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第十五話・魔族の策略


「サタン様、どうやら手筈通りにいっているようです」

「ふっ……そうだろうよ、ヘイムダルを拠点にすべく奪還するだろうと思っていたからな。そこが墓場になるとも知らずに……」


 闇の居城の謁見の間では、サタンが玉座に悠々と腰掛けながら報告にやってきた部下を見下ろして薄く笑う。

 聖地ヘイムダルがもぬけの殻となっていたのは、決して魔族が放棄したからではない。あの場から撤退することそのものが、魔族側にとっての作戦だったのだ。

 身を休めるべくヘイムダルに人間たちが集まったところを、カラミティに地中から襲わせる。突然のことに人間は慌てふためき、一網打尽にできるとサタンは踏んだのだ。全滅させるには至らなくとも、戦力を大幅に削ることはできる、と。


「カラミティはどうしている?」

「人間と交戦しているようです。四魔将に援護させますか?」

「いいや、構わぬ。四魔将も四神柱(ししんちゅう)の相手で骨が折れるだろう、好きにさせてやれ。四魔将にも……カラミティにもな」

「はい、サタン様」


 大幅に戦力を削り、混乱しているところを徹底的に叩きのめす。

 そうすれば、この戦はすぐに終わる。サタンにとって始末すべきは、聖剣の継承者であるジュードと神器を持つその仲間たちだけ。他の残党などサタンの敵にもならないレベルの人間ばかり。

 勇者の血を引くヘルメスはカラミティの苗床としてしまったし、エクレールはヴァリトラとの契約もできない精霊族の一人に過ぎない。そしてただの精霊では、サタンと対等に渡り合うことなど不可能。

 そこまで考えると、サタンの口からは自然と笑い声が零れ落ちた。それはそれは、非常に愉快そうなものが。


「クククッ……このような戦い、無駄なことだ。大人しく我々に飼われればよいものを、家畜の分際で抗うからこうなる。自分たちの愚かさを悔いながら死ぬがいい……」


 サタンは喉を鳴らして笑い、報告に来た部下はそんな彼を見つめて口元を弛める。その余裕に満ちた様は、既に勝利を確信しているようであった。


 * * *


「う……」


 地中から飛び出してきた触手の群れは、メンフィスが本体であるカラミティを一旦地面から引き剥がしたことでちぎれたものが多く、まるでヘビのようにうねうねと大地の上を蠢いた。依然としてあちらこちらから悲鳴が聞こえてくるが、現在のジュードの耳にはほとんど届いていない。

 彼の目には、大地を動き回る触手しか映っていないからだ。その動きはジュードの目に、ヘビとしか映っていない。ちびが慌てて振り払っているものの、あまり効果は見込めないらしい。震える手で片耳のイヤーカフに触れ、聖剣を顕現させると――いつものように腹の底から悲鳴をひとつ。


「――あ゛あああああぁッ!!」

「ジュ、ジュード! これはヘビではない、落ち着きなさい!」

「いぎゃああああぁ!!」


 そんなジュードを見てグラムは咄嗟に声をかけたのだが、どうやら今は父の声や言葉もその耳には届かないようだ。

 ジュードは両手で聖剣を持つと、刃を下に向ける。そうして一番近くにあった穴に問答無用に聖剣の刃を突き立てた。その穴は、触手が突き出てきた箇所だ。

 その刹那、聖剣から目も眩むような閃光が放たれ、地中に逃げ込んだ触手を跡形も残らず吹き飛ばしてしまった。その光はヘイムダルの大地に空いたいくつもの穴から温泉のように噴き出し、辺りで暴れ回っていた触手たちでさえ焼き尽くしていく。


 結果オーライというものなのだが、グラムは聊か複雑な面持ちで黙り込んでしまうと、彼と同じような心境に陥っていると思われるちびと無言のまま顔を見合わせた。


『なんだ、なんの騒ぎ……』

「お、おお、勇者殿。目を覚まされましたか」

「なんでもないに……もう片づいたに……」

『……?』


 ジュードの腹の底からの悲鳴を聞いて、深い眠りについていたはずのジェントの目も覚めたようだ。ヘイムダルの内部は大地が抉れていたり、地面に複数の穴が空いていたり、更には負傷者がいたりと見るからに荒れているのだが、肝心の敵の姿が見えないことにジェントは不思議そうに疑問符を浮かべた。


 * * *


 己の肩の付け根に突き刺さった触手の切れ端を、片手に握る剣で器用に叩き払ったメンフィスは、使い物にならなくなった左腕さえものともせずにカラミティと交戦していた。しかし、傷は決して浅くはない。状況は明らかに劣勢、気を抜けばあっという間に制圧されてしまうだろう。

 カラミティは左右から二本ずつ、頭上から一本の触手を叩きつけてメンフィスの血肉を喰らい尽くそうと襲ってくる。時折意識のないヘルメスの身を動かして右手の剣を振るってくるものだから、一瞬たりとも油断はできない状況だった。


『クキキッ!』

「この、怪物めが……っ! 王子を離さぬかあぁ!」


 叩きつけられる触手を剣の刃で受け、攻撃の際の一瞬の隙を突いて更に振られるもう一方を叩き払う。しかし、数が数だ。完全な守りにはならず、メンフィスの身にはじわじわとダメージと傷が蓄積していくばかり。

 せめて左手が無事であれば、ジュードに教えたように二刀流で防ぐこともできたのだが、メンフィスの左腕は最早まったく役に立たない。自分の身体であるというのに、彼の意志で動かすことさえできなかった。

 カラミティは愉快そうに甲高い笑い声を上げながら、休む暇もなく攻撃を繰り返してくる。どうすればいいのか、突破口さえ見えなかった。


『キキッ!?』

「これは……ジュードか!?」


 しかし、その時。傍にできた穴から巨大な光の柱が噴出したのだ。

 下手をすると目を焼きそうなその閃光には見覚えがある。メンフィスは咄嗟に剣を持つ片腕を目元の斜め上に翳すことで、己の目を守った。

 カラミティは突然のことに対処もできず、苦しそうな悲鳴を上げたが――飛び出ている触手を問答無用に左右に強く振るう。そのひとつがメンフィスの身を強打すると、ずっしりとした彼の身体は大きく薙ぎ払われた。鎧に守られているお陰で地面に叩きつけられても大したダメージにはならないが、負った傷が擦れて口からは自然と苦悶が零れ落ちる。


「ぐぬうぅッ……!」


 その声だけを頼りにか、カラミティは頭上に伸ばした触手を勢いよくメンフィスの上から突き下ろした。これ幸いとばかりに、このまま喰らってやろうというのだ。

 メンフィスは慌てて剣で切り落とそうとしたのだが、薙ぎ払われた拍子に彼の手からは剣が抜け落ちてしまっていた。


 ――やられる。

 メンフィスの頭には、意識するよりも先にその一言が浮かんだ。

 頭目がけて猛烈な勢いで飛んでくる触手の切っ先を見て、身動きひとつ取れないまま死を覚悟するしかなかった。


 しかし、その切っ先がメンフィスの頭を抉るよりも先に、空から飛んできた槍が触手を切断したのだ。



「この不愉快な気配の出所は貴様か。流石は魔族ですね、このように禍々しい生き物を作り出すとは……」

「お……おお……セラフィム、来てくれたのか……!」

「遅くなりまして申し訳ございません。派手にやられたようですね、すぐに巫女の元にお連れ致します」


 間一髪、援護に降りてきたセラフィムの加勢が間に合ったことでメンフィスは辛うじて命を繋ぐことができた。けれども、彼の身に刻まれた傷は決して浅いものではない。その深刻さは、セラフィムの険しい表情を見れば一目瞭然だ。

 カラミティは、純白の輝きを纏って空から降り立ったセラフィムを前にじわじわと後退りを始め、程なくして深い森の中へと飛び込むようにして逃げていく。一度こそ追いかけようとセラフィムも思ったのだが――メンフィスの怪我の具合を思えば、そうもいかない。


「(メンフィス様のお具合は深刻……今はヘイムダルへ向かうのが先ですね。神柱たちも気になりますし……)」


 無理に追跡することはせず、セラフィムはメンフィスに向き直るとその傍らへと片膝をついて屈む。

 他の怪我はともかく、セラフィムが操る聖属性による治癒魔法を以てしても、その左腕ばかりは治せそうもない。洩れる吐息も非常に苦しそうだ、急がなければ命が危うい。

 セラフィムはメンフィスの身を支えながら、複雑な面持ちで天を仰いだ。



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