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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第二章〜魔族の鳴動編〜
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第二十三話・力の片鱗


 ウィルもマナも、カミラも痛む身体を動かして立ち上がるが、妨害も加勢も間に合いそうにない。

 男は彼らには目もくれず、勢いを付けてジュードの腹部へと爪を突き刺した。


 ――筈だった。


「な……なにっ!?」


 男の爪はジュードの腹部には刺さらず、彼の身に触れる手前で止まった。

 ――否、止められたのである。他の誰でもないジュード本人に。

 男は突き出した手を、手首を掴まれることで止められていた。自分の腕だと言うのに、あろうことかビクともしない。

 当のジュードはと言えば、項垂れたまま静かに口を開いた。


「……なあ。オレ、まだ生きてんの……?」

「な……なん、だと……?」

「なんでかな……なんか、おかしいくらい――」


 突然向いた問いに男は流石に瞠目した。何を言い出すのかと意図が読めず狼狽する男に構わずジュードはゆっくりと呟き、一度口を噤む。

 そして、その一拍後に顔を上げた。


「――身体が、軽いんだ」


 ジュードは掴んでいた男の手首を解放し、代わりに上手く力さえ入らなくなっていた筈の右手で拳を握ると、思い切り男の左頬へと叩き込む。

 突然のことに男は反応どころか受け身さえ取れずに呆気なく殴り飛ばされ、床の上を何度も転がった。殴られた箇所を片手で押さえ、驚愕に目を見開きながらジュードを見つめる。今の男には起き上がるだけの精神的な余裕さえなかった。頭が状況を理解してくれないのである。

 何が起きたか分からない、そんな表情だ。そしてそれは、ジュードを助けようとしていたウィル達も同じであった。


「ジュ、ジュード……?」


 先程、扉を殴って破壊した時によく似ている。ウィルとマナはそう思った。

 普段、力ならばウィルの方が強いのだ。だが、ウィルにはあの扉を殴って開けるなど出来そうもなかった。それをジュードは平然とやってのけたのである。

 火事場の馬鹿力、とはどうにも異なるようだった。


「……!」


 そして、カミラは気付いた。先程感じた疑問と違和感が勘違いや見間違いではなかったことに。

 顔を上げてゆっくりと立ち上がったジュードの双眸は、既に黄緑でも翡翠色でもない。完全な黄金色(おうごんいろ)へと変わっていたのである。

 血が止まった訳ではない。(なぶ)られた傷は今もジュードの身に刻まれたままだ。

 しかし、彼はそれをものともしていない。痛みによる震えから力が入らなくなった筈の右手で剣を拾い上げ、男の元へと歩み寄っていく。足を引き摺るような様子も、苦しむような様子も見受けられなかった。


「ジュード……どうしちゃったの……?」


 当然、昔から共に育ってきたマナやウィルがその変化に気付かない筈がない。

 マナが恐る恐る呟くが、ジュードが何か言うよりも先に男が跳ねるように起き上がり、再び彼に襲い掛かる。腕を叩き付けるように振り回すが、その攻撃がジュードを捉えることはなかった。

 一瞬の内に、男の目の前からジュードの姿が消えたのだ。


「こっちだよ」


 男は不意に、ワープでもしたかの如く視界からいなくなったジュードを探して、右や左へと忙しなく目を向ける。

 が、既にジュードは真後ろに回り込んでいた。手にしていた剣を容赦なく男の背中に叩き付け、素早く腕を引くと身を翻して真横に払い、先の一撃と合わせ十文字型に斬り付けた。


「ぐああああぁッ! ば、馬鹿な……貴様、一体……!?」

「……同じ赤い血が流れてるのに、どうしてこんな酷いことが出来るんだ……」


 先程までは確かにほとんど刃を通さなかった男の肌に、今は深く裂傷を刻むことさえ出来た。それも容易く。

 男の背から溢れる赤い鮮血を見て、ジュードは眉を顰めながら呟いた。

 だが、男には余裕など全くない。信じられないと言わんばかりの表情ながら、両手を上げて再びジュードに飛び掛かった。

 カミラは暫し呆然とジュードの姿を眺めていたが、程なくしてウィルやマナの元へ身を引き摺るようにしながら歩み寄った。

 マナは強い打撲であるように見えるが、ウィルは脇腹からの出血が酷い。早く手当てしなければと思うのだが、如何せん治療に必要な道具が手元にない。

 ジュードが早々に吸血鬼を退治してくれれば館を出れるが、街までとなると止血しても不安は残る。

 ――しかし、そんな時。

 カミラは己の内側から湧き上がる魔力を感じた。


「これは……!」

「カ、カミラ……?」

禁術(サイレンス)が、解けた……! ウィル、マナ、すぐに治すからジッとしてて」


 カミラが感じたように、魔法を封じる禁術の効果が解けたのである。

 カミラはウィルとマナ、それぞれに片手を翳し白い光で二人の身を包み込んだ。柔らかな光が傷口を癒し、そして痛みを取り除いていく。

 やがて完全に塞がった傷口を確認してウィルは安堵を洩らすが、幾ら治癒魔法と言えど少なくなった血までは元には戻せない。軽い眩暈を覚え、ウィルはその場に片膝をついて額の辺りを押さえた。

 マナはそんな彼の傍らに駆け寄り、その身を支える。そしてカミラに目を向けた。彼女の身には、未だに痛々しい傷が幾つも刻まれていたのだ。


「ありがとう、カミラ。自分の傷も早く治しちゃった方がいいわ」


 カミラ自身、足からの出血でかなりフラフラであった。マナの言葉に小さく頷きはしたのだが、何かが砕けるような音が室内に響き渡り、カミラとマナは弾かれたようにジュードへ目を向けた。

 狼狽しながらも自棄になったように攻撃を繰り出す男と互角に――否、互角以上に斬り結び、的確にカウンターを叩き込んでいたジュードであったが、剣の方がジュードの力に耐えきれなかったらしい。その音は、刃が折れた音だった。

 ジュードが振るっていた剣は中ほど部分から折れ、全く使い物にならなくなってしまったのだ。

 当然、男がその隙を見逃す筈もない。腕や足、脇腹などに裂傷こそ刻みながら、それでも男は反撃に出た。ジュードの首元へ噛み付くべく、飛び掛かったのである。

 カミラは咄嗟に、彼へ声を上げた。


「ジュード! そのまま剣を振って!」

「――カミラさん……!」


 剣は、既に折れて使い物にならない。しかし、それでもカミラは振れと言う。

 マナはそんな彼女を怪訝そうに見遣りつつも、素早く詠唱しジュードへ向けて片手を突き出す様子を見守った。

 ジュードは飛び掛かってきた男を、剣を寝かせて身を横にずらすことでいなし、素早く向き直る。男は男で噛み付く攻撃が外れようが、同じように即座に向き直り再び牙を剥き出しに駆け出した。

 既に自棄になっているらしく、がむしゃらに突進してくる男にジュードは黄金色の双眸を細める。そして、カミラの言葉を信じて剣を振り上げた。


「……聖なる光よ、闇を祓う一閃となれ! ――ディバイン・エッジ!」


 カミラはジュードが剣を振り上げた瞬間に、その折れた剣へと手の平から白く輝く光を放った。

 剣に直撃した光は刃を包み込み、折れた切っ先を補うように光り輝く刃と姿を変える。それは光属性を武器に付与させる補助魔法であった。

 ジュードは白い光を纏う剣を一瞥し、目を見開く男へ勢いそのままに剣を振り下ろす。すると、男は苦しげに呻き、斬られた箇所は浄化されるように焼けた。

 突如として、自らが最も苦手とする光属性の加護を受けた剣が現れたことに男は蒼褪め、そしてカミラを振り返る。


「光、魔法……だと……? ば、馬鹿な……光は、ヴェリアの者しか……!」


 男は蒼褪めたままブツブツと独り言を呟き、そして穴が空くほどにカミラを凝視する。

 やがて一つの可能性が頭を過るが、思い至った頃には真後ろから胸を貫かれていた。当然、ジュードが振るう光を抱く剣に。


「(あの女は、まさか――……)」


 男は自分の胸を貫く光の刃を静かに見下ろす。程なくして、内部から浄化されるように断末魔の叫びを上げ、剣が触れた箇所から黒い影となり、光に還ったのだった。

 遺体すら残らず、完全に消滅したと思われる男。そこには何も残っていない。まるで、最初から何も存在していなかったかのように。


「……やった、の……?」

「ああ……やった、やったんだよ。俺達……生きてる」


 辺りが静寂に包まれるとマナは思わず小さく、誰に問うでもなく呟く。すると、彼女の傍にいたウィルが静かに頷きながら答えた。

 カミラも、辺りが静かになってようやく勝利を実感する。そしてゆっくりと剣を下ろすジュードへ駆け寄った。


「ジュード、ジュード! 大丈夫!?」

「カミラさん……」


 一応、意識はあるようだった。ジュードは小さくカミラの名を呼び、傍らに駆け寄ってきた彼女の身を眺める。

 そして何か言おうと口を開いたが――その瞬間、輝くような黄金色の双眸が静かにいつもの翡翠色へと戻った。それと同時にジュードは苦痛に表情を歪めて、特に深い傷口となった右肩を押さえて力なく前へと倒れ込む。

 カミラは慌ててその身を支えたが、抱き留めたジュードは既に限界を越えていた。完全に意識を飛ばしていたのである。


「ジュード!」


 意識を飛ばしたジュードの手からは、光を失った剣が落ちた。

 ウィルはマナに支えられながらそちらに駆け寄り、ジュードの顔色を窺う。傷口は思っていた以上に深く、とても吸血鬼と斬り結び動き回っていられるようなものではなかった。

 それなのに何故、と。疑問は尽きない。

 ジュードがまるで自分達の知らない何かになってしまったような錯覚さえ、ウィルは感じていた。

 ジュードは確かに元々身軽ではあったが、吸血鬼は更に俊敏だった筈である。夜という時間帯も手伝い、その身体能力は極限まで高まっていたのだ。

 だが、途中からジュードはそんな吸血鬼を翻弄し、いとも容易く傷を負わせていた。男が繰り出す攻撃を難なく避け、的確にカウンターを叩き込み捩じ伏せる。魔族を相手にそんな異常な強さを持つジュードを、ウィルは知らない。


「……とにかく、ここを出よう。ルルーナ達も心配だし、馬車で手当てしてやらないと」


 自分達はカミラの治癒魔法で怪我や痛みを癒せるが、ジュードはそうもいかない。特異な体質を持つ彼にとって魔法は害でしかないのだから。顔色も悪い、恐らくは激痛と多量の出血の所為だ。

 ウィルの言葉にマナとカミラはしっかりと頷いた。

 彼らにもまた、ゆっくりと身を休ませる休息の時間が必要である。



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