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最終話・目指す場所


 後に残されたジュードとカミラは、ヘルメスが出て行った扉を暫し無言のまま見つめていた。ちびは依然として尾を揺らしたまま、おっとりとした様子で聖剣に寄り添いながらそんな二人を見守っている。

 やがてジュードは垂れていた頭を上げると、片手で緩く己の後頭部を搔き乱す。


 あの戦いの後、目を覚まして状況を理解した時にカミラにも仲間にも心配をかけたことを謝ったが、改めて謝罪を向けた方がいいだろうか――などと、そんなことを考えていると、カミラの方が先に口を開いた。なんとなく心配そうな様子で。


「ねぇ、ジュード……テルメースさまは、精霊の里に戻らなくてもいいんだよね?」

「え?」

「テルメースさまは、本来精霊の里で各地から送られる負の感情を聖石を使って纏めて、それをヴァリトラの元へ送る役目を持っていたんでしょう? テルメースさまがそのお役目を放棄したことで負の感情が蔓延したって……」


 お前の母の責任だ――と、まだフォルネウスと敵対していた頃に、彼にそう言われたことがある。

 もし、テルメースが精霊の里に戻らないことで再び負の感情が世界中に蔓延し、魔物が狂暴化を始めるのであれば彼女はヴェリアを出て里に戻るべきなのだろう。


 あの戦いの後、じわじわと世界各地の魔物が大人しくなり始め、最近では魔物による被害は圧倒的に少なくなってきている。魔物の狂暴化が一番深刻だった火の国エンプレスの魔物たちもそうだ、まだ暴れ回る種は多いが、これまでと比べれば被害は何倍も減少していた。

 テルメースはどうするべきなのか、そう考えてジュードは複雑な表情を滲ませる。彼女はその宿命を嫌がって里を出たのだから。



「戻らなくてもいいのよ、ヴァリトラとセラフィムが人の人生を犠牲にしないで済む方法を探すって言ってたからね」


 そこへ、ヘルメスと入れ違いになる形でやってきたのはイスキアやライオットを始めとした精霊たちだ。魔族との戦いを終えて精霊たちも各国へと戻ったが、明日の戴冠式を見守るために彼らもまたこのヴェリアに集まってきたのだろう。

 イスキアのその言葉にジュードもカミラも揃ってそちらに向き直り、表情を輝かせた。


「ヴァリトラとセラフィムが?」

「ええ……思えば、アタシたちは人間に甘え過ぎていたんだと思うの。そもそも、その仕組みを創ったのもアタシたちの側なのに、そこに人間を巻き込むだなんて調子が良すぎるしね」

「そうだに、フォルネウスもそれでいいに?」

「私はこの世界が美しいまま保たれれば……それでよい。あとは兄上と共に、あいつが起きるのをのんびりと待つ」


 ライオットはシヴァの頭の上に座りながら、傍らに立つフォルネウスの様子を窺うように見遣る。彼は一度人間に絶望し、精霊たちを裏切って魔族の側へと渡った存在だ。テルメースが本来の役目を放棄したことに対し、不満も持っていた。それを心配してライオットは確認を向けたのだが、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。

 当のフォルネウスは薄く口元に笑みを滲ませながら返答を向けると、その視線はジュードやカミラを通り越して最奥に安置された聖剣へと向けられる。それを見て、ジュードは眉尻を下げると申し訳なさそうに肩を落とした。


「……すみません、オレのせいで。せっかく全部終わったのに、ジェントさんに本当のこと聞けなくて……」


 精霊たちは確かにジェントと約束したのだ。この戦いが終わったら、彼らが知りたがっていることをちゃんと話す時間を設けると。

 しかし、ジェントはジュードの命を救うために彼の傷を肩代わりし、現在も目を覚まさずに眠りに就いたまま。それを考えると申し訳なくなった。

 だが、シヴァは切れ長の双眸を細めて笑うと胸の前でゆったりと両腕を組んで軽くふんぞり返る。


「なにを言っている、魔族を倒せばそれで全て終わりなのか? グランヴェルやアクアリーを中心に、まだ至るところがボロボロだと言うのに」

「そうですよぅ、今後は破壊し尽くされた各地をちゃ~んと綺麗にしなきゃですねぇ~。もちろんトールちゃんたちもお手伝いしますぅ」

「そうナマァ、マスターさんたちまだまだやらなきゃならないこと山積みナマァ」

「まだしばらくは忙しい日が続きそうだに、そうやって過ごしてるうちにきっとひょっこり起きてくるによ」


 次々に向けられる言葉にジュードとカミラは思わず目を丸くさせると、どちらともなく互いに顔を見合わせる。そうして、おかしそうに笑った。

 ライオットはシヴァの頭の上から飛び降り、いつものようにふざけた姿のままピョンピョンと跳びはねて近づいてくると、そのまま嬉しそうにジュードの腰に飛びつく。


「まぁ、取り敢えずお前がやらなきゃならねーことは、さっきから探し回ってる侍女たちのところに顔を出すこと、だな」

「うげッ」


 己の身体をよじよじと登ってくるライオットを見下ろしていたジュードに声を掛けたのはサラマンダーだ。双眸を笑みに細めニヤニヤと笑う彼とは対照的に、ジュードは文字通り嫌そうに表情を顰めて数歩後退る。

 そんな様を見てサラマンダーは満足したのか愉快そうに声を立てて笑うと、上機嫌そうなまま早々に踵を返した。それに倣うようにその場に居合わせた他の精霊たちも各々出入り口の方へと足を向かわせていく。

 イスキアは頭に相棒のトールを乗せたまま彼らの背中を見つめていたが、程なくしてジュードとカミラを振り返り軽くひとつウィンクなどしてみせる。


「ヴァリトラが生きてる限り、アタシたちには時間なんていくらでもあるの。だからそんなに気にしないのよ、の~んびりと待つつもりだからね」

「そうですよぅ、その代わりジェント様がお目覚めになられた時はい~っぱい質問攻めしちゃいますけどねぇ~」

「そうねぇ、そうしましょうか。――ほらほら、ジュードちゃんもカミラちゃんも早くいらっしゃい、ウィルちゃんたちが下で待ってるわよ」


 楽しげに言葉を交わしながら先に出て行った精霊たちの後を追うイスキアは、聖殿の出入り口で思い出したように振り返ると文字通り「早く」と言うように片手で手招く。彼の頭の上では、やはり嬉しそうに笑いながら同じようにトールがパタパタと小さい両手で手招いていた。

 それを見てジュードは表情を和らげてしっかりと頷き一歩足を踏み出すものの、傍らのカミラが一向に歩き出さないのを視界の端に捉えて不思議そうに彼女を振り返る。


「カミラさん?」

「あのね、ジュード」

「うん」


 幸いにも、カミラの顔には既に心配や不安の色は見えない。どこまでも穏やかな表情でジュードを見つめ返してくる。そのため、ジュードも余計な心配の念を抱くことはせずに彼女の言葉の続きを待った。

 だが、カミラは特になにも言わずに「ううん」とだけ洩らして頭を左右に振る。言おうと思ったけどやめた、そんな様子だ。


「ど、どうしたの?」

「えへへ、なんでもないの」

「……そう?」

「うん、行こ!」


 彼女がなにを言おうとしたのか当然気になったが、無理に聞き出そうとは思わなかった。数歩先に駆け出したところで止まると、カミラはジュードを振り返って嬉しそうに片手を差し出す。その手と彼女とを何度か交互に見つめた後、幾分照れたように笑いながらジュードはその手を取った。

 そんな彼を幸せそうに見つめるカミラは、逆手をそっと己の胸辺りに添えて一度目を伏せる。


「(ジュードはジェントさんのことを勇者って言うけど、わたしにとっての勇者さまはジュードなんだよ)」


 それらは言葉としてジュードに伝えられることはなかったが、カミラは人知れずそんなことを考えながら幸せな気持ちのままふわりと笑って、繋いだその手を引いた。

 カミラに手を引かれながらちびと共に歩くジュードは聖殿の出入り口でそっと聖剣を振り返ると、緩く双眸を細める。



 いつも過分なまでの言葉で褒めてくれたジェントは、今はもう傍にいない。

 そのことに純粋な寂しさを覚えはしたが、いつか彼が目を覚まして、再び対話できる日が来ることをジュードは願う。


 彼は願っていたはずだ、魔法能力者が差別されずに平和に生きていける世界を。


 ならば、次に彼が目を覚ました時――今も大小様々に残る差別というものが減った、平和な世界を見せてあげたい。そのためにはどうすればいいのか、具体的な案はすぐには浮かんでこなかったが。

 だが、その世界はきっとジェントだけでなく、多くの者が望むものだ。それは遠く果てしない世界ではあるが、それは確かにジュードの中での目的地となった。



「おーい、ジュード。早く降りて来いよ」

「そうよ、せっかく久し振りにみんな集まったんだからちょっと豪華なお昼にしましょ!」

「ああ、今行くよ!」


 聖殿を後にしたところで、城の中庭から聞こえてきた声にジュードは身を乗り出して三階廊下からそちらを見下ろす。すると、中庭にはアメリアたちだけでなくウィルやマナ、ルルーナにリンファ、クリフと言った仲間たちの姿が見えた。

 彼らの姿を確認して一言返事を返すと、ジュードはカミラと共に駆け出す。



 例え遠く果てしない世界であったとしても、彼らと一緒ならいつか辿り着ける――そんな確信を胸に抱いて。





 長らくご愛読頂きまして、誠にありがとうございます。

 約三年ほど前から始まりました彼らのお話は、ここらで一旦幕となります。

 途中スランプに陥り、更新が途絶えたことやお休みを挟むこともございましたが、最後まで書き上げることができましたのは一重にいつもお読み下さいました皆様方のお陰です。本当にありがとうございます。

 「これを入れたら話が全然進まないな」と泣く泣く削ったエピソードなどもございますので、後日番外編を別に移し、いつかそれらのエピソードも書けたらいいなと思います。


 書き切れなかった部分や、明かされていない点、途中から行方不明になったあの敵などもいますので、少しばかり時間を置いてからジュードにはまた別の冒険に出てもらうことになるかもしれません。

 その時は、宜しければまたのんびりとお付き合い頂けましたら幸いです。


 最後になりますが、ここまでお付き合い頂けましたこと、たくさんのブクマや評価、感想、レビューなど誠にありがとうございます。この場をお借りして深くお礼申し上げます。

 長い間、本当にありがとうございました!



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