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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第二章〜魔族の鳴動編〜
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第三十二話・朝のひと騒動


 ウィルは、鼓膜を揺らすけたたましいモーニングコールに慌てて飛び起きた。

 ――否、それはモーニングコールと呼ぶには相応しくないものである。ウィルが即座に眠りと微睡みから覚めるほどのもの、そして音量。

 王城の客室に設えられた柔らかな布団の感触を寝起きに楽しむ暇も身支度を整える暇もなく、鉄砲玉の如く部屋を飛び出していく。

 それもその筈。ウィルを心地好い眠りから覚醒させたモーニングコールは、隣室から聞こえてきた悲鳴であったからだ。

 ――隣室。そこはジュードに割り当てられた部屋だった。

 ジュードと言うのは、余程のことがなければ悲鳴と言うものを上げない男である。目の前で女が泣いただとか、想いを寄せるカミラのパンチラでも拝めただとか、彼の大嫌いなものが現れたなど、そう言ったアクシデントがあれば別かもしれないが。

 兎にも角にも物怖じもせず肝の据わった、時に悪い意味で空気の読めない男なのだ。

 そのジュードが広い城中に響き渡りそうなほどの「ぎええええぇ」などと言うけたたましい悲鳴を上げたのだから、恐らくただ事ではない。寝起きの頭とは言え、声も聞き間違う筈がない。ウィルにとっては聞き慣れたジュードのものだ。

 ウィルは自分に割り当てられた部屋を飛び出して隣室へと急ぐ。何があったのか、怪我が悪化したのか、血が出たのか。様々な不安が頭を駆け巡った。


「ジュード! どうした、何が――ぐふッ!」


 ウィルが扉を開けたと同時、彼の鳩尾に重い衝撃が走る。思わず咳き込みよろけてしまいそうになりながらも、前に引っ張り込まれるような力に意識を戻す。一体なんだと見てみれば、ウィルの首に両腕を回してしがみつくジュードだった。

 ウィルが扉を開けたのとジュードが部屋を飛び出そうとしたのは同時だったのだと思われる。

 扉を開けたウィルは運悪く、ちょうど部屋を出ようと全速力で飛び出すジュードの体当たりを思い切り喰らったのだ。ジュードはジュードで、勢いのまま体当たりをぶちかましたウィルに両腕を回してしがみつき、声もなくブルブルと震えて頭を横に揺らす。顔面など真っ青だ。


「お、おいジュード……? どうした、何があった?」

「め、目が覚めたら、オレの、上……っ! こ……こわ……ッ!」

「は?」


 今日は朝から珍しいことだらけである。

 ジュードがらしくもない悲鳴を上げたかと思えば、その彼が真っ青になってガタガタと身を震わせながらウィルに助けを求めている。上手く声も出ないのか、途切れ途切れに言葉を羅列して頻りに頭を振るばかりだ。

 だが、ふと室内から聞こえた声にウィルは顔を上げた。


「もう、ジュード様ぁ。どうしてお逃げになるんですの?」

「あんたかい……」

「ウィル様、おはようございます」


 それまでジュードが寝ていただろう部屋の中には、オリヴィアがいた。

 もちろん、ただいるだけならジュードだって流石に悲鳴は上げないし、普通に挨拶をして日常的な会話をしながらのんびり――も出来るかもしれないが、彼が悲鳴を上げた原因は彼女の姿だ。


「あのさぁ、お姫さん……俺の可愛い弟が女性恐怖症になる前にそう言うのやめてやってほしいんだけど……」


 今のオリヴィアはと言うと、大人下着としか言いようのないものを身に付けていた。

 所謂セクシー系のランジェリー姿である。ベビードールと言われるふんわりとした可愛らしい下着。しかも完全シースルーで、透けて見えるショーツは実に際どい形をしている。

 ベビードールの刺繍のお陰か、胸部分はブラなど付けていなくても幸か不幸か肝心な部分は見えていない。

 色は黒。それが余計にセクシーな色香を強調する。その反面、今日の髪型は頭の高い位置で二つに結ぶツインテールらしい。多少なりとも幼い印象を受ける。髪型のキュートさと下着のセクシー系のアンバランスさが何とも言い難い。

 そんな格好で自分に跨っただろう彼女を目覚め一発に見たジュードの心境を考え、ウィルは同情した。悲鳴が出る訳である。


「まあっ、どうしてですの? わたくしこんなにジュード様のことをお慕い致しておりますのに」

「いや、コイツそう言うのに免疫ないから……」

「それで良いのですわ、ジュード様はわたくしだけでっ! ねぇ、ジュード様?」


 確かに女性側にとっては、女――ましてや裸体に近い下着姿などに免疫がない方が良いのかもしれない。

 しかし、オリヴィアがそのままの姿でジュードに歩み寄ると、ウィルにしがみついたままの彼は喉奥を引き攣らせるような声を洩らし一目散に部屋を飛び出していく。顔面など蒼白に近い、完全にパニック状態だ。

 好きな娘ならばともかく、嫌いとまではいかないだろうが会って間もない女性に迫られると言うのは、ジュードには刺激が強過ぎたようだ。正直、そのままの姿で近寄るのはやめてほしい。ウィルとてそう思った。

 嬉しい、嬉しいんだけど嬉しくない。見たいんだけど見たくない。複雑な葛藤である。

 ――しかし、そこへ。


「ウィル、あんた……何やってんの……!?」

「――マ、マナ……ッ!?」

「朝っぱらから! こんのスケベ!」

「ち、違う! 違うんだって、誤解だ!」


 後ろから聞こえてきた怒りを押し殺すような声にウィルが振り返ると、そこには顔を真っ赤に染めたマナと怪訝そうな表情を浮かべるルルーナがいた。恐らく彼女達もジュードの悲鳴を聞きつけてやって来たのだろう。

 しかし、ウィルの肩越しには際どい下着姿のオリヴィアが見える。

 慌てて否定するウィルにも構わず、マナは拳を握り締めると彼の頬に一発叩き込んだ。マナは腕力は低いが、流石に殴られても痛くない訳ではない。


「(俺って可哀想……)」


 目の前に星が散るのを見ながら、ウィルはそう思った。


 一方でジュードは部屋を飛び出した後に突き当たりの通路を曲がり、改めて障害物か何かにしがみついて止まった。

 顔面蒼白になりながら肩を上下させることで上がった呼吸を整え、目が覚めてからの僅かな時間に起きた出来事を思い返す。

 だが、ジュードにとっては恐ろしくて思い出したいことではなかった。

 可愛らしい少女があられもない下着姿で自分に跨り見下ろしてくる様。寝起きだと言うのに頭は一気に覚醒を果たし、彼女を押し退ける形で飛び起き、脱走したのである。

 思い出すだけで叫び出してしまいそうになるのを堪えながら、ジュードは小さく頭を振る。思い返した光景を振り払うように。

 しかし、そこで気付く。今現在、自分がしがみついている何かに。


「(……あれ、柔らかい……?)」


 廊下に設置されたオブジェか何かだとジュードは思っていたが、手や腕、そして身に触れるそれは何やら柔らかい。更にはちょっと暖かかったりもする。

 まるで、つい今し方しがみついたウィルのような。

 ジュードは恐る恐る顔を上げて、しがみつく対象を見る。が、腕の中に閉じ込めたそれを見て、思わず固まった。

 そこには、同じように固まってジュードを見上げるカミラがいたのだ。彼女もまた、先程の聞き慣れないジュードの悲鳴を聞いて何事かと駆け付けようとした一人だと思われる。

 つまり慌てふためいて逃げ出したジュードは通路を曲がった先で満足に確認もしないまま、ちょうどそこにいたカミラにしがみつく形で止まったのだった。

 互いに無表情で見つめ合い、数拍。

 やがてカミラの顔が真っ赤に染まり始め、眉が下がり、ふるふると身を小刻みに震わせる。両手は拳を作り口元近くまで引き上げ、瞳を泣きそうに潤ませた。


「き……っ、き……!」

「カ、カミラさん……っ! ち、違う、違うんだ、オレ……!」

「キャ――――ッ!!」


 また一つ、広い城内にけたたましい悲鳴が轟く。

 カミラは両手で顔面を覆うと、即座に踵を返して脱兎の如く逃げ出した。走りながらも甲高い悲鳴を上げている。ジュードは慌てて彼女を追った。


「カミラさん! ご、誤解だよ!」

「バカ~~っ! バカバカ~~! そんな格好で来ないでええぇっ!」

「えっ? あ……」


 ジュードは寝起きだった訳である。

 下はしっかり衣服を身に着けていたが、起きたらすぐに包帯を替えられるようにと上は裸で眠っていた。つまりは半裸だ。

 カミラに言われて今現在の自分の姿を認識したジュードは、瞬時に耳や首まで真っ赤に染まった。無論それ以上は彼女を追えずに。


「(ジュードのバカ、バカバカっ! 折角決心したのに、どうしてあんなことするの!?)」


 諦めなければならないと思いはしても、好きな男に抱き締められれば揺らいでしまうものである。

 カミラは半泣きになりながら、ジュードから逃げた。


 * * *


 朝っぱらからのひと騒動を終えたジュード達は、用意された朝食を食べていた。

 長く広いテーブルに様々な料理が並ぶ。器も煌びやかで、見るからに高級品である。

 すっかり王女らしくドレスに着替えたオリヴィアは上機嫌そうに鼻歌など交えながら料理を紹介する。何処か自信満々に胸を張りながら。


「今日の朝食はサーモンとアボガドのエッグベネディクト、サーモンのカルパッチョにミルクと豆乳のヴィシソワーズですわ。デザートに洋梨のコンポートも用意してありますので、お楽しみ下さいね」


 オリヴィアは大層機嫌が良さそうだ、始終にこにこと微笑みながら饒舌に語る。国王はその隣に座り、静かに朝食を摂っていた。

 昨夜も同じように全員で食卓につき、ジュード達は自分達が水の国まで来た経緯や吸血鬼との戦い、そして鍛冶屋の仕事、ジュードが負った怪我や体質のことなど様々な話をしたのである。

 それらを踏まえて、国王はナフキンで口元を拭うと彼らをそれぞれ一瞥した。


「では、今日すぐにでも行ってしまうのか」

「はい。前線基地では今も多くの人達が命懸けで戦っています、その人達の為に少しでも早く作業に取り掛からないといけませんから」

「うむ……そうだな。鉱山は魔物も多いと思う、充分に気を付けてくれ。最近は地震も多くてな、私達も心配しているのだよ」


 国王の言葉に、ジュードは一度黙り込む。

 水の国は元々、寒さや雪以外には目立った災害などない国であった。地震などは地の国グランヴェルの方が頻発していることが多く、水の国アクアリーは気温が低めであることを除けば比較的住み易い良い国なのだ。

 そんな水の国で近頃は地震が多く発生している、それは多少なりとも不安を煽る。ウィルは僅かな逡巡の末に国王へ一つ問いを投げ掛けた。


「王様は魔族のこと、どのように見ていらっしゃいますか?」

「魔族か……そうだな。姫巫女が張った結界が破られ、それで魔族が現れたのであれば油断はならぬと思っている。魔物の狂暴化や最近の地震についてもそうだ、魔族が何らかの影響を世界に与えているのではないかと考えているよ」

「やっぱり、そう考えるのが妥当だよな……」


 水の国内部で魔族が現れたのだ、その国に住む者達の不安や心配は恐らく生半可なものではない。そしてそれは国王や王女であるオリヴィアとて同じだ。

 国王からの返答にウィルは小さく呟くと、思案顔で一度視線を下げる。その頬はマナに殴られたことで赤く腫れている、真面目な様子にはなんともシュールであった。


「魔族が封じられてからどれほど経つか……年月の経過で結界が綻んでしまったのかもしれないな。そこから魔族が現れてきている、そう考えるのが一番だろう」

「そして、現れた魔族が何らかの影響を世界に与えてる、と……」

「うむ、憶測に過ぎないがね」


 国王の考えにウィルは賛同した。ヴェリア大陸に住んでいるカミラにも真相は分からないままだが、そう考えるのが普通である。

 魔族が世界に対してどのような影響を与えるかは分からないが、魔族が現れた時期と魔物の狂暴化が始まった時期が重なることから、国王の推測は恐らく的外れなどではないと思われた。

 何か良くないことが起きる前触れでなければいい。言葉には出さないが、誰もがそう思っていた。

 魔族が現れただけでも世界的には混乱する。その上、更に何かが起きては人々は今以上の混乱に巻き込まれていくのだから。

 ジュードは食事を終えナイフとフォークを置くと、ふと国王から向けられる視線に疑問符を浮かべる。この国王は昨日謁見の間で初めて顔を合わせた時から、事ある毎にこういった――何か言いたげな視線を向けてきていた。最初こそ気の所為かと思ってはいたが、どうやらそういう訳ではないらしい。

 しかし、ジュードが問おうとしたところで先に国王が口を開いた。小さく咳払いなどしてみせて、多少なりとも気まずそうである。


「……ジュード君。その、少しいいかな? 君と二人で話がしたいのだが」

「え? あ、はい」


 思わぬ誘いにジュードは不思議そうに目を丸くさせるが、隣に座っていたマナとその彼女の隣に座すルルーナは咄嗟に目を光らせる。

 そしてマナは先に席を立ち部屋を出て行く国王を確認した後に、続くように立ち上がるジュードの左腕を引っ張り、小さく耳打ちした。


「ジュード、娘を嫁にもらってくれ、みたいな話だったらちゃんと断るのよ!」

「あ、ああ。分かってる、分かってるよ」


 いつも以上に鬼の形相で告げてくるマナに、ジュードは何度かぎこちなく頷く。ジュードとしてもオリヴィアは嫌いではないのだが、如何せん彼の好みに彼女は合わない。ジュードは何かと慎ましやかな、そして恥じらいを持つ女性が好きなのである。突然際どい、尚且つシースルーな下着姿で迫る女性は好みと言うより戦慄する対象だ。

 それに、ジュード自身もまだ結婚など考えていない。今は鍛冶屋として一人前になる方が先なのだから。

 ジュードは先に出て行った国王を追うように食堂を後にした。何の話なのか、マナが言った以外の話題があまり思い付かない。可能性があるとすれば、魔族のことだ。

 ジュードが吸血鬼を退治したと言う報告はエイルから聞いているだろうし、可能性としては濃厚と言える。対処法や戦い方、特徴などを聞きたいのかもしれない。

 だが、それならば別に仲間がいる場所でも構わない話題だ。ジュードは不可解そうに首を捻りながら、国王が待つ場所へと足を向かわせていく。

 部屋を出た先、突き当りの扉の前に国王は立っていた。渡り廊下から見えるその扉の先は、どうやら城のバルコニーらしい。

 国王はジュードを手招くと、先に扉を開けてバルコニーへと出て行く。一国の王をあまり待たせる訳にもいかず、ジュードは早足で彼の後を追った。


「……わあ……」


 扉を潜った先、そこには予想よりも遥かに広いバルコニーが庭として造られていた。普通に空中庭園と呼んでもおかしくはないほどだ。

 昨日から降り続いていた雪も止んだのか、薄くなった雲からは空が見え隠れする。未だ時間帯が早いこともあり空の色は薄いが、今日は昨日に比べれば天気も良くなりそうな空模様だ。

 寒い地方であるにも拘らず桃色や黄色の花が咲き乱れ、挨拶でもするかのようにジュードを迎える。朝露で濡れた葉は太陽の光を抱き、美しく輝いていた。

 緩やかに吹き付ける寒風にも負けないように、花々は力強くその存在を主張している。辺りには雪が降り積もっているが、純白の雪にも負けないほどの存在感だ。

 雪という白のキャンバスに花々の鮮やかな色が散る。一言では上手く感想さえ言い表せないような、美しい光景であった。


「気に入ってもらえたかね?」

「はい、見事ですね」


 純粋な感嘆を洩らすジュードに対し、国王は目を細めて優しく笑うと両手をゆったりと腰の後ろで組む。オリヴィアは何かと思い込みが激しく積極性に溢れる娘だが、この国王は何処までも物腰が柔らかだ。そんな部分にジュードも好感を覚えた。

 ジュードは暫し無言のまま国王が話し始めるのを待つのだが、国王は国王で佇んだままジッと観察でもするようにジュードを見つめ返す。一向に肝心の話が切り出されないことにジュードは眉尻を下げると、幾分控え目に一声掛けた。


「……あ、あの。それで、お話とは何でしょうか?」

「え、あ。ああ、そうだ、そうだったな」


 そこで国王は我に返ったように、また改めて一つ咳払いを洩らす。先程までのゆったりとした動作と異なり足早に出入り口まで戻ると、開けっ放しになっていた扉を静かに閉め――そして忙しなく辺りを見回す。

 一国の王とはとても思えない、妙にコソコソとした動きだった。まるで小さな子供が親の目を盗んでお菓子でも盗み食うような。見つかったら困る、マズい。そんな様子が彼の全身から醸し出されている。

 これまで見てきた『器の大きい王』の印象を激しく裏切る様子に、ジュードはポカンと口を半開きにして眺めた。人に聞かれると困るような内容なのかと考えて、思わず身構える。先程マナに言われた言葉が脳裏を過ぎった。



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