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蒼竜世界の勇者 -鍛冶屋が勇者になる物語-  作者: mao
第二章〜魔族の鳴動編〜
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第二十一話・救出


 だが、騎士の腕がルルーナの身を捕らえることはなかった。

 その寸前で、飛んできた複数の火の玉が騎士を直撃したからである。勢い良く飛んできた火の玉は騎士の身を撃ち、その衝撃に数歩後退した末に仰向けに倒れ込んだ。


「え……?」

「ルルーナ、大丈夫か!?」


 一体何が起きたのかとルルーナは力なくその場に座り込んでしまいながら、倒れた黒い騎士を呆然と眺める。そんな彼女の耳に、すっかり聞き慣れた声が届いた。

 思考が追い付かないままそちらをゆっくりと振り返ると、木の杖を掲げるマナとルルーナの安否を確認すべく駆けて来るウィルの姿があった。


「マナ、ウィル……? 私を、助けに……?」


 ウィルはルルーナの傍らに駆け寄ると、そこに片膝をついて彼女の身を窺う。特に目立った外傷の類が認められないことに安堵を洩らし、続いて周囲の少女達に視線を向けた。


「はあ、よかった……街から連れて行かれた人達なんだよな、この()達は……」

「え、ええ……一緒に閉じ込められていたのよ」


 安堵を洩らすウィルとは真逆に、ルルーナは動揺していた。正直、自分でもウィルやマナに好かれてはいないと理解していたのだ。

 ――当然である。彼らに好かれるようなことなど、何もした覚えがないのだから。

 だが、彼らはそれでも自分を助けに来てくれた。その事実に確かに混乱している。

 何か言わなければ、と無意識にルルーナは傍らのウィルを見上げるが、それと同時にマナが叫んだ。


「ウィル、後ろ! まだ生きてる!」


 マナの放った『ファイアボール』を受けて倒れた騎士が、のっそりと起き上がったのだ。腰から守り刀らしき短刀を引き抜くと、それを片手に襲い掛かってきた。

 ウィルは小さく舌を打つと、自分の身を盾にするように片腕でルルーナの身を抱き、軽く身を横にずらすことで振り下ろされた刃を避ける。即座に更に身を低くさせ勢いをつけて足払いを喰らわせると、今度はうつ伏せに転倒させた。

 その拍子に騎士の頭からは黒い兜が外れたのだが、露わになる頭には髪が――否、皮膚さえもなかったのである。

 見えた頭は頭蓋骨、その後頭部だった。


「いいッ!? 兜……いや、鎧の下は人骨(スケルトン)かよ!」


 マナの魔法を受けて倒れても堪えない訳である。痛覚などないスケルトンでは、痛みなど感じない。身がある限り戦い続ける哀しき戦士なのだ。

 スケルトンは短刀を握り直し、体勢を正せていないウィルへ再び襲い掛かろうと身を起こした。

 だが、次の瞬間。スケルトンは真後ろから見事に頭蓋骨を破壊されたのである。

 ジュードが二階の踊り場から飛び降り、勢いそのままに剥き出しになった頭蓋骨を真後ろから剣で叩き砕いたのだ。火属性が付与された剣はスケルトンの身を内側から燃やし尽くした。

 ウィルは不意に現れたジュードに一度こそ目を丸くさせたが、すぐに安心したように緩く片手を挙げる。


「……っと、助かった。ジュード、大丈夫だったか?」


 ジュード達はあの後、二階を捜索していたのである。

 しかし、不意に少女達の悲鳴が聞こえてきた為に慌てて一階に戻ろうとしたのだが、ちょうど現れた腐敗生物(アンデッド)のグールに妨害されたのだ。

 だが、少女達を放ってはおけなかった。ジュードの指示でウィルとマナが先に階下へ降り、彼一人でグールの相手を引き受けたのである。

 見たところ、そのジュードにも怪我はなさそうだ。ウィルは改めてジュードに言葉を向けようとしたのだが、傍らのルルーナが先に口を開いた。


「ジュー、ド……? 本当に、あなたなの……?」

「え、ああ。他の誰かには見えないだろ? ルルーナ、大丈夫だったか?」

「嘘……あなた、生きて……」

「か、勝手に殺すなよ、ちゃんと生きてるって!」


 困ったように眉尻を下げ慌てて頭を振るジュードを見て、ルルーナは涙腺が緩むのを感じた。

 死んだ、殺されたと思っていたジュードが生きていたのだ。母から与えられた仕事をまだ続けられる、願いを叶えてやれる。ルルーナは咄嗟にそう思った。

 ジュード自身も彼女に怪我らしい怪我がなさそうなのを確認すると、そっと安心したように吐息を洩らす。

 しかし、そこはやはりジュードである。すぐに、逃げてきた少女達の中にカミラの姿がないことに気付くと慌てたように辺りを見回した。


「ルルーナ、カミラさんは?」


 そこで、ルルーナは迷った。

 死んだと思っていたジュードが生きていた以上、ルルーナにとってカミラは邪魔者である。カミラがいる限りジュードは彼女を大切にするし、惚れているようにも見えるのだ。

 ジュードを手中に収めるには、カミラは邪魔な存在でしかない。

 ――いっそこのまま、吸血鬼に殺されてくれれば。

 ルルーナの心は、確かにカミラに対してそう思った。しかし、それと同時に良心が痛むのも感じる。

 だが、ルルーナが答えなくとも、周囲にいた少女達がおずおずと控えめに答えた。


「あ、あの……最上階だと思います……私達を逃がす為に、連れて行かれたんだと……」

「……え?」


 マナの近くにいた一人の少女が答えると、ジュード達は彼女へと向き直る。随分と衰弱しているように見えた。

 マナは少女の身を支えながら、彼女が改めて口を開くのを待つ。少女は階段に視線を投じて告げた。


「そろそろ、あの男の食事の時間……だから……」

「……!」

「ジュード、待て! 一人で行くな!」


 ――食事の時間。

 それはつまり、女の生き血を飲む時間である。

 ジュードはその言葉を聞くと、表情を歪めて一目散に駆け出した。行き先はもちろん階段。そして、階段の上り切った先にある最上階の間だ。

 ウィルはそんなジュードの背に声を掛けるが、予想通りやはり止まらない。分かってはいたことだが、ウィルは慌てて立ち上がると先にジュードの後を追うマナを一瞥してから、ルルーナに言葉を向けた。


「ルルーナ、外に馬車を停めてある。女の子達を連れて、先に館から出てろ」

「え、ええ……分かったわ」


 ルルーナが頷くのを確認すると、ウィルは一度周囲の少女達を見回す。

 いずれも衰弱しているような、疲労の色が濃い。しかし、助かるのだと言う現実に彼女達はそんな中でも喜びを宿していた。

 この少女達を無事に街に送り届ける為にも、決して負けられない。

 ウィルはしっかりと自分自身に言い聞かせて、ジュードとマナの後を追った。


 階段を二段飛ばしで――文字通り飛ぶように駆け上がっていくジュードに、マナはついていくのもやっとであった。

 元々身軽であることに加え、仲間の――カミラの危機とあれば黙っていられる筈もない。あっという間に二階を通り過ぎ、最上階となる三階へと行き着いた。

 そこには通路もなく、ただ大きく広い扉があるだけ。まるで謁見の間の手前にある空間のようだ。

 上がった呼吸を整えながら、ジュードは扉に歩み寄る。手を掛けようとしたところで、不意に彼の耳に悲鳴が届いた。


「――いやああああぁッ!!」


 その声は聞き間違えようもない、カミラのものであった。彼女が上げる悲鳴を愉しむかのように、続いて男の笑い声も聞こえてくる。

 ジュードは燃え上がるような怒りを覚えて扉を押すが、中から固く施錠されているのか扉はビクともしなかった。


「開けよ……!」


 何度押しても、扉は動かない。

 ようやく追いついてきたウィルとマナは、ジュードが扉を押す姿を見て瞬時に悟る。鍵が何処かにあるかもしれない、と。

 だが、三階には部屋らしい部屋どころか、通路さえ存在していない。鍵があるとすれば広い屋敷の中、一階か二階の何処かだ。この広い中を一つの鍵を探して歩くのは途方もないことであった。

 しかし、扉を開けるにはその可能性に賭けるしかない。ウィルもマナもそう思い、ジュードに声をかけようとした――の、だが。


「開けって――」

「ジュード? 鍵を……」

「――――言ってるだろ!!」


 聞こえているのかいないのか、恐らくは後者だと思われる。

 押しても開かない頑丈な扉を前にジュードは固く右手の拳を握り締めると、ゆるりとその手を引き上げる。

 まさか、と思いウィルは慌てて止めようとしたのだが、間に合わなかった。

 ジュードは扉に対し文句でも言うかのように怒声を張り上げると、躊躇いもなくその拳を眼前の――重厚な扉へと叩き込んだのである。

 そんなことをしても扉ではなく手が、腕が壊れるとウィルは言いたかったのだ。

 だが、ウィルやマナの予想に反して大きな扉はジュードが拳を叩き込んだ箇所から大きく亀裂が走り、程なくして文字通り破壊されたのである。

 普段のジュードならばあり得ないその馬鹿力に、二人は度肝を抜かれたようにあんぐりと口を開けて、暫し呆然と佇んでいた。

 ジュードは崩れた箇所から、中へと飛び込む。

 室内は広く天井も高い。館の主の部屋らしく広い室内には古びたテーブルと椅子、棚、寝台が置いてある。

 カミラと男は、その寝台の上にいた。

 広く大きな寝台へと倒したカミラに、吸血鬼の男が覆い被さっていたのだ。男は扉が――開かれるのではなく破壊されたことに対し、驚愕したようにジュードを見遣った。

 ジュードは、そんな男に構う気は毛頭ない。剣を鞘から引き抜き、一目散に寝台へと駆け出す。


「な……なんだと!? き、貴様ッ!」

「カミラさんから――離れろおおおぉッ!」


 動揺する男に、ジュードは問答無用に斬り掛かる。

 扉を殴りつけて破壊した際の勢いそのまま真一文字に、まるで殴り払うように剣を振るい男の顔面へ叩き込んだ。

 するとその身はいとも簡単に吹き飛び、男は壁へと思い切り叩き付けられたのである。突然の襲撃に男は受け身も取れず、苦悶の声を洩らして床に倒れ込む。斬れなかったのは、刃を寝かせていたからだ。

 ジュードはそんな男には目もくれず、すぐにカミラに向き直る。その身は怯えて、震えていた。身を横にして肩を疎め、両手で耳を押さえるように頭を抱えて、ただひたすらに怯えていた。

 それは、当然と言えた。

 カミラが着ていた衣服は、男によって引き裂かれビリビリだ。淡い水色の長いスカートは裾が裂け、普段は晒されることのない太腿部分まで露わになっている。

 その上に着ていた青いクロークも同様である。爪で引き裂かれたような痕跡があり、腹部や胸元など下着が露わになるほどにボロボロだった。

 ジュードはそんな彼女の肩に手を置いて、軽く揺さぶる。


「カミラさん、カミラさん!」


 ジュードの手が触れた際にカミラは大きく肩を跳ねさせて身を強張らせたが、繰り返し自分の名を呼ぶ声が聞こえたのか、やがて耳元から手を離し、カミラは恐る恐る顔を上げた。その顔は真っ青に蒼褪めていて、ジュードは一度目を見張る。目元や頬は涙で濡れており、彼女は文字通り完全に怯えていた。

 だが、ジュードの姿を認めると大きく瑠璃色の双眸を見開いて、また涙を溢れさせる。


「……っ、ジュード……?」

「カミラさん、……もう大丈夫だよ」


 カミラはジュードの姿を見ても暫しの間、頭が追い付いてこないのか身動き一つ取れなかったが、徐々に頭が「ジュードが生きていた」と言うことを認識し始めると慌てたように身体を起こし、半ば無意識に彼に飛び付いた。

 ジュードはそんなカミラの身をしっかりと受け止め、そこに感じる温もりを噛み締めるように静かに目を伏せる。


「ジュード……っ! ジュード、ジュード……! 生きてた、ジュードが生きてた……!」

「う、うん。ルルーナも言ってたけど勝手に殺さないで、ちゃんと生きてるよ」


 溢れ出す涙を拭うような暇もなく、カミラはジュードの胸に縋り付いて泣いた。肩口に額を押し付け、緩く――力なく頭を振る。足の痛みなど、全く気にならなかった。

 だが、ジュードは違ったらしい。自分に抱き付いて涙を溢れさせる彼女の身に怪我はないかと目を向けて、そして見つけてしまった。カミラの右足、脹ら脛部分に刻まれた裂傷を。血は寝台の布地に擦れて随分固まったようではあるが、まだ完全に止まった訳でもなさそうであった。皮膚が裂けて肉部分が見える、なんとも痛々しい様だ。


「カミラさん、その足……!」


 ジュードが慌てたように口を開くと、カミラは額を押し付けていた彼の肩口から頭を離してその視線を追う。先程までは確かな激痛を感じていた傷へ目を向けて、小さく頭を振った。

 今は喜びの所為か、ほとんど痛みもない。なんともゲンキンなものである。


「だ、大丈夫……禁術(サイレンス)が解けたら、ちゃんと自分で治すから」


 我に返り慌ててジュードの後を追ってきたウィルとマナも、そこでようやく合流を果たす。

 そして彼女の口から出た単語に、ウィルは納得したよう頷いた。


「なるほど、禁術ね……魔法を封じる能力抑制型の魔法だ。あれを掛けられちまったら、魔法では抗えないわな」

「卑怯なことをするものね」


 マナはウィルの言葉に相槌を打ち、怪我をしてはいるが取り敢えずカミラが無事であったことに安堵を洩らす。そして吸血鬼を見遣るのだが、男はちょうど顔面を片手で押さえてゆっくり、殊更ゆっくりと起き、立ち上がろうとしていた。


「ジュード! あいつ、まだやる気よ!」


 マナの言葉に、ジュードとウィルも弾かれたようにそちらを見遣る。魔族である吸血鬼を幾ら強打とは言え、たった一撃で倒せる筈もなかった。

 吸血鬼の男は怒りに震え、血のように赤い目でジュードを睨み付ける。

 殺したと思った男が生きていて、尚且つ食事の邪魔をされたのだ。人間、それも子供に。ただでさえプライドの高い魔族が、それを許せる筈もなかった。

 カミラは慌ててジュードの腕を掴むと必死に訴える。


「ジュード、気を付けて!」

「うん、分かってる」

「……?」


 ジュードは吸血鬼から視線を外さず、睨むように見据える。大丈夫とは言い難いが、敵を前に怯えるほどジュードは可愛らしい性格をしていない。良く言えば勇敢、悪く言えば無謀な男なのだ。

 しかし、吸血鬼を睨み付けるジュードの横顔を見て、ふとカミラは多少の違和感を覚えて瞬く。


「(ジュードの瞳って、こんな色だったかしら……?)」


 ジュードの瞳の色と言えば、見る者を安堵させるような翡翠色である。

 だが、今のカミラの視界に映る彼の双眸は翡翠ではなく黄色味掛かっており、黄緑に見えた。

 光の加減や角度、場所の所為だろうかと思いながらも、カミラは身構える彼の背中を静かに見つめた。



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