った竜巻で深い傷は負わなかったらしい。不幸中の幸いだ。ウィルは所々裂傷を抱えてはいるが、マナ達には出血らしい傷はないことが確認出来る。
そこへ、ルルーナが片足を引き摺りながら傍らへ歩み寄ってきた。
「ウィル……傷は、大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫……とは言えないのかな。ルルーナは?」
「私はなんとか……」
アグレアスとヴィネアは、すっかりジュード相手に夢中だ。既にこちらなど眼中にないらしい。
アグレアスは大振りの大剣を振り回して攻撃を繰り出すが、ジュードはそれらを難なく避ける。身を屈め、横に身を翻し、時には跳んで。悉くアグレアスの攻撃を避けては、同時に攻撃を叩き込む。所謂カウンターだ。
身を屈ませれば足元を短刀で斬り付け、身を翻せばその勢いを利用し回避ついでに斬撃を浴びせる。跳んで避けた際には顔面へと思い切り蹴りを叩き込んだ。
力も素早さも、アグレアスの上を行っている。特にアグレアスが扱う武器は大剣だ。一撃の威力は高いが、避けられた際には大きな隙が出来る。
だが、決してアグレアスは弱くも遅くもない。大剣にありがちな隙とて遥かに少ない。それだけ切り返しが速いのである。
しかし、ジュードの速度はその遥か上を行った。
ウィルは、ルルーナを見遣ってからヴィネアに視線を移す。アグレアスの方は何とかなりそうだが、問題は彼女だ。
「あいつの魔法、止めないと……!」
「無茶言わないで、どうやって止めるって言うの!? 大気が渦巻いてる、近付いただけでボロボロになるわよ!」
「けど、ジュードは魔法には――」
言いながらウィルはカミラやマナに視線を向ける、二人とも身を起こしはしたが完全にダメージから回復した訳ではないらしい。ウィルはリンファのことも気掛かりだ。なんとか彼女の元に行きたいのだが、ウィル自身も深手を負っている。上手く身体に力が入らない。
しかし、いつまでも座り込んでいる訳にはいかないのだ。なんとかしてジュードの援護をしたい。彼の頭にあるのはそれだ。
槍を地面に突き立て、それを支えになんとか立ち上がると傍らからルルーナが身を支えてくれた。
「そんな身体で無茶よ、出血だってまだ……! すぐ簡単にでも治療するから待って!」
ルルーナの言葉は尤もであった。ウィルの身に刻まれた傷からは、未だ鮮血が溢れている。少しならばともかく、動き回れば命に関わる可能性さえあるほどの傷だ。
しかし、その間にもヴィネアが唱える魔法は完成していく。大気がまるで怯えるように震えた。
「うふふふ……よくも殴り飛ばしてくれたわねえぇ、ジュードくぅん? 死なない程度に加減はしてあげるけど――ヴィネアちゃん怒っちゃったから、ズタズタにしてあげる!」
そうこうしている内に、彼女の魔法は形を成していく。通常ならばまだ詠唱に時間が掛かってもおかしくないところを、ヴィネアは通常の半分程度で完成させてしまったのだ。
ヴィネアは傘を高々と振り上げる。それを確認して、アグレアスは大きく後方へ飛び退くことでジュードから離れた。近くにいれば彼女の魔法の巻き添えを喰うからである。
アグレアスが離れたのを確認すると、ヴィネアは高く掲げた傘の先をジュードへ向ける。完成した魔法に「行け」と命令でもするように。
「風の塊をプレゼントしてあげるわ、触れればそれだけでボロボロになっちゃうわよおぉ! ――ゲイルフォース!!」
ルルーナはウィルの腹部に片手を添えて治癒魔法を掛けようとはしたが、それよりも先に放たれたヴィネアの魔法にウィルと共に反応する。
弾かれたようにそちらを振り返ると、凝縮された巨大な風の塊がヴィネアからジュードへと勢い良く飛んだ。避けようにも、そのサイズはあまりに巨大である。更に速度もかなりのものだ、今からでは回避も到底間に合わない。
ヴィネアが唱えた『ゲイルフォース』は風属性を持つ上級クラスの攻撃魔法である。単体に対し凝縮した風の塊をぶつけ、甚大なダメージを与えるものだ。そんな上級魔法を容易に操るヴィネアは、やはり只者ではない。
マナとカミラは必死に立ち上がり、悲鳴に近い声を上げた。ジュードが魔法に弱いことは仲間であれば誰もが知っている。
「――――ジュード!!」
しかし、仲間の焦りとは異なりジュード本人は何処までも落ち着いていた。迫り来る巨大な風の塊を黄金色の双眸で見据える。
一度眸を細め、薄く開いた口唇から静かに息を吸い込んだ。肺に空気が溜まっていくのを感じながら軽く拳を握り締める。
そして、次いだ瞬間に腹の底から声と共に吐き出した。
「……――――あああああぁッ!!」
それは、悲鳴ではない。
ジュードが吼えたのだ。まるで、獣が上げる雄叫びの如く。
すると、目の前まで迫っていた風の塊は風船が割れるかのように弾け、周囲に飛散した。
散った風の塊はすぐに緩やかな勢いとなり、周囲に漂う空気や風に溶け込み、ジュードの身を自然風と共に優しく撫でていく。
しかし、ジュードは休むことはしない。驚愕に目を見開き身動き一つ取れないでいるヴィネア目掛けて、反撃に出るべく駆け出した。
一方、自身の放った魔法を雄叫び一つで掻き消されたヴィネアはと言えば、小さな身を小刻みに震わせながら愕然としている。殺さぬように多少の手加減をしたつもりだが、半端な魔力で放った訳ではない。これで片がつく、そう思って放った魔法だったのだ。
「う……嘘よ、嘘ですわ……なんですの、なんですの……これは一体なんですの!?」
魔族はプライドが高い者が多い、特にヴィネアはそれが顕著であった。
だからこそ許せず、認められないのだ。自分の魔法があっさりと掻き消されたことを。それも――彼女が蔑む人間に。
駆け出したジュードは即座にヴィネアの目の前まで距離を詰める。元々素早さが高いところに、今は身体的な能力が格段に上がっているのだ。更に速度を増したことで、スピードに自信を持つヴィネアでさえ反応が遅れるほどだった。
「認めませんわ、認めませんわ! 何かの間違いですのよ!」
眼前に迫ったジュード相手に、ヴィネアは動揺を露に声を上げる。だが、ジュードは手加減などしなかった。
逃げるようにアグレアスの元に駆け出そうとした彼女の背を、自らの身を軸に回転し、利き足で思い切り蹴り付けたのだ。所謂回し蹴りである。その足はヴィネアの左背中に直撃し、骨が砕ける感触がダイレクトに伝わった。まるで、先程彼女に甚振られたリンファの仕返しとでも言うように。
「きゃああああぁっ!!」
「ヴィネア!」
ヴィネアの身は、先程のように勢い良く吹き飛んだ。背を蹴られた痛みで彼女は大きく咳き込み、身を起こして地面に座り込みながらジュードを睨み返す。その表情には余裕など微塵も残ってはおらず、憎悪と怒りがありありと表れていた。
片手で口元を拭い、手の甲に付いた自らの血を見つめてヴィネアは奥歯を噛み締める。吹き飛んだ際に口の端が切れたのだろう。
アグレアスはそんな彼女を後目に、再び武器を構えた。
「ヴィネア、ここは退け、撤退だ!」
「アルシエル様がお待ちなのよ!? 贄を放置して逃げ帰ると言うの!?」
「いいから行け! ここで死にたいか!」
「死、ぬ……!? このわたくしが、人間風情に……!」
ヴィネアはアグレアスの言葉に悔しそうに表情を歪める。だが、彼女の身は頻りに痛みを訴えていた。当然だ、一部は骨が砕けているのだから。
傘を支えにその場から立ち上がったヴィネアは、静かにジュードに向き直り吠え立てる。そして、愛らしい筈の顔を気が狂ったように歪めながら怒声を放った。
「――覚えておきなさい、お前はもう逃げられないと言うことを! サタン様に喰われゆく運命は決して変えられないわ!」
その相貌は、幼く愛らしい少女とは全く異なっていた。憎悪と狂気に満ち溢れ、醜く歪んだものに変貌していたからである。見開かれた目は血走り、口は裂けるように左右に大きく開かれ、ヴィネアはそう言い残して自らの足元に黒い魔法円を出現させた。
瞬く間に彼女の身は闇へと溶け込み、その場から姿を消したのである。先程サタンを送った転移魔法だ。
アグレアスは彼女がいなくなったのを確認し、自らの顔前まで剣を引き上げる。それを見て、ジュードも片手に持つ短刀を構え直した。表情は先程から全く変わらない。怒りを前面に押し出して、アグレアスを睨み付けている。
カミラは辺りに視線を巡らせ、痛む身を動かして詠唱を始めた。仲間全体の傷を治療する為の魔法だ。
マナはそれを見て、身を引き摺りながらリンファの元へ近寄った。リンファは意識を飛ばしていた訳ではない、ただ身動きが出来なかったのだ。
視線は先程から、ジュードに釘付けである。
「ジュード、様……」
「リンファ……大丈夫……?」
マナは倒れ伏したままの彼女の横で止まると、極力傷を刺激しないようにそっとその身を抱き起こした。倒れていた時には見えなかったが、リンファは胸元を大きく負傷していた。羽織るマントには真っ赤な鮮血がじんわりと滲み、マナは目を見張る。
一歩間違えれば、あの竜巻で首が飛んでいたかもしれない。そんなことにならなかったのは、リンファの身のこなしがあったからだと思われた。意図的か無意識かは定かではなくとも、恐らくは咄嗟に身を守ろうとした結果、首ではなく胸に風の刃が当たったのだろう。
だが、リンファは痛みに表情を歪めるでも苦悶を洩らすでもなく、寧ろ痛みなど今は気に留めていないように呆然とジュードを見つめていた。
「ジュード様は……あれほどまでに、お強い方だったの、ですか……?」
「……ううん、分からないの。吸血鬼を倒した時からなのよ、ジュードがあんな風になったのは……それまでは全然普通……ウィルの方が強いくらいだったわ」
ジュードのあの異常な力のことは、未だに何も分かっていない。何が理由なのか、何が原因なのか。なぜあのような力を持っているのか、何一つ分からないのだ。
一つだけ言えることは、あの状態になると敵なしと言うことだけである。
――その時、カミラの治癒魔法が発動した。
柔らかい白い光がマナやリンファ、そして離れた場所にいるウィルとルルーナ、更にはオリヴィアの身をも包み癒していく。だが、痛みは完全には取れなかった。まだカミラ自身、全身に走る痛みから上手く魔法の詠唱に集中出来ないのだろう。
マナは一度心配そうにカミラに視線を合わせたが、次いでこちらに駆けてくるウィルとルルーナに向き直る。
取り敢えず、未だ痛みはあるが全員が無事だ。一度に様々なことが起きてしまったが為に混乱こそしているが――皆が無事、それだけでも喜ぶべきことである。
そして、彼らの視線は改めてジュードに向いた。
アグレアスは大振りの剣を素早く振るが、ジュードは片手に持つ短刀で難なく弾き、的確に足にカウンターを叩き込んでいく。どれだけ優れた戦士であろうと、大地と繋がる支え――足が駄目になれば戦えない。
だからこそ、ジュードは集中的に足ばかりを攻めた。足を蹴り、そして斬る。気付けばアグレアスの両足は鮮血にまみれ、ズタボロだ。滴り落ちる血の量からして、その負傷が深いものであることは容易に理解出来る。
ジュードは息さえ乱すことなく、鬼の形相で挑みかかってくるアグレアスの一挙一動を眺め、トドメとばかりに彼の足首を思い切り斬り付けた。
「――ぐうぅッ! この俺が……まるで赤子のように……小僧、貴様……っ!」
「オレは小僧でも贄でもない、ジュード・アルフィアだ!」
アグレアスはその場に片膝をつくと、上がった呼吸を肩を上下させることで整え始める。そして、剣を大地に突き刺し支えとしながらジュードを睨み上げた。
そんな彼に対し、ジュードは軽く眉を寄せると一言ハッキリと言葉を向ける。
「ふ……ふふ、はははっ! そうか、俺はアグレアス――地のアグレアスだ、覚えておけ、ジュード・アルフィア!」
アグレアスは唐突に一つ笑い声を上げたかと思えば、口端を引き上げて笑みを刻む。そして改めて自らの名を名乗ると、追い詰められた状態であるにも拘わらず何処か嬉しそうに目を輝かせた。
だが、すぐに不敵に目を細めて妖しく笑う。
「――だがな、これで大人しく引き下がる俺ではないぞ。喰らうがいい!」
「……ッ!?」
ジュードが短刀を下ろした瞬間――アグレアスは地面に突き立てていた剣先を爆発させた。
地のアグレアスと言う彼は、大地を操る才能に秀でている。突き立てた剣を伝い、地面の中で一気に魔力を爆発させたのだ。
その爆発は粉塵を上げ、ジュードの視界を遮る。地面の中での爆発だった為に、衝撃でジュードの身は吹き飛んだ。無論、それはアグレアスも同じである。吹き飛ばされたアグレアスは痛む足に舌を打ち、ジュードを見据えた後に高く跳び上がる。そして、先程のヴィネアのように自らの身を黒い魔法円で包むと、その場から姿を消し――撤退したのだ。
「ジュード!!」
一方、思わぬ不意打ちで吹き飛ばされたジュードは危機を迎えていた。大地の爆発に伴い足場が崩れたのだ。
大地に亀裂が走り、端に飛ばされたジュードは近くの木もろともバランスを崩し崩落に巻き込まれる。彼が吹き飛んだ先は、運悪く崖だった。
ウィルとカミラは慌ててそちらに駆け出したが、とても間に合う距離ではない。
崖部分は大きく崩れ、ジュードは大地の崩落に巻き込まれた。
更に不運なことに、彼の黄金色に染まった双眸は時間切れとでも言うかのように、ゆっくりと元の翡翠色へと戻っていったのだ。当然、そうなると高まった身体能力も失われる。
地鳴りのような轟音を立てる崖にウィルとカミラは臆することなく駆け寄り、落ちていくジュードに咄嗟に手を伸ばした。だが、その手は空を切り、ジュードの身を捉えることはなかったのである。
辺りの闇が深く、崖の高さがどれほどであるかは分からない。ウィルとカミラは、崩れた崖と共に闇の中に落ちていくジュードの姿に悲鳴のような声を上げた。
「――ジュード、ジュード!!」
己を呼ぶ仲間の声を聞きながら、押し寄せる疲労感に耐え切れずジュードは静かに意識を手放した。
幸いにもそれほどの高さはなく、崖の下は川だった。落ちてきたジュードの身を聳える木々が受け止め、落下の衝撃を幾分か和らげて川に落ちたのである。不幸中の幸いだ。
浅い川はジュードの身を押し流す事もなく、意識を飛ばしたままの彼は川辺で倒れていた。共に落ちた岩や石、そして木が辺りに無残に転がっている。
そこへ、歩み寄る影が二つほどあった。
「……アレだな」
「ええ、そうよ」
一人は落ち着いた低い声、青み掛かった銀の髪を持つ長身の男だ。青の双眸を細めて、倒れているジュードの傍らへ黒い外套を翻しながら歩み寄る。
その隣には柔和な笑みを浮かべるもう一人の姿があった。木々の葉の如く鮮やかな緑色をした長い髪が風に揺れる。雪の降る地方だと言うのに、衣服はチューブトップのインナーにスカーフをマントのように巻いただけと言う装いだ。肌が露出しており、何とも寒々しい。
だが、そんな様子に構う事もせずに長身の男は、そっと小さく吐息を洩らして呟きを一つ。
「……交信状態を保っていられたのは、僅か五分か」
「あら、五分でも充分立派なものよ。大したものだわ」
何処か楽しそうに告げる相棒に、男は複雑な表情をして振り返る。だが、特に何かしら言及することはせず、代わりにまた一つ溜息を零した。
そしてジュードへ向き直ると、男はその身を両腕で抱え上げて静かに立ち上がる。それでも、ジュードは目を覚まさなかった。