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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第二章〜魔族の鳴動編〜
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第二十二話・最上階での戦い


 ジュード達と対峙する吸血鬼(ヴァンパイア)は怒りを前面に押し出し、ゆっくりと歩み出す。


「貴様……貴様あぁ…ッ! 許さんぞ……!」

「それはこっちの台詞だ!」

「そうよ、あんなに大勢の女の子を誘拐して!」


 吸血鬼の男は、顔面を押さえていた手を静かに下ろす。その顔には、街でジュードに斬られた際の傷がハッキリと刻まれていた。

 男は喉を鳴らして低く笑い、そして片手をジュード達へ向ける。なんだと思う暇もなかった。

 次の瞬間――まるで水面に広がる波紋の如く、男を中心に勢い良く衝撃波が走る。その衝撃は床を抉り、近くにあった窓硝子を粉々に破壊した。そして、ジュード達を襲う。

 目に見えぬ衝撃波はジュード達の身を打ち、仕返しとばかりに彼らの身を吹き飛ばしたのである。ジュードやウィルはもちろんのこと、マナや寝台の上にいたカミラのことまで。最早、餌である筈の『女性』にすら構っていないようであった。

 壁に思い切り身を打ち付け、マナは低く呻く。ジュードやウィルに比べて防御面で劣る彼女にはダメージが大き過ぎた。


「ふふふ……夜に私の元へ来るなど、愚かな人間共だ」


 本来夜に活動する吸血鬼にとって、夕暮れ以降こそ本領発揮の時間帯であった。昼間に戦った時よりも、身体能力も魔力も倍近くに高まっているのだ。

 男は上機嫌そうに笑いながら片手を上げ、そうしてブツブツと呟き始めた。魔法の詠唱である。それに気付いたジュードとウィルは壁に背を打ち付けた際の痛みに表情を歪めながらも、身を起こして駆け出す。魔法の発動を止める為だ。

 ――だが、男の方が早かった。

 男は短い詠唱を終え、その手をウィルへ向けて突き出す。青白い光が集う様子から、また氷魔法であることは予測出来る。

 すると、男の手から無数の氷の刃が飛び出した。初級クラスの氷属性攻撃魔法『アイスニードル』である。

 自分を目掛けて飛んでくる無数の刃をウィルは高く跳び上がることで避けるが、男は続いて逆手も突き出すとそこからも同じように氷の刃を飛ばしたのだ。

 ウィルは咄嗟に、愛用の槍に装着された紅水晶に意識を合わせる。すると槍の切っ先から飛ぶ火の玉が氷の刃を迎撃した。――しかし、数が違う。

 男の高い魔力は複数の刃を出現させていた。全てを迎撃するには至らず、火の玉が破壊出来なかった刃はウィルの肩や腕、脇腹に足など様々な箇所を深く抉っていった。


「――ウィル!」


 マナは咄嗟に叫ぶと、痛む身を無理矢理に動かして立ち上がった。何とか着地はしたものの、痛みと出血でふらつくウィルの傍らへ駆け寄り、彼の身に刻まれた傷を窺う。肩や腕はともかく、足と特に脇腹の傷は深いものであった。その痛みと苦痛はウィルの表情が物語っており、マナは焦る。

 幅広く様々な魔法を扱うウィルと異なり、マナは攻撃魔法しか扱えないのだ。カミラの魔法が封じられていなければ彼女に治療してもらえるが、今はそれが出来ない。ウィルとて、これだけの出血に痛みでは上手く詠唱に集中出来ないだろう。それでも立ち上がろうとする彼を制しながら、マナは吸血鬼を見据えた。彼は街で敗北した際にも負傷している、無理はさせられない。

 治療が困難であるならば、早く終わらせるしかない。そう判断したマナはウィルから離れると、緩く掲げた杖に逆手を翳して魔法の詠唱を始めた。


 一方ジュードは、剣を片手に男に接近戦を挑んでいた。と言っても、魔法を使えないジュードにとっては接近戦以外に戦う術がないのである。

 男は昼間のように爪を伸ばし、ジュードの攻撃を悉く弾いていた。横から凪ぐように払えば手を立てて爪を剣代わりにして防ぎ、突き出せば即座に横に身をずらして避ける。振り下ろすと、手の平で受け止めるほどであった。

 避けながらも、隙あらば斬撃や蹴りを叩き込んでくる男。ジュードの身には徐々に、しかし確実にダメージが蓄積していく。

 圧倒的に身体能力が異なる。昼間は剣で裂けた身も、今は全く刃を通さない。まるで岩でも殴り付けているような感覚であった。

 男は口端を引き上げて笑うと素早くジュードの背後を取り、思い切り背中へ蹴りを叩き込んだ。ジャケットの下に胸当てを着用しているとは言え、昼間とは力が違い過ぎる。

 蹴り飛ばされたジュードは壁に額をぶつけ、目の前に火花が散るような錯覚を覚えた。それと同時に背中に激痛を感じ、小さく苦悶の声を洩らす。

 しかし、ダウンしてはいられない。痛みを堪えジュードは男に向き直るのだが、休む余裕さえ与える気のない男はすぐに追撃行動に出ていた。ジュード目掛けて駆けながら右手を振り上げる、鋭利な爪で斬り裂こうと言うのだ。


「く……っ!」

「ふははは! これまでだな! 死ね死ね死ねええぇッ!」


 避けるだけの余裕も隙もない。ジュードは防御すべく、両手を顔の前でクロスさせるが、その刹那。ジュードの視界が青で満たされた。


「なにっ! 貴様っ!」


 何事だとジュードが目を丸くさせて見てみれば、カミラが目の前に立っていた。

 剣を両手で持ち、男との間に割って入りジュードを守ったのである。


「カミラさん……!」

「ジュードは、ジュードはわたしが……わたしが守るんだから!」


 切り裂かれた衣服の隙間、脹ら脛には依然として痛々しい裂傷が刻まれている。無理に動いた為か、血は再び流れ出し、彼女の白い足を伝った。

 振り下ろされる爪による斬撃を剣で防ぎ押し返そうと力を込めるが、それだけでも悲鳴を上げるように、右足の傷はカミラに激痛を訴え掛ける。

 表情を歪める彼女に対し、男は薄く嘲るように笑った。


「ふふ……勇ましい女性は嫌いではないが――邪魔だッ!」

「――! きゃあああぁっ!」

「カミラさん!」


 男は更に力を込めるとその腕を凪ぐように振り、カミラを払った。彼女の身は容易く飛ばされ、床に身を打ち付ける。衝撃波により砕け、床に散乱した窓硝子の破片はカミラの身に幾つもの傷を刻んだ。ジュードは凪ぎ払われるように飛んだ彼女に咄嗟に声を上げた。

 男は小さく鼻を鳴らして、ジュードに改めて目を向ける。が、足元に赤い魔法陣が広がるのを見て、そこを見下ろした。


「紅の業火よ、嵐となりて敵を討て! ――ファイアストーム!」


 男の足元に広がった魔法陣はドーム状に輝き、男を内部に閉じ込める。そして次の瞬間、赤い光のドームは激しく迸る紅蓮の炎で満たされた。

 全てを焼き尽くすような炎の嵐だ。

 それはマナが放った中級クラスの火属性攻撃魔法である。ウィルは単体に有効な攻撃魔法を得意とするが、マナは逆に広範囲、複数を巻き込む魔法を得意としていた。

 オマケにマナは特に火属性と相性が良く、彼女が扱う属性魔法の中で最も得意なものだ。他も自在に操る少女だが、火属性に於いてはエキスパートと言っても過言ではないほどの素質の持ち主である。

 これならばどうだ、とマナもジュードも思った。

 しかし、やがてドーム状の光が消えて炎が止んだ先には、不敵に笑う男が立っていたのである。


「なるほど、なかなかの腕前だ。しかし、今の私にそんな魔法など効かないな」


 そう言って、男はマナへ手を向ける。そして彼女だけへ向けて、今度はレーザー砲のような衝撃波を放った。

 次いだ瞬間――マナの身は再び吹き飛ばされ、固い壁に背と後頭部を激しく強打したのである。痛みに表情を歪めながら苦悶を洩らして崩れ落ちるマナを見てジュードは歯を食い縛り、何とか立ち上がった。身体には、ほとんど力など入っていない。

 だが、剣だけは手放すまいと固く柄を握り締めながら身構えた。

 男はそんなジュードを振り返り、ゆっくりと正面へ歩み寄る。


「さっきまでの威勢はどうした? 許さないのではなかったのか?」

「……っ」

「ふっ、所詮は脆弱な人間と言うことだな。我々魔族に逆らうことがどれだけ愚かしいか、これで分かっただろう」


 男は軽く上体を前に倒し、片手を顎の辺りに添えてジュードの顔を覗き込む。口でそうは言っていても、当然ながら男にジュード達を見逃す気などない。

 気を抜けば目蓋が降りかねない、もうジュードの身体は意識を飛ばすことを求めている。だが、ジュードは自らの身体にさえ抗ってみせた。ここで意識を飛ばせば、確実に全員が殺される。


「(何か、何かないのか……コイツを倒す方法は……!)」


 付与した火属性の力も、ほとんど効いていない。高い魔力を持つマナの火魔法にさえ涼しい顔をしていたくらいである、火属性さえも夜は効果を持たないのだと言うことは容易に理解が出来てしまった。

 ジュードが思考をフル回転させながら打開策を模索する中、不意に鳩尾に拳が叩き込まれる。強い嘔吐感と共に激痛を覚えたジュードは足から力が抜け、壁伝いにその場に座り込んでしまった。

 俯いて空咳を洩らすジュードの正面に膝をついた男は、片手で彼の前髪を鷲掴みにして無理矢理に顔を上げさせ、牙を見せつけて笑った。


「ククク……ッ! 貴様だけは楽には殺さんぞ、存分に苦痛を与え(なぶ)り殺してくれるわ!」


 それは魔族のプライドであった。

 顔に傷を付けられた上に片目をやられ、食事の邪魔をされたのだ。ただの人間、それも子供に。男はどうしてもジュードを許せなかった。


「(さっき殴り飛ばしたのは一応効いてたみたいだな……けど、攻撃が防がれちゃ意味がない……)」


 一方でジュードは、どれだけの痛みや苦痛を感じても打開策を考え出すのに必死であった。当然だ、諦めれば全滅は間違いない。

 大切な仲間の命が失われるのは、ジュードにとって何にも代え難い苦痛なのだ。例え自分は死んでも、仲間だけは助かってほしい。ジュードはそう考える男であった。

 

「っ! う、く――ああああぁッ!」


 その時、男がジュードの片腕に爪を喰い込ませた。ゆっくり、ゆっくりと皮膚と肉を貫通し、確かな苦痛を与える。一瞬で斬り裂かれるよりも徐々に爪を突き刺す方が苦痛は長く、そして強い。

 例えるならば、即座に首を落とされるギロチンの一瞬の恐怖ではなく、じっくりと時間を掛けて幅広い苦痛を与え続けるアイアン・メイデンの拷問のようなものだ。

 一瞬で終わる恐怖ではなく、時間を掛けて苦痛と恐怖を与える方法を男は選んだのである。


「次はこっちか? んん?」

「う、あ……っ! ぐ、ううう……ッ!」


 更に男はジュードの前髪を掴んでいた手を離すと、次に右足の太腿部分へ指を揃えて鋭利な爪を突き刺した。今度は一思いに、深く。

 腕部分から爪を引き抜いたかと思えば、次に目を付けたのは右肩である。男は至極上機嫌そうに笑いながら、右肩の付け根へゆっくりと親指の爪を突き刺していく。

 その刹那――ジュードは双眸を見開き、喉を反らせて声にならない悲鳴を上げた。それを面白がるように、男は突き刺した爪を右左へと回しグリグリと傷を抉る。


「ふふ、ははははっ! イイ声で()くじゃないか!」


 既にジュードの身体も意識も限界を越えていた。意識を飛ばして楽になってしまいたいのに、何処までも折れない心が理性を働かせて意識を繋ぎ止める。

 右肩を突き刺されダイレクトに頭へ訴えかける痛みにより、右手は震えて力が入らない。握っていた剣は手から離れてしまっていた。

 意識はあっても身が思うように動かないウィル、カミラ、そしてマナはそれでも起き上がろうと無理矢理に四肢を動かす。


「く……っそ、やめろ……やめろ、この野郎……!」

「もう、やめて……ジュードが、ジュードが死んじゃう……」

「やめなさいよ……やめないと、許さないわよ……っ!」


 ウィル達は必死に起き上がろうとしながら口を開くが、男はそんな彼らの言葉を聞き、声が裏返るほどに高笑いを上げてジュードの身からそれぞれ爪を引き抜く。非常に愉快、そう言いたげに笑いながら。

 爪が抜けた箇所からは鮮血が溢れ出し、男はそれを恍惚とした表情で見下ろして口を開いた。


「麗しい友情だな、貴様らもすぐに片付けてやる。まずは仲間が死ぬ様を目に焼き付けろ!」


 力なく頭を垂れてぐったりと項垂れるジュードを見下ろし、男は再び爪の先を彼に向ける。腹部を抉るべく、そこへ照準を合わせた。



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