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第二十六話・謁見の間の戦い


 グラムと共に正面の扉へ飛び込んだジュードは、まっすぐに伸びる通路を駆けていた。

 両脇には、魔族に占領されてから設置されたと思われる不気味な悪魔の像が侵入者を威圧するかのように大口を開けて佇んでおり、見る者に奇妙な緊張感を与えてくる。今にも動き出すのではないかと思うほどの精巧な造りだ。

 このような状況でなければ、ジュードもグラムも足を止めてまじまじと眺めたいところなのだが。


 長く薄暗い通路をひたすら一直線に進んでいくと、やがて清々しいまでに黒塗りされた大きな両開きの扉が視界に飛び込んできた。

 その手前で足を止めて来た道を振り返るが、ウィルたちの姿は見えない。できることなら仲間の合流を待ちたいところではあるのだが、この先にサタンがいるという保証はないのだ。先ほどグラムが言っていたように、謁見の間にサタンがいなかった場合は探す必要がある。

 ウィルたちもあの戦場を駆け抜けてくるのなら、体力は充分に浪費しているはずだ。余計な手間はかけられない。


「……ジュード」

「うん、父さん行こう」

「ああ、なぁに……魔王などというふざけた生き物、父さんとお前ならすぐに片づけられるさ」


 グラムのその言葉に、ジュードは思わず笑った。知らずのうちに入っていた肩の力が、それと同時に抜けていく。

 相手はあの魔王だ。本当にそんな簡単にいくなどと、ジュードもグラムも当然思っていない。だが、父のその言葉には言いようのない頼もしさがあった。傍らでは、ちびも「わうわう」と甘えるような声を洩らしている。

 ジュードは一度小さく深呼吸してから、目の前に立ちはだかる黒塗りの扉に手をかけ――ゆっくり慎重に押し開いた。


「……?」


 すると、開いた隙間からは薄暗い城内には似つかわしくない光が溢れてきた。それが太陽の光だと気付いたのは、全て開け切ってからだ。

 行き着いた謁見の間は天井部分が開け放たれており、見上げれば視界には青みを持ち始めた空が飛び込んでくる。だが、意図的に造られたものではないらしい。本来そこに存在していた天井をなにかがぶち破ったような――そんな形跡が確認できた。

 恐らく、ヴァリトラがジュードを連れて脱出する際に開けた穴だ。床だけを修繕して、天井は壊れたままにしてあるのだろう。



「……おや、思ったよりも早かったのだな」


 そして、最奥に見える玉座に――サタンは座っていた。片足を組んで悠々と。表情には余裕に満ちた笑みを浮かべ、不敵に口元をつり上げながら。

 だが、ジュードとグラムの姿を視界に捉えても一向に立ち上がろうとしないのは、謁見の間の出入り口と玉座の間に佇む不気味な姿のためだろう。お前たちの相手は自分ではなくそれだ、とでも言うように傍観を決め込む気なのだ。


「サタン……!」

「まあ、そう急くな。お前たちの相手は俺ではない、そこにいるお前の兄だ」

「……!」


 サタンは玉座の肘掛けに片腕を預け、寛ぐように頬杖さえつきながら互いの間に佇むそれ(・・)を顎で指し示した。

 そう言われて、ジュードもグラムも初めて気がついたのだ。そこに佇む姿が、ヘルメスであると。一目見て理解できなかったのは、既にヘルメスの姿を留めていなかったからである。

 昨日メンフィスと交戦した際は背中から寄生されているだけだったが、現在はその全身を臓器のような醜悪な塊に包まれており、その表面部分には無数の目や口が鎮座する。非常にグロテスクな光景だ。


 だが、その塊に埋もれる一部分――そこに、確かにヘルメスのものと思われる金の髪が見て取れた。肌は青黒く、彼の肉体が生きているのか死んでいるのかまでは窺えなかったが。

 どうすべきか、助けられるのか。その様を目の当たりにしてジュードは一瞬惑った。

 けれども、そんな彼の心情などグラムにはお見通しだったらしい。視線はヘルメスに向けたまま、グラムはそっとジュードの肩を叩く。


「……どうした、怖気づいたわけじゃないだろう?」

「父さん……メンフィスさんと約束したんだ、絶対に助けるって。それにオレも……ヘルメス王子と、ちゃんと話がしたい」

「うむ。お前がそう願うのならワシは全力で協力しよう。ジェント殿、それでもよろしいか?」

『無論だ。俺は個人的にあまり好きではないが、好き嫌いで命の取捨選択をするつもりはない』


 ジェントは、ヘルメスがカミラに手を上げたことを間近で見ていたことがある。それゆえに、未だにヘルメスに快い感情を抱けずにいるのだろう。

 グラムやジェントの言葉に応えるように、ちびは改めてひとつ吼える。それらの反応を確認して、ジュードは思わずそっと表情を和らげた。


「ジェント……まさか、貴様と再び(まみ)えることになるとはな。メルディーヌも言っていたが、夢にも思わなかったぞ。しかし、聖剣として俺の前に現れるなど……一度は勇者勇者と崇められた男が惨めなものよ、今は使われる側(・・・・・)とは」

『挑発に乗ってやりたいところだが、生憎貴様と違って忙しい。高みの見物を決め込んでいられるのも今だけだ、今のうちに好きなことを好きなだけ吐いておけ』


 サタンは玉座に腰掛けたまま、かつて己を打ち倒したジェントへ目を向けると淡々と言葉を紡いだが――ジェントがその挑発に乗ることはない。彼の言うように、今はサタンになど構っていられないのだ。ヘルメスと共に襲ってくるのであれば意識を向ける必要もあるのだが、どうやらそんな気はないらしい。依然としてどっかりと玉座に腰を落ち着けたまま傍観を決め込んでいる。

 余程ヘルメスの力に自信があるのか、はたまた余興としか思っていないのかは定かではないが。


「キ……ギイィ……」


 カラミティから洩れる声は、既にヘルメスのものではない。肉体こそ彼のものだというのに、醜悪な塊がヘルメスの全てを支配している。

 その現実に対しジュードは忌々しそうに眉根を寄せて表情を顰めると、利き手に聖剣、逆手に神牙を構えた。ヘルメスに寄生した肉の塊は彼の倍以上の大きさはある。そのため、ヘルメスの安否は窺えないが――なんとか引き離さなければと、そう思った。

 ちびは四つ足をしっかりと床に張り、グラムとジェントはジュードに合わせて身構える。


「……父さん」

「うむ、まずはヘルメス王子がご無事かどうかを確認せねば」

『サタンには構うな、奴が横槍を入れてきても俺が防ぐ。メンフィス殿があのような重傷を負うほどだ、油断はしないように』


 両脇から返る言葉に、ジュードは言葉もなく小さく頷くと不気味に笑うカラミティを睨むように見据える。当のカラミティは肉の表面からいくつもの触手を伸ばすと、鞭のように振り回しながら――次の瞬間、猛然と駆け出してきた。

 どのような攻撃を仕掛けてくるか、様子を窺っているだけの余裕はない。ジュードとグラムはそれぞれ左右に散り迎え撃った。



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