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第十八話・告白と願い


 リンファが寝所に戻っていくのを見送ったジュードは、再び里の中の散策を始めた。

 辺りには明かりとして火が灯っているが、声はほとんど聞こえてこない。多くの騎士や兵は明日の戦いを前に緊張しているのだろう。それに、メンフィスが重傷を負って戦線離脱を余儀なくされたということもある。クリフのように酒を飲んでいても、騒いだりはできない心境なのだ。

 そんな中、ひとつの焚火の傍に見慣れた後ろ姿を見つけた。


「マナ、なにやってるんだ?」

「あれ、まだ寝てなかったの? 明日は大変なんだから、あんま夜更かししない方がいいわよ」


 それは、マナだった。両手を腰の後ろ辺りにゆったりと回し、その場に佇んだまま夜空を見上げている。ジュードの声に気がつくと、意識と視線を引き戻して肩越しに振り返った。

 普段と異なり、どことなく落ち着いた口調で向けられる言葉にジュードは軽く眉尻を下げる。いつも明るい彼女でも、最後の戦いを前に緊張しているのだろう。明日の戦いはこれまで以上に過酷、油断すれば命を落とすようなものなのだから当然だが。


「大変なのはみんな同じだろ、マナこそ寝なくて大丈夫なのか?」

「ん……なんだか寝つけなくて。ちょっと風にでもあたれば眠れるかなって思ったのよ」


 マナの隣に並ぶと、そっと横目に彼女を窺う。元気がない――とまではいかないが、普段の彼女らしい勢いは存在していない。どう言葉をかければいいかわからずに、ひとまず彼女と同じようにその視線は夜空へと投じた。

 聖地ヘイムダルから見上げる夜空は、非常に美しい。黒い夜空にたくさんの星が散りばめられていて、まるで宝石箱の中を見ているかのような錯覚に陥ることもしばしばだ。


「あたしたちさぁ、本当に色々なことがあったわよねぇ。ついこの前まで普通に鍛冶屋やってたはずなのに、今じゃ仕事よりも武器振り回して戦う方がずっと多いんだもん」


 不意に語り始めたマナに、ジュードは改めてそんな彼女に目を向ける。

 確かにそうだ。ジュードたちはほんの少し前まで、ただの未熟な鍛冶屋だったのだ。怪我が原因で武器を造れなくなったグラムの跡を継いで、と言っても言葉ばかりで、彼が手掛けるような武具はひとつたりとも生み出すことはできなかった。

 じわじわと固定客がつき始め、少しずつ軌道に乗り始めた頃にこれだ。ジュードが火の国に向かう途中でカミラと出会ったことで、彼らはゆっくりゆっくりとこの戦いに巻き込まれてしまった。本来ならば魔族に怯えて震えていてもおかしくはない年頃の彼らが。


「うん……そうだな、ミストラルで普通に生活してたのがずっと昔のことみたいだ」

「でもまぁ……ジュードがヴェリアの王子さまだったわけだから、いずれイヤでもこうなってただろうしね。にしても、未だに信じらんないわ。ジュードが勇者さまの子孫で、そのご先祖さまが今や仲間だなんて」


 魔族はずっとジュードのことを探していたのだ。マナの言うように、あのまま普通に生活していたところで、いつかはこうして魔族との戦いに関わることになっていたのだろう。

 だが、ジュード自身が一番信じ難いことだ。自分が、あの伝説の勇者の子孫だなどと。

 おとぎ話の中でしか知らなかった伝説の勇者と血が繋がっている――何度考えてみても、実感など湧くはずもない。


「ねぇ、カミラとはうまくいってるの?」


 などと、ジュードがそんなことをぼんやりと考えていた最中。唐突すぎる問いに対し、ジュードは思わず咳き込んだ。

 そうして弾かれたように身体ごとマナに向き直ると、当のマナ本人はあまり面白くなさそうに双眸を半眼に細めて見返してくる。見返す――と言えば聞こえはいいが、どちらかと言えば睨むような視線だ。

 突然なにを言い出すのだと反論しようとしたものの、それよりも先にマナは肩を疎めてやれやれとばかりに力なく頭を左右に振る。ご丁寧に腹の底から吐き出すような溜息つきで。


「はあぁ……どうせそんなことだろうと思ってたけど……」

「な、なんだよ……」

「今だから言うけどさぁ、あたしこれでもジュードのことずっと好きだったのよ。あくまでも過去形だけどね」


 別にいいじゃないか、と。そう言おうと思ったはずの言葉は、次に告げられた突然の告白に自然と喉の奥に落ちていく。それと同時に側頭部をハンマーで思い切り殴られたような衝撃も受けて、文字通りジュードは絶句してしまった。

 そんな彼を見て、マナはますます深い溜息を吐き出すばかり。


「やっぱりね、全っ然気づいてないとは思ってたけど本当にそうだったなんて……は~あぁ、あたしって可哀想……」

「え……っ、え? いや、冗談……」

「そんなワケないでしょ。ほんっとジュードってデリカシーのカケラもないわよね」


 あまりにも突然の告白となじる言葉に、なんと返答すればいいのか本格的にわからなくなったジュードは、困ったように眉尻を下げて視線をやや足元に下ろす。

 ウィルがマナのことを想っているのだとは、随分と昔から気付いてはいた。だが、彼女の気持ちが自分に向いていたなどと、まったく考えたことはなかったのだ。


 小さい頃はマナとも普通に子供同士、とても仲はよかったのだが――いつからかマナは「女の子」から「女性」に成長していた。

 まるで姉のように、時には母のようにジュードを叱りつけることも多かったし、文句を言われることも成長するにつれて多くなっていったのだ。そのため、ジュードにとってマナは恋愛対象ではなく「家族」という認識だった。


「ジュードってメチャクチャ鈍い上に今言ったようにデリカシーも全然ないんだからさ、カミラのことちゃんと気を回してあげるのよ。カミラは友達なんだから、泣かせたらぶっ飛ばすからね」

「あ、ああ、うん……」


 マナにはいつも頭が上がらずにいたが、それはきっとこれから先の未来でも変わらない。その光景を想像して、ジュードは思わず薄く苦笑いを浮かべた。


 * * *


 マナを見送ったジュードは、なにをするでもなく暫しの間その場に留まっていた。

 結局、なんと答えるのが正解なのかわからずに気の利いた一言さえ告げることができなかったと思う。突然明かされた告白に頭が追いついてこなかったというのもあるが「ごめん」も「ありがとう」も相応しいと思えなくて。

 結果、なにも言えずその背中を見送ることしかできなかったのだ。


「ジュードにデリカシーがないってのは同意するけど、マナも大概よねぇ」

「――!?」


 うーん、と思わず低く唸ったジュードが己の横髪を搔き乱し始めた頃、不意にすっかり耳慣れた声が聞こえてきた。慌てて近くの木に目を向けてみると、幹の後ろから顔を出したのはルルーナだ。いつからそこにいたのか、木に凭れ掛かりヒラヒラと片手を揺らしている。愉快そうにクスクスと笑いながら。

 ジュードは僅かに眉根を寄せると、今度はがしがしとやや乱雑に己の後頭部を搔いた。不快とは別に、なんとなくバツが悪そうに。


「……いつからそこにいたんだよ」

「ちょっと前からよ。別にいいでしょ、聞かれて困るような話じゃないんだし」

「え……じゃ、じゃあルルーナは知ってたのか?」


 ルルーナは常のようにゆったりとした足取りでジュードの傍らに歩み寄るが、当の彼から返る言葉には先のマナのように呆れ果てたような表情を浮かべて見返してくる。マナよりもルルーナの方が情け容赦ない呆れ顔だ。

 そうなのだ、出逢った頃は「ジュードのことが好きなフリ」をしていたこともあってジュードに対してだけは優しい部分はあった。しかし、共にいる時間が長くなってきた頃から彼女は次第に演技をやめ、こうして無遠慮な表情や言葉をぶつけてくるようになったのである。


 ルルーナは変に気を遣うようなことをしない女性だ。思ったことはハッキリ言うし、それで相手にどう思われるかなど気にする性格でもない。

 「心底呆れ果てた」と言いたげな顔を見て、ジュードは思わず顔ごと視線を背けてしまった。非常に気まずそうに。


「まったく、マナも乗り換えて正解ね。よくもまぁ、こんなにっぶい男をずっと好きでいられたものだわ。呆れてものも言えない」

「うう……」


 やや捲し立てるような早口で向けられる言葉は、やはり容赦なくジュードの胸にグサリグサリと突き刺さる。実際に刃物を刺されているわけではないのに、刃で抉られているような錯覚に陥るほどだ。

 軽く項垂れながら唸るジュードを見て、ルルーナは「ふふん」と笑ってみせると焚火の傍に静かに腰を落ち着かせた。


「ルルーナって……変わったよな」

「そうね、自分でもそう思うわ。でも私、今の自分の方が好きよ」


 最初の頃はマナと喧嘩ばかりで、ジュードだけではなくグラムやウィルも手を焼いていたものだ。火の国に住むようになってからも仲間と足並みが合わず――彼女の方に合わせる気さえなく、こんなことでやっていけるのかと思ったほど。

 だが、いつからか彼女自身が変わり、すっかり仲間として一緒に行動することが当たり前になっていた。


「きっとみんなそうだよ、今のルルーナの方が無理がなくていいと思う。オレも今の方が好きだな」

「…………」

「な、なんだよ、その顔……」

「はあぁ……カミラちゃん、苦労しそうねぇ……」


 ジュードとしては純粋に思ったままを告げたつもりだったのだが、振り返ったルルーナの顔を見て数歩後退していく。焚火に照らされる彼女の顔はと言えば、眉根を寄せて明らかに不機嫌そうな表情を浮かべていたからだ。

 元々の顔立ちが非常に整っていることと、夜の闇の中で仄かな明かりに照らされているせいで余計に迫力がある。だが、ルルーナは先のように棘丸出しの言葉を吐きかけることはせず、代わりに深い溜息を吐く程度に留めた。その呟きはジュードの耳に届かなかったらしく、当の彼は不思議そうに首を捻るばかりだったが。


「まったくもう、こんな子が大将で大丈夫なのかしら。私は絶対に死ねないんだから、明日はしっかりしてもらわないと困るわよ。この戦いが終わったら色々やることがあるんですからね」

「やること?」

「ええ、ノーリアン家はもう没落したも同然だけど、この機に貴族制度なんてものを廃止にしようと思うの。そうすれば格差社会も終わり、奴隷も必要じゃなくなるわ」


 ルルーナの返答を聞いて、ジュードは一度目を丸くさせて何度か瞬きを繰り返したが、すぐにその表情を和らげた。緩慢な足取りでその隣に歩み寄ると、静かにそこに腰を落ち着かせて目の前の焚火に両手の平を翳す。じわりと焼けつくような熱が、手に心地好かった。


「貴族制度か……」

「前は他国のことも、自分たち以外の連中もどうでもよかったわ。でも色々と知ってしまった以上は……元貴族として、償いも含めてできることをやるつもりよ。それと……」

「……それと?」

「…………落ち着いたら、お父様を探そうと思ってるの」


 ルルーナの父は、彼女がまだうんと幼い頃に一人で出て行ってしまったと聞いた。その父を探すと、ルルーナはそう言っているのだ。

 ちらりと横目に見た彼女の顔には、普段の自信満々といった様子は微塵もなく――まるで小さな子供のようだった。幼子が親を求める、そんな寂しそうな表情。


「生きているかどうかもわからないけれど、探してみないと気が済まないのよね」

「……協力するよ。きっとみんなもそう言うと思う」

「あら、本当? じゃあ、全員で私に協力してもらわないとね。明日誰か死んだら、墓石蹴飛ばしてやるから」


 これまであちらこちらの国に行ったが、その中でルルーナの父親らしき人物と出会うことはなかった。彼女自身が今まで父を探すことをしていなかった、というのもあるのだが。

 生きて帰ってルルーナの父親捜しに協力する――そう約束を交わして、ジュードとルルーナはふっと笑った。



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