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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第二章〜魔族の鳴動編〜
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第四十一話・忍び寄る影


 ウィルは先を歩くリンファの後に続く。渡されたままのハンカチを何とはなしに見下ろしながら、口を噤んだ。

 ――彼女は、本当にしっかりしている。そう思いながら小さく溜息を吐いた。

 リンファは十歳の頃に親を失い、闘技奴隷(とうぎどれい)になり――そして十三歳の頃に兄を殺された。そして、その後にオリヴィアや国王に買われたのだろう。

 しかし、ウィルはそこで奇妙な点に気付く。


「……あれ? なあ、リンファ。君が水の国に来たのって、何歳の時だ?」

「十四歳の時です、賭け試合を見に来ていた国王様やオリヴィア様に気に入って頂いて……」

「グランヴェルは完全鎖国の筈だろう? お姫さん達は入国も出国も出来るのか?」


 地の国グランヴェルは、約十年前の魔物の狂暴化の時から完全鎖国の体制を貫いている。出国さえも厳しく制限されているのだ。

 そこへ、国王やオリヴィアが水の国から試合の観戦に行ったと言うのはおかしい。

 リンファは歩みを止めぬまま肩越しにウィルを振り返ると、一度だけ小さく頷いた。


「地の国の王族の許可があれば、王族や貴族限定で入国が許されるのです。一般の者や旅人は無理ですが……」

「ったく、これだからお偉いさんってのは……結局、自分達ばっかりかよ……」


 返る返答に、思わずウィルは不愉快そうに眉を寄せた。

 地の国が完全鎖国になっていることは世界的に知られている。鎖国状態になってしまったが為に、転職を余儀なくされた商人達も多い。

 当然である。地の国には様々な取引相手がいたのだ。貴族が数多く存在し、経済的にも余裕がある。商人達も地の国に出入国出来る頃は良かったが、そんな羽振りの良い取引相手がいなくなってしまったら稼ぎようがない。今でこそ彼らの転職も落ち着きはしたが、当時は収入が激減した商人は数多く存在したのだ。

 それだと言うのに、地の国の王族や貴族達は隣国の王族と貴族を招いて賭博遊びに勤しんでいるとなると、面白い筈がない。ましてや、人様の命を賭け事にした死の遊び(デス・ゲーム)なのだから。

 ウィルは滲み出る不愉快さを隠すことなく、表情を歪めることでありありと表に出した。

 そして、またすぐに正面に向き直って歩くリンファの背を眺める。彼女はオリヴィアに恩があると言っていたが、ウィルはどうしても納得は出来なかったのだ。


 * * *


 その一方、鉱石を採り先に外に出たジュード達は馬車の元へと戻っていた。外は既に薄暗く、これから夜の帳が降りてくる。

 馬を休ませていた小屋の中で暖を取り、一息。相変わらずオリヴィアは不機嫌そうなままだが、ジュードの隣を離れようとはしない。

 当然、マナとルルーナは不愉快そうに彼女を見つめる。

 緊迫した雰囲気は、流石のジュードでも感じられた。緊張感の漂う小屋の中が非常に息苦しい。特に会話らしい会話もないから、余計にだ。

 なんとかジュードは思考をフル回転させ、話題を探す。


「……ウィルとリンファさん、大丈夫かな?」

「大丈夫ですわ」

「そうね」

「ええ」


 なんとか話題を捻出しても、オリヴィア、マナ、ルルーナ。それぞれ一言だ。

 そして、また気まずい沈黙が降りる。ジュードは窓越しに外を見遣ると、座っていた床から立ち上がった。


「ジュード様?」

「座ってなさいよ」

「そうよ、まだ怪我が治ってないんだから」

「い、いや、オレ、ちょっとカミラさん探してくるよ」


 最早、こんな部分まで一丸である。

 ジュードは珍しく引き攣ったような笑みを表情に貼り付かせると、慌てて頭を左右に揺らして玄関先へと足を向けた。心なしか、その顔色はやや青い。

 更に何か言葉が掛かる前にと、ドアノブを捻り早々に小屋を後にする。外に出てしまえば寒さはあるが、気持ち的には随分と楽だ。

 出来るだけ冷風を室内に入れないようにジュードはすぐに扉を閉めてしまうと、背中と後頭部を扉に預け軽く天を仰ぐ。疲れ切ったように目を伏せて深い吐息を洩らした。

 備え付けの簡素な厩舎には、馬車の馬が二頭。干草を食べながら円らな瞳でジュードを見つめ、不思議そうに小首を捻る。

 ジュードはそんな二頭の馬に歩み寄ると、両腕を広げてそっと抱き着いた。


「ああ……お前達が癒しだよ……」


 ヒヒン? と不思議そうなイントネーションで小さく鳴いた馬に、思わずジュードは笑う。


 ――どうしたの? 大丈夫? 疲れてるの?


 そんな言葉が頭の中に響き、そっと眦が和らぐ。ジュードは馬の背をそれぞれ撫で摩り、いつもの労働を労った。メンフィスの馬だと言うのに、主がいなくてもよく働いてくれるものだと思う。本来ならばまだまだ時間が掛かる道のりを、馬が走ってくれるからこそ短縮出来ているのだ。


「本当なら小屋に入って一緒に暖まれたら良いんだけどな。……あ、そうだ。ちょっと待ってろよ」


 だからこそ、外に放置と言うのはジュードには気が引ける。しかし、小屋は狭い。

 第一、馬を一緒に小屋に入れて暖まる旅人など、あまりいないだろう。

 だが、ジュードは名案を閃いたとでも言わんばかりの様子で手を叩くと、二頭の馬に声を掛けてから駆け出した。

 取り敢えず、カミラを探そう。そして薪を幾つか手に入れて、外で火を起こせば良い。そう考えたのだ。そうすればあの重苦しい雰囲気の中に戻ることもなく、馬と共に暖を取れる、と。

 カミラは、小屋に着くなり暖炉に入れる薪を探して外に出ていた。ジュードも同行しようとしたのだが、怪我人ということもあり休んでいるよう言われたのである。

 暖炉の近くには補充用の薪はあったが、数が足りない。小屋の中は本当に質素で必要と思われる家具しかなく、非常に狭い。狭いからこそ火を起こせばすぐに小屋全体が暖かくなるのだが、そんな中で補充する分がなくなれば拷問だ。

 ジュードはカミラを探して、森の奥へと足を向かわせた。

 小屋は森の出入り口近くに建っており、平原からもその姿が確認出来る。鉱山からも近く、採掘作業に来た者達が休憩用に使っていた場所だと思われた。ウィル達が出てくれば、すぐに合流も出来る筈である。

 心配ではあるがウィルとリンファを探しに行って入れ違いになろうものなら、また叱られるだけだ。


「……リンファさんに、これ返さないとな」


 そう呟いて、ジュードは腰に据え付ける短刀に視線を下ろす。結局あのゴーレムとの戦いで借りたまま返せていない。

 今はただ、二人が無事に戻ってきてくれることを願うだけであった。


 しかし、そんな時。

 ジュードは身が竦むような錯覚を覚える。まるで全身が先に進むことを拒否しているような、そんな感覚だ。

 意思に反して全身――特に背中が粟立つような錯覚。

 ザア、と。辺りの木々が風に揺らされ、木の葉同士が擦れ合う乾いた音がジュードの鼓膜を揺らす。

 辺りは暗い。高く生い茂る木々が空を隠し、月明かりさえ射さない。暗く鬱蒼とした不気味な森である。


「あ……、う……な、なんだ……?」


 ドクン、と鳴る心音が、嫌になるほどに耳に付く。

 カミラと目を合わせた時とは異なる感覚だ。胃の辺りが締め付けられるような不快感。知らず速くなる呼吸。雪の降る寒い中だと言うのに、ジュードの頬は一つ汗が――冷や汗が伝った。


 知っている。知っている。知っている。

 自分は、これを知っている。


 妙な既知感を感じて、ジュードは固唾を呑む。

 やがて、そんな彼の耳に何かを引き摺るような音が届いた。

 引き返した方が良い。頭はそう警鐘を鳴らしているが、ジュードはまるで金縛りにでも遭ったかのように動けなかった。指一本でさえ自分の意思で動かせないような、そんな極度の緊張状態にあったのである。

 そして、そんな彼の耳に更に別の音――声らしき低音が届いた。


 ――贄……贄……。



「…………!!」


 そして、暗い闇の中を動く何かの影を視界に捉えた。

 ジュードは息を呑んで、双眸を見開く。


 思い出した、思い出してしまった。この既知感の正体を。

 火の国に住むようになって見た、あの悪夢と同じなのだ。


 その刹那、影が動く。

 地面を這うように伝う影が、ジュードの身を捕らえようと勢い良く飛び出してきたのである。



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