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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第二章〜魔族の鳴動編〜
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第三十一話・秘める想い


 ウィルは小さく苦笑いを零すと、エイルを見送るジュードの傍らに寄り軽く肘で脇腹辺りを小突く。怪我を刺激してしまわないように極力緩やかに。


「ジュード、どうせ今日はこの城で一泊するんだ。今の内にカミラと神殿に行って来いよ」

「え、あ……ああ、うん」

「ついでに、あの洋服屋で見てたカチューシャでもプレゼントしたらどうだ? 機嫌悪いんだろ」


 バカか、バカなのかと頭を抱えても、やはりウィルはジュードを放っておけないのである。

 ウィルにとってジュードはどうしようもなく鈍い男ではあるが、バカと可愛いを合わせたバカワイイ弟分だ。何かと世話を焼きたくなるし、ちょっかいも出したい。

 ウィルの言葉にジュードはチラとカミラを見遣ると、一度だけ小さく頷いた。そして依然として繰り広げられるマナとルルーナの口論風景を遠巻きに眺める。


「あの二人は、まあ……なんとか宥めとくよ。気にしないで行って来い」

「あ、ああ……悪い、ウィル。何かお土産でも買ってくるよ」

「マナとルルーナの分もな」


 ジュードが火の国に発った頃から、マナとルルーナの宥め役はすっかりウィルである。ジュードが間に入れば余計に騒ぎ立てそうな気もするから、これで良いとウィル自身思ってはいるのだが。

 ――流石に今回ばかりは骨が折れそうだと。そう思った。


 ジュードはカミラを連れて城を後にすると、街に降りた。

 王都シトゥルスにある水の神殿へ向かう為である。この水の神殿で許可を貰えれば、残すは地の神殿だけになる。

 未だに完全鎖国が続いている地の国に行くことが一番難しいと思われるが、ようやくゴールが見えてきたと言う状態だ。カミラが故郷に帰れるまで、あと一箇所。

 それは彼女との別れも意味している。ジュードにとっては決して手放しで喜べるものではない。

 彼女がヴェリア大陸に戻り、ヴェリアの民を説得する。それは人間同士の争いを避ける為に必要なことだ。だが、カミラがヴェリア大陸に戻った後。果たしてまた逢うことは出来るのか、それを考えるとジュードの気持ちは沈んでいく。

 横目にカミラを見てみると、依然として膨れっ面で黙り込んでいた。


「……あの、カミラさん」


 それでも、声を掛ければ反応はするらしい。怒っている、不機嫌だと言うなら完全に無視すればいいのに。言葉にはしないが彼女の妙な律儀さに対し、状況には聊か不似合いながらジュードは苦笑いを浮かべて思う。

 チラ、とこちらを見たカミラにそっと笑いかける。彼女の身を包む紺と白の衣服、それはジュードが選んだものだ。


「ドタバタしてちゃんと言えなかったけど、似合ってるよ」

「……本当?」

「うん、ちゃんと着てくれたんだね」


 それはお世辞などではなく、ジュードの本心であった。と言うか、ジュードは嘘が苦手な男だ、お世辞など満足に言える性格ではない。

 ジュードが思った通り、カミラには白の衣服がとてもよく似合った。髪の色か、はたまた双眸の色の影響か青系の衣服は似合うが、それでは全体的に青いだけでアクセントが足りない。

 寒色系の青に白を合わせることで、寒々しい印象も多少は緩和出来る。

 ジュードの中で清純派なイメージが定着しているカミラには、やはり白が似合うと思った。

 思わぬ言葉にカミラは瑠璃色の双眸を丸くさせると、表情を笑みに破顔させる。それだけでご機嫌は直ってしまうらしい。嬉しそうにほんのりと頬を染めて、はにかむように笑った。


「……ジュードは、やっぱり青だね」

「あ、ああ……ウィルが選んでくれたんだけど」

「うん。よく似合ってる」


 ジュードが身に着けているのは、これまでと同じように黒のインナーと青のジャケットである。インナーは袖部分が膨らんでおり、ベルトで巻いて押さえる形だ。ジャケットは袖がなく長さも膝丈程度。前は開けっ放しで、メンフィスが与えた胸当てが覗く。

 未だ延々雪が降り続ける中でも、暖かい衣服のお陰であまり寒くはない。

 今も人々の混乱は続いているようだが、取り敢えず雪以外に被害はないらしい。洋服屋にいる際に起きた地震による被害もないように見える。

 程なくして神殿が見えてくると、カミラは一度ジュードに向き直った。


「あ……じゃ、じゃあ。わたし行ってくるね」

「うん、分かった」


 ジュードは無理に付いていくことはせずに彼女を送り出した。彼には他にやることがあるからだ。


『ついでに、あの洋服屋で見てたカチューシャでもプレゼントしたらどうだ?』


 それは、ウィルがくれた助言だ。

 ジュード自身、カミラにカチューシャを贈りたいとは思っていたこともあり、ちょうど良いと言える。


「本当なら自分で造ったのあげたかったけど……仕方ないか」


 火の国を離れている今、趣味の細工に勤しむのも悪くはない。

 だが、今は利き腕である右手が思うように動いてくれないのだ。物を握る、掴むなどの動作は問題なく行えるようになってきてはいるが、腕を上げる、振るなどの動作には痛みを伴う。左腕にも傷はあるが、右肩ほどではない。

 これでは、右手で武器を振るうことも出来そうになかった。第一、メンフィスに貰った剣は吸血鬼との戦いで折れてしまったのだ。ジュードは今、完全に丸腰である。

 ウィルが武器を買ってくれないのは、今のジュードを戦闘に参加させる気がないから。それはやはりジュードにはすぐに分かった。


「けど、これじゃ腕が鈍っちゃうよ……」


 折角多少でも――本当に多少でも、剣での戦いに慣れてきたばかりであったと言うのに。その矢先にこの怪我である。

 風の国に戻ってメンフィスに会ったら怒られるのではないか、そう思うと気が重い。だが、今の状態であのクマの鯖折りとも言えるレベルの抱擁を受けるのも厳しい。傷口がこれでもかと言うくらいに刺激されることは考えずとも分かる。

 メンフィスに会ったら隠さずに言う方が身体にとって良いことは間違いなかった。

 ――メンフィスが恋しい。彼は今、風の王都フェンベルで何をしているだろうか。


 ジュードは王都の街を歩きながら空を仰ぎ、師へ思いを馳せた。


 * * *


 一方、カミラは荘厳な雰囲気の漂う神殿内にいた。

 聖堂で跪き、天へ祈りを捧げる。その後ろには数人のシスターが上体を折り、深々と頭を下げていた。

 そこへ、白く長い髭を生やした司祭が訪れる。


「確かなのか?」

「――はい。この方の胸元には、確かに印が御座いました。間違いはありません」

「そうか……では、これを渡さぬ訳にはいかぬのだな……」


 司祭は悲しげな表情で、手にした許可証を見下ろす。そしてカミラの傍らへと歩み寄った。

 跪き祈りを捧げていたカミラは司祭に気付くと、伏せていた目を開き立ち上がる。そして司祭やシスターへ向き直った。


「本当なのですか、ヴェリアの民が我々を憎んでいると言うのは……」

「はい、今のままでは……いずれ人間同士の争いになってしまいます。わたしはヴェリアの民に、この外側で見聞きしたことを伝えに戻らなければいけません」

「しかし、グランヴェルは未だ鎖国状態です。私共の方からも働きかけてはみますが、効果があるかどうかは……」


 カミラは司祭やシスターを一瞥する。その表情には、いずれも心配や不安がありありと滲み出ていた。

 無理もない。これまでは現れなかった魔族が出没したと言われれば、誰だって不安になる。それも魔族が現れたのは自分達が今いる、この水の国なのだから。

 彼らの不安を少しでも払拭するように、カミラはそっと笑った。


「大丈夫、大丈夫です。きっと何とかします、だから……信じてください」


 微笑みながらそう告げるカミラに司祭は小さく、それでもしっかりと頷いた。

 彼女の言葉を信じるしか、彼らに出来ることはないのである。ヴェリア大陸に簡単に渡れるのであればまだしも、大陸に行くことも出来ない現状ではどうしようもないのだ。

 カミラは受け取った許可証を大切そうに両手で抱き締め、司祭やシスター達に深々と頭を下げた。そうして、そんな彼女に司祭は祈るように呟く。


「どうか、貴女様の道行きに神のご加護があらんことを……信じています、カミラ様。どうかヴェリアの民を説得してください」

「はい、……ありがとうございます」


 深々と頭を下げてカミラは聖堂を後にする。

 シスターはそんな彼女の背を見つめて、司祭へと言葉を向けた。まるで縋るように。


「司祭様、本当に大丈夫でしょうか?」

「信じるしかない、きっと何とかして下さる。だから、大丈夫……」


 今は信じよう。そう告げた司祭の言葉にシスター達は言葉もなく、ただしっかりと頷いた。

 魔族が現れた今、人間同士で争っている場合ではない。それは考えずとも理解出来ることなのだ。


 神殿を後にしたカミラは、受け取った許可証を見つめて静かに折り畳む。これで許可証は三枚目。残る一枚は地の国グランヴェルの地の神殿だけだ。

 しかし、司祭の言葉通り地の国は未だ鎖国状態にある。外部からの旅人や商人さえ受け入れてもらえない状態だ。そんな中で、どうすれば入国が出来るか。

 いっそのこと、全てを関所で打ち明けてみようか。そんな考えが浮かぶ。それかルルーナに頼んでみるか、今の彼女なら聞き入れてくれるかもしれない。

 そこまで考えて、カミラはそっと小さく溜息を洩らした。


「(あと少しでヴェリアに戻れる……でも)」


 ヴェリア大陸に戻ると言うことは、ジュード達との別れでもある。

 どう考えても怪しい自分を受け入れて、仲間として接してくれた優しいジュード達。ずっと独りぼっちだったカミラに出来た、大切な仲間で友達なのだ。離れるとなるとこれ以上ないほどに寂しい。


「(でも、仕方ないことだよね……)」


 自分には使命がある、やらなければならないことがある。

 寧ろこれ以上ジュードへの想いが募る前に彼から離れた方がいい。そうまで思うようになっていた。

 似合うと言ってくれる優しい声、穏やかな瞳、そっと笑う表情。思えば思うほどに胸が高鳴るのをカミラは確かに感じる。

 出逢った頃から変わらず、ジュードは優しい。

 カミラにとって初めてだった。嘗て好きになった王子を忘れさせてくれるかもしれない、そんな風に思える存在と出逢ったのは。そしてその存在こそがジュードだった。

 ジュードといると不安も恐ろしいものも、全てなくなっていくような気さえする。優しくて優しくて、何処までも――暖かい。


「――カミラさん」

「……え? あ、ジュード……」


 ぼんやりと考えごとをしながらカミラが神殿領地を出ると、不意に後ろから声が掛かる。振り向けば、塀に寄り掛かってカミラを待っていたと思われるジュードがいた。髪や肩にやや雪が積もっているところを見ると、それなりに長い時間待っていたのだろう。頬や鼻先も冷えて赤くなっている。

 カミラは慌てたように踵を返し、そんなジュードの傍らに寄った。


「ジュード、寒くなかったの? 先に戻ってても良かったのに……」

「大丈夫。火の国は暑かったから、たまには涼しいくらいがちょうど良いよ」


 確かに、火の国エンプレスは暑い。

 しかし、明らかに暑い寒いのレベルが違う。涼風が吹く程度ならまだしも、雪が降っているのだ。涼しいよりも寒いだけである。

 それもジュードの気遣いの一つだ、当然カミラが気付かない筈もない。


「それに、戻る前に渡したいものがあって」

「渡したい、もの?」

「うん」


 思いがけない言葉に疑問符を浮かべるカミラに対し、ジュードは後ろ手に持っていた金色のカチューシャを差し出した。

 それは、水祭りでマナが見立ててくれたものにとてもよく似ている。

 カミラは差し出されたカチューシャとジュードとを、何度も交互に眺めた。するとジュードは逆手の人差し指で自らの頬を掻き、幾分困ったような――照れたような表情を浮かべて呟く。


「その、水祭りの時に付けてたでしょ。よく似合ってたから、……どうかな、って」

「わたし、に……?」

「うん。オレ、細工が趣味だから……本当はちゃんとしたの造ってプレゼントしたかったんだけど、腕がこうだから、ね……」

「…………」

「カ、カミラさん……ッ!?」


 カミラはジュードの手にある金色のカチューシャを何処か呆然と眺める。ふと、視界がぼやけた。それと同時に、ジュードがやや青褪めながら慌てたような声を上げる。

 ぽたり、とカミラの手にあった許可証に雫が落ちた。


「カ、カミラさん、ごめん……気に入らなかった?」

「……どうして?」

「だって、……涙、出てる、から……」


 辿々しく呟くジュードの言葉に、ようやくカミラは自分が泣いていることに気付いた。自分でも気付かない内に、カミラの瑠璃色の双眸からは大粒の涙が溢れていたのである。

 ジュードは女の涙に滅法弱い。落ち着かない様子で困惑した表情を滲ませていた。ハンカチはないかとポケットや衣服の中を探っているようだが、如何せん新しい衣服だ。持ち物など整っている筈もない。

 なんとか泣き止ませようと思考をフル回転させていると思われる思案顔のジュードに対し、カミラは無理矢理に笑顔を作りながら震える声で言葉を紡ぐ。心情を悟られないように、必死に。


「違う、違うのジュード。嬉しいの」

「……え?」


 カミラは折り畳んだ許可証を衣服のポケットにしまい込むと、差し出されていたカチューシャを両手で受け取った。じわりじわりと、彼女の目には次々に涙が生まれては頬を伝い、雫となって零れ落ちていく。

 喜びと、痛みと、悲しみが混ざり合った複雑な涙であった。

 手にしたカチューシャをそっと頭に付け、カミラは視線を上げてジュードを見つめる。彼の表情には何処か心配の色が滲んでいた。「嬉しい」と言ったカミラの言葉を疑うような、そんな表情だ。

 一つ、また一つと。カミラの頬を涙が伝っていく。


「――ありがとう、ジュード。わたし、ずっとずっと大切にするね」


 ともすれば溢れ出してしまいそうな気持ちを抑え込む為に、カミラは笑顔で必死に取り繕った。内に秘めた想いに決して気付かれないように。



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