第二十七話・神器の無力化
「ジュ、ジュードとおじさまは!?」
「城の入口にあんなのがあったんだ、大丈夫さ」
暫し遅れて城に到着したウィルとマナは、ちょうどやってきたカミラたちと合流して奥へと駆けていた。
城の門をくぐり行き着いた城の出入り口には、首や腕、胴体など様々な箇所を切断されて息絶えている魔族の遺体がゴロゴロ転がっていた。辺りには噎せ返るほどの血の匂いが充満し、マナやルルーナは思わず嘔気を刺激されたくらいだ。
言わずもがな、それは先ほどジュードが聖剣の力で薙ぎ払った魔族の群れである。
どこへ行けばいいのか一瞬迷ったが、扉が開かれているのは――真正面に見えるものだけだったこともあり、こうして謁見の間へ向かうべく駆けているのである。
間違っていたらどうしよう――そんな不安がウィルの頭を一瞬過ぎったが、すぐにそんな心配は吹き飛んでいく。謁見の間へ近付けば近付くだけ、争っているものと思われる音が聞こえてきたからだ。ライオットは振り落とされないようにマナの服に掴まったまま声を上げた。
「あそこが謁見の間だに!」
「ジュード! グラムさん!」
光が洩れる謁見の間に飛び込むと、前線を担うウィルとリンファ、クリフは真っ先に武器を構える。だが、彼らの表情はすぐに固まった。僅かに遅れて入り込んだカミラたちも同様だ。
驚愕に双眸を見開き、瞬きさえ忘れたようにして謁見の間中央に見える不気味な姿を――カラミティを凝視した。
「な……なに、あれ……」
無数の目と口が鎮座する肉部分からはいくつもの触手が伸び、己の周囲の敵を薙ぎ払うように振り回している。ジュードやグラム、ちびの姿は確認できるが、その攻撃に手を焼いているようだ。なかなか接近できずにいるのだろう。
マナとルルーナはそれぞれ魔法の詠唱に入り、カミラはクリフと共にジュードの方へと駆け寄っていく。ウィルとリンファはジュードと反対方向で敵と向き合うグラムの傍へと駆け出した。
それを見て、サタンは依然として玉座に腰掛けたまま愉快そうに喉を鳴らして笑う。
「おやおや……ザコがいくら群れても無駄だと言うのに、身の程知らずがまた随分と増えたものだ。カラミティ、遊んでないで早々に片づけてしまえ」
「ギイイィッ!!」
ジュードもグラムも仲間が合流したことは確認したが、無事を喜んでいる暇などない。サタンの声に応えるようにカラミティは伸ばした触手を一気に床に叩きつけると、王城を大きく揺るがしたのだ。
床が抉れ、砕け散った破片がそれぞれの視界を遮断する。ジュードやグラムが思わず目を瞑ったのを、カラミティが見逃すはずもない。
床から触手の束を素早く引き抜くと、それらを最前線の二人へ叩きつけた。
「くそッ!」
「小賢しい真似をしよるわ!」
だが、そう思い通りになるほどジュードもグラムも可愛い性格はしていない。
ほぼ同時に聖剣と神剣を顔の高さほどまで引き上げると、叩きつけられた触手の攻撃をそれぞれ武器から放たれる光で結界を形成することで防いだ。
聖剣はジュードをあらゆることから守ってくれる存在であるし、グラムが扱う氷の神器は攻守共に長けた神剣バルムンク――攻撃を防ぐことはそう難しくない。
しかし、その様子を見てサタンは愉快そうに高笑いを上げると褒め称えるかのように両手の平を叩き合わせて拍手などしてみせた。
「はっはっは、頑張るじゃないか」
「あいつうぅ……! 見てなさい、すぐに終わらせてぶっ飛ばしてやるんだから!」
「ほう、そんなことをしてもいいのか? カラミティを燃やすのは勝手だが、アレの中にはヘルメス王子がいるのだぞ?」
最後方で詠唱をしていたマナは、挑発としか思えないサタンの言動に奥歯を噛み締めて双眸を半眼に細め遣る。カラミティを早々に片づけて、そのままの勢いでサタンも叩いてやろうと思ったのだ。
けれども、今まさに魔法を放とうとしたところで続いた言葉に、神杖に集った魔力は瞬時に散り始めた。
「……え……?」
「あの中に、ヘルメスさまが……?」
サタンの言葉に驚愕したのは、マナだけではない。ジュードとグラムを除く仲間全員だ。
見るからに気味の悪い肉の塊はこうしている間にも徐々に質量を増し、今となっては既にヘルメスの髪さえ見えなくなってしまっている。
ジュードやグラムに怪我がないか確認しようとしていたカミラは、思わぬ状況に双眸を見開いたまま固まった。ヘルメスのことは決して恋愛対象として見ていたわけではないが、彼女には優しい顔を見せることもそれなりにあったのだ。
その彼が――今は魔族の手に落ち、あのような不気味な生き物と繋がってしまっている。
「それだけではない、神器が……ほとんど効かんのだ」
「ど、どういうことですか?」
グラムはサタンの言葉に小さく舌を打つと、再び振り回される触手を見て眉根を寄せる。頭上から勢いよく叩き下ろされたそれを後方に飛び退くことで避け、こちらに駆け寄ってきていたウィルとリンファを肩越しに確認した。
のんびり話したいところだが、カラミティはそれを許さないだろう。それは考えなくとも理解できる。
グラムは即座に視線を正面に戻すと、その挙動から目を離さずに小さく頭を振った。
「なかなかの観察眼だ。この俺が、なぜ忌々しいヴェリアの血筋にそれを寄生させたと思う? 神器などというふざけたものを無力化するためなのだよ」
「神器を無力化……? どういうことだに!」
「貴様は光の精霊でありながらそのようなこともわからぬのか?」
ライオットはマナの肩の上から床に飛び降りると、玉座に腰掛けたままのサタンを見上げて声を張り上げた。しかし、サタンは小馬鹿にするように笑って言葉を投げ返してくるばかり。ライオットは悔しそうに小さく唸り、改めてカラミティへと視線を投じる。
だが、直後――カラミティは意気揚々と肉から伸ばす触手の数を増やし、再び大地へと思い切り叩きつけた。
「きゃああぁッ!」
「くぅッ……! ジュード様とグラム様が満足に攻撃できないのは、ヘルメス様がいらっしゃるからなのですね……しかし、神器が効かないのでは……!」
敵が強くともジュードとグラムが揃っていてまったく手出しができない、という状況にリンファは疑問を抱いていたのだが、理由はそれで知れる。
相手がヘルメスだから叩くことができなかったのだ。
しかし、このまま防戦一方では勝ち目などない。疲弊してやられてしまうのがオチだ。
仲間の様子を一瞥したジェントは、一度カラミティへと視線を向ける。見るからに不気味な生き物が、どうやれば神器を無力化できるというのか。
『……まさか……』
「ククッ、流石に貴様は察しがよいな。そうだよジェント、貴様の血筋を利用したのだ」
「勇者様の血筋? どういう意味だ?」
クリフはカミラの前に立ちはだかり、彼女に流れ弾が当たらぬよう盾を構えたまま視線のみを動かしてサタンを見遣る。
だが、そこまで言われればライオットも理解はできたらしい。忌々しそうにカラミティを見据えながら拳を握り締めた。――と言っても、拳自体は見えないが。
「神器の力の源は光属性……だからデーモンの闇の領域を防げるんだに。そして光の力はヴェリア王家とヘイムダルに伝わるもの……ヘルメス王子は勇者の血を特に濃く継いだ身だに、多分あのカラミティとかいう気味の悪いやつは、ヘルメス王子のその血を使って光属性――つまり神器への抵抗力を身につけたんだによ!」
「ククク……その通りだ、忌々しいヴェリアの血筋の使い道などこの程度しかあるまい? 神器には様々に属性が付与されているが、それでも光属性を抑え込めればその威力は大幅に落ちる。いくらヴァリトラの力を借りていようとな」
ライオットの言葉と、それを肯定するサタンにマナやルルーナは思わず手元にある神器を見つめた。
彼らが持つ神器はそれぞれの属性を有しているが、闇の力を払い、魔族に有効的な攻撃を与えられるのはあくまでもその根本に光の力があるからだ。
しかし、光の力はヘルメスに寄生したカラミティには通用しない。恐らく、アルシエルがヘルメスや大臣と裏で手を組んだのはこのためだったのだ。最初から対等な立場になる気などなく、ヘルメスの持つ血が――彼が目当てだったというだけのこと。
サタンは血のように真っ赤な双眸を笑みに細めて、愉快げに、そして得意げに言葉を続けた。
「かつて世界を救った勇者が、今やその世界を脅かしつつあるとは皮肉なものよなァ。貴様が、貴様の血がこの事態を招いたのだ」
『……』
サタンのその言葉に、ジェントは眉を寄せて緩く双眸を細めた。余程彼が憎いのだろうということは、棘のある言葉から容易に汲み取れる。さしものジェントも、言い返すことは――できなかった。
だが、ジュードはまっすぐにカラミティを見据えると神牙を腰裏の鞘に戻してから、両手で聖剣を持ち、構え直す。
「それは違う。この状況をジェントさんのせいだって言うのはお門違いとかなんとか、そんなやつだ。ジェントさんが悪いんじゃない、利用する奴が悪いんだろ」
ジュードの視線は依然としてカラミティに向いたままだが、彼の言葉は確かにサタンに向けられていた。深く考えなくともわかるからか、それまで浮かべていた笑みを消してサタンはジュードの背中へと視線を投じる。まるで睨むように。
当のジュードは、気にも留めていないようだったが。
「こういう時は余計な情を捨てるべきなんだろうけど……オレはワガママなんだ、だから諦めない。ヘルメス王子も助けて、サタンを倒して全部終わらせる――それだけだ!」
世界の命運を懸けた戦いだ、いくら勇者の子孫と言えど敵の手に落ちてしまったのならば一思いに始末するべきなのだろう。ましてや、ヘルメスは生きているのか死んでいるのかさえ定かではないのだから。
カラミティはジュードの言葉を理解しているのか否か、愉快そうにけたたましい笑い声を上げるとのっしりと緩慢な動作で彼へ向き直った。そうして周囲に広げていた触手の群れの照準をジュード一人に集中させる。
一度大きく後ろへ引くと、その刹那。問答無用でそれらを勢いよく叩きつけてくる。他には構わず、彼を喰らおうと言うのだ。
それらを見据えてジュードは双眸を細めると、上体を低くして猛然と駆け出した。