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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第二章〜魔族の鳴動編〜
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第三十七話・アイスゴーレム襲撃


 程なくして最奥が見えてくると、広々としたそこにリンファはいた。

 先程の場所から最奥までは、もう目と鼻の先だったのである。

 採掘作業も中断を余儀なくされたのか、つるはしやスコップなど採掘に必要な道具はそのまま周囲に散乱している。これまでの道では簡素な線路しかなかったが、鉱石を運び出す為のトロッコは最奥で使われたきり、置き去りになっていた。

 岩壁には美しい色を湛える青い石が顔を出している。流石に研磨する前は光り輝くことはないのだが、天然石のままでも充分な美しさはある。探し求めていた鉱石にようやく辿り着いたのだ。

 だが、鉱石を掘り出して運び出す前にリンファのことが先だ。

 ジュードとウィルは、最奥空間の真ん中辺りに立って鉱石を見つめる彼女の背中に声を掛けた。


「リンファさん」

「……ジュード様、ウィル様」


 リンファは、これまでと変わらず無表情だった。傷付いたような様子さえ見受けられない。その無表情さが何処か悲しいとさえ思える。

 ウィルはそんな彼女の傍らまで歩み寄ると、軽く眉を寄せて一声掛けた。


「なあ、あんなお姫様の護衛やってて疲れないのか?」

「……オリヴィア様を悪く言わないでください」


 確かにそうだ。どのような姫であろうと、リンファはオリヴィアの護衛なのである。仕える主を愚弄して「無礼者!」と殴られないだけでも幸いだ。

 だが、ウィルもジュードも納得は出来ない。リンファはただジュードの怪我を治療しようと――少しでも痛みを和らげようとしてくれただけなのだ。何を叱られる必要があると言うのか。


「……聞いてしまいましたか、私のこと」


 そんな時、リンファが視線を横に逃がしながら小さく呟いた。

 知り合ってからというもの、彼女が自分から声を掛けてくることが全くと言って良いほどになかったこともあり、ウィルもジュードも反応が一拍遅れた。内容も内容だ、返答にも反応にも困る。

 しかし、隠してもどうにもならない。ウィルは小さく頷いた。


「ルルーナに聞いたよ。君が……その、闘技奴隷だったんじゃないか、って」

「……はい、そうです。私はグランヴェルの王都グルゼフで闘技奴隷をしていました。そんな私をオリヴィア様が買い取って下さり、そして私は奴隷から解放されたんです」


 リンファのその返答に、ジュードもウィルも改めて認識する。

 地の国グランヴェルでは、今も人身売買が平気で行われているのだと。閉ざされている国だからこそ出来ることだ。

 地の国には奴隷がいて、その奴隷は売買されている。人権さえも剥奪され、更には消耗品のように――そして賭博と言う名の娯楽に日々使われているのだ。それはやはり、ジュードにもウィルにも衝撃を与えた。『買い取ってもらった』などと、人が人に対し使う言葉ではない。もちろん自分自身に対しても。


「私はオリヴィア様にご恩があります。国王陛下も、こんな私にオリヴィア様の護衛を任せて下さいました。だから……」

「だから、あんなこと言われても受け入れるのか?」


 当たり前のように淡々と言葉を連ねるリンファに対し、それまで静観していたジュードが一声掛ける。リンファはウィルの肩越しに彼を見つめると、僅かな空白を要してから静かに頷き肯定を返した。

 だが、ジュードは軽く眉を寄せると小さく頭を左右に揺らす。


「……君は、王女の護衛なんかじゃない」

「……ジュード様?」

「君は護衛じゃなくて、王女の奴隷だ」

「――ジュード!!」


 ジュードの言葉にリンファは双眸を見開き、ウィルは弾かれたようにそちらを振り返った。普段から纏め役として冷静さを保つ彼にしては珍しく、怒鳴るように声を上げる。

 ウィルはジュードの傍らに戻ると、肩を掴もうとして――思い留まる。彼は肩を負傷しているのだ。無遠慮に掴んで、更に悪化させてしまう訳にはいかない。


「だってそうだろ、あんなこと言われても従わなきゃならないなんて! 護衛って言うより奴隷みたいな扱いじゃないか!」

「……」

「リンファさんは善意でああしてくれた筈だ、それなのに! 君は人間なんだぞ!」

「分かった、分かったから。落ち着けジュード、熱くなると傷口がまた開くぞ」


 ウィルとてジュードと全く同じ考えであり、同じ気持ちだ。

 しかし、奴隷であった彼女に直球で「奴隷だ」と言葉にするのはどうなのだ。ウィルはそう思った。

 ジュードはそこで我に返ると、何度かウィルとリンファとを交互に眺めてから気まずそうに視線を下げる。ジュードは確かに優しい男だが、如何せん頭に血が上ると周りが見えなくなるのが玉に瑕だ。


「……ごめん」

「いえ、……あの、私――」


 幸いにも、リンファはそう気にはしていないようだった。ウィルは小さく安堵を洩らすと、改めて謝らせようと軽く眉を寄せてジュードを見遣る。兄貴分として弟の粗相を見過ごす訳にはいかない。

 だが、リンファが幾分言い難そうに口を開くのに気付けば、ジュードとウィルは改めて彼女へと視線を戻した。

 ――が、その瞬間。


「うわっ!」

「な、なんだ!?」


 不意に、轟音を立てて奥の岩壁が崩壊したのである。内部から何かに破壊されたような、そんな崩れ方だ。

 大小様々な岩が地面へと落ち、岩壁が次々に崩れていく。その中にはジュード達が求める鉱石も含まれていることは間違いない。粉々になってしまわない限りは問題ないが、出来ることなら余計な傷は付けたくなかった。

 しかし、リンファは崩壊する岩壁の向こうに動く影を目敏く捉える。そして身構えた。


「中に……壁の中に何かいます!」


 リンファのその言葉通り、ジュードとウィルもその影を捉えた。

 特に目が利くジュードでも気付くのに遅れたのは――蠢くその影が、あまりにも巨大であったからだ。

 巨大過ぎるが故に、何かの影だと気付くのに遅れてしまったのである。


「な……なんだ、コイツは……!?」


 ウィルは紫紺色の双眸を見開き、驚愕に表情を強張らせる。崩れた岩壁の中から出てきた影の正体は、あまりにも大きな生き物だったのだ。

 全長七メートルはありそうな、氷の人形――アイスゴーレムであった。身体部分は非常に太く、そう簡単には刃を通しそうにない。見るからに堅そうだ。

 身体全体が氷で出来ており、刃物を受け付けるとは思えなかった。

 ゴーレムは眠りから目覚めたように地鳴りとも言える咆哮を上げると、ジュード達を見下ろす。

 鼓膜が破れ飛んでしまいそうな咆哮であった。全身が怯えるように竦むのを感じて、ジュードもウィルも拳を堅く握り締めることで自らを叱咤する。


「……オ、オレの所為?」

「かもな……」


 怒声を張り上げたことで眠りから覚めたのか。そんなことさえ思いながらジュードが呟くと、ウィルが賺さず揶揄を向ける。視線はゴーレムに合わせたまま。

 どんな状況でも――否、こんな状況であるからこそ常の軽口を叩くことで、なんとか平静を保つよう努める。相手が大きすぎる、下手をすれば攻撃一つで致命傷、もしくは即死などと言う考えたくもない想像が頭を駆け巡った。

 そしてゴーレムは口と思わしき箇所から白い吐息を洩らしながらジュード達を見下ろし、青白い眼を光らせた。――敵、と認識したらしい。


「――来るぞ!!」


 鉱石を手に入れるには、決して避けては通れない道である。

 ウィルは槍を素早く構え、リンファは短刀を引き抜く。そしてこちらを見下ろす巨大なゴーレムを見上げた。



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