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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第二章〜魔族の鳴動編〜
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第二十六話・近付く距離


 着替えたジュードは、ウィルに支えられながら何とか食堂まで足を向けた。本来ならばまだ横になって療養していなければならない身ではあるが、ジュードはそれを良しとしない。

 五日もロスしてしまったのである。明日にはしっかり起きて、水の国の王都に向かいたい。その一心からだ。

 風の国の王都フェンベルではメンフィスがジュード達の帰りを待っている。これ以上のロスはしたくなかった。

 だが、出血多量の後に五日も寝ていた身は支えがなければフラフラで、ウィルを心配させる。こんな身で本当に明日発つつもりなのかと、誰が見ても思うだろう。

 ロビーには空腹を刺激し、食欲を煽る芳ばしい香りが漂っていた。宿の女将が用意をしていると思った食事は、厨房に立つマナやルルーナが作っているらしい。何やら言い合うような声と、包丁の刃がまな板に当たる小気味好い音が聞こえてくる。

 カミラはいち早く作り終えたのか、ロビーにやってきたジュードとウィルを見てスープ皿を両手で持ち、早足に歩み寄ってきた。


「ジュード! お部屋に持っていこうと思ってたのに……起きても大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよ。……それより、いい匂いだね」


 カミラの目から見ても、どうにも大丈夫そうには見えない。食事をしていないと言うのも原因なのかと、カミラは近くの食堂テーブルにスープ皿を置いてから椅子を引いた。

 彼女の意図を理解したジュードは、やはりウィルに支えられながらそこに腰を下ろす。目の前に置かれたスープがほんのりと白い湯気を立てていた。

 カミラはジュードの横に並ぶと胸の前で両手を合わせ、表情を笑みに破顔させる。


「ピュアスープって言うの」

「ピュア?」

「うん。余計な調味料を使わないで、素材の味を活かしたスープだよ」

「へえ、カミラさんって料理も出来るんだね。……手料理とか、嬉しいな」


 ジュードにとっては想い人の手料理だ、この上ないほどに嬉しいことである。火の国に住んでいる時も料理は大体がマナに任せきりで、たまにウィルが手伝う程度であった。

 なんだかんだと、彼女の手料理を食べるのは今回が初めてである。


「わ、わたし、マナみたいに色々な調味料とか使うメイン料理は作れないから。だからスープだけでもと思って……」

「ああ、そうか」


 カミラの事情を知るジュードにとっては、当たり前のこと。ヴェリア大陸から来たカミラは、自給自足の貧しい生活を送ってきた身だ。ヴェリア大陸の外側に位置する、所謂『外の世界』には当たり前のように存在する様々な調味料や料理も彼女の故郷には存在しない。知らない調味料で知らない料理を作るなど、無理な話だ。

 ウィルは二人のやり取りを静観し、何事か思案するように黙り込む。そんな彼の姿を横目に見遣り、ジュードは次いでカミラに視線を向けた。


「……カミラさん。そろそろ……みんなに話しても良いんじゃないかな」

「……え?」


 ウィルには話したが、マナはカミラがヴェリア大陸から来た少女だと言うことを知らない。当然ルルーナもそうだ。

 ジュードが認めてるなら大丈夫だろう、と深くは聞かないことがマナからの信頼でもある。だが、流石にそろそろ素性を明かしてもいいのでは、とジュードも思った。

 彼女が危惧していた魔族の出現も既に知れてしまったのだ。それどころか魔族はヴェリア大陸のみならず、外の世界にまで足を伸ばしてきていると言うことが分かった。

 この街を中心に、魔族が現れたと言う噂が世界中に広まっていくのは考えなくとも想像出来る。

 マナやルルーナは何も聞かないが『話す』と言うことが彼らからの信頼に対する正しい在り方なのではないか、ジュードはそう考えたのだ。

 それに魔族が外の世界にも現れているのなら、その事実を知っておかねば対応策さえ人々は考えられないのである。


「……うん。そうだね、分かった」


 カミラは暫くの間、躊躇するように視線を足元に下ろして黙り込んでいたが、やがてそっと顔を上げるとジュードとウィルを交互に眺め、そして頷いた。

 ウィルは何事か考え込むようにジュードとカミラを見つめていたが、テーブルに置かれたスープ皿に目を向けると取り敢えずとジュードの肩を軽く叩く。


「……まあまあ、まずは折角のカミラの手料理なんだ。冷めない内に食べろよ」

「あ、ああ……うん。いただきます」


 ウィルは既にジュードがカミラに惹かれていることは理解し、そして確信している。だからこその揶揄を込めての言葉だったのだが、特に反論なく受け入れられてしまえば苦笑いを零すしかない。

 ジュードはスープ皿を眺め、その傍らに置かれたスプーンを片手に取る。スープからは白い湯気が立っており温かそうだ。冷えた身を内側から暖めてくれることだろう。

 だが、スプーンを中へ入れようとして、そこでジュードは軽く身を疎めて低く呻いた。


「――っ!」

「お、おい、ジュード? ……あ、そうか。肩の傷が……」


 ジュードの右肩の傷は特に深手であった。暫く剣を握ることも鍛治仕事も無理だとウィルは思っていたが、食事の動作さえままならないようである。

 状況は思っていたよりも、深刻だ。


「だ……っ、だいじょう、ぶ……」

「バカ言え、大丈夫なモンかよ。……動かすと痛いのか」


 ジュードは大丈夫と言い張るが、全く大丈夫ではないとウィルだけでなくカミラも思う。顰められる眉が苦痛の強さを物語っていた。

 カミラはジュードの手からスプーンを取ると、皿に突っ込み中身を掬う。そして、そのスプーンを彼の口元へ運んだ。


「え、あの……カミラさん?」

「ジュードが元気になるまで、わたしがごはん食べさせてあげるね」

「え……」


 真剣な様子でスプーンを向けてくるカミラに、ジュードはほんのりと顔を赤らめて軽く身を引く。

 想いを寄せる可愛い女の子に、所謂「アーンして」などされたら平静ではいられない。

 ウィルはそんな二人を眺めて、すぐに口元に笑みを滲ませた。


「いいじゃないか、ジュード。食べさせてもらえよ」

「な……っ、ウィル!」


 ジュードは器用な男である、右手が使えずとも左手で食べるくらいならば出来るのだ。カミラの手を借りずとも食事くらいならば問題はない。

 だが、どうにも断れない雰囲気である。カミラの目は真剣だし、ウィルは促すように痛めていない側の肩を叩いてくるのだから。

 ジュードはやや暫くの葛藤の末、大人しく口を開けた。


「はい、……口に合うと良いんだけど」


 口内にそっと入り込んでくるスプーンを咥え、ジュードは妙な気恥ずかしさに軽く眉を寄せて目を伏せる。嬉しさ半分、羞恥半分と言ったところである。

 ゆっくりとスプーンが引き抜かれると、程良い熱を孕む具とスープを舌が感じ取る。カミラが言っていたように余計な調味料の味を感じない、優しい味だ。

 ほんのりと暖かい、何処か優しさと懐かしささえ感じる味である。

 数回具を咀嚼して飲み下し、ジュードはそっと安堵にも似た息を一つ洩らした。目を開けると、カミラの不安そうな視線とかち合う。「どう?」と尋ねるような、そんな視線だった。


「うん、あっさりしてるね。美味しいよ」


 ジュードがそう答えるとカミラは胸の前でスプーンを握り締め、それはそれは嬉しそうに破顔した。

 そんな彼女の様子を見て、ジュードもウィルも自然と表情に笑みを乗せる。ジュードは改めて皿を覗き込むと、透明なスープに浮かぶ具を眺めた。


「これは、鶏肉?」

「うん。鶏のササミと長ネギで出汁を取って、あとは生姜と白ネギを刻んで……」


 心底嬉しそうに笑いながら料理の説明をするカミラを、ジュードは細めた双眸で見つめる。

 何とも暖かく、しかし見ている分には妙に恥ずかしい雰囲気にウィルは改めて苦笑いを浮かべた。


 その頃、厨房ではマナとルルーナが並んで調理に勤しんでいた。

 慣れた手つきで野菜を刻みながらマナはルルーナを横目に見遣り、ルルーナはボウルに卵を叩き割っていく動作を繰り返しつつ、やはり同じようにマナを横目で眺める。両者の間には肉眼では捉えられない火花が散っていた。

 マナは双眸を半眼に細め遣りながら、ルルーナの手元を窺う。風の国ミストラルの自宅にいた頃も、火の国エンプレスの屋敷生活でも彼女が料理をすることは一度たりともなかった。何の為にいるのかと疑いたくなるほどに、ルルーナは何もしなかったのである。


「……あんたが料理だなんて、どういう風の吹き回し?」


 物言いたげなマナの視線にルルーナはそっぽを向くと、いつものように「ふん」と鼻を鳴らして返答を一つ。


「味付けの濃すぎるマナの料理なんて、今のジュードには食べさせられないでしょ。余計に悪化しちゃうわ」

「んな……ッ、そう言いながらあんたいっつもおかわりするじゃない!」

「この美貌とプロポーションを維持するのは大変なのよ、味付けは悪くても栄養を摂らなきゃね。ちんちくりんのマナには分からない苦労でしょうけど」


 いつものように飛び出す毒舌。自他共に認める豊満な胸とスラリと伸びたスタイルの良い身体を強調するように片手を後頭部、逆手を腰に添えるルルーナをマナは包丁を握り締めて睨む。歯軋りをしてもおかしくないほどの剣幕である。

 ルルーナやカミラよりも背の低いマナはそれを気にしている部分も多少はあるが、ルルーナが言う『ちんちくりん』は背丈ではなく、彼女が何よりも気にしている平坦な胸を指しての嘲笑である。――とは言ってもそこは女性、全く胸がないと言う訳ではない。ただ一般的に見て小さいだけだ。

 ジュードを巡る女の戦いだけでなく、女として特に気にしていることをバカにされるからこそマナはルルーナが許せないのである。事実ではあるのだが。

 何か文句を言ってやろうと考えているのか野獣のような目で睨んでくるマナを後目に、ルルーナは静かに手を下ろす。


「……マナ」

「なによ!」

「…………ありがと」


 次はどんな毒が飛んで来るのかとマナは身構えたが、その予想を遥かに裏切る言葉に流石の彼女も双眸を丸くさせた。それほどまでに意外な言葉だったのだ。

 下手をすると聞き逃してしまいそうな極々小さい声量ながら、確かに紡がれた礼の言葉をマナは必死に頭の中で反芻する。そしてたっぷり数分を要した後に出た言葉が――


「…………はあ?」


 と言う、疑念たっぷりの声一つであった。既に言葉とも言えない。マナの頭の中では、あまりにも意外過ぎるルルーナの呟きを処理しきれなかったのである。

 ルルーナは軽く眉を寄せると、顔を背けたまま何処か早口に言葉を重ねた。


「たっ、助けに! ……来て、くれたことよ」


 その言葉で、ようやく何に対しての礼なのかマナも理解はしたのだが、やはり頭が状況に追い付いてこないらしく、何処か放心したままであった。

 包丁を片手に持ったまま、あからさまな疑念を目に宿しルルーナの顔を横から覗き込む。それほど、マナの中では彼女が礼を呟いたことが意外だった。


「……どうしたのよ、何か拾い食いでもしたの……?」


 あまりにも失礼な発言にルルーナは勢い良くマナを振り返ると、眉を吊り上げて怒声を放った。


「アンタじゃあるまいしそんな意地汚いことしないわよ! 私がお礼を言ったらいけないって言うの!?」

「あ、あたしだってしないわよ! ……って、別にそんなことないけど……意外だなと思って」


 ルルーナの言うことは正論だが、マナの返答も間違いではない。今の今まで仲良くしようという気さえ感じられなかったのが、ルルーナである。

 ジュードを巡るライバルとして、二人は互いに睨み合ってきたのだ。毒を吐かれ邪険にされることは多々あれど、好意的な態度は一つとして取られたことはない。

 するとルルーナは胸の前で両腕を組み、鼻先がつきそうなほどにマナに顔を近付け、そして睨む。


「ふんっ! けど勘違いしないでよね、ジュードのことは渡さないから!」

「ジュードはあんたの私物じゃないでしょうが!」


 一度は和解と思わしき雰囲気ではあったのだが、それもルルーナの言葉を皮切りに再び険悪なものへと変わっていく。

 マナとて、別にルルーナと喧嘩がしたい訳ではない。だが、彼女の言動に負けん気の強さが刺激され、毎度口論に発展してしまうのである。

 結局相容れない存在として、二人同時に「ふんっ!」とそっぽを向いた。

 マナは暫しそうしていたが、程なくしてルルーナが調理に戻ると視線のみを改めて彼女に向ける。


「……どう、いたしまして」


 その小さな呟きがルルーナに届いたかは定かではないが、菜箸で卵を引っ掻き回す彼女の手がほんの一瞬止まったのをマナは見逃さない。

 小さく口元だけで笑いながら、マナも調理へと戻る。これからは今までよりも少しだけ仲良く出来そうだと思った。



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