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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第二章〜魔族の鳴動編〜
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第三十三話・思い出の少女


 まさか、とは思うのだが。

 国王は娘であるオリヴィアを溺愛している。娘のことを思えばこその結婚、婚約に関する話でないとは言い切れない。

 そんなジュードの心情も露知らず、国王は静かに彼を振り返ると開いた距離を埋めるように大股で正面まで歩み寄ってきた。ずんずんと遠慮もなく、一目散に。

 そしてジュードの両肩にそれぞれ手を置くと、更に詰め寄る。ジュードは思わずその勢いに気圧されて数歩後退した。


「――ジュード君!」

「は、はい」

「その、君に一つ聞きたいことがあるのだが……よいかね?」

「か、構いませんが……」


 ジュードは背後の壁に背中を付けるような形、そして多少仰け反るような状態でぎこちなく頷く。なぜって国王があまりに近いからだ。

 何処か必死な表情、また多少赤ら顔で幾分声量を抑えながら問い掛けてくる。ジュードの返答を聞き、国王は再度忙しなく辺りを見回して人影や気配の有無を確認した。

 そして特に人の気配がないことを理解すると、真剣な表情でジュードに向き直る。


「君は……テルメースと言う女性を知っているかね?」

「…………は?」


 予想だにしない問い掛けに、ジュードはたっぷり間を空けてから一つ疑問の声を洩らす。その後に問われた内容を頭に認識させた。

 しかし、幾ら考えてもジュードには聞き覚えのない名前である。緩く眉尻を下げると小さく頭を左右に揺らした。


「い、いえ……知りませんが……」

「ほ、本当かね? 本当に知らないのかね!?」

「は、はい」


 ジュードの返答に国王は双眸を見開き、彼の両肩を掴む手に力を込める。恐らくは無意識なのだろうが、右肩に重い傷を負うジュードにとっては結構痛い。しかし、相手は必死だ。痛いとはどうにも言えない雰囲気である。

 だが、何度思い返してみてもジュードには聞き覚えのない名前だった。

 国王はややあってから軽く頭を垂れると、見るからに気落ちした様子でジュードの肩から手を離す。別に何か悪いことをしたと言う訳ではないのだが、そんな国王の様子を目の当たりにしてジュードは罪悪感を抱いた。


「あ、あの……すみません」

「いや、君の所為ではない……すまなかったね、痛かっただろう」


 国王はそこでようやく平静を取り戻したらしく、つい今し方まで強く掴んでいたジュードの右肩をそっと優しく撫で付ける。

 暫し無言のままそうしていたが、やがて彼は静かに重い口を開いた。


「……君はな、似ているんだよ。嘗て私が愛した女性に」

「それがテルメースさん、ですか?」

「うむ、とても美しい少女でね。目元など、君は本当にそっくりなんだ。娘が君を連れてきた時は驚いたものだよ」

「そうか、それで……」


 その言葉で、国王がなぜジュードを意味ありげに見つめてくるのかがようやく理解出来た。嘗て愛した女性に似ていると言うことであれば、気になるのは当然だろう。

 懐かしそうに――しかし、何処か寂しそうに語る国王にジュードはそっと目を細めた。


「……その人は、今は?」

「分からない。生きているのか、既に亡くなっているのかどうかも……私は出来ることなら彼女に謝りたいのだ」

「謝る?」


 国王の表情は何処までも優しく、寂しそうでありながら穏やかさも滲んでいる。本当にその女性を愛していたのだと、ジュードは言葉にこそ出さないがそう悟る。

 ――否。彼は今もまだ彼女を想っているのだ。だからこそ、あんなにも人目を気にする。

 オリヴィアと言う娘がいるのだから、当然王妃もいるだろう。家族を持ちながら、それでいて過去の女に心を囚われたままの現状に彼は恐らく罪悪感も同時に抱いている。


「今から二十年以上は前にはなるのだろうか……私は彼女を一目見ただけで欲しくなってしまってね。オリヴィアのように強く迫ったものだよ、どうしても彼女の心を射止めたかった。だが、そんな強引な姿勢を嫌われてしまったんだ」

「……」

「暫く頭を冷やしてから彼女に謝りに行ったのだが……その時には、彼女は既にこの国からいなくなっていた。旅の男に付いていく形で出て行ってしまったと聞いたよ」

「……その後の行方は?」


 ジュードの言葉に、国王は目を伏せて小さく頭を横に振る。つまり彼はフラレて以来、彼女には逢っていないということになる。

 二十年以上もこの王はたった一人の女性を愛してきたのだと思うと当人ではないものの、ジュードは軽く胸を締め付けられた。

 彼が彼女にもう一度逢い、せめて謝ることで気持ちを解放出来たら良い。そして今ある家族と真っ直ぐに向き合えたら。純粋にそう思った。


「あの、王様。テルメースさん、で……いいんですよね」

「うん?」

「オレ、結構仕事で色々な国に行くんです。もしご迷惑でなければ、行った先々でその人の行方を知っている人がいないか聞いてみます」


 ジュードはこれまで仕事とあれば何処の国にでも足を運んできた。流石に完全鎖国で立ち入りを制限されている地の国にまでは行ったことはないが、他の国ならば頻繁に出入りする身である。更に今現在は火の国に身を置いているのだ、情報はある程度得られる可能性が高い。

 その突然の申し出に王は目を丸くさせ、そして嬉しそうに目を細める。


「……ありがとう、君は本当に彼女によく似ている。目元もそうだが、そういった優しいところなどそっくりだよ」

「いえ、そんなことは……」



挿絵(By みてみん)



 困ったように視線を下げて頭を横に振るジュードに対し「ふふ」と国王はまた一つ微笑ましそうに笑う。

 そして背中を向けて柵に歩み寄ると、改めて腰の後ろでゆったりと手を組み再度口を開いた。


「ジュード君。君は、もしも自分の愛した人が重い使命を背負っていたとしたら……どうする?」

「え?」

「私には分からないが、彼女は何か使命を背負っていた。器の小さいあなたには、私は心を許せない――そう言われたよ。もし君が私と同じ立場であったら……どうする?」


 改めて向けられた思わぬ問い掛けにジュードは翡翠色の双眸を丸くさせて、数度瞬く。

 国王はそれ以上は何も言わずに振り返り、真っ直ぐにジュードを見据えた。それを見て、ジュードは国王の言葉を脳内で反芻する。

 もし、自分の愛した人が重い使命を背負っていたら。

 そこでジュードの頭に浮かぶのは、他でもないカミラの存在であった。彼女と一緒にいる時間は暖かくて幸せで忘れがちにはなるのだが、彼女は人と人との争いを避ける為にヴェリア大陸からやってきた少女である。重い使命と言えなくもない。

 使命を持つ彼女に対し、自分は――ジュードはそこまで考えたが、悩むような要素は見つからなかった。真っ直ぐに王を見つめ返して一言だけを告げる。


「――オレは、使命ごとその人を愛します」


 その返答に、国王は目を細めて満足そうに笑った。


 * * *


 城を後にし、ジュード達は王都出入り口近くにある厩舎に向かっていた。馬車の馬を迎えに行く為だ。

 その道すがら、ジュードが口を開く。


「なあ、ウィル」

「ダメ」


 ジュードは一歩前を歩く彼に声を掛けただけである。しかし、ウィルはたった一言だけを返してきた。

 それを聞いて、ジュードは軽く眉を寄せると不服そうに彼の片腕を掴む。


「……まだ何も言ってないだろ」

「言わなくても分かる、武器を買ってくれって言うんだろ?」

「う……」

「何年の付き合いになると思ってるんだ、お前の考えてることなんてお見通しだよ」


 睨むように双眸を細めながら肩越しに振り返るウィルに対し、ジュードは言葉に詰まる。要件としてはまさに彼の言うことそのものであったからだ。

 メンフィスから貰った剣は吸血鬼との戦いの際に折れてしまった。ジュードは今、武器を何も持っていない。だからこその要求ではあったのだが、ウィルはそれを良しとしなかった。

 歩みを止めないまま、彼は淡々とした口調で言葉を連ねていく。


「お前な、自分の怪我の深刻さを少しは理解しろよ。他の傷はともかく、その右肩はそう簡単に治るモンじゃないんだからな」

「そうよ、本来ならまだゆっくり休んでてもいいくらいなのに」


 次々と繰り出されるウィルの言葉にマナも便乗する。それを聞いてジュードは軽く頭を垂れた。確かに彼らの言う通りなのである。

 動かすだけならば支障がなくなりつつはあるのだが、それはあくまでも『ただ動かすだけ』の動作だ。武器を持ち、振るえるようになるにはまだ暫く時間が必要と思われる。

 まずは日常生活を支障なく行えるようになって、それからと言うような状態だ。とても戦闘になど参加させられるものではない。

 だが、ジュードには心配もあった。

 ウィル、マナ、カミラ。この中で心配なく前衛で戦えるのはウィルだけなのだ。

 マナは明らかに後方支援型の戦闘スタイルであるし、カミラとて常に前衛で戦えるだけの耐久性はない。剣を扱って戦う彼女だが、防御面に於いては些か不安が残る。

 同じく前衛を張るジュードが戦闘メンバーから外れることは、ウィルの負担が増えることに繋がるのだ。


「……ウィル一人じゃ、前は辛いだろ」

「お前を守りながら戦うんじゃ余計辛いっつーの」

「うう……」


 ジュードは別に好き好んで戦いたい訳ではない、ただ単純に仲間が心配なのだ。

 だが、それは仲間とて同じことである。ただジュードが心配だから、休んで欲しいから。理由としては他にない。

 改めてジュードは頭を垂れた、今度は小さく唸りながら。

 彼の後ろを歩いていたカミラは、そんなジュードの背中を見つめる。緩く唇を噛み締めて拳を握り締めた。


『――オレは、使命ごとその人を愛します』


 ジュードが国王の問いに答えた時、カミラはバルコニーの扉の外にいた。そろそろ行こうかと、仲間達の支度も終わりジュードを呼びに行っていたのだ。

 扉をノックしようかと思った矢先に、その言葉が耳に届いた。カミラは思わず息を呑んで立ち尽くしてしまったのである。

 ――羨ましいと、純粋にそう思った。いつか現れるだろう、そんな風に彼に愛される女性が。

 もし自分がその立場であったなら、と考えてすぐに止めた。例え彼に愛されても、カミラはジュードを愛すことをしない。無意味な考えだとして即座に頭から打ち消した。

 しかし、彼女はジュードが好きだ。彼が落ち込んでいる姿など見たい筈もない。カミラは頭を垂れるジュードの傍らに駆け寄ると元気付けるように声を掛けた。


「ジュード、わたしが頑張るから心配しないで」

「え……な、何言ってんのカミラさん。そんなの余計ダメに決まってるじゃないか!」

「どうして?」

「どうして、って……君は女の子じゃないか……」


 それはジュードにとって特に避けたいことであった。

 想いを寄せているから、と言うだけではなく女性が傷付くのを黙って見ているのはジュードにとって苦行以外の何でもない。

 しかし、カミラは軽く眉を寄せると頬を膨らませた。


「女だけど、ちゃんと戦えるよ」

「そ、それは分かってるけど」

「無理したらダメっていつも言うのはジュードだよ、今はジュードが無理したらダメ!」

「う……」


 それを言われると、ジュードにはもう何も言えなかった。

 それでも暫し唸ってはいたが、頬を膨らませて怒るカミラを前にやはり何も言えずに閉口する。ちょうど見えてきた厩舎を確認して、ウィルは薄く笑って再度ジュードに一声掛けた。


「まあ、カミラが言うように無理しないで今はゆっくり休んどけ。そんな身体で暴れ回ったら余計に治りが遅くなるぞ」

「そうね、ジュードの分は私が頑張ってあげるわ」


 ウィルの揶揄するような言葉に次いで、それまで静観していたルルーナが口を開く。それを聞いてジュードのみならず仲間達の視線が一斉に彼女に向いた。

 朱色の双眸を丸くさせ、何度か瞬きながらマナは頭に浮かんだままの疑問を口にする。


「あんた戦えるの?」

「一応はね。ああ、けど前線なんて冗談じゃないわよ、私のこの美貌や身体に傷が付くと悲しむ男はたくさんいるんだから」

「……はいはい」


 結局ウィルの負担は減らないようだが、一人増えるだけでも随分と違う。

 マナもオリヴィアの所為かお陰かは定かではないが、随分とルルーナの発言にも免疫が付いてきたようだ。前は睨みを利かせていたような発言にも小さく頷いて相槌などを打ったり、やり過ごせるようになっていた。

 完全和解とまではいかないようだが、良かったとジュードは思う。

 ――が、そこへ。またしても波乱が押し寄せる。


「ジュード様ぁ、ウィル様ぁ!」

「え……」

「もうっ、遅いではありませんか!」


 厩舎の出入り口に、オリヴィアとリンファが立っていたのである。

 先程までのドレス姿とは打って変わり、昨日洋服屋で会った時のようなチュニック型ワンピースに身を包んでいる。更にはリンファが何やら大きな鞄などを抱えていた。一同は嫌な予感を覚える。


「なんでお姫さんがここにいるんだ?」

「それはもちろんっ、わたくしもご一緒させて頂くからに決まっておりますわ!」

「な……っ」


 ウィルが問い掛けると、オリヴィアは待ちきれないと言わんばかりの様子で駆け寄ってきた。表情には至極嬉しそうな満面の笑みを浮かべて。彼女の艶やかなツインテールが太陽の光を受けて輝く。

 勢いそのままに一目散にジュードへ駆け寄り、そしてそのまま飛び付いた。


「ジュード様はわたくしの白馬の王子様ですもの、どこまでもお供致しますわ」

「ジュードは私のなんですからね! さっさと離れなさいよ!」

「ルルーナ! あんたもいい加減なこと言わない!」


 まさに死の三角関係。デッドトライアングルである。

 ジュードに抱き付くオリヴィア、そんな彼女を引き剥がそうとするルルーナ、そのルルーナの発言を咎めるマナ。

 ジュードはそんな彼女達に挟まれ、疲れ果てたようにまた頭を垂れた。今日は朝から疲れっぱなしである。

 カミラは決意したとは言え、そうすぐに気持ちが切り替えられる筈もない。やはり面白くなさそうに不貞腐れ、ウィルに一声掛けて早々に足を進めた。


「ウィル、行こう」

「あ、ああ。行こう、行こうか。触らぬ神に祟りなしってヤツだな」

「いや、助けろよ!」


 いつもはあれこれと助けてくれるウィルまでもが嫌々するように力なく頭を横に振り、早々に厩舎に入っていくのを見て思わずジュードはツッコミの如く声を上げた。

 無理もない。ウィルも疲れているのである。

 その間もマナやルルーナの言葉は止まらないし、オリヴィアはしっかりと抱き付いたまま離れない。リンファは特に助け舟を出すことなく静観している。

 なんとも、先行きが不安になる出発であった。


 そんな彼らは知らない。

 王都出入り口からやや離れた外。


 そこに聳える樹の下に、二つの人影があったことを。



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