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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第二章〜魔族の鳴動編〜
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第二十九話・水の国の姫君


 一方、ジュードに選んでもらった衣服を身に着けたカミラは飛び跳ねるほどの上機嫌で試着室を出た。見るからに機嫌が良さそうである。

 ジュードが選んだ紺のワンピースも、その上に羽織る白の長いカーディガンも随分とお気に召したらしい。カミラは早速辺りを見回して彼の姿を探し始める。

 しかし、その姿は何処にも見えない。当然である。ジュードはジュードで今現在、着替えで奮闘中なのだから。


「ジュード、どこ行ったのかな……」


 辺りを見回しながら、カミラは店の中をゆっくりと歩き始める。取り敢えず会計を済ませるまでは店を出られない。

 カミラはルルーナに借りていた黒のドレスを両手で抱きながら、仲間の姿を探して辺りを見回した。すると、彼女の視線はここ最近特に親しくなってきたルルーナの姿を捉えて弛む。


「ルルーナさん」

「あら、カミラちゃん。早いわね、もう着替えたの?」

「うん。ルルーナさん、ドレスありがとう。後でちゃんと洗って返すね」

「いいわよ、そんな別に……」


 何処か嬉しそうに表情を破顔させながら口を開くカミラにつられ、ルルーナも幾分表情と眦を和らげる。出逢った当初からは考えられない進歩である。

 ルルーナはカミラが身に纏う衣服を見て、ふと薄く口元に笑みを刻む。何か感想を述べようと口は開くのだが、それよりも先に不意に背後から声が掛かった。


「――あら? そこにいらっしゃるのはルルーナさんではありませんこと?」


 それは、よく通る美しい声だった。

 だが、ルルーナはその声に軽く眉を顰めると嫌そうにそちらに視線を向ける。カミラは瑠璃色の双眸を丸くさせ、何度か瞬きを繰り返してから同じように彼女の視線の先を眺めた。

 すると、そこには紫掛かった水色の髪を持つ美しい一人の女性が立っていたのである。髪はマナのようにストレートで、頭頂付近には天使の輪と言われる光の輪が見えるほど艶やか。その真っ直ぐに伸びた長い髪を頭の左側、高い位置で結い上げている。

 肌は白く、睫毛も長い。ぷっくりとした桜色の唇までもが艶やかで、ナチュラルなメイクは美しい顔立ちの彼女に多少なりとも幼い印象を持たせる。目は青緑色をしていて、やや青味が強かった。

 瞳と同じ青緑の長いチュニック型ドレスを身に纏い、胸の前で腕を組んでルルーナを見つめている。その後方には黒い髪を両側頭部でお団子に纏めた無表情の少女が立っていた。

 ルルーナは嫌そうに表情を歪めたまま、更に軽く眉を顰めてみせる。


「……奇遇ね、こんなところで会うなんて。アンタがこう言う店に来るとは思わなかったわ」

「民のことを思えばこそですわ。突然の雪に悩まされる民の為、わたくしに出来ることはないか、それを探しに来ただけです」

「あらそう。私はてっきり、また男漁りでもしてるのかと思ったけど」


 間髪入れず返るルルーナの切り返しに、彼女は一瞬のみ不愉快そうに眉を寄せる。だが、すぐに態とらしく小さく咳払いをした後に左頭から垂れる長い髪を背中に払う動作をして、つんとやや斜め上を向いた。


「何のことでしょう? わたくしがそのようにはしたない真似をする筈がありませんわ」

「あ、あの、ルルーナさん……」


 肉眼で捉えることは叶わないが、カミラには両者の間に火花が散っているように見えた。女と女の戦い、まさにそんな言葉がピッタリである。

 彼女は一体誰なのかと、カミラは控えめにルルーナに声を掛けた。すると、ルルーナはカミラを肩越しに振り返る。

 だが、口を開く前にルルーナと対峙する彼女の方が先に言葉を紡いだ。


「あら、ルルーナさん。その方はどなた? 下僕にしては随分と()が高いようですけれど」

「アンタはちょっと黙ってなさいよ、……この女はオリヴィアって言ってね、嫌な女なのよ。カミラちゃん、向こう行ってなさい」

「で、でも……」


 カミラには純粋な心配があった。言葉にし難い妙な不安。それに、オリヴィアと言われた彼女の後方に控えるお団子の少女の目。

 少女の双眸は、まるで鋭い刃物のようにルルーナを睨み付けていたのである。その視線には明らかな敵意が宿っていた。

 店内で何か騒ぎになるとは思ってはいないが、やはりカミラは心配を払拭しきれない。

 そうこうしている内にオリヴィアはルルーナに歩み寄ると、上体を屈ませて彼女の顔を覗き込んだ。その表情には不敵な笑みが浮かんでいる。


「でも、よかったわぁ。わたくし心配しておりましたのよ、ルルーナさん。あなたがグランヴェルを出たと風の噂で耳にしたものですから」

「……ああ、少し私用でね……」

「うふふ。お父様だけに留まらず、お母様にまで捨てられてしまったのではないかと心配でしたの」


 にこにこと楽しそうに笑いながら話すオリヴィアだが、その話の内容は決して楽しいものではない。吸血鬼の館でルルーナの事情を聞いたカミラにとっては、耳を疑うような言葉だった。

 だが、それが聞き間違いでないと言うことはルルーナの表情から即座に理解出来る。彼女の表情は普段の余裕など微塵もなく、口唇を噛み締めて歪んだ。まるで何処か痛むように。

 そんなルルーナを見てオリヴィアは愉快そうに笑みを深めると、口元に手を添えて緩く小首を傾げてみせた。


「そうですわ、後でお顔を出してくださいな。わたくしのお父様がきっとあなたに会いたがる筈ですから。わたくしのお父様が、ね」


 それは明らかに、ルルーナの事情を知っている者の発言であった。彼女が父親に捨てられたと認識し、それを傷として抱えていることをオリヴィアは確実に知っている。

 そこで、カミラは不意に眩暈を覚える。胸の真ん中辺りが重苦しくなる、あの気持ち悪さを感じた。


「(また、まただわ……水の国に入ってからどうしてこんなに気持ちが悪くなるの……?)」


 だが、今はどうしても目の前の光景を捨て置けない。カミラは押し寄せる不快感から無理矢理に意識を引き離す。

 そしてルルーナの傍らに立つと、オリヴィアと向き合った。


「やめてください、どうしてそんなことを言うんですか?」

「あら? わたくし、何か酷いことを言いまして?」

「言いました、ルルーナさんに謝ってください!」

「もう、あなたはなんですの? リンファ、この煩い小娘をなんとかしなさい」


 引き下がらないカミラにオリヴィアは早々に表情から笑みを消し、不愉快そうに眉を寄せると後方に控えるお団子頭の少女を肩越しに振り返った。

 すると、リンファと呼ばれた少女は小さく頷きオリヴィアの前まで歩み寄る。先程から変わらず無表情のまま、真っ直ぐにカミラを見据えてくる。言い知れぬ恐怖のようなものさえ感じた。

 ――しかし、その刹那。

 不意に何らかの衝撃が店を包み、大きな揺れが起きた。


「きゃあっ!」

「な、なに!?」


 辺りからは様々な悲鳴が響き渡る。

 世界がひっくり返ってしまうのではないかと思うほどの、激しい揺れ――地震だ。

 立っているなど出来る筈もない大きな、非常に大きな揺れだった。カミラはルルーナと共に思わずその場に座り込んだ。オリヴィアとリンファも同じだったらしい、オリヴィアは壁に両手を添えて何とか立とうとするのだが、激しい揺れにより、それさえままならない。

 そして、ゆっくりと揺れは落ち着き始めるが――次の瞬間。カミラ達の近くにあった棚が倒れ込んできたのだ。


「――きゃあああぁ!」

「オリヴィア様!」


 だが、その棚がカミラ達やオリヴィア達に衝突することはなかった。倒れる棚と彼女達の間に、壁が出来たからである。

 ――その壁もまた、人の身なのだが。


「……――ジュード!!」


 カミラ達が屈んだ頭上の壁に両手を付き、背中で棚を受けたジュードがそこにいた。

 幸いなことに棚にはそう重いものは入ってはいなかったようだが、全く痛みがない訳ではない。壁に両手をつき頭を下げるジュードは下に見えるカミラやルルーナの姿を見て、そっと小さく安堵を洩らした。

 ジュードは吸血鬼との戦いで深い傷を負い、本来ならば今も療養が必要な身なのだ。カミラは慌てて立ち上がると、彼の背に被さるように倒れた棚に手を掛ける。


「ジュード、なんて無茶を……分かってるの? あなたは本来ならまだ寝てなきゃいけないような人なのよ!?」

「わ、分かってるけど……身体が動いちゃったんだから仕方ないだろ」


 珍しく声を荒げるルルーナに、ジュードは眉尻を下げて困ったように苦笑いを洩らす。そこへウィルとマナが慌ててやってきた。

 カミラが棚を押し返そうとしているのを見て、二人は彼女に協力する形で反対側から棚を引く。すると、程なくして棚は元の位置へと戻った。取り敢えず背に圧し掛かる重みから解放されて、ジュードは小さく一息洩らす。

 カミラは傷の具合を確認しようとそんなジュードの傍らに寄り、ウィルやマナも安堵したような――しかし怒り出しそうな表情を浮かべて歩み寄ろうとしたのだが、不意に真横から乱入されてそうもいかなかくなった。

 姿勢を正したジュードは、ふと傍らから手を取られて翡翠色の双眸を丸くさせる。


「…………」

「あ、あの……?」


 ジュードの手を取ったのは、カミラ達と共に彼に守られたオリヴィアであった。

 頬を真っ赤に染め上げ、潤んだ双眸で真っ直ぐにジュードを見つめている。両手でしっかりと彼の片手を握り、更には詰め寄る始末。

 怪訝そうな表情を滲ませてジュードが小さく一声掛けると、オリヴィアはそこでようやく口を開いた。


「ジュード様と仰いますのね?」

「え?」

「ああ……っ! やっと見つけましたわ、あなた様がわたくしの王子様ですのね!」


 恍惚とした表情でうっとりと告げるオリヴィアに、ジュードを含める一同は同様の声を洩らす。それはたった一言「は?」と言う至ってシンプルなものだ。言っていることが理解出来ない、まさにそんな意味を孕んでいた。

 だが、ルルーナとリンファだけは違った。リンファは相変わらず無表情でオリヴィアを見つめ、ルルーナは深い溜息を吐いて力なく頭を左右に揺らす。


「ああ、またオリヴィアの悪い病気が出た……」

「悪い病気? この頭がお花畑っぽい人、ルルーナの知り合いなの?」


 またしても想いを寄せる対象――つまりジュードのことなのだが。その彼を巡る恋敵が出来たのかとマナは不愉快そうな表情を浮かべつつ、溜息混じりのルルーナの言葉に反応し問いを向けた。

 ルルーナはそんなマナの問い掛けに小さく頷き、紅の双眸を半眼に細めて言葉を返す。その最中、オリヴィアはマナの傍らに立っていたウィルにも気付いたか大きな目を更に見開き、片手を自らの頬に添える。


「まあ……一応ね」

「――はっ! こ、こちらにも素敵な殿方……!?」

「見ての通り、とんでもない男好きなのよ。オマケにお姫様なものだから、素敵な白馬の王子様やら騎士が自分を迎えに来てくれるっておとぎ話を真に受けててね」


 自分にも妙なほど煌く眼差しを向けられて、ウィルは苦笑いを浮かべる。オリヴィアは可愛い、そして美人でもある。そんな女性に好かれるのは悪い気はしないのだが、聊か反応に困っていた。

 しかし、そこでウィルはルルーナの言葉に聞き捨てならない単語を確認する。


「……ん、お姫様?」


 ウィルが洩らした疑問にオリヴィアは今思い出したようにふわりと微笑むと、ジュードの手を解放し両手を自らの胸の前でぽん、と可愛らしく合わせてみせた。


「――申し遅れました。わたくしはオリヴィア……オリヴィア・シトゥルスと申します、この国の王女ですわ。以後お見知り置きを」


 にっこりと微笑みながら告げられたオリヴィアからの言葉に、やはりルルーナとリンファを除く面々は固まった。

 そして、やや暫くの沈黙の後に声が上がる。


「……――ええええぇッ!?」


 それは、王族との思いがけない邂逅であった。



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