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第十九話・家族


「グラムさん、これはここでいいですか?」

「ああ、そこに置いてくれ。すまんな、手伝わせてしまって」

「いえ、俺もまだ眠れそうになかったので」


 兵士や騎士たちが寝所に使う簡素なテントの傍では、グラムとウィルが明日の装備の確認を行っていた。

 あと一息なのだから少しくらい手を抜いても、ではない。あと一息だからこそ、最後まで武具のチェックを入念に行いたいのだ。

 騎士たちが扱う武器は、グラムがガルディオンの鍛冶屋連中と協力して可能な限り造り出したもの。時間が足りなくて全員分を造ることはできなかったものの、自分が手掛けた武器だからこそ中途半端な仕事は許せなかった。


「……グラムさん、大丈夫ですか?」


 それに、もうひとつ。

 昔からの親友であるメンフィスがあのような形で倒れてしまった以上、手を抜いて万が一のことがあっては彼に合わせる顔がない――そう思ったのだ。

 騎士団長である彼が、誰よりも魔族を屠りたいことだろう。部下を危険に晒して自分は後方で療養など、メンフィスのプライドが許さない。けれども彼が負った傷は決して軽いものではないし、左腕は――治療の際に必要があり、既に切断した後だ。放置すれば壊死が広がるだけだから、と。


 そんなグラムから醸し出される雰囲気が普段のものと明らかに異なっているということは、長年共に生活してきたウィルだからこそ、すぐにわかる。恐らくジュードやマナとて即座に理解するだろう。

 心配の色を強く孕む声に、グラムは一旦作業の手を止めて静かに顔を上げた。


「……ああ、大丈夫だ。心配をかけているようだな」

「いえ……俺も、ショックでしたから。グラムさんはもっと衝撃受けただろうなって」

「ふっ……殺しても死なんような男だ、心配はしておらん」


 向けた心配に返った言葉を聞いて、ウィルは苦笑いを浮かべる。そうすることしかできなかった。

 下手に心配をすれば余計な気を遣わせてしまうだろうし、そうですね、と笑い飛ばすことも――雰囲気的に違う。

 そんなウィルをグラムは暫し手を止めたままジッと眺めてから、静かに口を開いた。


「……すまんな、ウィル。今まで大変だっただろうに、ワシまで気を遣わせているようだ」

「え? 今まで?」

「ふふ、あの子らを纏めるのは骨が折れただろう。カミラちゃんやリンファちゃんはともかく、他は自由人が多いからな」

「あ、ああ……まぁ、そうですね。……ジュードのアホさ加減に一番頭を悩ませた気がするけど、今となっちゃいい思い出ですよ」


 グラムのその言葉に、ウィルは一度唇を引き結んで黙り込んだ。

 メンバーの纏め役として、日々苦労を重ねるウィルを心配してくれた恩師を――シルヴァを思い返したのだ。グラムは、そのことを知らない。わざわざ話すことでもないし、話せば逆に心配をかけてしまうだけなのだから。

 いつか思い出しても胸が痛まなくなった時に、こんなことがあって、こんな人がいてくれたんだと話そうか。そう思いながら、ウィルは薄く笑みを浮かべて小さく頭を振った。


 ――と、そこでウィルの視線は己の斜め後方へと向く。肩越しにそちらを振り返り、双眸を細めて一言。



「おいジュード、いつまでそこにいるんだよ」


 不意に声がかかったことに対し、木陰に隠れて様子を窺っていたジュードは息が止まりそうなほどに驚いた。

 ルルーナが眠たげに欠伸を洩らして寝所に引き返していくのを見送ってから、再び里の中を散策していたのだが――明かりを頼りにやって来た先に、父とウィルの姿を見つけた。二人で作業をしながら談笑しているのを見て邪魔をしてもいいものかと思っていた矢先に、これだ。

 数拍の間を要しはしたものの、程なくしてそっと木陰から顔を出すと呆れたような表情のウィルと、驚いたような顔でこちらを見遣るグラムが視界に映り込む。


「ジュード……お前、まだ寝とらんかったのか」

「う、うん。なんかこう、寝つけなくて。……なんでオレがいるってわかったんだよ」


 ややバツが悪そうに片手で己の後頭部を搔き乱しながら二人の元に足を向けると、ジュードはウィルの傍らで足を止めて横目に彼を見下ろした。当のウィル本人はどこ吹く風といった様子で武器の確認作業に没頭しているが。

 合間にちらりと視線のみを上げ、幾分か得意げな様子で鼻を鳴らす。


「ジェントさんに言われただろ、風使いなら感覚で読め、ってな。少しでも慣らそうと思って神経を研ぎ澄ませてたらお前を見つけたんだよ」

「あ……そっか。もう慣れたか?」

「まぁ、ある程度はな。ライオットが以前言ってたみたいに、俺は風と相性がいいんだろうさ」

「はっはっは! 勝気な火属性のマナには頭が上がらんしなぁ!」


 ウィルは頭がいいからなのか、はたまた勉強家故にか――なにかと呑み込みが早い。ジッとしていることが得意ではないジュードであれば、同じことをしようとしてもモノにするのに数日はかかるだろう。

 だが、ウィルは既に自在に扱えるようになりつつある。ジュードが素直に感心していると、グラムがその感心を吹き飛ばすように高笑いを上げて揶揄をぶつけた。

 その言葉を聞いてジュードは思わず吹き出し、ウィルは噎せて咳き込んだ。


「ぶっ! くく……っ、確かに父さんの言う通りだなぁ。あれからどうなったんだよ、ちゃんとマナと話してるのか?」

「う、うるせぇ! お前だってそうだろ! まだ寝れないってんならカミラの様子でも見てこい!」

「そうだぞジュード、ウィルをからかっとらんでカミラちゃんと話でもしてこい」

「言い出したのは父さんじゃないか!!」


 焚火に照らされるものとはまた別に、顔を赤らめて怒り出すウィルに対しジュードは愉快そうに声を立てて笑う。一度こそグラムも同じように笑っていたのだが、ここぞとばかりに今度は愛息子にまで揶揄を飛ばしてくるのだから、あっさりと手の平返しを喰らった気分だ。


 カミラは、メンフィスの治療が遅れてしまったことに随分と罪悪感を覚えていた。彼女が遅れても遅れなくても結果は変わらなかったとセラフィムは言っていたが、それでも申し訳ない気持ちがあるのだろう。

 確かに、そんな彼女の様子は気がかりだ。ニヤニヤとなにやら面白がるような笑みを向けてくるグラムとウィルの思惑通りになる、というのは僅かばかり癪に障ることではあったが――それ以上反論するようなことはせずに、静かに踵を返した。


 * * *


 カミラはもう眠っただろうか。

 そんなことを考えつつ里の散策に戻ったジュードは、辺りを見回しながら取り敢えずと寝所の方に足を向けた。

 もう眠ってしまったのなら、無理に起こすことはしたくない。ジュードもそうだが、仲間はみんなクタクタなのだ。少しでも身を休められるなら、その方がいい。話は明日の朝でもできる。


 程なくして見えてきた寝所に一度目を向けたが、ふと――視界の片隅に淡い光が映り込む。禍々しい気配は感じない、敵襲ではないだろう。

 なんだろうかと、ジュードは興味を惹かれるまま光の方へと足を向けた。


「……? あれ、エクレール……さん?」


 最奥にある祠へ通じる道の手前、光の出所はその場所だったのだが――そこにいたのは、ジュードの妹エクレールだ。その傍にはイスキアやトール、タイタニアの姿も見える。

 ふらりとやって来たジュードにいち早く気付いたのはイスキアだ、彼の姿を視界に捉えると上機嫌そうに笑ってヒラヒラと片手を振ってきた。初めて出逢った頃はオネェと言うこともあって、非常に恐ろしく感じたものである。


「はあぁ~い、ジュードちゃん。眠れないのね?」

「う、うん……イスキアさんたちはなにやってるの?」

「エクレール様と契約(コントラクト)してたんですうぅ」

「……え?」


 一拍遅れて慌てたように振り返ったエクレールは、夜の闇の中でもわかるほどに疲れが顔に滲み出ていた。それでも心配をかけまいとしているのか、努めて明るく笑って駆け寄ってくる。

 本当に可愛らしい王女だと思う。そんな可愛い王女が実の妹なのだが、未だに実感はあまり湧かない。ジュードの記憶の中にある彼女はまだうんと幼い頃のものなのだから、当然とも言えるが。


「お兄様、明日はわたくしもお兄様のお力になります」

「ち、力になるって……」

「マスター様は近接戦闘がメインになるでしょうから、エクレール様は後方からわたくしたちの力を使役することでお役に立ちたいと仰られて……先ほどノームやサラマンダーとも契約されたところです」


 タイタニアから告げられた言葉に、ジュードは驚いたようにエクレールへ向き直った。

 彼女の(マスター)としての才能は自分よりも遥かに高いとは、ジュードも聞いている。下手をすれば母のテルメースよりも上なのだと。そのエクレールが精霊を使役して戦闘のサポートをしてくれるというのは、確かに心強い。

 しかし、エクレールは妹なのだ。できることならば危険なことはさせたくない。彼女はジュードたちと違い、聖剣はもちろんのこと神器さえ持っていないのだから。


「で、でも、危ないよ。明日は今日よりもずっと危険な戦いになるだろうし……」

「大丈夫です、そのために精霊たちと契約をしたのですから。神器を持たないわたくしでは、前線に出ればお邪魔になってしまいますが……せめて後方から皆さまのサポートをさせてください」


 真剣な様子でまっすぐに見つめられると、止めなければとは思うのにジュードは二の句が継げなくなってしまった。

 彼の記憶にあるエクレールは本当にまだまだ小さな女の子で、いつもジュードの後ろをついて回っては泣いてばかりいたものだ。人見知りな面が強く、初めて会う人の前では恥ずかしそうに顔を赤らめて、ジュードの後ろに隠れながらもじもじしていたこともあった。


 ついこの前までは存在しなかった記憶が、次から次に頭の中に溢れてくる。ポンポンと浮かんできて、思わず苦笑いが零れた。あの泣き虫の妹が、強くなったのだと。

 それをどう受け止めたのか、エクレールは唇を引き結んで軽く眉を寄せる。どうやら引き下がってはくれないらしい。


「……お兄様。わたくしはもう、自分にとっての大切なものを失いたくないのです。至らぬところがたくさんある身ですが、わたくしも勇者様の子孫……お兄様だけに全てを背負わせてしまうのも嫌でございます」

「……」

「ですから、どうか……お願いです、少しでもお傍にいさせてください」


 そんなことを言われて「駄目だ」と、ジュードにはどうしても言えなかった。

 仕方のない事情があったとは言え、母や妹が苦しい毎日を送っている中で自分は平和に暮らしていたのだと思えば、ジュードの胸は罪悪感で満たされる。

 複雑な気持ちは払拭し切れないものの、ジュードは深い溜息を吐いて項垂れた後に何度か力なく頷いた。


「……わかったよ。でも、危ないと思ったら逃げるんだよ」

「……! は、はいっ! ありがとうございます、お兄様!」

「うふふ、ジュードちゃんも妹には弱いのねぇ」


 渋々ながら了承の返事を返すと、エクレールは表情を嬉々に輝かせ感極まったように飛びついてきた。突然のことに思わずバランスを崩したが、辛うじて彼女を受け止めると宥めるようにその背中を撫で叩く。

 そんな兄妹のやり取りを見て、イスキアやタイタニアは愉快そうに――それでいて微笑ましそうに笑った。



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